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銃と林檎

154話



「構え!」

 俺の号令と共に、人狼隊五十六名が一斉に射撃姿勢をとる。

 半数は膝をつき、半数は立った姿勢だ。

「後列撃て!」

 俺が命じると、後列の二十八人が標的に向かって斉射する。

 標的にした廃材の柱三十本のうち、半数ほどが折れて吹っ飛ぶ。



 後列が先に撃つのは、誤射防止のためだ。

 前列は敵に近い状態で膝をついているため、とっさに立ち上がってしまう可能性がある。

 そうなると至近距離で味方の射撃を浴びてしまう。



「前列撃て!」

 俺の号令で、前列が斉射する。

 残っていた柱があらかた吹き飛んだ。残りは三本ほど。

「前列突撃!」

 前列が変身し、突進を開始した。

 後列は先ほどから、次の射撃に備えている。



 人狼に変身した前列が残った柱を全て叩き折ると、訓練は終了だ。

「そこまで! よし、だいぶいい感じだ」

 俺が笑うと、みんなも笑顔を浮かべた。



 俺は弟弟子のリュッコに頼んで、魔撃杖を人狼用に改造してもらった。

 人狼が「杖」というのもイメージに合わないので、俺は「魔撃銃」と命名している。何よりこっちのほうがかっこいい。



 足下でリュッコが猫のように顔を撫でながら、自慢げに言う。

「お前ら人狼は内側にしか魔力が流れないけど、魔力自体はそこそこ持ってるんだよ。だから武器のほうで、勝手に魔力を吸うようにしといたんだ」



 俺は確認しておく。

「一応、最初は二発撃てるんだよな?」

「ああ。あの威力で二発分になるように容量を設定しておいたぜ。一発分を貯めるのに……そうだな、朝飯食ってから昼飯前までかかるかな?」

 数時間というところか。

 一度の戦闘で撃てるのは二発が限度だし、連戦になると厳しいな。



「もう少し撃てるようにはできなかったのか?」

「人狼になったとき、ヘロヘロになっててもいいのならな」

 人狼にとって人間形態は省エネモードだ。人間の集団に潜むのにも便利なので、変身能力に長けた人狼が生存競争に勝ったらしい。

 人狼は「変身能力も持っている超強い魔族」ではなく、「ここぞというときに全力で戦うため、普段はおとなしくしている魔族」なのだ。

 その大事な力の貯金を魔撃銃に装填しているのだから、やりすぎると人狼に変身したときに困る。



 とにかくこれで、人狼隊も中距離での攻撃手段を確保した。変身しなくても戦えるというのも、今後の計画では重要になる。

 俺がほっとしていると、リュッコが俺のマントを引っ張った。

「なあ、おい、なんか忘れてないか?」

「ああ、報酬だな。心配しなくても、魔王軍から払う」



 するとリュッコは露骨に溜息をついて、肩をすくめてみせる。

「これだから人狼は困るんだ。そうじゃねえよ、ほらこれ」

 彼が背伸びしながら差し出したのは、季節はずれのリンゴだ。

「くれるのか?」

「だからそうじゃねえって言ってんだろ!」

 機嫌を悪くして、ストトトトとスタンピングを繰り返すリュッコ。



 ああ、思い出した。

「もしかして、あれか」

「あれだよ! 早くしろ!」

 俺はナイフを抜いて、リンゴを八等分する。それから皮を切って、八羽のウサギさんを作ってやった。

 修行時代、なかなか打ち解けてくれないリュッコに作ってあげたのが始まりだ。

 あのときは興奮して部屋中跳び回ってたな、こいつ。



 どうやらこちらの世界には、リンゴのウサギさんは存在していなかったらしい。

 つまり俺はリンゴのウサギさん発明者として、歴史に名を残せる可能性がある訳だ。ちょっと嬉しい。

「これでいいか?」

「おう、それだよそれ。早くよこせ」

 ぴょんぴょんとジャンプして、リュッコはリンゴをせがむ。



 俺がリンゴを皿ごと渡すと、リュッコはその場に座り込む。

 そしてリンゴのウサギさんを手に取って、目をキラキラと輝かせた。

「ほふぅ……美しい……美しいぜ……」

「なあリュッコ、なんでこればっかり毎回せがむんだ? 自分でも作れるだろ?」



 するとリュッコはリンゴをしゃくしゃくかじりながら、呆れたような顔をした。

「誰かに作ってもらうのは格別なんだよ! 人狼にゃわかんねーのかな、このプレミア感が」

「そういうものか?」

 喜んでくれるのなら、それでいいんだけどな。



 リュッコの態度がやたらとでかいが、彼のやってくれたことを考えるとこれぐらいのサービスはむしろ当然だ。

 回収した魔撃杖のうち、予備を含めた六十挺余りを人狼用の「魔撃銃」に改造する。

 一挺ならともかく、この数は大変だ。

 設計に余裕があるおかげで何とかなったらしいが、最後のほうはニンジンをくわえたまま居眠りするほど疲弊していた。



 俺は弟弟子に感謝しつつ、今日も人狼隊を訓練する。

 もっとも俺も、銃なんてエアガンとゲームと映画でしか知らない。

 捕虜の魔撃大隊に訓練を依頼するという手もあったが、彼らは騎兵だったり狙撃兵だったりして、使い方が俺たちと違う。

 何より、これは魔王軍の最高機密だ。

 一時的に手を組むとはいえ、詳しい仕様について第二〇九魔撃大隊に教える訳にはいかない。



 そんな訳で、素人の俺がド素人の集団を指導している。

 若干不安は残るが、秘密兵器もあるから何とかなるだろう。

「リュッコ、あれはもう使えるのか?」

 リュッコは最後のウサギさんを名残惜しそうにじっと見つめたまま、小さくうなずいた。

「射撃ならもう大丈夫だ。ただ車軸の強度が心配なんで、ジェリクに新しい車軸を発注してる」



 俺の視線の先には、大砲のような代物がある。魔撃銃を六本束ねた、いわゆるガトリング砲だ。

 魔術師は魔力を自由に操れるので、装填数には困らない。

 ということで、火力支援用に連発できるのも作ってもらった。

 六挺の大型魔撃銃には、かなりの量の魔力を充填しておけるようになっている。連射性は抜群で、威力や射程も相当なものだ。

 ただやっぱりこれも秘密にしておきたいので、使う機会はあまりないだろう。



 魔撃ガトリング砲にもたれかかっているのはカイトとラシィだ。

「私とカイトさんが一挺ずつ、それにパーカーさんが二挺いけます。それ以上は、ちょっとしんどそうですね」

「だから残り二挺の魔力供給は、ヴァイトさんがやってくださいよ?」

「ああ、任せておいてくれ」

 運用には複数の魔術師が必要なので、カイト、ラシィ、パーカーはロルムンドに連れていく。

 みんなそれぞれ、役に立ちそうな魔法を使えるしな。



 そしてカイトたちの横に突っ立っているのは、交易商のマオだ。

「私まで同行する理由がわかりませんね」

「外交官が足りなくてな。この際、暇な悪徳商人でもいい」

 今後の作戦計画には、交渉事の得意な人材が必要だ。

 ちょうど本業がグダグダになって暇そうな悪徳商人がいたので、こいつも誘うことにした。



 マオは肩をすくめてみせる。

「確かに暇なんですけどね」

「だいたいお前、誘わなかったら後で絶対に文句言うだろ」

 すると彼は笑った。

「当たり前じゃないですか。ロルムンドに行けば、儲け話のひとつぐらい転がってるでしょう。あなたと一緒なら、無事に帰ってこられるでしょうしね」

「保証はしないぞ」

 その俺に対する妙な信頼感は何なんだ。



 俺はみんなと一緒に執務室に戻り、机上に置かれていた銀貨を手に取る。ミラルディアの銀貨より一回り大きい、ロルムンドの銀貨だ。

「なんです、それは」

 マオが訊ねるので、俺はこう答える。

「慰霊碑の供え物なんだが、さすがに銀貨は高価だからな。清掃係の犬人兵が毎日回収してるんだ」

「つまり、毎日それを供えている人物がいるということですか。ロルムンドの銀貨を」



 該当する人物は一人しかいないし、監視をつけているので報告は受けている。

 エレオラ皇女だ。

 俺は今日の分の銀貨を小箱に納めながら、小さく溜息をつく。

「せっかくだから慰霊碑の維持と一年後の慰霊祭に使わせてもらうつもりだが、どうも気が引けるな」

「わかりますよ。預かりものの金を持っていると、責任で気が滅入ります」



 そこにマオと同じぐらい暇そうなパーカーがやってきた。

「慰霊祭かい? それなら僕が協力してあげよう。両軍戦死者の合同召霊演習で、リューンハイト防衛戦の再現を……」

「マオ」

「なんです?」

 首を傾げながらも、肘置き用のミニクッションを素早く俺に渡すマオ。



 俺はそれをパーカーの口に突っ込んだ。

「いつか天罰が下るぞ、兄弟子殿」

「ひはふはっは!」

 俺も一度は死んでいるみたいだから、死者代表としてパーカーにおしおきしておく。



「死霊術師が死者をオモチャにするようになったら終わりだって、師匠がいつも言ってるだろ?」

「ほーひゃん! ほーひゃんはっへ!」

「ダメだ。師匠の代わりに兄弟子を諫めるのも、弟弟子の義務だからな」



 死霊術師は禁忌に触れることも多いので、気をつけていないと次第に人間性を喪失していく。

 特にパーカーのように生身の肉体を失っている場合は要注意だ。彼自身もそれはよく自覚しているが、ちょっと気が緩むとこうなる。

 だからツッコミの手は緩めるなと、師匠から厳しく命じられていた。

 今の発言は少し危うい気がしたので、しっかりおしおきしておこう。

 俺はこの鬱陶しい兄弟子に破滅してほしくないのだ。



 それにしても気になるのはエレオラだ。

 エレオラ皇女の気晴らしになればと思って散歩を許可したのだが、本当に気晴らしになっているのだろうか。

 慰霊碑に毎日祈りを捧げている異国の皇女の姿は、リューンハイト市民の間でも噂になっているらしい。

 この様子だと少し不安なので、今度ナタリアに聞いておこう。


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