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不和の荒野

111話



 ミラルディア連邦が誕生し、俺はまたひとつ……いやふたつ面倒な役割が増えてしまったが、とにかく少し落ち着くことができた。

 味方を増やすための諸国漫遊なんて、せめて鉄道ができてからにしてくれ。

 そんなことを思いながら、俺は今後の方針のために地図を広げる。

「おや?」

 この地図、ミラルディア南部全体の地図じゃないか。



 実はミラルディアには、ちゃんとした地図がない。

 もしかすると元老院あたりにはあるのかもしれないが、各都市の太守が測量した地図は都市周辺のものだけだ。

 そして彼らは軍事上の理由から、それらを公開するのを嫌がる。

 その結果、都市間のつながりなどは「徒歩で東に三日」とか「夜明けと共に馬で出れば、日没までには着く」といった曖昧なものになっている。

 各都市間の交易路も本当に最適化されているのか、誰も知らない。

 昔から使っているから、今も使っているだけだ。



 だがこの地図は、大まかではあるが都市間の位置関係なども記されている。

 ミラルディアは北端に「北壁山脈」と呼ばれる高山地帯があり、南端には「南静海」という内海を持つ国だ。

 北壁山脈の向こうも陸地になっているそうだし、南静海の彼方にも陸地があると聞く。

 ただどちらも交流はほとんどない。



 北壁山脈は夏でも本格的な登山装備がないと越えられないらしいから、交易どころではない。

 南静海も東西航路が活発なので、南へ向かう船は少ない。

 西は魔族の住む「大樹海」で、東は「風紋砂漠」と呼ばれる大砂漠だ。どちらもそう簡単には越えられない。

 四方を自然に囲まれたミラルディア平野に、十七の都市がある。

 そのうち八つが、今は魔王軍の味方だ。



 この地図では交易路についても、いくつか新しい線が引き直されていた。

「お、ザリアまで意外と近いじゃないか」

 なるほど、今までは必要以上に大きく迂回してたのか。

 ベルーザへの比較的平坦なルートも書いてあるし、これはなかなか便利そうだ。

 参考になるなあ。



 ただ問題は「この地図を誰が作ったのか」ということだ。

「おお、ヴァイトではないか。わしの力作をさっそく見ておるようじゃの」

 魔王ゴモヴィロア様がふわふわと登場だ。

「師匠、もしかしてこれ作ってたんですか」

 すると師匠はあっさりうなずいた。

「竜人族の技官たちと協力しての。おぬしも常々、正確な地図が必要と言うておったじゃろう?」

「言いましたけど……」

 魔王陛下に測量をしてくれとは頼んでいない。



「もしかして師匠、地図作りを名目にそのへんふらついてましたね?」

 俺が地図越しに師匠を見つめると、彼女はサッと視線をそらした。

「わしはほれ、上空から地形を確認できるでの。これはやはり活用せねば損であろう?」

「筋は通ってますが……」

 どうも動機が不純な気もするが、確かに大助かりではある。



 しかしこの二代目魔王様、面倒臭いことを全部俺に押しつけてないか?

「ところで評議会、出席するのが嫌であんな形にしましたね?」

 するとまた師匠はサッと視線をそらす。

「先王様がのう、リッケンクンシュセイという形式が最終的な理想とおっしゃられていてのう……あれじゃよ、ほれ、統治しないんじゃよ」

 理解度がグダグダだ。

 魔法や自然科学の研究には鋭い洞察力を持つ師匠だが、人文科学的な方面は全くダメらしい。

 師匠には悪いが、政治のことは現場の太守たちに任せておいたほうがいいな。

 憲法制定などはまだまだ無理だろうが、王と議会が共存する今の形でぼちぼちやっていこう。



 では暇そうな魔王様には、適当に仕事を割り振っておくか。

「師匠、お時間のあるときで結構ですので、骸骨兵を一万二千ほど作ってくれませんか?」

「いっ……いちまんにせんじゃと!?」

「メレーネ先輩配下の吸血死霊術師たちにも手伝わせますので」

「そんなに大量に何に使うつもりじゃ?」



 我らがミラルディア連邦の中で、ベルネハイネン、トゥバーン、ザリア、ヴィエラは北部と隣接している。

 完成した地図を見ると、北部との前線に立たされているのが改めてよくわかった。

「この四都市に三千ずつ、骸骨兵を配備したいんですよ」

「三千の根拠は何じゃ?」

「ミラルディア同盟軍が一度に動かしてくる兵は、せいぜい数千です。ザリア攻撃にも二千しか動員しませんでしたし、多く見積もっても五、六千が限界でしょう」

 市民兵は計算に入れていない。あくまでもプロの戦士だけだ。

 市民兵は練度も体力も低く、遠征や攻城戦では大した脅威にはならない。



 俺は一例としてベルネハイネンの見取り図を示し、百人編成の部隊としてコイン三十枚を各所に置いていく。

「六千の兵を城壁越しに迎え撃つなら、二千もあればなんとかなります。ただ骸骨兵は人間ほど融通がききませんから、余裕をもって配置するために三千」

「一万二千も召喚しとったら四ヶ月かかるぞ。二千五百でどうじゃ?」

「ふむ……」

 俺は三十枚のうち、五枚のコインを選んで取り除いた。

 何とかなりそうではあるが、どうせ維持費もかからないのだしたくさん欲しい。

「ではひとまず二千ずつ配備して、その後千ずつ増強ということで」



 俺の返事に、師匠が溜息をついている。

「こんなに魔王をこき使う副官がおっていいのかのう……」

「こんなに面倒事を副官に押しつける魔王がいていいんでしょうか」

 俺と師匠は顔を見合わせ、そして互いに苦笑する。

「ま、仕方あるまい。これも先王様の御遺志じゃ」

「そうですね。頑張りましょう」



 そのとき執務室にアイリアがやってきたので、俺たちは三人で休憩がてら相談することにする。

「ところでアイリア卿、この『不和の荒野』について教えてくれないか?」

 地図を見た俺が指さしたのは、南部と北部を隔てるように広がる荒野だった。

 師匠の調査では荒野でもなんでもなくて、むしろ森や草原が広がる豊かな土地らしい。



 するとアイリアが表情を曇らせた。

「統一戦争の終結後、内戦が起きた場合の保険として『不和の荒野』が制定されました。正式名称は『調和の荒野』ですが」

 不可侵の空白地帯にするために、書類上では「ここは荒野だから」ということにして、開拓などはせずに残しておくことになったらしい。

「南部が独立した以上、ここの支配権は早い者勝ちだな」

「そうですね。北部がどう動くかはわかりませんが……」



 魔王軍は今のところ、北部への侵攻は考えていない。

 過去に第二師団がいろいろやらかしてしまったので、魔王軍に対する北部市民の感情は最悪だ。

 無理に占領しても面倒なことになるだけだろう。北部市民がゲリラ化したら目も当てられない。

 とはいえ、北部側から仕掛けてくる可能性はあるな。



「よし、交易路の保護を名目として監視拠点を作っておこう。不和の荒野に砦をいくつか作って、小規模な部隊を駐留させる。密偵たちの中継基地にも使えるからな」

「では次の評議会で相談してみましょう。費用や人員の負担がありますから」

 建設費や維持費はかかるが、都市の城壁に閉じこもっていたら情報が何も入ってこない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 政治体制的には第1次共和制ポーランドに近いのかな?
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