運命の終端
148話
俺は気絶させたロルムンド兵の女の子を、ベルーザ陸戦隊に預ける。
「すまん、捕虜たちの保護と監視を頼む」
「任せてください、ヴァイトの旦那! おい、水と布もってこい!」
「毛布もいるな」
鉄の規律できびきびと動く凶悪なモヒカンたち。
ちょっと見栄っ張りのガーシュが、わざわざ送り込んでくるだけのことはあるな。
俺は敵の生存者を治療した上で、彼らを捕虜として扱うことにした。
この調子でバンバン捕まえていくぞ。
お前ら全員人質にしてやる。
敵から奪い取った通信用の指輪を掌でもてあそびながら、俺は笑った。
「隊長、またヤツです! 黒い人狼!」
「接近戦に持ち込まれるな!」
俺は敵の通信を傍受し、「第三軽騎小隊」を追い込んでいた。
例の鳥みたいなのに乗った連中だ。ちょこまかと走り回る彼らにはベルーザ兵たちも苦戦していたようだが、俺が通信を傍受して先回りしている。
ほらきたぞ。
「なんだこいつ! なぜ倒れない!?」
「撃て! 撃ちまくれ!」
光の弾がびしばしと飛んでくる。
流れ弾が家屋や味方に当たると困るので、俺は手をかざした。
頭の中で「渦」をイメージすると、俺の掌に光弾が吸い寄せられていく。もちろん俺は何ひとつダメージを受けず、代わりに魔力を回復していた。
やはりこれは、師匠の能力の一部だ。
学術的な興味が湧いてくるが、今は目の前の敵を無力化しよう。
俺は贅沢に強化魔法を使用し、限界まで加速した。普段はこんな加速をすると燃費が悪すぎるのだが、今は敵が魔力を回復してくれる。
「ヤツが消えた!?」
消えてないよ。
お前の背後にいるだけだ。
さっきの少女兵士の件で、ロルムンド兵が素直に投降しないのはわかっている。
だから俺は敵のど真ん中に飛び込み、全力で吠えた。
俺の唯一最大のオリジナル技、「ソウルシェイカー」だ。
だが今回は魔力がみなぎりすぎているせいか、威力が桁違いだった。
「うわっ!?」
「ぐっ!」
「ぬあっ!」
ロルムンド兵がまとめて吹っ飛び、騎乗していた鳥ごと気絶する。
周囲の建物がびりびりと震え、窓ガラスが全部粉々に砕けた。
俺が街を壊してどうするんだ。
だが全員気絶したのに、どこからか声が聞こえる。
『……えるか!? 退却許可を出す、ただちに撤退しろ!』
エレオラ皇女の声だ。通信機からだな。
俺は通信用の指輪に、こう告げた。
「第三軽騎小隊は全滅した。次はお前の番だ、エレオラ皇女殿下」
『貴様は黒狼卿!?』
驚く彼女の声に、俺は笑い声を浴びせる。
「さあ、どこまでも逃げるがいい。人狼の狩りを盛り上げてくれ」
返事を待たずに俺は通信を切った。
今のはもちろん、エレオラ皇女の性格を逆手に取った挑発だ。
彼女は部下を何よりも大事にしている。少し過剰なほどだ。
その部下を大量に失って、リューンハイトへの攻撃も失敗しつつある。
そこに敵から「逃げろ」と言われたら、彼女はどうするか。
逃げないだろう。
普段は挑発など通用しないだろうが、今ならいけると思う。
リューンハイト新市街の西側では、組織的な戦闘はほぼ終わったようだ。
東門にはなぜか敵が来ていないそうだし、勇猛で鳴らす竜人の騎兵たちもいる。
最初の攻勢はなんとかしのげたと思う。
すでに各都市に伝令を飛ばしている。夜が明ける頃には、周辺の都市から援軍が到着するだろう。
そうなるとエレオラ皇女もさすがに逃げるだろう。
進入してきた敵は二十人ずつの小隊で、確認できた限りでは第二小隊から第五小隊までいた。「第一小隊」は確認できていない。
俺は城門を飛び出し、西の森に近づく。
今の俺の知覚は魔法で強化されていて、かなり広範囲の魔力を感じられる。
魔撃兵器を使う彼らは、一般人よりも魔力が強い。それが二十人ほどいるのなら、追跡は簡単だ。
魔撃杖を警戒する必要はないが、精鋭二十人が待ち伏せしている森の中に入るのは緊張する。
でも俺一人だから何とかなるだろう。
そしてエレオラ皇女は案の定、すぐに見つかった。
森の中の少し開けた場所に、たった一人でエレオラ皇女が岩に腰掛けている。
周囲には多数の殺気。……というか多人数の魔力。茂みや樹の上に、全部で十八人いるな。
俺は警戒しつつ、エレオラに向かってまっすぐ歩いていく。
「エレオラ。兵を隠しても無駄だぞ」
すると彼女は苦笑してみせる。
「やはりわかるか?」
「息を止めて土と同じ匂いにでもならない限り、俺の知覚からは逃れられん」
エレオラはびっくりするほど穏やかな表情で、俺を見つめている。
「どうした、私を殺さないのか?」
「さて、どうしたものかな……」
殺すだけならいつでもできるが、皇女を殺すとやっかいなんだよな。
するとエレオラは意地の悪い表情を浮かべた。
「殺すつもりがないのなら、降伏勧告をしないのか?」
俺は笑う。
「降伏する気がない者に、いちいちそんな無駄なことはせんよ」
さっきの少女兵士は、俺に勝てないと思った瞬間に躊躇なく自害しようとした。
おそらくロルムンドでは、捕虜になることを禁じられているのだ。それが徹底されている。
だったら皇女であるエレオラが降伏するはずがない。
案の定、エレオラはうなずく。
「皇女といっても、いや皇女だからこそ、私には何の選択権もない。貴殿の予想通り、私は降伏せんぞ」
「ならば力ずくで身柄を拘束させていただこう。自害する暇もなく、な」
俺の言葉にエレオラはあきらめたような表情をみせた。
「やはり私に選択権はないか」
彼女は魔撃書とサーベルを捨て、丸腰で立ち上がった。
それから俺にゆっくり近づいてくる。
「黒狼卿」
「なんだ」
「貴殿には負けたよ。完敗だ」
敗北を認めたせいか、エレオラは妙にさばさばとした表情だ。
彼女はこう続ける。
「貴殿も私も同じ侵略者だ。だがどうやら、器が違ったらしい」
俺は首を横に振った。
「そうじゃない。俺が幸運に恵まれ続けただけだ」
俺は上司にも部下にも恵まれ、敵にも恵まれた。別に俺が偉かった訳じゃない。
するとエレオラが溜息をつく。
「幸運で片づけられては、せっかく敗北を受け入れる気になった私の立場がないではないか」
そう言われてもな……。
俺は少し考え、自分なりに答える。
「もし俺と貴殿に違いがあったとすれば、俺は彼らの社会に間借りさせてもらうつもりでいたことだ。征服者として来た貴殿とは違う」
その言葉に、エレオラは少し驚いたようだった。
だがすぐに小さくうなずく。
「なるほどな……そういうものか」
最初は力ずくだったが、そこから先は恨まれたり嫌われたりしないよう、あれこれと気を配って大変だったんだからな。
エレオラはさらに俺に近づいた。互いの呼気が感じられるほどの距離だ。
「つまるところ、やはり器の違いだったということだ。良い教訓になった」
そして彼女は笑う。
穏やかな、そして少し寂しそうな笑顔で。
「だがいささか疲れてしまったよ、黒狼卿」
俺とエレオラは炎の渦に包まれた。
紅蓮の花が咲く灼熱地獄の中で、エレオラ皇女が笑っている。
とてもいい笑顔だ。全ての重圧から解放された笑顔だった。
「私は破壊術師でな。自滅覚悟なら、これぐらいはできるのだよ。冥府までつきあってもらうぞ」
冗談じゃない。
だがこの炎、俺にも普通に熱い。
そりゃそうだ。破壊魔法で引き起こされたあらゆる現象は、発生後は通常の物理法則に従う。
つまりこれも普通の炎と何も変わらない。
俺は魔力を吸収できるが、師匠と違って熱は吸収できないようだ。
エレオラ皇女は満足そうに微笑みながら意識を失い、その場に崩れ落ちた。
相変わらずムチャクチャするな、このお姫様は。
いや、あきれてる場合じゃない。何とかしないと俺も死ぬ。俺は炎を消すのに役立つ魔法は使えない。
炎は竜巻のように渦を巻きながら、壁となって俺を阻む。外がどうなっているか、全くわからない。飛び込むのは無謀だ。
だが俺だって、伊達に十年以上師匠のところで修行してきた訳じゃない。
熱への防御にしろ酸素の供給にしろ、強化魔法でゴリ押しすればなんとでもなる。
戦の常として火計への備えはしていたので、俺はエレオラと自分に急いで耐熱の魔法をかけた。酸素の供給のため、水中呼吸の魔法もかける。
おそらくエレオラは呼吸器も火傷しているはずなので、治療魔法もかけておく。どれもかなり魔力を使うが、大盤振る舞いだ。
しかし治療や耐熱の魔法がかかっているのは、俺とエレオラの生体部分だけだ。
エレオラのマントが燃えたりしているが、これはもうあきらめてもらおう。
『殿下! 殿下!』
彼女のイヤリングから、悲痛な叫びが聞こえてくる。
近くに隠れているロルムンド兵だろう。通信用の指輪を持っているのだから、おそらく側近のはずだ。
俺はエレオラの耳元に口を近づけ、こう告げた。
「エレオラ皇女は意識を失っているが無事だ。身柄はこの黒狼卿ヴァイトが預かった。彼女の命が惜しければ、貴様たちには逃げることも死ぬことも許されぬと心得よ。投降の用意をしておけ」
こう言っておけば、ロルムンド兵たちも逃亡や自害はしないだろう。たぶん。
やがてエレオラの魔力を全て燃やし尽くし、竜巻のような猛火が消える。あちこちで夏草が燃えているが、後で人狼隊に消火活動をさせよう。
俺がエレオラ皇女を文字通りお姫様だっこしていると、森の暗闇から兵士たちが現れた。総勢十八人。全員だな。
彼らはエレオラの無事を確認してから、魔撃杖と剣を投げ捨てる。
そして一番年輩の男が進み出ると、俺に言った。
「ボルシュ・ノリンスキー一等士官であります。大隊長の指揮続行が不可能なため、交戦時の規定に基づき自分が指揮権を受け継ぎます」
そう宣言した上で、彼はこう続けた。
「第二〇九魔撃大隊はミラルディア連邦に降伏します。その条件として、エレオラ殿下の安全を保証していただきたい」
「ミラルディア連邦評議員として約束しよう。貴殿たちの安全も保証する」
俺がそう言うと、彼らは一斉に無言で敬礼した。