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人狼への転生、魔王の副官  作者: 漂月
本編

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132/415

戦場偵察

132話



「おお、始まったな」

 俺はウォーンガングに近い森の中で、戦いの様子をのんびりと見物していた。

 大木の枝から見下ろす景色は、なかなかのものだ。

「ここなら見つかりにくいし、安心だろう?」

「全然安心できねえよ! 何すかこれは!」

 俺にしがみついているのは、新米副官カイト殿だ。

 それを見て、護衛の人狼たちがゲラゲラ笑っている。



「落っこちたら受け止めたげるから、心配しなくていいよ?」

 モンザが面白そうに覗きこんできたが、カイトは悲鳴をあげた。

「枝を! 揺らすな! 落ちる!」

「だからぁ、落ちてもだいじょぶだってば」

「落ちたくねえんだよ! だからやめろ!」

 モンザ相手にそれは逆効果だぞ、我が副官よ。

 こいつはネズミをいたぶる子猫みたいなところがあるからな。



 ゆさゆさと枝を揺さぶられて悲鳴をあげつつも、カイトは副官魂を発揮して俺に言う。

「副官って、普通は戦場の偵察になんか来ないと思うんですけっ、揺らすなああっ!」

「普通はな」

 魔王軍が普通の軍隊だと思ったら大間違いだ。



 モンザがついていればカイトは安心なので、俺は望遠鏡で戦場を確認する。

 布陣している歩兵は情報通り市民兵だ。みんな普段着の上から市民兵用の簡易胸甲だけつけて、長槍を携えている。

「いるだけ、という感じじゃの」

 戦場での経験が長いウォッド爺さんが望遠鏡を覗きつつ、そうつぶやいた。



「これから突撃という雰囲気ではないのう。あれでええのなら、わしも雇って欲しかったわい」

「ということは、『市民兵を消耗品にして強引に攻略』という訳ではないか?」

 するとウォッド爺さんは愉快そうに笑う。

「無理じゃろ。あの腑抜けた顔を見てみい。騎兵の突撃だけで悲鳴をあげて逃げ出すに決まっとるわい」

 じゃあ都市攻略は別の戦力が実行するということだな。



 俺は振り返り、ハマーム隊に命令した。

「戦場に近づけるだけ近づいて、突入する部隊に関する情報を集めてきてくれ。可能なら兵士たちと会話も頼む」

「お任せを、副官」

 ハマームが言葉少なにうなずいて、背負った荷物を確かめる。中身は傷薬や輝陽教のお守りだ。

「行商人のふりは、副官と同じぐらい得意です」

 おや、ハマームが冗談を言うなんて珍しい。



 だが彼はすぐに、こう続けた。

「よく隊商に潜伏して……」

「隠れ里に来る前のことは詮索しないから、今は任務に集中してくれ」

「了解しました、副官」

 だいぶダーティなお仕事をしていたようだが、聞かなかったことにしよう。今の彼は生真面目で礼儀正しい俺の部下だ。



 そのとき、広域探知魔法を使っていたカイトが緊張した声をあげた。

「ヴァイトさん、ウォーンガング城門前に多数の魔力波です! なんだこりゃ、魔法じゃねえぞ!?」

 思い当たる節があった俺は、即座に望遠鏡で彼の指さす方向を確認する。

 次の瞬間、爆発のような白い光がパパッといくつも発生した。



「な、なんだ!?」

 人狼隊のメンバーが、一斉にその方向を凝視する。

 俺の望遠鏡の中では、長い杖を構えた兵士たちが隊列を組んでいた。

 杖は湾曲していて、ちょうど中世の火縄銃やマスケット銃のようだ。構え方も、銃と同じだった。

 どうやらあれが、「魔撃書」の大型バージョンらしい。



「カイト、今の魔力波を分析したか?」

「は、はい。破壊魔法に近いですね。一番近いのが、『光弾』の呪文です」

 早い話が魔力ビームだな。光を放つのは、力の一部が可視光として漏れているからだ。

 破壊魔法として使うと照準や誘導にバカみたいな手間がかかる上、貫通力が低くて鎧を貫けない。おまけに準備状態のときは些細なミスで暴発するという、全く使えない呪文だ。



「えーと、今のが……二十発ぐらいですかね。こんなに綺麗にそろって撃てるなんて」

 カイトのつぶやきに、俺は首を横に振る。

「普通に詠唱したんじゃ、絶対にこうはいかない。おそらくロルムンド軍の兵器だろう。見ろ、威力も尋常じゃない」

 ウォーンガングの誇る鉄門が赤熱し、鉄板の下の木材に引火している。恐ろしい熱量だった。二十発であれなら、師匠クラスの威力だ。



 モンザが口笛を吹いて、俺のほうを振り返った。

「隊長、あれって魔法じゃなくて武器なの? あたしにも使えるかな?」

「どうだろうな。使えたところで、射程距離で弓矢に負けてるから今ひとつ頼りにならないんだが」

 さっきの攻撃を行った部隊も、友軍の大盾に守られながらの射撃だ。隙間に矢を射込まれて、既にちらほらと被害が出ている。



 ウォッド爺さんがつぶやく。

「しかし、とんでもない威力じゃのう。ほれ、そろそろ城門がぶち抜かれるぞ」

「その割には、市民兵が動く気配がないな」

 ミラルディア解放軍の兵士たちは、矢の届かない範囲でワーワー叫んでいるだけだ。

 すると後列から、騎兵らしい集団が突出してきた。

 だが乗っている動物の見た目が、どうも馬ではなさそうだ。鳥、それも駝鳥に似ている。



「おい大将、ありゃ何だ?」

 ジェリクが不思議そうに首をひねっているが、俺も初めて見た。

「わからん。師匠の蔵書にも、あんな動物は載ってなかった。竜人族の騎竜に似ているな」

 恐竜と鳥が意外に近い種類であるように、竜と鳥も案外近い。

 鳥型の魔物をうまく飼い慣らしているのだろうか。



 俺たちが見守る中、鳥に乗った騎兵たちは銃のように杖を構えて突入していく。数は四十から五十ほど。友軍の援護を受けながら、城門に吸い込まれていった。

「あれがエレオラ皇女の『魔撃大隊』かな? 面白い装備を持っているな」

「感心してる場合じゃないですよ、ヴァイトさん。市内から凄い量の魔力波が観測されてますよ」

 派手にぶっ放してるようだな。城壁に阻まれて見えないが、戦場から流れてくる血の臭いが濃密になってきた。



 城門が破られた以上、解放軍に敗北はないな。いざとなれば市民兵を全員突入させればいい。

 しばらくすると、ハマーム隊が帰還してきた。

「副官、突入していった部隊は『エレオラ皇女の親衛隊』『魔撃大隊』だそうです。兵士たちが噂していました」

 やっぱりそうだろうな。



「規模や装備について、わかったことはあるか?」

「全員で百から二百ほどのようです。その他の詳細は一切明らかにされていないようでした」

 その人数、ちょっと気になるな。

 人間にとって、百人規模の集団は特別な意味を持っているからだ。



 あくまでも前世での話だが、人間は長い長い狩猟時代をおよそ百人程度の集団で過ごしてきたと考えられている。

 この期間に人間の心理が形成されていったので、共通の理念を持てる親密な集団というのは、百人がひとつの目安だという。そうなるように最適化されているのだ……と、習った。



 こっちの世界でもそれが当てはまるかどうかは知らないが、同じような社会を作っているから、だいたい同じだろう。

 だから「百人から二百人」という数字は、心理的にも結構大きな意味を持っている。エレオラ皇女にとっては、人狼の「群れ」のようなものかもしれない。



 もちろん軍事的にも、遠い本国から連れてきた部下たちは重要だ。補充が難しいだろうからな。

 そんな二重の意味で大事な切り札をここで投入するというのは、エレオラ皇女の思い切りがいいのか、それとも余裕がないのか。

 このへんも今後調べておく必要があるな。

 うまくいけば、彼女との駆け引きに使えるかもしれない。



「他にロルムンドの軍勢は確認できなかったか?」

「『魔撃大隊』以外のロルムンド兵は、誰も見ていないそうです」

 市街での戦闘はまだ続いているが、戦闘が落ち着いたら俺たちが発見される確率も上がる。名残惜しいが、ぼちぼち引き揚げよう。

「ハマーム隊、お疲れさまだった。見つからないうちに帰るぞ」

 俺が命じると、人狼隊の全員がうなずいて木から飛び降りる。



「うわわわ」

 揺れる枝にしがみついているカイトを、俺はよっこらしょと担ぐ。

「カイト、連中の『杖』に関する記録は取ったな?」

「もっ、もちろんでうわぁあぁあ!?」

 俺はカイトを担いだまま、大木のてっぺんから飛び降りる。

 柔らかな腐葉土と枯れ葉を舞い上がらせて着地すると、俺は仲間たちと共に風を切って走り出した。

「ちょっ、ヴァイトさんっ! 速っ、うわっ! うひょあああぁっ!」

「大丈夫だ、そのうち慣れる」

 このまま急いで帰ろう。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ロビン・ダンバーのダンバー数なら150人だが…… もっとも、これは共通の理念と言うよりは、直接知り合いある程度の結びつきを持てる人間集団の上限だが。自分は「仲間」「身内」と実感を持てる上限…
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