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宗教会議(後編)

10話



 案の定、この会議は気まずいものになった。どいつもこいつも、俺に警戒の眼差しを向けている。

 輝陽聖堂の司祭。住民の四割を指導する立場だ。

 静月神殿の世話役。住民の二割が彼女に従っている。

 残りは土着の精霊信仰や、自然崇拝など。交易都市なので流れ者が多く、顔ぶれが多彩だ。

 中には人狼崇拝者までいた。俺を見て感涙にむせぶのはいいが、拝まないで欲しい。



 さっそく、輝陽司祭が威厳のある法衣をまとって立ち上がる。恰幅のいい初老の男だ。

「私は輝陽教の司祭、ユヒトと申します。貴殿が魔王軍の指揮官、ヴァイト殿ですな?」

「いかにも。魔王軍第三師団副官、ヴァイトだ」

 俺はなるべく威厳を保ちながら、彼が送りつけてきた嘆願書をテーブルの上に置いた。

「ユヒト殿の嘆願書、拝見した。個別の事案について返答する前に、お集まり頂いた各教徒の指導者全員に伝えたいことがある。よろしいか?」

 すると輝陽司祭は落ち着いた様子でうなずいた。

「はい、回答をいただけるのであれば」

 意外に冷静だな。嘆願書をつきつけてきたから狂信者みたいなのを想像していたが、堂々としたものだ。



 俺は一同を前に、決定事項を伝える。

「魔王軍第三師団の決定として、リューンハイトにおける信仰についてお伝えする」

 全員の表情に緊張が走った。いや、人狼崇拝者だけは目を輝かせている。だから拝むな。

 俺は彼の方を見ないようにしながら、言葉を続けた。

「我々は貴殿たちの信仰に敬意を払い、リューンハイトにおける信仰の自由を、これまでと同様に認める」

 俺がにこっと笑ってみせると、全員が安堵の表情を浮かべた。つられて笑顔を浮かべている者も多い。

 おっと、釘を刺しておかないとな。



「ただし、以下の三つを禁止とする。ひとつ、魔王軍への敵対行為全て。これは反乱の煽動や魔王様への侮辱などを含む。といっても、魔王様を崇拝しろとは言わん。世俗の権力を認めてくれればそれでよい」

 俺は一同の顔を見回したが、特に異論はなさそうだ。

「ふたつ、リューンハイトの法律に触れる行為全て。あくまでも世俗の法に従っていただく」

 これも異論はないだろう。あったらアイリアに言いつけてやる。

 そしてこれが重要だ。

「みっつ、異教徒への迫害となる行為全て。自分たちの信仰を認めて欲しければ、他人の信仰も許容せよ」

 これに反応したのは、輝陽教以外の指導者たちだ。



 輝陽教は最大派閥な上に、同調圧力が強い。輝陽教による異教徒への執拗な改宗強要が多いのは、この世界の常識だ。

 当人たちは善意でやっているから始末に負えない。

 そこで俺は彼らに釘を刺すと同時に、他の宗派にサービスしてやったという訳だ。

「魔王軍は改宗の強要は一切しないし、認めもしない。我らが魔王様を崇拝するのと同様に、おのおのが選んだ神を崇拝するがよい」

 人狼崇拝者が感極まって泣き出したが、俺は無視することにした。



 一瞬だけ渋い顔をしたのは、もちろん輝陽司祭だ。今後は彼らが「布教」と呼ぶ、執拗な改宗強要はできなくなる。

 俺は彼に笑顔を向けた。

「ということで、輝陽教徒の礼拝と巡礼も全て認める。戦時には制限を設けることもあるが、これはリューンハイトの法律にも明記されている。異論がおありかな?」

 輝陽司祭は困った顔をすぐに笑顔で塗り隠し、丁寧に一礼してみせた。

「寛大な配慮、感謝いたします。まさかここまで自由を認めていただけるとは、思ってもみませんでした」

 なかなかの狸だな、こいつ。



 俺は笑顔のまま、こう言ってやった。

「ですから、反乱などは起こさないでいただきたい」

「ははは、致しませんとも」

 ユヒト司祭は、ようやく人間味のある笑顔を浮かべた。まだ完全に信用した訳ではないが、とにかくこいつが妙な気を起こさないよう、用心しないといけない。



 今回は俺からの通達だけだったので、会議はあっけなく終了した。

 他の宗教指導者たちも何かしら嘆願はあったようだが、先手を打って全部認めてやったので言うことがなくなったようだ。

 参加者がぞろぞろと退出していく中、静月教の指導者が俺に歩み寄ってきた。三十そこそこの女性だ。大仰な輝陽教の司祭とは違い、こちらは私服だった。

「ヴァイト殿、ありがとうございます。リューンハイトの全ての静月教徒に代わって、お礼を申し上げます」

 深々と頭を下げる女性。何も言わないが、やはり輝陽教の改宗強要に迷惑していたらしい。



 彼女はこう続けた。

「我ら静月教徒は、ヴァイト殿に全面的に協力いたします。あくまでもヴァイト殿個人にですが」

 魔王軍に協力するのはさすがに無理だが、俺個人への感謝という形で協力をするということか。

「ありがとう。個を重んじ、研鑽を磨くことを美徳とする静月教の教えには、感銘を受ける部分も多い。特定の宗派を重んじることはできないが、他宗派同様に手厚く処遇したい」

 我ながら政治家のコメントのようだが、実際に政治家なのだから仕方ない。今の俺に言えるのは、せいぜいこれぐらいだ。



 静月教の指導者は笑顔でうなずき、俺に握手を求めてきた。俺はそれに応じる。人狼として人間と握手するのは、初めてかもしれない。

「ヴァイト殿、もし貴殿に窮地があれば、私の魔法をお使い下さい。未熟者ですが、微力を尽くします」

「魔法……?」

 すると彼女は笑顔のまま、改めて名乗った。

「申し遅れました。私はミーティ。リューンハイトで占星術の私塾を開いております」



 俺が静月教に味方したのは、ちょっとした事情がある。

 個人主義で不干渉と自己研鑽を重んじる静月教は、芸術家や魔術師が多い。彼らは数こそ少ないが、民衆や支配者を動かす力を持っている。

 もちろんマイノリティなので立場は弱いが、敵に回すと厄介なのだ。

「ありがとう、ミーティ殿。私も魔術師の端くれなので、話題が合うことも多いだろう。今後ともよろしく」

 人狼の俺は自己強化の魔法が得意だが、過去や未来を見通す予知魔法は人間が最も得意とするものだ。

 人間がやたらと占い好きなのも、たぶんそのせいだろう。

 未来への不安と期待が、彼らを予知魔法へと駆り立てるのだ。



 会議で思わぬ収穫があったので、俺は自分の部屋に戻った。

 リューンハイトの市民が反抗しないよう、次の人心掌握策を練らなくては。

 ミラルディア同盟軍が来る前にだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 憶測ですいませんが、1話あたりの文章量が比較的少ないのは電車などの短時間移動にさくっと読めるように配慮されているのかな?だとすれば、非常によくできていると思います。
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