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決闘卿の宴

178話



 パーティ当日、俺とエレオラは人狼隊をぞろぞろ引き連れてドニエスク家主催の立食パーティに参加した。

「ハマーム隊はレコーミャ卿の護衛だ。ジェリク隊はショーチ卿、モンザ隊はモッティモ卿を担当しろ。ファーン隊とウォッド隊はエレオラと俺の直衛を頼む。俺の側近たちの護衛もしてくれ。ボルシュ副官とナタリアも護衛対象だ」



 レコーミャ卿が宮廷内の若手貴族たちを味方につけてくれたおかげで、護衛の対象もかなり増えてしまっていた。

 現時点で十四人。領地を持たない下級貴族ばかりだし、大した人数でもないが、帝都でエレオラのために働いてくれる貴重な貴族たちだ。



 もしここで彼らを守りきれなかったら、「エレオラ殿下はやっぱダメだな」と思われてしまう。

 ドニエスク公の狙いがそこにあるとしたら、警戒は怠れない。

 どういう方法で来るかはわからないが、最悪の場合は一網打尽にされる危険性がある。



 人狼たちは変身しないと本来の戦闘力を発揮できないが、知覚は変身しなくても十分に高い。特に人間に関するものには敏感だ。

「なあ大将、あっちの御婦人の体調が悪そうだ。息が不規則だ。早めに医者か治療術師の手配をしたほうがいいぜ」

「すまないな、ジェリク。カイト、誰か呼んできてくれ」

 こんな感じだ。



 人狼はもともと、対人専門の肉食獣だからな。安全確実に狩りをするため、人間の発する音や匂いにはすぐ気づくようにできている。

 そして不意打ちを仕掛ける能力は、不意打ちを防ぐことにもある程度役立つ。

 エレオラ派の貴族たちを、しっかり守ってくれよ。



 今日のパーティ会場は、郊外にある森の中の別荘だ。宮殿のような豪邸の建物と広大な庭全てを使って、盛大にパーティが開かれている。

 俺はいつもより念入りに解毒の魔法を準備しつつ、用意された食事をもりもり平らげていった。



「ヴァイトさん、ちょっと食べ過ぎじゃないですか? ていうか他の貴族、誰も食事に手をつけてませんよ?」

「立食形式では飯を食わないのがロルムンド流だからな。俺は解毒魔法を用意してきたから関係ない」

「そこまでして……」

 カイトが呆れているが、人狼にとって飯は死活問題だ。基礎代謝が尋常じゃないからな。



 さすがに皇帝の弟が主催するパーティだけあって、料理は美味い。最高だ。こんなの毎回捨てるなんて、世の中絶対間違ってる。

 俺は吹き抜けになっている大広間の二階に上がった。ここからなら、パーティの様子が全て見渡せる。

 ついでに皿いっぱいに盛ったタダ飯をせっせと食う。ローストビーフなど高級肉料理が食い放題というのは、こちらの世界ではなかなかない機会だ。

 どうせ廃棄されるんだし、もったいないから全部俺が食ってやるよ。



 今日の主要なゲストは、ドニエスク派とエレオラ派の貴族たちだ。ちらほらとアシュレイ派もいる。

 エレオラ派の貴族……つまりは俺たちの陣営の貴族たちは、一ヶ所に集まっていた。正確に言うと、いつの間にか一ヶ所に追い込まれているのだ。

 それを包囲するようにして、ドニエスク派の貴族たちが群がっている。数人で一人を囲み、何やら熱弁をふるっている様子だ。

 個々の会話を拾うのは難しいが、どうやら切り崩し工作を仕掛けているらしい。



 俺の目の前で堂々とやるとは、なかなかの威圧アピールだな。止めに行くか。

 そう思ったとき、向こうからドニエスク家の次男、ウォーロイ皇子がやってきた。

「来てくれたか、ミラルディアの猛将ヴァイト殿」

「お招きに預かり恐悦に存じます、ウォーロイ殿下」

 くそ、さすがに皇子相手じゃ動けないな。



 ウォーロイ皇子は周囲を見回して、ニヤリと笑う。

「宴は盛り上がっているようだな」

「そのようですな」

 忌々しいが、俺はここに釘づけだ。

 ウォーロイ皇子はエレオラ派の若手貴族たちを見下ろし、こうつぶやいた。

「ドニエスク家は貴族たちの裏情報を多く握っている。どこの貴族が不倫しているとか、人に言えないような趣味を持っているとか。あるいは不正を働いて蓄財しているとか、先祖代々の借金があるとか、まあいろいろだ」



 エレオラ派の貴族たちは貴重な味方だが、別に善人という訳ではない。そこらにいる普通の貴族だから、叩けば埃のひとつも出る。

 仮に何もスキャンダルがないとしても、ドニエスク家なら領地を持たない下級貴族ぐらいどうにでもできる。

 領地の割譲や現金を餌にしてもいいし、経済力や権力を使って脅迫してもいい。



 参ったな、ミラルディア国内なら俺の権限で対抗可能なんだが、ロルムンドはアウェーだから俺にはどうしようもないぞ。

 じんわりと焦る俺に、ウォーロイ皇子が真顔で告げる。

「この程度の切り崩し工作で瓦解する程度なら、エレオラに謀略など無理だ。お前も俺のところに来い。それでみんな幸せになる」



 ウォーロイ皇子は勝ち誇る訳でもなく、本心から俺たちのことを案じているようだった。

 気持ちはありがたいが、そういう訳にもいかないんだよな。

 いかん、エレオラ派の連中の表情がだんだん暗くなってきている。いったいどんなネタで揺さぶられてるんだ。



 こうなったらウォーロイ皇子には申し訳ないが、ちょっと下に降りさせてもらおう。

 だがそのとき、いいタイミングでエレオラが現れた。主賓なのでロルムンドの作法に従い、遅れての登場だ。

 彼女は大広間に入るなり、状況を即座に把握したらしい。

 薄く笑うと、ドニエスク派貴族たちを見回す。

「話が弾んでいるようだな。私も混ぜてもらおうか」

 口調は穏やかだが、言外に「ウチのもんに手を出したらブッ殺すぞ」と威圧するエレオラ殿下。



 第六位とはいえ王位継承権を持つ皇女様だ。

 おまけに彼女は表向き、ミラルディア征服を親衛隊だけで達成した猛者である。

 ドニエスク公の子飼いの貴族たちといえども、そうそう刃向かえない。

 エレオラ派を包囲していた連中が、包囲を解いて距離を置く。



 もっとも彼らの中には、エレオラに対して敬意を示さない者もいる。シュメニフスキー伯爵がそうだったようにだ。

 彼らが反抗的なまなざしをエレオラに向けた瞬間、彼女は涼しい顔をしてこう返した。

「もし話だけでは退屈なら、屋外遊戯も良いと思うぞ? そこのヴァイト決闘卿も、退屈しておいでのようだ」

 全員の視線が二階にいる俺に集まる。

 なに、なんなの?

 無茶振りですか、皇女様。



 この流れ、俺がドニエスク派の貴族をビビらせる役割だよな。

 俺は異国の貴族らしく、ロルムンドの作法を無視して手すりにもたれかかった。手すりは使用人が磨くものであって、貴族が触れるものではないらしいのだが、敢えてのマナー違反だ。

 それからワインをぐっと飲み干して、不敵に笑う。「立食形式のパーティでは飲食しない」というバカげた不文律など無視してやる。

 そしてこう言ってやった。



「余興に決闘というのも面白いかもしれませんな。たまには手加減抜きで、存分に楽しみたいものです」

 俺はエレオラにクソ生意気な視線を向けていた連中に、冷たい視線を投げかけてやる。悪役スマイルなら手慣れたものだ。

 さあこい。決闘でもレスリングでも相撲でもドッジボールでもいいぞ。

 だが俺の視線が向けられた瞬間、全員がサッと視線をそらした。

 ドニエスク派の貴族たち全員が沈黙してしまう。

 一方、エレオラ派の若手貴族たちは露骨に安堵の表情を浮かべていた。



 シュメニフスキー伯爵をはじめとして、過去に本気で俺を殺しに来た決闘相手は全員、前歯や肋骨をへし折ってやった。

 そのせいもあって、俺は敵対的な貴族からはかなり怖がられているらしい。威嚇効果は抜群のようだ。

 しかしこれじゃ俺はまるで、決闘好きの狂犬みたいだな……。

 そういうキャラでいいのだろうか。

 まあいいか。



 場が静まりかえってしまったところで、ウォーロイ皇子が苦笑しながら手を叩く。

「屋外遊戯もいいが、ミラルディア随一の猛将にして最高指導者であるヴァイト卿に失礼のないようにな。かの国は我が帝国にとって大事な友人だ。楽士たち、『ロムカの葡萄踏み』を頼む」

 皇子が口にしたのは、ロルムンドの庶民が好む軽快な曲の名前だ。ワイン作りのときによく奏でられる。



 俺のせいで凍り付いてしまった雰囲気が少しほぐれてきたところで、ウォーロイ皇子は苦笑したまま俺を振り返った。

「尾羽鳥のしっぽみたいな連中を、あまり怖がらせないでやってくれよ。何の力もないが、ドニエスク家には必要な者たちだ」



 俺はニヤニヤ笑いながら、丁寧に頭を下げる。

「申し訳ありません、殿下。どうにも誤解されやすい性分でして」

「誤解、か」

 ウォーロイ皇子は笑い、そしてこう言った。

「ではいずれ、本当の姿を見せてもらえるのだな。楽しみにしているぞ」

 陽気な筋肉野郎にみえて、なかなか意味深なことを言うヤツだな。

「そうだ、この宴には兄上たちも来ている。普段は領地にいるから、この機会に紹介してやろう。少し待っていてくれ」

 彼は俺に笑いかけると、背を向けて去っていった。


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