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悪の貴公子にして私服がダサい男

140話



 フォルネ卿の悪巧みは、俺が思っていたよりも急激かつ強力に北部に浸透していった。

 元々、俺たち魔族のイメージは悪い。

 人狼や吸血鬼は、人間社会に紛れて人を襲う怪物だ。

 また人馬族は、人間と草原を奪い合う競争相手だった。

 古代の人馬族にとって人間の作った畑は「大地の恵み」であり、「恵みは分かち合おう」と勝手に半分もっていってしまう。

 どいつもこいつも人間にとっては敵でしかなかった。



 しかし今は違う。

 今どきの人狼は人間なんか食べない。自分と同じ顔をした種族を食べるのは、人狼だって嫌だ。

 だいたい血抜きしてない肉なんか、まずくて食えない。

 吸血鬼も仲間が増えすぎると人間が減って餌がなくなるので、獲物が吸血鬼化しない程度、ごく少量しか血を吸わない。

 古都ベルネハイネン市民の間では、「ちょっと血を吸われてくる」というのが、アルバイト感覚で行われている。座っているだけで割といい稼ぎになるらしい。

 人馬族に至っては農耕を覚え、大半の者は畑を耕して生活している。



 そんな中、フォルネの作った一連の劇は、文字通り劇的に効果を発揮した。魔族たちの古いイメージを一掃し、「強く、神秘的で、そして人間と同じような心を持つ存在」として描いたのだ。

 もちろん人と魔族の価値観はだいぶ違うが、それでも街で一緒に暮らせないほどではない。



 ちなみにミラルディアの言葉では、蚊やダニやヒルのような吸血性の小さな生き物の総称を「ボエラ」という。

 そして吸血鬼は「ヴァンボエラ」だ。「ヴァン」は人を意味するが、あまり好意的なニュアンスは持たない。

 意訳すると「ダニ野郎」とか「ヒル人間」ぐらいになる。

 実はかなりイメージが悪い。



 それがフォルネの作ってくれた劇で、吸血鬼は一気にスタイリッシュ魔族として脚光を浴びるようになった。

 このへんの経緯は前世と共通するものがあるな。

 おかげでメレーネ先輩はホクホク顔だ。

「フォルネさんの劇、いいわよねえ。吸血鬼の立場を改善してくれた恩には、しっかり報いなきゃね」

 そんなことを言って、今まで以上に執務に励んでいる。

 フィルニールも同様らしい。



 だが俺は知っているのだ。

 あの油断ならないヴィエラ太守が、ちゃっかり稼いでいることを。

「どう、この鎧?『黒狼甲冑』って命名したんだけど」

 フォルネが持ってきたのは、貴族用の甲冑だ。

 黒光りする兜は狼を模している。マントには、黒い毛皮をさりげなくあしらっていた。

 劇中の人狼のスタイルによく似ている。



「あの劇が好評だから、貴族向けに鎧を売り出してみることにしたのよ。着れば人狼になった気分を味わえるかもよ?」

 変身ヒーローセットか。

「人馬甲冑や吸血甲冑も人気だけど、やっぱり一番人気は黒狼甲冑ね。生産が追いつかなくて困っちゃうわ」

 何が困っちゃうだ。にやけまくってるじゃないか。



 俺は前世でこの手の商法をよく見て……そしてずいぶん金を使ったので、フォルネの意図を見抜いた。

「フォルネ卿、最初からこれを売り込むつもりだったのだろう?」

「あらやだ、お見通し? まったく怖いわね、リューンハイトの黒狼卿って」

「演劇の興行収益などたかが知れてる。特に優秀な人材を使っているのなら、赤字を防ぐのが限界だろう? ならば少し商売っ気を出したくなったとしても、誰も責めはせんよ」



 するとフォルネはクスッと笑い、それから真顔で俺にうなずいてみせた。

「そう、そういうところなのよ。あたしがあんたを高く評価しているのはね」

「どういうことだ?」

「話のわからない人間より、話のわかる人狼のほうが愛されるのよ。稼いだ分はしっかり使うから、またよろしくね。そうそう、北部太守からも注文が入ってるから、あたしが直接行ってくるわ」

「ああ、よろしく頼む」



 俺はフォルネが帰った後、しばらくして気づく。

「……キャラクター使用料、取れば良かったな」

 まあいいか。

 しっかり成果は出てるし、好きにやらせとこう。



 フォルネのプロパガンダ戦略が徐々に効果を発揮してきた頃、俺は輝陽教の巡礼者たちから妙な噂を耳にした。

 どうやら北部の輝陽教徒たちが、不満を募らせているらしい。

 意外な話だ。



 ロルムンド帝国は輝陽教以外の宗教を禁じている。そのぶん、輝陽教には手厚く報いているはずだ。

 しかし巡礼者たちは口々に「ロルムンドの輝陽教は、私たちの知っている輝陽教ではない」と語った。



 一例を挙げると、ロルムンド輝陽教には「陽拝」と呼ばれる勤めがある。数日に一回、聖句を唱えながら太陽を拝む儀式だ。正確な時計がないからわからないが、だいたい小一時間ほどかかる。

 一方、ミラルディア輝陽教にはそんな戒律はない。



 俺の推測だが、この戒律はロルムンドにおける健康管理法なのだろう。

 人間は日光を浴びないと体調を崩す。日光がビタミンDの合成に必要だからだが、他にも色々理由はあるらしい。

 だから前世のヨーロッパなどでも、高緯度地方では日光浴が盛んだった。理屈はわからなくても、経験則として知られていたようだ。

 ロルムンドは寒い地方らしいから屋外に出るのも面倒だろうが、戒律にしてしまえばみんな従う。



 しかしミラルディアは、ロルムンドから来た人々にとっては陽光の降り注ぐまぶしい楽園だ。日光浴なんか必要ない。

 だから「陽拝」も廃れてしまったのだろう。労働の生産性も下がるし、メリットがない。

 今さらそんな戒律を復活されても困る。



 こういった細かい違いが、次第に浮き彫りになってきていた。

 さらに異教徒への姿勢という、大きな違いも鮮明になっている。

 ロルムンドでは、異教徒は「神の教えに背く敵」でしかない。

 一方、ミラルディア北部では「誤った教えを信じている不幸な隣人」ぐらいの認識だ。敵意よりも同情のほうが強い。

 さらに南部に来ると「色々ある教えの中から、自分たちと違うものを選んだ同胞」になる。



 そしてリューンハイトの輝陽教司祭ユヒトぐらいになると、「彼らは我々の知らない真理を知っているはずなので、色々教えてもらいましょう」とまで言い出す始末だ。

 本当に変わったな、あの人も。



 輝陽教ひとつ取ってもこんなありさまだから、北部では徐々にエレオラ皇女への期待が失望に変わりつつあった。

 勝手に期待して、勝手に失望して、人間なんて身勝手なもんだ。

 しかし生活がかかっているのだから、それも仕方のない話だ。

 みんなそれぞれの立場がある。

 もちろん俺にもだ。



「俺にも立場があるんだが……」

 鏡の中で、悪の幹部風の男がぼやいている。俺だ。

 黒い礼装にマント。マントの肩はトゲトゲとチェーンのついたシルバーアクセサリーで装飾され、ほぼコスプレ状態だ。

「ヴァイト様、すっごく似合いますよ!」

 俺の周りで、犬人たちがはしゃいでいる。アクセサリーを作ってくれたのは彼らだ。

「光栄だな」

 俺は溜息をつく。



 北部で人狼劇の人気が高まるにつれて、「本物の黒狼卿を見たい!」という要望が増えているらしい。

 北部市民には、エレオラ皇女の本心などわからない。だから単純にミラルディアに平和が訪れたと信じているのだ。

「四百人殺しの黒狼卿」への恐怖も、徐々に薄れてきているようだった。

 エレオラ皇女不在の城塞都市ウォーンガングから太守直々に夕食会のお招きがあったので、視察ついでに行くことにする。

 これも立派な公務だ。

 だからといって、この格好はない。

 フォルネ卿の差し金だった。



「センパイ、かっこいい! タイハイテキ! タンビ!」

 様子を見に来たフィルニールが勝手なことを言う。意味わかってるのか?

 そしてメレーネ先輩とアイリアも、それにうなずく。

「そうね、意外と様になってるわ」

「よくお似合いですよ、ヴァイト卿」

「しかし……」



 俺は服に頓着しない。どうせ人狼に変身したら破れてしまう。人狼隊のみんなのようにあれこれ工夫するのも面倒だ。

 だから俺は前世同様、投げ売り処分の安物を愛用している。この世界では服が高価だから仕方ないのだが、アイリアが見た瞬間絶句していたから相当ダサいらしい。

 公務のときはみんながうるさいので、きちんとした服を着ている。そして着たまま変身してしまい、後で叱られるのだ。

 その程度だから、こんなコスプレが似合うような男ではない。



 ああ、そうだ。前世ではこういうときに言う台詞があったな。

「これでは道化だよ」

「え、そう? 似合ってるわよ、ヴァイト。悪の貴公子っぽくて」

 メレーネ先輩が首を傾げると、アイリアとフィルニールがうなずいた。

「ええ、優しく堕落させてくれそうな雰囲気がありますね。女性にも人気が出ると思いますよ」

「あ、わかる! いいよね、自分にだけ優しい悪の英雄!」

 ダメだ、通じてない。

 当たり前だが誰にも元ネタなどわかるはずはなく、よけいに俺が落ち込むだけの結果となった。

 いいよ、がんばってプロパガンダしてきます。


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