文化の保護者
108話
工芸都市ヴィエラと交易都市シャルディールの連合軍は、無事に迷宮都市ザリア市街へと迎え入れられた。これで一安心だ。
援軍の太守たち二人には、先にシャティナとアイリアが応対する。援軍への礼と、弔問の応対があるからだ。
俺も身支度を整え、会見の間に急ぐ。
「お待たせした。遅くなって申し訳ない」
「お久しぶりです、ヴァイト殿」
シャルディール太守のアラムは相変わらずだが、こいつ少し痩せたな。苦労してるんだろう。
ヴィエラ太守は、二十代後半ぐらいの男だ。背の高い堂々とした男前で、意匠を凝らした鎧が似合う。
と思ったら、第一声が意外だった。
「あら、はじめまして。お会いできて光栄だわ」
オネエ言葉だった。深みのあるいい声だけに、妙な迫力がある。
ヴィエラ太守が軽い口調で俺に挨拶する。
「アタシは美と技の街、ヴィエラの太守。フォルネ・フォム・フォーンハイムよ。よろしくね」
フォが連続しすぎていて、「フォフォフォ」しか記憶に残りそうにない。
あとやっぱり、オネエ言葉の違和感が凄い。
俺は内心で戸惑いつつも、がんばって挨拶を返す。
「俺は魔王ゴモヴィロア様の副官、ヴァイトだ」
魔王軍は積極的に人間と関わる方針を採用し、また魔王の座は代々継承していくことになった。
つまり今後は誰の治世かをはっきりさせておく必要がある訳で、俺たちは事あるごとに「魔王ゴモヴィロア」という言葉を口にしている。
いずれは師匠が退位することもあるかもしれないし、そのときは三代目魔王が誕生することだろう。
魔王を何人倒そうが、すぐ次の魔王が後を継ぐのだ。
なお先王様は機密保持のため、「魔王フリーデンリヒター」の名も姿も表には決して出さなかった。人間たちともほとんど接触していない。
だから人間たちは、フリーデンリヒターという魔王が存在したことを知らない。もちろん、王位継承があったことも知らない。
いずれは先王様の名を歴史に残そうと思っているが、今はまだ秘密だ。
それにしてもこのオネエしゃべりの太守、ものすごい存在感だな。
とにかく初対面だ、しっかり挨拶しておこう。
「工芸都市と名高いヴィエラの太守殿とお会いできて光栄だ。ザリアへの救援、感謝する」
するとオカマ……いやフォルネはつらそうな表情を浮かべた。
「メルギオ殿の周辺が不穏な気配だったんで、アラム殿と相談して急いで来たんだけど……間に合わなくてごめんなさい。せっかくのヴィエラ儀仗隊も、これじゃね」
「儀仗隊?」
ヴィエラの部隊は、どうみても騎兵隊だ。確かに装備は馬具に至るまで綺麗に統一されていて華やかだが、武器は全て実戦向きのものだ。練度も高い。
俺が見た人間の軍隊で、おそらく一番金がかかっている。俺が前世でイメージしていた「中世の騎士団」に一番近い。
するとアラムが苦笑する。
「ヴィエラは衛兵の割り当ては二百程度ですが、式典用の儀仗隊という名目で騎兵を多数抱えています。他の都市にも貸してくれるんですよ」
いいのかそれ。
俺が不思議に思っていると、フォルネが笑った。
「優雅なヴィエラ儀仗隊を式典に参加させると、格式がぐっと高まるのよ? ミラルディア貴族の紋章や屋敷や礼服のデザインをしてるの、ほとんどヴィエラの芸術家たちだもの」
なるほど、文化の発信地として重要な役割を担っているのか。
なら多少の逸脱は大目に見てもらえるということだろう。
ヴィエラはミラルディア統一戦争中から、流浪の身となった芸術家や工芸家を大量に迎え入れ、自由に作品を作れる環境を整えてやったそうだ。
おかげで統一戦争が終わる頃には、有名な人材はみんなヴィエラに引っ越してしまっていたという。
そんな話をした後で、フォルネはまた笑う。
「北部と近いから戦争は大変だったけど、おかげで北部から人を集めるのも楽だったって先々代が言ってたわ」
これはなかなか、したたかな連中のようだ。
我々が野蛮なモンスターの群れではないということを、ちゃんと伝えておこう。
「魔王軍は魔族の集団だが、人間の芸術や文化も尊重する。互いの文化を交流させ、共に発展できれば嬉しく思う」
犬人族の銀細工など、魔族にも優れた文化が多数ある。人間の芸術家にとっても良い刺激になるはずだ。
するとフォルネはまじまじと俺を見た。
「四百人殺しの人狼、勇者を噛み殺した男っていうから、どんな猛将なのかと思ってたけど……武名からは想像もできないほど、穏やかで涼しげなイイ男じゃない?」
どこがだ。
樹海の奥からやってきた、地味な田舎の青年だぞ。
しかしフォルネは俺の周りをぐるぐる回って、じろじろ眺め回す。
「いいわぁ……この意外性は売り出す価値があるわよ。もっとバンバン露出して、魔王軍の宣伝をしなさいな」
なんで初対面の人間に、そんなことを言われなきゃならんのだ。
俺の気持ちが伝わったのか、フォルネは苦笑して手を振る。
「あらやだ、ごめんなさいね。アタシは作品を交易品として売り出すのも仕事だから、逸材を見つけると興奮しちゃって」
俺は少しだけ皮肉を言ってみせる。
「地味でパッとしない男を『穏やかで涼しげ』と売り出すのも、貴殿の仕事という訳だな?」
するとフォルネは楽しそうにうなずいた。
「そうそう、そんな感じよ! あなた、なかなかわかってるじゃない」
頑丈なメンタルをお持ちのようだ。
「外交上、工芸品だけじゃなく人材を売り出す必要もあるわ。だからアタシもこんなしゃべり方してるのよ。工芸都市の長だもの、それなりに印象的でないとね?」
芸人のキャラ作りみたいなもんだな。うまくいっているかどうかは別として。
個人的にはオネエ系は智謀に長けた強キャラというイメージがあるが、こちらの世界でもそんな感じなのかもしれない。性差を超越した神秘性というか。
俺も頑張って悪役っぽさを作っているので、なんだか親近感があるな。
「上に立つ者同士、同じような苦労があるとみえるな」
「ふふ、そういうことね」
フォルネはうんうんと何度もうなずいてから、俺に言った。
「魔王軍がヴィエラの繁栄と安全に協力してくれるのなら、ヴィエラも同じだけの熱意で応えるわ。太守として約束するわよ」
「感謝する。ヴィエラの繁栄と安全、それに文化を守るために全力を尽くそう」
ただし、できればそのオネエ口調は落ち着かないのでやめてほしい。
でも絶対にやめてくれないだろうなというのは、今の会話でなんとなくわかった。
俺の言葉にフォルネは笑顔で応じたが、ふと表情を曇らせる。
「ま、これでヴィエラの工芸品や意匠は、南部限定ってことになっちゃうけどね」
ああ、そんなことを心配してたのか。
「いや、ヴィエラはミラルディアから独立した後も、これまで通りに北部に作品を送り出してくれ。ヴィエラの権益は保護したい」
「えっ、いいの!?」
「ヴィエラが北部に作品を供給しなくなったら、必ず北部内に新たな供給源となる連中が現れるはずだ。そうなると、ヴィエラの北部に対する影響力が低下してしまう」
北部で新しい文化が発生してしまったら、ヴィエラの持つ文化的な威力が失われる。それは魔王軍にとっても不利益だ。
「だからヴィエラは今後も文化の発信地として、ミラルディア全土に強い影響力を持っていただきたい。往々にして、投石機より文化のほうが威力があるものだ」
するとフォルネは子供のように目をキラキラさせた。
「あなた、よくわかってるじゃない! それでこそヴィエラの同盟者だわ! 最高よ!」
「おいよせ、抱きつくな」
いい声でオネエ言葉をしゃべるハンサムに力強くハグされて、俺はいろいろと危機を感じる。
文化って怖い。