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決闘日和ふたたび

170話



 俺は早めに東ロルムンドに帰ってカストニエフ卿、つまりエレオラの伯父さんを味方に引き込む工作を始めるつもりでいたのだが、まだ帝都にいる。

 理由は簡単だ。



「ヴァイト卿、決闘のお話を聞かせてくださいな」

「ミラルディアで数々の武勲を立てられたというのは本当ですか?」

 なんとか伯爵との決闘以来、俺はすっかり宮廷の有名人になってしまった。

 ほとんど珍獣扱いだ。



 帝都に来た初日に伯爵クラスと決闘沙汰を起こした挙げ句に、一撃で殴り倒すなんて変わり者、そうそういないからな。

 ミラルディアから来た異国の貴族というのも、珍しさに拍車をかけている気がする。

 そして同じぐらい注目を集めているのが、「ヴァイト卿はエレオラ派だが、アシュレイ皇子のお気に入り」という根も葉もない噂だ。



 神聖ロルムンド帝国の皇太子アシュレイといえば、近日中に皇帝になるはずの人物である。

 病床の皇帝の代理として、すでに公務の大半を代行している身だ。

 その人物のお気に入りとなれば、親しくなっておきたいと思う者は多いのだろう。

 俺と仲良くなっても無駄なんだけどな。

 エレオラを皇帝にするために来てるんだから。



 俺は毎朝、朝食より先に他家の使者たちと会う。貴族たちから昼食のお誘いを受けるのだ。それを承諾したり謝絶したりするのに時間を費やす。

 そして昼食会。それから別の貴族にお茶会に誘われ、また別の貴族から夕食会に招かれる。

 食事は美味いが、どうにも窮屈でしょうがない。



 そして一番面倒くさいのが、これだ。

「ヴァイト卿。ミラルディア貴族の貴殿に負けたままとあっては、我らロルムンド貴族の名折れ。ぜひ私との決闘に応じていただきたい」

 一部の貴族たちから、連日のように決闘を申し込まれるようになってしまった。



 なんとかスキー伯爵は「鮮血伯」の名前で知られるように、悪名高いサイコ野郎である。

 とはいえ、由緒正しい伯爵家の当主でもあった。

 それを一撃でぶちのめしたから、一部の貴族たちの愛国心や功名心をいたく刺激してしまったようだ。

 なお噂によると、鮮血伯本人はドニエスク家の山荘で静養中らしい。



「よいせっと」

 俺は前に踏み込むと、決闘相手のなんとか卿の腕をつかんだ。

 踏み込む直前、前足が浮いている瞬間の剣士は不安定だ。

 この一瞬を捉えれば俺でも勝てる。



 とはいえ、それを捕捉するのは人狼の動体視力と、魔法で強化された俊敏さがなければ不可能だ。

 そのどちらも持っている俺は、対戦相手の足を払いつつ、彼の手首を引っ張る。

 元傭兵だったウォッド爺さん直伝の技だ。



「うわあぁっ!?」

 踏み込んできた勢いに俺の引き込みが加算され、対戦相手の貴族は豪快に吹っ飛んでいった。

 背後にエレオラ邸が誇る壮麗な噴水があったので、そちらに飛び込んでもらう。



 派手な水飛沫があがってしばらくすると、ずぶぬれになった貴族がよろめいて出てきた。

 俺はそこで剣を抜き、彼の鼻先に切っ先をぴたりと突きつける。

 対戦相手はびしょびしょの膝をついて、うなだれた。

「私の負けだ……」



 周囲から貴族令嬢や侍女たちの歓声が沸き起こり、俺は軽く会釈してから対戦相手に手を差し出す。

「お怪我はありませんか?」

「驚くほど無傷ですよ……自尊心以外は」

「あちらにお召し物を用意させております。その後でゆっくりお茶にでもしましょう」

 俺はにこにこ笑い、彼を立たせると並んで歩き出した。



 この国の貴族でも朝から晩まで謀略に明け暮れているのは、帝位をめぐるトップぐらいだ。

 中堅から下位の貴族たちは、主に自分たちの出世や立場について考えている。あとは道楽に明け暮れたり、領民や使用人たちをいかに養うか考えたり、その程度だ。

 だから決闘観戦などは、良い娯楽になっているようだった。

 対戦相手の片方が異国の貴族となれば、なおさらだ。



「ヴァイト卿、次は私と決闘していただく!」

「いえいえ、私が先約ですぞ」

「クローディフ卿、貴殿はおととい負けたばかりでしょう。私が先です」

 もうなんでもいいよ……でもせめて食事の後にしてくれないか。



 俺は剣術の素人なので、基本的に素手でしか戦えない。

 ただし人狼の知覚力で相手の動きは読めるし、強化魔法で身体能力を底上げできるので、一対一の決闘形式なら変身しなくても何とかなる。

 何とかはなるのだが、これで勝ったところで魔術師の人狼がただの人間をいじめてる構図なのは変わらない。

 正直、ちょっと罪悪感はある。



 そんな訳で、俺は適当に手加減して相手をあしらっていたのだが、そのせいで挑戦者が増えてしまった。

 死なないとわかるとみんな大胆なもので、次々に決闘を挑んでくる。

「うひょわああぁっ!?」

「次の方、どうぞ」

「ヴァイト卿、よろしくお願いします!」



 たまに本気で俺を殺そうとしてくるヤツもいるが、そういうのは鮮血伯と同じように少々手荒い歓待をしてやる。

 だがほとんどの貴族は、腕試しや「異国の貴族と決闘した」という思い出作りに来ているようだ。

 スケジュール圧迫されるからやめてくれないかな……。



 同じ日に決闘を複数回こなすという、ロルムンド史上でも記録にない荒行を毎日やる俺。

 貴族の決闘用剣術は様式がガチガチに定まっているので、戦場慣れした俺には約束稽古をしているのと変わらない。



 今度は俺もサーベルを抜き、相手の刃を受け流す。

 そのまま鍔迫り合いまで持ち込んで、相手の剣を上に押し上げてやった。

 ボディがガラ空きだ。

 掌でトンと突いてやると、のけぞった相手は尻餅をついた。

 そこにサーベルの切っ先を突きつけてやる。

「ま、参った!」

 いっちょあがりだ。



 対戦相手に手を貸して起こしながら、俺は周囲を見る。

 俺の決闘をみんなで観戦しつつ、お茶や歓談に興じている。いい見せ物だ。

 決闘場となっている庭園の片隅では、ウォッド爺さんが前の決闘の敗者に解説をしていた。



「今の一戦を見ておりましたがのう……踏み込みまでは良かったんですがな、懐に入られてからがいかん」

「御老人、それはどういうことかな?」

「手首をつかまれるのは、残心がただの硬直になっとるからです。引き戻しが遅いと、ここをこう……ほれ」

「うわあぁっ!?」

 またぶん投げられてる。



 貴族の令嬢たちに囲まれていたカイトが、それに生真面目に応対しながらこっちにやってきた。

「あっちのお嬢さんたちが、ヴァイトさんをお茶に招きたいとしつこくて……全部断ってきましたけど」

「ああ、悪いな。失礼のないようにしてくれたか?」

「ええ。ヴァイト客爵の名に恥じないよう、丁寧にお断りしておきましたよ」

「ありがとう、頼りにしてるぞ」

 断りづらい用件も、カイトがいてくれると楽だな。



「それでカイト、今日の決闘はあと何人だ?」

「レコーミャ宮士爵との決闘が残っていますが……あれ?」

 カイトがふと周囲を見回す。

 そういえば、場の空気がおかしい。

 さっきまでくつろいでいたのに、今は妙な緊張感がある。



 そこに一人の男が現れた。

 ロルムンドは身分が厳格に定められているので、服装や装飾品で身分がすぐにわかる。あれは下級貴族の士爵だ。



 俺は彼に見覚えがあった。なんとかスキー伯爵の決闘のとき、伯爵の介添え人をしていた男だ。

 どうやら先日の因縁があるらしい。

 用件はもちろん、決闘だろう。

 俺は立ち上がると、こちらに歩いてくる彼を待ち受けた。


※明日12月10日(木)は定休日です。

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