人狼ぶらり旅
119話
俺は数日かけて留守中の手配を済ませ、「ザリア北部の視察」という名目で無事にザリアを抜け出した。嘘はついていない。
ただし、お目付け役が一緒だ。
「大将、妙な真似はしないでくれよ?」
ジェリクが人狼隊の代表として、今回の旅に同行する。
随伴していたジェリク隊に視察のことを告げたところ、分隊長単身での同行を強硬に主張してきたのだ。
さすがに誰もついてくるなとは言えず、俺はジェリクを伴って旅立つことにした。後のことは分隊員の三人に任せることにする。
彼が意味ありげに笑っているので、俺は尋ねる。
「これからどこに行くか、お見通しって顔をしてるな」
「昔っから、大将は悪だくみしてるときの顔がバレバレなんだよ」
「なんだ、最初から気づいてたのか」
「まあな」
幼馴染には全部バレバレだったらしい。だが説得の手間が省けたのはありがたい。持つべきものは友達だ。
ジェリクは妙に嬉しそうな顔をして、俺に問いかける。
「で、どこまで行くんだ? ウォーンガングか?」
ジェリクはザリアの北隣にある城塞都市ウォーンガングの名を挙げたが、俺は首を横に振った。
「クラウヘンまで行く」
ジェリクはまじまじ俺を見て、それから苦笑混じりに溜息をつく。
「大将」
「なんだよ」
「ま、いいや。行こうぜ」
なんなんだよ。
「まったく大将は平気で無茶しやがる」
迎えに来たカイトが、不思議そうな表情をしている。
「あんた、ヴァイトさんの目的地を聞いてもあんまり驚かないな?」
「ははっ、まあな! 大将の無茶はガキの頃からさ!」
そんな無茶してたかな?
するとジェリクはまた溜息をついて、やけに嬉しそうにカイトに言う。
「こいつ、ガキの頃に人間の姿のままで怪物から村を守ったことがあるんだぜ。それもたった一人でな」
「人狼にならずに? どういう状況なんだ、それは」
カイトが興味を持ったので、ジェリクが余計なことを言う前に俺は慌てて止めに入る。
「その話はもういいだろ!? 十年以上前じゃないか!?」
ファーンお姉ちゃんに怒られまくった、最初の記憶だ。
「ところでヴァイトさん」
「なんだ?」
「魔王軍には転移魔法の使い手がいると思ってたんですけど、なんで徒歩でクラウヘンまで行くんですか?」
お、さすがに気づいていたか。
俺が北部に現れて偽勇者と戦った話を知っていれば、魔術師なら誰でもその可能性を疑うはずだ。
ただ、転移魔法を使うには座標の計算が不可欠だ。目的地の詳細な位置情報がないと、どこにどう飛び出してしまうかわからない。
標高差が百メートルある場所にそのまま転送されたら、地下百メートルや地上百メートルに送り込まれる可能性もある。
「転送してもらえれば楽なんだが、一度行って詳しく調べた場所にしか飛べないらしい。修行時代に習わなかったか?」
するとカイトは悔しそうな顔をする。
「元老院の魔法学院は秘密主義で、専攻以外はほとんど教えてくれないんですよ。探知魔法のことも、他の学生には教えるなって」
聞かれてもいないのに語りたがるうちの師匠とは対照的だな。
俺とジェリクはカイトの荷物持ち兼護衛ということで、元老院の経費で北端の都市クラウヘンまでの旅路を楽しませてもらうことにした。
最初の都市は、城塞都市ウォーンガングだ。対南部の切り札とされる、軍事拠点でもある。
俺やジェリクは人狼だから、城門での審査の際に魔法で調べられると正体がバレてしまう。
だが元老院直属の魔術師カイト様がいる。
「この二人は俺の護衛です。急ぎなので、通してもらっていいですか?」
「あっ、ど、どうぞ! 任務お疲れさまです!」
これで無審査だ。素晴らしい。
宿は元老院御用達の高級ホテルで、もちろん全額が元老院の経費だ。
敵の金で食う飯は格別にうまいな。
北部にはチーズフォンデュみたいな料理があり、都市ごとに味が違うというので、俺はこれを制覇していくことにした。
ウォーンガングのチーズは白くて、クセがなく食べやすい味だった。これならいくらでもいけそうだ。
そんな俺を、カイトが溜息をつきながら見ている。
「ヴァイトさん、神経太いっすね」
「バレても大した問題じゃないからな。ああジェリク、そのパン取ってくれ」
「あいよ、大将」
俺とジェリクが人狼に変身すれば、ここから逃げるぐらいは造作もない話だ。カイトは担いでいけばいい。
だがカイトは変な誤解をしたらしく、しみじみとうなずいている。
「確かにヴァイトさんがその気になれば、この街ぐらい半日で廃墟にできますよね」
無茶いうな。
その後、俺はカイトの職権をフル活用して北部都市の視察をさせてもらった。
城塞都市ウォーンガング、その北東にある農業都市ヴィルハイム。北部同盟の都市はいずれも立派で、人口も多い。
狭い南部の都市から溢れた人口が、こっちに移住しているせいだ。これも元老院の策略である。
「北部同盟にも南部の出身者は多いってことか……」
するとジェリクが俺の顔を覗きこんできた。
「大将、また悪い顔してんなあ」
「まあな」
これはいずれ、何かに使えそうだ。
途中、職務質問されるなどヒヤッとする場面はあったものの、カイトの職権のおかげで無事に切り抜けることができた。
ジェリクが鍛冶師で、武器に詳しかったのも助かった。
衛兵に「あんたの槍の穂先、そろそろ一度打ち直したほうがいいぜ」なんてさらりと言えるのはかっこいい。ベテランの傭兵っぽい。
俺も精一杯、凄腕の魔法戦士っぽさを演出してみた……のだが、気づけば衛兵の腰痛を治療してたりして、アピールの方向性を大幅に間違えた気がする。
道中では、チーズフォンデュみたいな料理も食べ比べた。まだ二都市しか巡っていないので、全都市制覇はまだまだこれからだ。
「なんだっけ、ヴィルハイム名物のオレンジ色っぽいチーズ。あれ美味かったな」
「美味いですけど、あれちょっとクドくないですか? 俺はもっと白いチーズが好きですよ。ウォーンガングで食べたヤツ。具はシンプルにパンで」
「年寄りみたいなことを言うな。肉だよ肉。特に牛肉がいいな」
「どんだけ肉好きなんですか、ヴァイトさん」
「人狼だからしょうがないだろう」
カイトは最近、部活の先輩後輩みたいな距離感で俺に接してくる。どうやら彼の中では、俺の位置づけはそんな感じらしい。
敵の幹部、それも自分を利用しようとしている魔族相手に、ずいぶんとのんきなものだ。
ちょっと忠告しておくか。
「しかしお前、もうちょっと危機感持ったほうがいいと思うぞ」
「えっ? いや、ヴァイトさんに言われたくないですね……」
「そいつの言う通りだぜ、大将」
なんなんだよ、二人して。