孤独な皇女
152話
改造方面のことは、リュッコに任せておこう。
俺のほうは、分析で得られた情報を別のことに用いる。
魔撃杖も魔撃書も、エレオラ皇女が開発したものだ。
魔撃大隊の兵士たちによると、そのエレオラは帝位争いから遠ざかろうと必死だったらしい。
「エレオラ皇女は早いうちから、学問の道を志していたらしいんだ」
俺は主立ったメンバーを集め、みんなで紅茶を飲みながら打ち合わせをする。評議会関係者も魔王軍もごちゃ混ぜだ。
エレオラ皇女は幼少時にロルムンド帝国大学の幼年科に入学。そのまま成人後も学内進学するという、典型的な研究者コースをたどった。
これは「帝位をあきらめるのでそっとしておいてほしい」という、暗黙ではあるが明確な意思表示だった。
それでも暗殺の危険はつきまとい続けるが、狙われる優先度はぐっと下がるらしい。
「ところが、彼女の有能さが仇になった」
「どういうことですか?」
回収された通信機や暗視装置を手に取って確かめながら、クルツェ技官が疑問を口にする。
俺は聞き取りメモをめくりながら、みんなに説明した。
「役に立つものを開発しすぎたんだ」
魔力の共鳴現象を利用した通信機に、光を集める魔法を利用した暗視装置。そして簡易光学迷彩。
いずれもエレオラ本人が暗殺を警戒して開発したものだが、これが軍などに注目された。ロルムンド帝国大学での研究成果は、全て国家財産となる。
「中でも一番まずいのが、『魔撃杖』を開発してしまったことだよ。これでロルムンド軍が本格的に動き出した」
「彼女はなぜ、そんなものを?」
クルツェ技官が不思議がっているので、俺は説明する。
「エレオラが専門とする破壊魔法ってのは、本当に使いにくいんだよ。だからロルムンドでもミラルディアでも、破壊術師たちは重用されていなかった」
俺の言葉にパーカーがうなずいた。
「炎も稲妻も、作った瞬間に本人直撃だからねえ。制御用の魔法を使って標的に当てるのが一苦労なんだけど、そこのヴァイトは」
俺は最後まで言わせないために、彼の口にラスクのような菓子をねじ込んだ。
「兄弟子殿、召し上がるがいい」
「ほふははべはれはひって!」
聞こえないな。
不都合な過去を隠蔽できたので、俺は説明を続ける。
「彼女は破壊術師たちの地位向上のために、破壊魔法を効果的に射出する装置を作ったんだ。それが『魔撃杖』だった」
リュッコの説明だと、構造自体は水鉄砲なみに単純らしい。
ただし威力や安全性、そして生産性を向上させるために、極めて洗練された技術が用いられているという。
「ロルムンドの破壊術師たちは新兵器の優秀な使い手になり、一気に立場が向上した。彼らは他の系統の魔術師よりも魔力が強いが、破壊的な方向でしか魔力を操作できない」
するとパーカーがまた割り込んできた。
「でも『魔撃杖』を持たせれば、その魔力が優秀な飛び道具になる! 一気に戦場の花形って訳さ!」
俺が口に突っ込んだラスクはどうなったんだろうと思ったら、カイトのティーソーサーの上に置かれていた。
迷惑そうな顔をしているカイト。
すまん。
説明を聞き、クルツェ技官が納得したようにうなずく。
「それで軍が彼女を放っておかなかったのですね。では、政治の世界に逆戻りということですか」
「ああ。皇女が軍籍を持つ以上、政治の世界からは逃れようがない」
この辺りの経緯は魔撃大隊の連中も知らないようだが、軍は帝国大学に対して強い権限を持つ。裏で色々あったのだろう。
エレオラは学生の身分から技術士官に転身し、反乱鎮圧などで戦功を重ねた末に大隊長までのし上がってしまう。
「研究者だけでなく、指揮官としても能力が高かったのが不幸だった。おまけに部下を大事にするから人気もでる」
一同はそれを聞き、同情混じりの溜息をつく。
「それは警戒されるかもしれませんね」
蒼鱗騎士団のバルツェ団長がつぶやくと、みんなもうなずいた。
憂鬱そうな表情でラスクを食べながら、カイトが言う。
「研究者として優秀で、軍務もこなせる皇女様でしょう? それで部下の人望もあるとなると、ちょっとまずいですね」
「あ、でも私なら尊敬しちゃいますよ」
ラシィが懸命にエレオラをかばうが、そういう善良な人物は政治の中枢にはあまりいない。
アイリアがつぶやいた。
「野心がなく優秀な人物なら、どこかの派閥に属して庇護を受けるのが良いのでしょうが、帝位継承権を持つとなると……」
「歩く火種だからそれも難しいな。彼女に何かあれば巻き添えになるし、彼女が野心を持ったら危険極まりない。だからどこの派閥も受け入れてくれなかった」
結局、彼女は自らの派閥を築くしかなかった。学者や軍の技術士官、それに魔術師など、宗教色の薄い知識層がエレオラの支持者だ。
しかし世渡り下手なエレオラは従兄の皇子たちに疎まれ、「ミラルディア征服」という面倒くさい割に将来性のなさそうな任務を押しつけられてしまう。
彼女は自身や周囲の者が処罰されることを避けるため、それにも全力で取り組んだ。
そして全部裏目に出た。
「後はみんなも知っての通りだ。そして今は我々に監禁されている」
集まった一同は、そろって気の毒そうな表情を浮かべていた。
俺は前世のどこかで聞いた、「本気を出せばS級だけど、目立ちたくないからC級」という言葉を思い出していた。
あれって割と現実的な処世術だったのかもしれないな。
エレオラが研究室でどうでもいい魔法道具ばかり作っていたら、まだ大学にいられたはずだ。
俺は同じ話を評議会でもしたが、やはりみんな気の毒そうな顔をしていた。太守たちはみんな元老院相手に苦労した経験があり、エレオラの苦労は理解できるからだ。
「煙たがられんようほどほどにやる、というのができん性格なんじゃな。こりゃ苦労するわい。アラム、お前さんもよく覚えとけ」
ペトーレ爺さんが苦笑すると、アラムがうろたえる。
「な、なんで私が!?」
「お前さんも、もう少し肩の力を抜かんとしんどかろう」
一同が笑う。
俺はアラムをかばった。
「東門に接近していた傭兵隊を追い返してくれたのは、アラム卿の機転のおかげだ。ありがとう」
「いえ、私もようやく少しはお役に立てるようになりました」
笑顔をみせるアラムに、ペトーレが溜息をつく。
「おかげで本物のロッツォ軍は出番がなかったわい。今後はロッツォ軍もリューンハイトに駐留させとくかの。百ほどでよかろう」
それを聞いて海賊都市ベルーザの太守ガーシュが肩をすくめる。
「たった百かよ、爺さん。ベルーザ陸戦隊の足手まといになるなよ?」
「はっ、これじゃからお前さんは半人前なんじゃ。ロッツォ軍がいるだけで、傭兵どもは手出しできんようになるんじゃぞ」
どうもそうらしい。
見えないところに影響力を持っているのが、ロッツォの怖いところだ。
だがベルーザ陸戦隊は、魔族を守るために命がけで戦ってくれた。これは歴史上初めてのことだ。
俺はそのことにも触れ、ガーシュに感謝の意を伝える。
するとガーシュは照れくさそうな顔をして、肩をすくめてみせた。
「行動の伴わない友情なんて意味がねえ。それだけだ。てめえも戦死者のために、わざわざ慰霊碑を建ててくれたそうだな。ありがとよ」
「当然のことだ」
評議会では他に、北部との合併についても相談した。
俺たちは北部太守との間に特にわだかまりもないので、北部太守も評議員として迎え入れる予定だ。
北のロルムンドがミラルディアを征服しようとしているのはわかったが、ロルムンド人の支配はもうこりごりだというのが、北部のおおまかな空気らしい。
そうなると疲弊しきっている北部の選択肢としては、南部との協調路線しかなくなる。
ミラルディア十七都市同盟は消滅したが、今後はミラルディア十七都市連邦として再出発することになりそうだ。
後世の学生たちは、この辺りの歴史を学ぶときに苦労するだろう。
「結局、元老院だけが消えて元の鞘ってことですね」
迷宮都市ザリア太守シャティナが言うと、フィルニールが彼女の頬をつついた。
「ボクのこと忘れてない? 魔族が仲間入りしたぶん、にぎやかになってるよ」
メレーネ先輩もそれにうなずきつつ、感慨深げにつぶやいた。
「私が人間だった頃から元老院は存在してたから、なんだか変な気分ね。ま、なくなっても別に困らないと思うけど」
俺もそれには同意見なので、こう返す。
「ええ。彼らの歴史的な役割は、とっくに終わっていましたからね」
封建国家から逃れた奴隷たちが新しい国家を築くために、共和制という形を採用したのは当然だ。
元老院はその後徐々に腐敗していったが、それでも最後まで奴隷制度を認めなかったのは評価したい。
そのぶん南部民にしわ寄せが来ていたので、それほど評価もできないのだが。
そんな話をしていると、工芸都市ヴィエラ太守のフォルネがパンパンと手を叩いた。
「さ、難しい話はそれぐらいにして、劇でも観ましょ。黒狼卿シリーズの最新作『永遠の少女』をお披露目するわ」
「まだ作ってたのか」
もう必要ないだろうに。
というか、それもしかして師匠が登場するのか。
するとフォルネは愉快そうに笑う。
「それがね、もっと観たいって要望が多かったのよ。魔王軍から魔王様の劇が欲しいって頼まれてたし。次回作はシャティナがヒロインの『迷宮の守護者』よ」
あれを劇にする気か。
俺は恥ずかしくなり、なんとなく視線をそらす。
「フォルネ卿、少し趣味に走りすぎじゃないか?」
「それが、これって儲かるのよね……公演はそれほどでもないけど、絵画とかが意外に売れるのよ。今はヴィエラに腕のいい芸術家が大勢いるしね」
ああ、わかる。わかるぞ。買っちゃうよな。
やっぱりみんな、抜け目がない。