第1話
あんまり騒がしいのは苦手な私である。
今現在、私の周りは沢山のメイドに囲まれ大騒ぎになっている。
原因は慣れない掃除をしていたせいか、大きな花瓶を私が盛大に割ってしまった事なのだけれど…。
「ロゼッタ様、早く医務室に!」
駆けつけてきたメイド長が、声を大きくして言う。他のメイド達は、メイド長が来るまでオロオロしながら騒いでいるばかりだったが、今は雑巾や箒を持ってきては後片付けをしてくれている。
真っ赤な血と花瓶の破片で床を大いに汚してしまったので、片付けはかなり大変だろうし、私としては申し訳ない限りだ。
というのも、慌てて破片を拾おうとした時に手を思いっきり切ってしまったからである。
掃除をしていたことも、割った花瓶の破片を拾おうとしたことも、どちらも完全に裏目になってしまった。
「ロゼッタ様は掃除なんかしなくてもいいんですよ」
後片付けをしているメイド達を尻目に、メイド長に連れられて医務室で治療を受けながら言われた。
「そうは言っても、住まわせてもらっている身ですし」
全く仕事をしないで居候するというのは、心苦しい。
「それでも、慣れないことをするからこうなるんですよ。もっと気をつけてください」
メイド長は、苦言を呈しながら私の手に包帯を巻いてくれている。
「私、結構器用なはずなんですけどね…」
小さいころから、武術も魔術も音楽も踊りも、大体なんでもうまくやることができた私だったけれど、最近はどうもボーっとしてしまうことが多い。
その原因というのは分かりきっている。
私の家が、誰にどうして襲われたのかと、どうしても考えこんでしまうからである。
つい数日前のことである。いつものように起きて優雅に朝食をとり、習い事だったり稽古だったりをこなしながら呑気に過ごしていた、いつもどおりのはずだった深夜のこと…私の家—フローレンス家は、何者かの集団によって襲撃されたのだ。
大勢いた警備の者や使用人は勿論、家族全員が結果として亡くなった。
完全に寝静まった両親や祖父、兄達と違って、本を読みながら夜更かししていた私は、襲撃にいち早く気づいたお陰でうまく逃げることができたのだ。
普段の魔術と武術訓練も活き、侵入者を倒したり隠れたりと、追撃を命からがら躱すことができた。
軍の詰め所まで逃げ切った私は保護されたが、軍の警備兵が我が家に向かった時には既に、屋敷は火を放たれていたという。
予想はしていたものの、その夜明けに家族全員死亡したと報告を受けた時には、盛大にみっともなく泣いてしまった。
その後のことは、社交界にも殆ど出ていなかった世間知らずな私なので、よく分からなかったのだが、我が家は取り潰し同然の扱いになったらしい。一部の資産は私が受け継いだものの、領地や権利は国が一旦預かるという形で、取り上げられる事になった。
どうも、私一人では運用もできないと判断したらしい。13歳の小娘だけなので当然だとは思うけれど、ひどい話である。
一応貴族の称号も残ったのだが住む家は無いので、今となっては家族ぐるみの付き合いだったルイス家で、居候として何もせず暮らしているだけである。
本当に何もやる気が無くなってしまって、年の近い友人でもあるルイス家の娘—クロエと遊ぶかお茶くらいなものである。
ルイス家は、本当に親切で後ろ盾なんて何もなくなった私なんかに、とてもよくしてくれている。
そんなこともあり、何かしないといけない…そう思った結果がこれなのだけれど。
「少しでも役に立とうと思ったんですけど、裏目に出ちゃいました。ごめんなさい」
やはり、考え事をしながら集中しないで、物事に当たるのは良くないことである。私は、はぁ…と溜息をついて言う。
「とにかく! ロゼッタ様は落ち着くまでゆっくりしてくれていいんです!」
しっかりと止血も終え、綺麗に包帯を巻いてくれたメイド長も勿論優しい。
「でも、私何のお返しもできていないんですけど…」
受け継いた資産のうち、渡せそうなものを伯爵でもあるルイス家の当主にお礼として渡そうとしたのだが、断固として拒否されたのである。
「親交が深いフローレンス家のご息女なんですから、これくらいのお世話は当然のことです! 旦那様もこの程度でお礼なんて必要の無いと思っていることでしょう。それより、せっかくのお美しい容姿を傷つけてはいけません!」
私の包帯を巻いた手をさすりながら、メイド長は言う。
「今は、領地を国に返されていますが、ロゼッタ様が成長して一人前になって、良縁に恵まれれば、先代の土地の運用も再び任されることになるでしょう。なので、今後フローレンス家の再興のためにも、ロゼッタ様はお体に気をつけて行動してください!」
心配してくれるのはありがたいけれど、フローレンス家が今後復活出来るとは思えないんだけどな…。
元は祖父が発展させ、国から伯爵の地位と領地を賜った比較的新しい貴族であり、その次の世代でもある両親も優秀だったので更に広い領地を任される事になったのである。
仮に私が一人前になるのが5年後だとしても、その間運営を放置しておくわけにも行かないだろう。
近い内に、他の貴族が領地を引き継ぐことになると、ルイス家当主から聞かされた。
今はまだ、私も似合わないながらも地位は伯爵だけれど、領地のない伯爵等存在しないので、そのうち身分も低くなるだろう。
つまりは、我が家―フローレンス家は既に没落したということだ。
悲しみに暮れる期間はもう過ぎている。
今後の身の振り方を考えなければならないなぁと思う、悲劇のヒロイン兼没落お嬢様の私である。




