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第二次リューンハイト防衛戦

146話



 敵襲の報告を受けたとき、俺はアイリアたちと一緒にリューンハイトの警備計画を再検討している最中だった。

 犬人兵たちの報告によれば、リューンハイトの二重の城壁のうち、外側の西門と東門が同時に破壊されたらしい。

「あと、東門に敵が近づいてます! 数は三千! ウォッドおじいちゃんが、傭兵だって教えてくれました!」



 となると、西門は陽動か。……などとは、さすがの俺でも思わない。もう騙されないぞ。

 エレオラ皇女は手持ちの戦力に余裕がないのか、頻繁にブラフを使う。

 もし本当に西門が陽動なら、西門を爆破してから時間差で東門を爆破するはずだ。

 彼女には無線機のような魔法の道具があるから、それぐらいは可能だろう。



 しかし同時爆破ということは、西門にあまりリューンハイト側の兵力を集めたくない。「東門にも戦力を分散してほしい」という意図が透けて見える。

 アイリアが腰をかがめて、伝令の犬人に尋ねる。

「東門は傭兵だけですか?」

「はい! 騎士はいないみたいです。あと魔……なんとか大隊もいません! ウォッドおじいちゃんが言ってました!」

 口調はたどたどしいが、要点を押さえた返答だ。



 アイリアは侍女が持ってきた胸甲とマントを身につけながら考え込む。

「傭兵が主力とは思えませんね」

「同感だ、アイリア卿」

 ミラルディアの傭兵たちは、そんなに上等な兵力ではない。

 最近までは長いこと戦争を経験していない国だったので、傭兵たちが相手にしてきたのは盗賊や野生の魔物だ。千人を超える規模の集団戦では、軍人より明らかに劣る。



「本命は西門だ。人狼隊を西門に向かわせる」

 エレオラ皇女のやり口は、だいぶ学習させてもらった。

 フェイントを多用しつつ、必殺の一撃を叩き込むスタイルだ。

 リューンハイトの西側には、薪などを得るための森がある。以前は骸骨兵を隠していた森だ。

 今は何もいないから、少数の兵力を潜ませるには十分だろう。



 こうなると守るべきはアイリアだな。魔王様は使いっぱしりの最中だし、他に重要人物はいない。

「ヴェンゲン殿、衛兵隊には旧市街の防衛をお願いする。アイリア卿の身辺警護と市民の保護を」

 衛兵隊長のヴェンゲンはすぐさま起立し、敬礼した。

「お任せください、ヴァイト卿」



 俺は遠吠えで人狼隊を集めて、こう命令する。

「敵は旧市街を目指してくる。密集すると撃たれるから、分隊単位で待ち伏せしろ。訓練通りだ」

 みんながうなずく。

 ファーンお姉ちゃん、ジェリク、モンザ、ガーニー兄弟、ハマーム、ウォッド爺さん。

 ……あれ、ウォッド爺さんどこ行った?



 するとウォッド爺さんが人狼に変身したまま、こちらに駆けてきた。

「遅くなってすまん。東門の監視をしとっての」

「ああ、無事ならそれでいいんだよ。心配したよ」

 元傭兵の大ベテランとはいえ、歳だからな。

 すると白い毛を持つ歴戦の人狼は、おかしそうに笑う。

「どうした、ウォッド爺さん?」

「なに、久々の戦が嬉しいんじゃよ」



 人狼隊の全員が、その言葉に笑みを浮かべた。

 みんな戦うのが大好きだ。このへんの感覚は、ちょっとついていけない。

 ときどき、自分だけが中身は人間なのだと思い知らされる。

 だが今は、みんなの力が頼りだ。



 俺は人狼隊の全員に、師匠から教わったばかりの新しい魔法をかけてやる。

 以前使った「矢避け」の魔法版だ。

「いいか、この魔法は一度だけ種類を問わずに魔法を防ぐ」

「魔法を防ぐ魔法ってどういうことだ、兄ちゃん?」

「あれだろ、魔法で魔法がかからなくなって魔法が……」

 早くもガーニー兄弟が混乱しているので、俺はもう少し説明のランクを下げた。



「敵の武器は魔法の矢をぶっ放す飛び道具だが、俺が一発だけ防げるようにしてやる。二発目をくらう前に離脱しろ、いいな?」

「おう!」

「すげえな、それ五回ぐらいかけてくれよ!」

 何度かけても一発しか防げないよ。



 全員に無事にかけ終わったところで、俺はみんなと共に新市街へと飛び出す。

「そういや今日のヴァイト係は、どこの分隊だ?」

「あたしんとこ」

 ジェリクの問いに、モンザが挙手して笑う。

 単独でエレオラ皇女のとこまで行きたかったんだが、まあいいか。

「よし、モンザ隊は俺に続け! 各隊散開しろ!」

 俺の命令で、モンザ隊を除く人狼隊十三個分隊五十二人が散っていく。

 これで新市街の西側は完全に人狼の狩り場だな。



 新市街は人と魔族が暮らす新しい街だが、同時に旧市街を守るための防衛施設でもある。

 旧市街の城門に至る道の各所には、待ち伏せに適した曲がり角や櫓を設けているのだ。

 敵の目的が旧市街への突入であるなら、血に飢えた人狼と世紀末モヒカンだらけの待ち伏せロードを突破する必要がある。



 すでにベルーザ陸戦隊が各地で激しい戦闘を展開していて、敵の侵入を遅らせていた。

 火力では魔撃大隊のほうが上だろうが、ベルーザ陸戦隊は五百人以上いる。後退しながら敵を待ち伏せポイントに引っ張り込む戦術は、今のところうまくいっているようだった。



 俺はモンザ隊に護衛されながら、主戦場を迂回して西の外門を目指す。西の森にエレオラ皇女が潜んでいるというのが、俺の予想である。

 そのとき少し離れた曲がり角から、不意に敵の集団が現れた。

「あっ!?」

 魔撃杖を構えた敵歩兵たちが、俺たちを見て慌てた声をあげる。どうやらあちらも主戦場を迂回して、旧市街への内門を目指していたらしい。

 こちらは敵より早く接近に気づいていたが、距離がある。



「とっつげきぃ!」

 モンザが叫ぶ。一発もらうのは覚悟の上で敵を殲滅する気らしい。

 俺も走り出したが、敵は素早く展開した。回避する場所を潰すように、広い範囲に斉射してくる。

 さすがに避けきれず、先行していた俺とモンザが仲良く一発ずつもらう。

 だが二度目はないぞ。



 魔撃杖は銃と同じだ。銃口が向いている方向にしか攻撃できない。

 敵はしゃがみ撃ちの前列と、立ち撃ちの後列に分かれている。今撃ってきたのは後列だ。彼らは魔力の装填作業に入っている。

 前列の敵はまだ射撃姿勢だが、魔法で加速された俺の動きを捕捉できていない。俺が不規則蛇行で走っているので、魔撃杖の銃口は全て俺から外れていた。

 だが彼らの半数は俺ではなく、その後ろのモンザを狙っていた。

 まずい。

 彼女は俺ほど素早く動けない。



 モンザにかけた魔法避けの呪文は、もう効果が切れている。

 魔撃杖の銃口から魔力が溢れてくるのが見えた。

 あれに当たればモンザは死ぬ。

 魔法でも直接攻撃でも、敵の後列を殲滅するのは間に合わない。

「モンザ!」

 俺は叫びながら、とっさにモンザをかばった。



「ひゃっ!?」

 彼女が変な悲鳴をあげて立ち止まるのと、魔撃杖が発射されるのがほぼ同時。

 回避は間に合わず、俺は魔撃杖から放たれた光弾の直撃を受ける。

 やられたか。



 だが俺には、緊急用の高速治癒の魔法がかけてある。

 死ななければ何とか……と思ったのだが、そもそも全く傷を負ってないな。

「あれ?」

 びっくりしたのか人間に戻っているモンザを抱き抱えたまま、俺は背後の敵を振り返る。

 不発だったのか?

 そう思う暇もなく、次々に魔撃杖から光弾が放たれた。

 光の速度で撃ち出される魔法の弾丸は、さすがに俺でも避けられない。



 だがやはり、俺は無傷だった。

 無傷というか、さっきより魔力が回復している。

 五十六人分の強化魔法はさすがに疲労感が凄かったのだが、今の俺には魔力が満ちていた。

 理由がさっぱりわからないが、魔術師として断言できることはひとつ。

 魔撃杖の攻撃を受けると、俺は魔力を吸収する。



「全員下がれ! ここは俺がやる!」

 俺はモンザ隊の分隊員に命令して、モンザを預ける。

 魔族において、強者の命令は絶対だ。人狼たちは不安そうな表情を浮かべたが、俺の命令に即座に従った。



 俺は前方の敵をにらむ。立て膝で射撃姿勢をとっている前列五人と、立ったまま魔撃杖を構えている後列五人の合計十人の分隊だ。

「分隊長、あいつら魔撃杖が効きません!」

「ひるむな、生きているなら必ず殺せる! 斉射でしとめるぞ!」

 彼らの声を聞きながら、俺は少し考える。



 そういえば「人狼斬り」の大剣を壊したときも、似たような感覚があったな。

 もしかして俺、師匠と同じように魔力を吸収できる体質になっているんじゃないだろうか。あのときの儀式の影響か。

 これはなかなか興味深い。帰ったら幾つか実験をして、レポートにまとめて師匠に提出しよう。

 などと考えていたら、また撃たれた。



「撃て!」

 パパパッと光がほとばしり、俺に命中する。

 うん、魔力が回復してる。

 あー、これ結構効くな。逆の意味で。



 脅威の新兵器だった魔撃杖は、どうやら俺には効かないどころか、魔力の回復源にしかならないようだ。

 あんなに怖がっていたのが何だかおかしくなり、俺は思わず笑いながら、のしのしと彼らに近づいていく。

「た、隊長! あいつが!」

「後列は射撃を続行! 前列抜剣しろ!」

 あ、待て待て。



 魔法攻撃は俺には効かないようだが、剣で斬られると痛い。

 俺は間合いを詰め、前列の五人を一気に片づけることにする。

「こっ、この化け物め!」

「うわああぁ!」

 小剣を抜いた魔撃大隊の兵士たちだったが、剣の扱いは不慣れらしい。リューンハイト衛兵隊の稲妻のような太刀筋とは比較にならない。

 人狼の持つ狼の動体視力の前では、ゆるゆると小剣が迫ってくるだけだ。



 殺さないよう慎重に手加減をしたジャブを当てて、五人を立て続けに倒す。

 ばしばしと魔撃杖で撃たれながら、俺は残り五人も順番に気絶させた。骨にヒビぐらいは入っただろうが、全部終わったら治してやろう。

「終わったぞ。拘束してくれ」

 俺がそう言うと、モンザたちが駆け寄ってくる。

「ふえー……隊長、すっごいねえ。びっくりした」

「いや、俺もだよ」

「あは、そうなの?」

 モンザが笑いながら、倒れた敵兵をロープで手際よく縛り上げていく。



 彼女は俺を見上げると、ちょっと照れたように笑ってみせた。

「守ってくれてありがと、隊長。足引っ張っちゃってごめんね」

「なんで謝るんだよ。お前を守るのは当たり前だろ」

「えへへ、そう?」

 余裕の笑みだった。怖い目に遭ったというのに、さすがモンザだ。



「その様子なら、こいつらを任せていいか?」

「えっ、いや、ダメだよ隊長!? ファーンに怒られ……」

 モンザが珍しく慌てた顔をするが、俺は知らん顔で手を振る。

「そいつらは情報収集と交渉に使う。殺すなよ?」

 俺は返事も聞かずに走り出した。

 よし、自由の身だ。

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