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第三勢力として

174話



 俺は今、ロルムンドに来て最大のピンチを迎えていた。

「ヴァイト・グルン・フリーデンリヒター客爵様、お隣よろしいかしら?」

「私はマイエハラ宮男爵の次女でイヌンソと申します。ヴァイト様とお呼びしてもよろしくて?」

「ヴァイト様は武術だけでなく、戦の全てに長けておいでとお聞きしております。少しお話を聞かせてくださいません?」



 俺の周りには十人以上の貴族令嬢たちが集まっていた。

 どうやら俺に用があるらしいが、ミラルディアの田舎者に何の用だ。

「ヴァイト様、エレオラ様とはどういったいきさつで知り合われましたの?」

「ダメよ、キヴォッチ様。それは……」

「そうですわ、うふふ」

 顔を見合わせてクスクス笑う令嬢たち。



 由緒正しい貴族のお嬢様といっても、中身は十代の少女に過ぎない。洗練された物腰ではあるが、前世の女子高生のような無邪気さを感じさせる。

 俺は百年ぐらい生きてる年寄り連中と過ごしてきたので、どうにも落ち着かない。こっちが照れる。



 何とか追い返したいのだが、頼みのカイトは別の令嬢たちから集団でつるし上げをくらっている最中だ。

 あっちは六人か。頑張って食い止めてくれ、我が副官よ。

 こっちはこっちでなんとかしよう。

「申し訳ないのですが、決闘で少々疲れておりまして」

「まあ、それはいけませんわ。当家の侍医を呼びましょう」

 いらないよ。

 本当に疲労回復するなら、俺が魔法で治すほうが早いよ。

 ああ、困ったな。



 すると庭園の向こうから、一人の若い下級貴族が歩いてきた。

 彼は挨拶してきた令嬢を一人つかまえると、なにやら小声でささやきかける。周囲の声がうるさくて聞き取れない。

 その令嬢は顔を真っ赤にした後、他の子たちに目配せした。

「申し訳ありません、ヴァイト様。また後日」

「お疲れのところ失礼いたしました。ゆっくり楽しまれてくださいね」

 楽しむって何だ?



 令嬢たちの半数は逃げるように、残りの半数は未練たらたらで、俺の前から去る。

 残ったのは、ニコニコ笑っている若者が一人。

 どんな魔法を使ったんだ、こいつ。

「はじめまして。レコーミャ・ヒノケンティウス・ウィクラーン宮士爵と申します」



 俺はその名前になんとなく聞き覚えがあった。

 あ、そうか。今日決闘する予定の相手だ。

 ウォーロイ皇子が来たので、すっかり忘れていた。

「お待たせして申し訳ない、レコーミャ卿。すぐに決闘の準備をしましょう」

「いえ、それには及びません。当初の目的は果たせましたから」

 目的?

「私はあなたと二人っきりで、お話がしたかったのですよ」



 俺は不思議に思いつつも、彼にイスを勧める。

 彼がイスに腰掛けたところで、俺は先ほどの疑問を解決しておくことにした。

「あのお嬢様たちを、どうやって追い払ったのですかな?」

「簡単なことですよ。ヴァイト卿が重度の男色家だと教えたまでです」

 おい待て。

 今すぐ訴えてやる。



 俺はレコーミャ卿をどうやって社会的に抹殺するか考えたが、彼はすぐに手を振って笑った。

「心配しなくても、男色は貴族の嗜みですよ。私も好きです」

 法的手段はやめた。

 物理的に抹殺しよう。

「ああいえ、ヴァイト卿はそんなに好みではありませんから御安心ください。あちらの副官殿のほうが好みですね」

 カイト、お前男色貴族に狙われてるぞ。



 レコーミャ卿はますます楽しげに笑う。

「というのは冗談ですが」

 待って、どこまでが冗談だったの?

 それを教えてもらわないことには、お前とゆっくり話をする気になれないんだが。

 だがレコーミャ卿は勝手にどんどん語りだしていく。



「エレオラ殿下は、御自身の派閥を拡大するおつもりはないのでしょうか?」

 派閥か。

 ロルムンド国内におけるエレオラの支持者は、帝国大学の研究者たちや軍の技術士官、あとは東ロルムンドの実家周辺の領主たちといったところだ。



 ただこう言っては悪いが、政争に役立ちそうな顔ぶれでははない。

 東ロルムンドの領主たちにしても、統一戦争末期に領地を得た新興貴族たちだ。

 東ロルムンドは統一戦争最後の激戦地だった訳で、そこをもらっている連中は全員が新興貴族である。

 だから宮廷内では新参の成り上がり者として扱われ、領爵たちからは軽侮、宮爵たちからは嫉妬と、扱いはあまり良くないらしい。



 レコーミャ卿は腕組みして、小さく溜息をつく。

「領地がもらえるのなら、私なんか西ロルムンドでなくても、東でも北でも構いませんがね」

 俺は彼を試したくなって、こう問いかける。

「いっそ南でも、とか?」



 するとレコーミャ卿は屈託ない笑顔を浮かべた。

「ええ、それも悪くないですね。私に領地をくれませんか、ヴァイト卿?」

「私の一存では決めかねますな」

 そう言って俺はやんわりと受け流したが、こいつなかなか面白いな。



 レコーミャ卿は俺との会話で手応えを感じたのか、こう続けてくる。

「私は今、他の宮爵たち同様にアシュレイ殿下の派閥だと思われています」

「実際には?」

「確かにアシュレイ殿下の信奉者ではあるのですが、順番待ちの宮爵たちがひしめいていますからね。お仕えしたところで、私に領地は与えられないでしょう」



 ロルムンドは広大な土地を持つが、大半が耕作不適格地だ。わざわざ農奴を送り込んで耕したところで、数年以内に飢饉で壊滅してしまう。

 まともな収穫が見込める土地はといえば、もう貴族たちに与えられるだけ与えてしまっている。

 だからどこかの貴族が失脚なり断絶なりしない限り、領地を授かれないのだという。

 だからといって、ミラルディアをアテにされても困るんだけどな……。



 レコーミャ卿はこう続ける。

「アシュレイ殿下は農業技術を発展させ、耕作可能な土地を増やすおつもりです。しかしこの手の試みは大抵、試行錯誤の連続になります。何年かかるかわかりません」

 彼は溜息をついた。



「かといってドニエスク家についたところで、あちらは北ロルムンドの領主たちの派閥です。宮士爵の私が行ったところで、まともな扱いはされないでしょう」

「そこで第三の選択肢として、エレオラ殿下を検討しているというところですかな?」

「はは、その通りですよ。それにドニエスク派では、シュメニフスキー伯のような男が幅を利かせていましたからね」

 ああ、鮮血伯か。



 レコーミャ卿は笑う。

「あんな残虐で傲慢な男を、『貴族の気風を持つ人物』だの『男の中の男』だのと持ち上げる輩もいるのです。話が合いません」

 こっちの世界は命の値段が安いが、ロルムンドは特にひどいもんな。

 どうやらレコーミャ卿は、まともな感性を持っているようだ。



 彼を味方にした場合の危険性としては、裏切られてアシュレイ派との二重スパイになるぐらいか。

 アシュレイ皇子はそこまで危険な人物には見えなかったから、そんなに警戒しなくてもいいだろう。

 俺は彼を勧誘することにした。

 こちらから誘ったことにすれば、レコーミャ卿としても嬉しいだろう。



「レコーミャ卿、よろしければエレオラ殿下に忠誠を誓いませんか? うまくすれば、ミラルディアの領主になれるかもしれませんよ?」

「よろしいのですか、初対面の私を信用しても?」

「信用するかどうか、決めるのはエレオラ殿下ですから」

 実際には俺が決めるんだけどな。



 レコーミャ卿は笑顔で頭を下げる。

「ではよろしくお願いします。エレオラ殿下への忠誠の証として、今後は宮廷内の情報をお知らせしましょう」

「それは助かります。エレオラ殿下は協力者に篤く報いられる御方です。どうか御安心ください」



 エレオラは信頼できる味方を増やすのがあまり得意ではないが、信頼した者は決して見捨てない義理堅さも持っている。

 見返りは確実だろう。

 なんせ皇帝になる女だからな。

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― 新着の感想 ―
LGBTQ系の迫害とも受け取れるような書かれ方をされていて、読んでいて少し悲しくなった。
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