同盟の崩壊(後編)
130話
北部同盟の重要都市イオロ・ランゲを占領したミラルディア解放軍は、さらに侵攻を続ける。彼らはミラルディアの北西部を掌握し、南東へと勢力を広げていた。
アイリアが俺の執務室にやってきて、新たな報告をする。
「古都ヴェストが解放軍側に寝返ったようです」
「いいのかそれ」
ヴェストは北部同盟の南端にあり、ミラルディア統一戦争が始まるまではミラルディアの首都だった街だ。
南部に近すぎるという理由で首都としての地位は失ったが、それでも重要な街には違いない。
するとアイリアが苦笑した。
「イオロ・ランゲが包囲されたときに、北部同盟は救援を出しませんでしたからね。北部同盟は自分たちを守ってくれない。ヴェスト太守はそう思ったのでしょう」
「まあそうだな……」
北部同盟にはまだ、城塞都市ウォーンガングという最強の軍事拠点がある。南部の都市が反乱を起こしたときに鎮圧するための要衝だ。
ここには十分な兵力があるはずだが、イオロ・ランゲには救援はこなかった。
北部同盟の太守たちが失望するのも無理はない。
ふとアイリアが考え込む。
「もしかして解放軍は、このためにわざわざイオロ・ランゲを包囲してみせたのでしょうか」
「元老院の無能ぶりを喧伝するために、か?」
「ええ。エレオラ皇女の性格がヴァイト卿のおっしゃる通りなら、十分考えられます」
実は俺もそう思っているところだ。
「同感だな。彼女は単なる軍人ではなく、外交や内政のために戦争を利用する為政者だ。無血勝利という劇的な緒戦を飾ることもできたし、今頃は各地でそれを権威づけに利用しているだろう」
彼女は先々のことまで考えて軍を動かしている。
逆に言えば方針にブレがないので、これから先どうしてくるかは予測しやすい。とんでもない暴投をやらかす元老院とは対照的だ。
それにしても、ロルムンド側は順調なようでうらやましい。
普通は軍を動かそうとしたら、関係各所への根回しだの、兵站だの、色々な問題に頭を悩ませることになる。
しかし今のエレオラ皇女には、そういった悩みはほとんどないはずだ。
太守も民衆も宗教も味方につけているのだから、やりたい放題に違いない。
本国からも遠く離れていることだし、上から邪魔される心配もないはずだ。
まるでよくできた戦略ゲームでもプレイするかのように、思い通りに軍を動かしているだろう。
「こうなってくると、まともに軍をぶつけて戦うのは避けたいな……」
アイリアのいれてくれた紅茶を飲んで、俺は悩む。
「解放軍の主力はミラルディア人だ。これを南部連邦が迎え撃つと、ミラルディア人同士の戦争を再現してしまう」
「どのように勝ったとしても、また遺恨が残りますね」
「そうなんだよな……」
エレオラ皇女はたぶん、ミラルディア人が何千人死のうが痛くも痒くもないだろう。
もちろん民衆の支持を失うような損害は出さないだろうが、油断はできない。
「アイリア卿、他に情報はないか?」
「そうですね……ええと」
アイリアは資料の束をめくって、ふと手を止めた。
「フォルネ卿に、農業都市ヴィルハイムからまた密使が来たとのことです」
ヴィルハイムはクラウヘンの南に位置していて、南部連邦のヴィエラやザリアのすぐ北にある。
両勢力に挟まれた不安定な位置なので、開戦当初から身の振り方をだいぶ考えていたらしい。ヴィエラとはつながりが深いし、南部連邦誕生以前からも密談を重ねていたそうだ。
「そろそろこっちに来る気になったかな?」
「はい。北部同盟にはもう、ウォーンガングとヴィルハイムしか残されていませんから。救援を出してくれない北部同盟に居残るよりは、評議員自らが出陣して防衛してくれる南部連邦のほうが良い、と」
「ははは」
思わず声を出して笑ってしまった。苦笑だ。
あのときも人狼隊のみんなからだいぶ怒られたが、どうやらあれも無駄ではなかったようだな。
「この件はフォルネ卿に任せとこう。どうせあのクソオカマのことだ、自分の街が最前線にならずに済むのなら全力で交渉してくれるだろう」
ヴィルハイムが味方につけば、フォルネの治めるヴィエラは解放軍の支配地域と隣接せずに済む。
きっとあらゆる手段を使って、ヴィルハイムを味方に引きずり込んでくれることだろう。
「そうなると残りはウォーンガングだけか。まだ捕まってない元老たちはそこにいるのかな?」
「ええ、しかしあそこは長期の籠城戦に耐えられますから……」
アイリアとそんな話をしながら紅茶を飲んでいると、またカイトがやってくる。
彼は俺とアイリアを見て、遠慮したようにこう言う。
「元老院からの救援要請なんですけど、別に急ぎの用件じゃないので後にしましょうか?」
急ぎじゃない救援要請というのも変だが、俺たちに救援を送る気がないのはカイトもわかっているからな。
アイリアが微笑み、カイトを室内に招き入れる。
「大丈夫ですよ。こちらの報告は済みましたから。ではヴァイト卿、また後ほど」
「ああ、悪いな。夕飯までには片づけておく」
アイリアを見送った後、俺はカイトに向き直った。
情勢がだいぶ怪しくなってきたし、彼をスパイとして利用するのもそろそろ限界だ。
「カイト、お前はいつもどこに報告に戻ってるんだ?」
「最近はウォーンガングですね。解放軍が旗揚げしたあたりから、元老たちの大半があそこに引っ越しちゃいまして」
元老院は逃亡者の末裔で、それをよく自覚している。追っ手を常に警戒して、拠点は主要都市に分散しているらしい。
だがイオロ・ランゲとヴェストを失った今、もうウォーンガング以外に身を寄せる場所がないのだ。
俺はカイトの顔をじっと見つめて、エレオラ皇女の次の一手を考える。
「カイト」
「なんですか」
「お前、もう北部同盟には戻るな。このままリューンハイトに亡命しろ」
「あ、はい。わかりました」
あっさり即答するカイトに、逆にこっちが戸惑う。もう少し動揺するかと思った。
ヴィルハイムが裏切り、ウォーンガングが陥落すれば、北部同盟は消滅する。
おそらくエレオラ皇女はヴィルハイムが裏切ることも計算した上で、ウォーンガング攻略のために軍を動かしているはずだ。
カイトが戦闘に巻き込まれる可能性もあるし、元老院関係者だからどういう処遇を受けるかもわからない。
「お前の実家って、ヴェストだったな。家族は無事か?」
「ええ、たぶん。解放軍の連中、略奪とかは一切してませんから」
だったらカイトが裏切ったとしても、とばっちりをくらう人間はいないだろう。
カイトのための宿舎も用意してあるし、これ以上危ない橋を渡らせるのはやめよう。
カイトは元老院の制服を脱ぎ捨てながら、さばさばした表情で俺を振り返る。
「で、俺はこれからどうなるんです?」
ふふふ、知りたいか。
裏切り者の末路なんて悲惨なものだ。
俺はニヤリと笑い、こう告げた。
「お前、俺の副官になれ」
「えっ!?」
「ずっと前から、調査に長けた優秀な人材が欲しかったところだ。逃げられると思うなよ?」
「わ、わかりました! 任せてくださいよ、ヴァイトさん!」
今日からお前は、魔王の副官の副官だ。
たっぷり働いてもらうぞ。




