敵地からの脱出
125話
俺は山荘の屋根の上で、エレオラとベルッケンの会話をのんびりと聞かせてもらっていた。
彼らが窓から見たであろう人狼の姿は、ジェリクのものだ。
これぞ人狼忍法、変わり身の術。
忍者のいる国から来た俺には、これぐらいは簡単なことだ。いや、頑張ってるのはジェリクなんだが。
問題は周囲が騒がしくなって、うっかり逃げ出せなくなってしまったことだろうか。困ったな。
もう少し落ち着いたら、適当に魔法でも使って脱出するとしよう。
それにしても、ロルムンドは今後かなりの脅威になりそうだな。
もしここでエレオラを倒せば、一時的に侵攻は止められるかもしれない。
問題はその後だ。皇女を殺したとなれば、外交で解決することができなくなる。今はまだ、選択肢を多く残しておきたい。
それと彼女には、「第六位」とか「外皇女」とか謎の肩書がついていた。そして「代わりはいくらでもいる」という発言。
おそらくエレオラ皇女ぐらいの司令官なら、すぐに補充できるのだろう。怖い国だ。
俺は寒空の下で様子をうかがいながらそんなことを考え、しばらくして人の気配がしなくなってからこっそりと山荘を後にする。
貴重な情報はたくさん仕入れられたが、少し寒かった。毛皮があってよかった……。
「大将、こっちこっち」
俺は事前に伝えておいた合流地点で、ジェリクたちと落ち合う。
マオとカイトも一緒だ。うまく抜け出せたらしい。
「さっきから妙な連中がうろうろしてやがる。早いとこずらかろうぜ」
「ああ、そうしよう。評議会に報告することがいろいろあるしな」
するとマオが溜息をつく。
「岩塩の仕入れができなくなるような話なんでしょう?」
よくわかったな。
約束通り、ベルーザに新しく塩田作ってやるから感謝してくれよ。
俺たちは夜通し歩いて、南にある農業都市ヴィルハイムまで逃げ延びた。しかしここでも警戒して市内には入らず、街道を先行していたマオの隊商に合流させてもらう。
ありがたいことに、俺たちのために真新しい幌馬車と毛布が用意されていた。
「マオ、これ手配しておいてくれたのか?」
「人狼と違って、人間は徹夜で走って南部連邦まで帰る訳にはいきませんからね。干し肉とパンもありますよ」
俺たち四人はガタガタ揺れる幌馬車にごろごろとひっくり返り、ようやく軽食と仮眠をとることができた。
しかし。
「なあマオ、もう少し詰めてくれよ」
「誰の馬車だと思ってるんですか、ジェリク。カイトのほうに足を伸ばしてくださいよ」
「待て、俺の寝る場所がなくなるだろ!? ていうか、なんでこんなに狭いんだよ!」
「最後の岩塩をありったけ積み込んだからに決まってるでしょう?」
「この強欲野郎!」
こいつらうるさい。
俺は先に寝るからな……。
幸いにもロルムンド軍らしい勢力は追撃してこなかったので、俺たちは無事にザリアを経由してリューンハイトまで帰還することができた。
すぐさま評議会が開かれ、南部連邦の太守たちが召集される。
「ロルムンドか。古い書物で読んだぐらいじゃの」
人間の太守では最年長のペトーレ爺さんが、難しい顔をしている。
ヴィエラのクソオカマことフォルネもうなずいた。
「北部から伝わってくる情報も、大したことないのよね……一応、ツテを頼って調べられるだけ調べてきたわ」
みんなが文献や噂を持ち寄って情報をつきあわせたところ、ロルムンドについては多少わかった。
少なくとも三百年前は、元老院による共和制の国家だったらしい。奴隷制度もあったので、北部の人間が逃亡奴隷の子孫という話とも矛盾しない。
問題はそれから現在に至るまでが、よくわからないことだ。
メレーネ先輩が考え込んでいる。実は彼女、人間だった頃は北部の民だったらしい。
「あたしが子供の頃に聞いたのは、『最近は山を越えてくる人がいなくなったなあ』って話ね。それまでは少しはいたみたい」
「それっていつ……あいたたた!?」
不用意な質問を発したフィルニールが頭をぐりぐりされているが、全員で知らん顔をした。自業自得だ。
メレーネ先輩がつぶやく。
「うちの吸血鬼にも、百歳以上の人は少ないのよね。あ、あたしは違うから」
あんたが全員の「親」なんだから、確実に最年長じゃないですか。
情報がほとんどないので、とりあえず新しい情報を集めるのが最優先だ。
「わしの密偵たちは、クラウヘン、ドラウライト、それに以前魔王軍に占領された三都市にもおる。今後は人数を増やして、情報を集めさせるとしよう」
豊富な資金力に物を言わせて情報を集めているペトーレ爺さんが、そう発言する。
ガーシュもうなずいた。
「俺のところからも手下を送ってるから、ちょっと待ってろ。すぐに何かわかるはずだ」
それと、忘れてはいけないことがある。
「エレオラ皇女を名乗った女性は、南部連邦に干渉する意志はないと言っていたが、もちろん信用はできない」
俺はそう言って、全員に都市の防衛を依頼した。
「北部と接している四都市の守備を固めたい。他の四都市にも支援をお願いする」
「わかりました。シャルディールは物資と兵を集めておきましょう」
最近めっきり痩せてきたアラムが快く応じてくれたので、他の太守も同様にうなずいた。
新米太守のシャティナが、ふと首を傾げる。
「しかし先生、北部はこれから雪の季節ですよね? 私はよく知らないのですが、雪がたくさん積もると軍は動かせないのでは?」
いい質問だ。
「クラウヘンの辺りは、冬になると大人の背丈ほども雪が積もる。だから軍を動かすのは難しいのだが、ロルムンドは魔法の道具を軍隊に活用している。油断はできないんだ」
どんなビックリアイテムが飛び出してくるかわからない以上、積雪ぐらいで安心していられない。
「それに一度南下すれば、この辺りでは雪は大して積もらない。雪に慣れたロルムンドの軍勢にとっては、むしろ戦いやすいぐらいだろう」
「確かにそうですね。彼らが雪上戦に慣れているであろうことは警戒しましょう」
アイリアが慎重にうなずき、一同に告げる。
「こちらからはまだロルムンドの勢力に干渉はできませんが、いずれ戦争になる可能性が高いとみて良いでしょう。各都市とも、今のうちに籠城戦の備えをお願いします」
その言葉にガーシュが力強くうなずいた。
「任せときな。それと、救援を出す用意も必要だな。追加の兵をリューンハイトに送るから、適当に使ってくれ」
またモヒカンが増えるのか……。