Lood..007 始まる終わり(4)
夏輝の言葉に、室内が一気にザワつく。
「この『Network of Adventure Hall』は、クエスト進行型のRPG。1クエストにつき、クリアや失敗だったとしても自動的に拠点の町『トーキョウ』に戻るシステム。だが回線が切れた今、それも機能していない可能性が高い」
「えっ、じゃあダンジョンクエストに出ていたユーザーは…?」
「クリアしたとしても、『トーキョウ』に戻れずダンジョンに取り残される…エネミーだらけのエリアに」
「しかもっスよ。そのクリアデータは反映されない。いくら敵を倒してもレベルだって上がらない…回線が切れてますからね」
「そんな…それじゃあ裏面データなんて意味無いじゃないのよ!」
「だから出番なんスよ、β(ベータ)テスターのお3方」
そう言う宙は、夏輝と愛莉、そして大次郎の3人の顔を見る。
「え…俺ら?」
「何で、あたしらが?」
「このNOAHの推定クリアレベルは85。現NOAHユーザー最強のレベルでも、確か68っス」
「だが僕らのデータのレベルは…」
「80…まさか、あたしらに『ゲームをクリアしろ』って事?」
宙は無言のままに頷く。
「ただし、βテスターのデータは、条件に関係無く更新を停止したもの。つまり、今ログイン中のユーザーと同じ扱いっス。だから裏面データ込みの新規ユーザーを連れてログインするんスよ」
「更新は出来なくとも、同行は出来る。『同盟(※)』を使う訳か」
(※)…クエスト中に出会ったプレイヤーと、そのクエスト内だけ共に戦い、クリアデータなどを共有出来るシステム。
「そしてクエスト中にログインユーザーと会ったら、『同盟』を結ぶんス。そうすればクリア後に、一緒に町へと帰る事が出来るっス」
「待って宙…そしたら、あたしらがユーザーと接触する事で、そのユーザーとの回線を元に戻せるんじゃないの?」
その問いに押し黙る宙は俯きながら呟いた。
「…すみません…それは出来ないんス」
「え?何で?」
「先輩方が裏面データでログインした時点で、現ログインユーザーは回線の切れた旧データから外れ、裏面データに移される…これはデータ上から一時的に消える事。つまりIDやパスワードも無くなり、ゲームがクリアされるまではNPC扱いになるんス」
「それじゃあ、現実世界からの作業での救出が出来なくなって、あたしらがクリアするのを待つ状態になるって事?」
頷き返す宙が言葉を続ける。
「それにこの裏面データはまだ未完成っス。データ自体にログインは可能ですが、まだ全ユーザーを受け入れられるような"世界"としての確立がしていないんス。確立出来るまでは1日…現NOAHシステムにインストールさせるだけでも、データ量的に最低10時間は必要っス」
NOAHへの滞在可能時間は72時間。単純計算で失われる時間は34時間……その間に制限時間を迎えるユーザーも0では無いはず――…っと考え、唇を噛み締める夏輝だったが、その考えを察したのか、宙は首を横に振り言葉を続けた。
「このデータでログインすれば、ユーザーはNPC扱い。つまり制限時間がリセットされ、再び24日の猶予が与えられるっス。でも現実の脳はそうはいかない…だからそこは現実では医療機関との連携が必要となるっス」
「猶予はある。だが、僕らがゲームをクリア出来なければ…18万人共々僕らも死ぬ」
「そうっス。新規ユーザーは大丈夫ですが、先輩方βテスターも旧データ扱いっスから…だからトータル50%の成功率なんスよ」
静まる室内……夏輝や愛莉だけでなく、全てを理解した社員らも何も言えずに黙り込むだけ。
重い空気となる室内で、最初に口を開いたのは実織だった。
「説明通りに上手くいけば、1度に多くのユーザーが助かるけど、成功するかは50%の道。地道に1人1人、ユーザー1人1人を救い出していく全滅無き道……さ、舵は渡されたわよ?夏輝君」
「僕が…舵を…」
呟く夏輝の肩に、ポンっと何かが当たる。何だ?と振り向くと、そこにいたのは愛莉。彼女の拳が夏輝の肩に当てられた状態だった。
「室長はアンタ。あたしはアンタについてくって決めてる。だから従う。そして同じ責任は負うわ。もしも決めらんないなら、一緒に悩む。だって仲間じゃん?あたしら」
「愛莉…でも、いくら強いレベルだといえ、たった24日でクリアなんて…出来るかわからないじゃないか…」
「夏輝!」
続き響く声に振り向くと、そこには大次郎。
「『出来る』とか『出来ない』で迷うな。『やる』か『やらない』かの覚悟を決めろって」
「オージロウ…」
「どっち選ぼうがお前ならやれる!向こうで1日何個もクエストクリアしてやればいいんだ!信じて決めろ!」
「………」
夏輝を見つめ、大きく頷き笑顔を見せる大次郎。続き見る愛莉は、ちょっと照れたような笑みを見せ、再び夏輝の肩を叩く。
「乃愛ちゃんが待ってる。さっ、決めよ?お兄ちゃん」
「…うん」
夏輝は1度頷き、社長に向いた。
「社長…行かせて下さい」
「…わたしに止める理由は無い。ただ、行くからには失敗は許されない。わかっているな?夏輝室長」
「はい。人選は…?」
「βテスターの3人なのだろ?細かい所は君に任せる」
そう言われ、横目に見るのは愛莉。
「本当にいいのか…?」
「とーぜんですわん、室長」
再び社長に戻した視線で問う夏輝に、同じく社長に向いた愛莉が敬礼を返す。
「社長。新規ユーザーとして、ご子息、飛依斗さんの同行を許可願えますか?」
「なっ…!?」
「はっ、はぁっ!?オレ!?」
突然な提案に驚きの声が上がる社長と飛依斗。これには愛莉や周囲の社員らもびっくりしたように夏輝を見た。
「トイズ・クランピアの社員は社長を含め、ゲーム内のショップ経営の為、全員がNOAHアカウントを持っています。NOAHアカウントは1人1つしか持つ事が出来ない。ちなみにですが、飛依斗さんはアカウントはお持ちですか?」
「はぁ?持ってる訳ねぇだろ、こんな子供騙しのゲームのなんか」
「わかりました、ありがとうございます。…旧データよりアカウントを探し出し、ID解除後に新規作成するより、飛依斗さんのようなまっさらな人でログインする方が圧倒的に早い。だから許可を――…」
「ちょっと待てって室長さんよォ。オレは『行く』ってひと言も言ってねぇだろ」
「…償いの意味ではよかろう」
「おい親父!何勝手に話しを――…」
「だが!ログインしたとして…息子に危険は無いのだろうな?」
そこは『父親』…やはり息子の事は心配なのだろう。夏輝の視線は宙に向く。
「本当に大丈夫なんだろう?宙」
「飛依斗さんのデータは新規ものっス。ログアウトに問題は無し。危険性は0%っス」
「そうか……ならば行ってこい、飛依斗」
「ふ、ふざけんなよ!何でオレが行かなきゃなんねぇんだよ!?お前らだけでやりゃいいじゃねぇかよォ!!」
「お前が犯した事態だ。早く行け」
「…っだよ…オレのせいじゃねぇ…オレは何もやってねぇ!!」
「お前が引き金となったのだぞ!お前がバカげた事をしなければ――…」
「『お前が――…!お前が――…!』は聞き飽きた!!」
っと声を荒げる飛依斗は、近くの机を蹴り飛ばし、その机に乗ったパソコンをも蹴り飛ばす。
「飛依斗!!」
「うるせぇ!!どうせ全部オレが悪ぃんだろ!?全部だ全部!悪かったな、親父…母親の命と引き代えに生まれてきたのがこんなバカ息子でよォ…何やってもダメなクズでな」
「…飛依斗…」
「室長ぉ~?」
舌打ち混じりに夏輝を呼び、振り返る飛依斗。
「なぁ~んかオレのせいでこうなっちまったみたいで、申し訳ありませんっしたぁ~。でもオレみたいなクズが行ったら、出来る事も出来なくなっちまいますよ~?」
「………」
「たぶん全員殺しちゃうなぁ~オレ」
「ちょっとアンタねぇ!!」
瞬間、愛莉が飛依斗に詰め寄っていく。
「人の命かかってんのよ!?ふざけんじゃないわよアンタ!」
「ふざけてねぇよ…オレみたいなのが行ったって、何も出来ねぇで終わりだ。だから――…」
飛依斗はゆっくりと視線を廻し、連れ込んだ女性を見た。
「お前が行った方がいいんじゃねぇの?」
「え?私?」
「そーそー。オレなんかよりも、まともな人間が行った方が、愛莉ちゃんとしてもいいだろ?」
「…アカウントは持ってるの?あなた」
「持ってます。けど、昨日までログインしてて…あと1日はログインが出来ないんです。すみません…」
「けっ、使えねぇ女だ…」
「謝れるだけアンタよりマシ。本当にまともな人間だわ」
「………」
愛莉の言葉に、無言のままに舌打ちをして俯く飛依斗。
「やっぱそうかよ…」
「え?」
呟く声に反応する愛莉だが、飛依斗は何も返さずに黙るだけ。するとそこに歩み寄ったのは夏輝。
「何だよ室長…無駄だぜ、オレみたいなクズ連れてったって――…」
「連れていきますよ。あなたが必要だから」
「…は?」
「必要なんですよ、飛依斗さん。あなたが」
「必要…オレが?」
キョトンとする飛依斗に、頷き返す夏輝。
「飛依斗さんはボクシングで格闘経験もある。ゲームの戦闘にもすぐに対応出来るはず。それに、相手が誰であろうとも気負わぬ気持ちの強さもある。そうですよね?」
「お…おぉ…」
キョトンとしたまま、思わず頷き返す飛依斗。
「今の即戦力となるものを持っている、飛依斗さんだからこそ必要なんです」
「………」
「お願いします、一緒に来て下さい」
っと夏輝は頭を下げた。するとすぐさま愛莉が夏輝の元に駆け寄り、その体を起こす。
「ちょっと夏輝!何してんのよ!?こんなヤツに頭下げる事ないわよ!飛依斗、早く準備しなさいよ」
「よせ愛莉」
「飛依斗もあたしらと同じ元凶よ!行くのが当たり前でしょ――…」
「そうカリカリすんなって愛莉ちゃん」
っとヒートアップしていく愛莉の後ろから突然抱きつく飛依斗。すると愛莉のヒールが飛依斗の足に落とされる。
「のアッ!!」
「触れるな危険。触りたいなら有料よ」
「…ったく、あいかわらず手厳しいぜ、愛莉ちゃんは…」
踏まれた足を擦る飛依斗は、鼻で笑うように息をはき、夏輝に向いた。
「わかったぜ室長。オレも連れてけ」
突然の承諾に、室内がザワついた。
「飛依斗さん…」
「オレは室長、アンタについていく……必要としてくれんならな…」
今までにない真剣な表情でそう告げる飛依斗に、夏輝はゆっくりと頷いた。すると突然、
「うっし!決まりか!」
そう言いながら大次郎が背後から肩を組んできた。
「さっさと行って、18万人全員助けてやろうぜ?な?」
「オージロウ…君は残ってくれ」
「おうよ!俺は残って――…は?」
「そうよ、オージロウ。アンタは残りなさい」
「は、はぁ?何でだよ…俺もβテスターの1人だろうがよ」
「そうだけど、この作戦は失敗すれば命を落とす。君は協力者ではあるが、開発チームではない。そんなリスクを背負わせる訳にはいかない」
「おいおい、バカ言ってんじゃねぇって…親友の為に命かけるくらい――…ふぎ~っ!」
「バカはアンタよー」
大次郎の言葉を切るように、その両頬をつねる愛莉。
「アンタは既婚者。【雪菜】ちゃんと、アンタに似なくてよかった【嘉人】君が待ってんのよ?命かける所が違うでしょ?」
「………」
両頬を解放されるも、2人の名を聞き押し黙る大次郎。視線は夏輝の肩を組んだ左手薬指に輝く指輪に留まる。
「あ~ぁ…帰ってきたら、雪菜ちゃんのカレー食べたいなぁ~」
「え…?」
「僕もだ。あと、乃愛の分も頼むよ」
「…え…?」
「『え』じゃないわよ。もー早くカレーの材料買って家に帰りなさいよ。んであたしら帰ってくるまで煮込んでなさーい、和製北京原人」
「乃愛はああ見えてけっこう食べるから、ご飯は多めに炊いててくれよ、オージロウ」
そう言って、組まれた腕からすり抜ける夏輝は、大次郎の肩を叩く。
「…お…おぉ…」
大次郎は戸惑いの表情のまま、ゆっくりと後退りしていく。
気持ちはわからないでもないが、待つ家族のいる、罪無き親友の命はかけられない。夏輝と愛莉は、大次郎に向く事なく宙を見た。
「裏面データのログインは3人だ、宙」
「了解っス。飛依斗さん、アカウント作成はどうするっスか?」
「ん?んなもんテキトーでいいぜ。あ、なら実織姉ちゃ~ん。オレみたいにカッコいいアカウント作ってくれよ」
飛依斗の提案に、「はいはい…」っといったような表情で数回頷く実織は、ため息をつきながらパソコンにてデータを作り始めた。
作業する実織に向かい、ピューっと口笛を鳴らしつつ、並ぶ愛莉の肩に腕を置く飛依斗。
「でもさぁ~オレ…ご褒美があった方が頑張れんだけどなぁ~?愛莉ちゃん?」
「あ~ら、手でも繋いでほしいの?ボーヤ」
「ハハ、ボーヤは大人の遊びを教えてほしいのさ、お姉様」
「あらそう…無事に戻って来られたら、1日くらいは付き合ったげるわ。その後の展開はアンタの活躍次第、ねっ!」
肩に腕が置かれた事から、ガラ空きとなった飛依斗の脇腹を、愛莉のエルボーが強めに打つ。
「ぐフォっ!!」
「さ、早くあたしを惚れさせてちょうだい。お坊っちゃま」
「キっ、キツいぜ…愛莉ちゃん…」
蹲り、打たれた脇腹を抱える飛依斗を他所に、宙からログイン用のNOAHを受け取る夏輝と愛莉。
「愛莉…」
「何さ?」
「さっきの…飛依斗さんに言った、『惚れさせて』って、まさか…」
「ちっ、違うわよ!あぁ言えば、あのバカも頑張るかと思って……何…まさか…妬いてんの?」
「いや、それは無い」
余りにも迷い無き即答に、ズルっとコケる愛莉。
「妬けやコラ!心ん中でちょっと照れたあたしが恥ずかしいわっ」
「そういう事じゃない。ただ…ちょっと、カッコよかったと思っただけだ。ありがとう」
「は?何でお礼な訳?…全くもう…頭良いくせ、ホント女心がわかってないわね…」
「え?…『カッコいい』がそんなに嫌か?」
「アンタねぇ…もういいわ。行きましょ」
膨れっ面のままに、手にしたNOAHのスタンバイをする愛莉。同じくスタンバイする夏輝を横目に、
「…バぁカ…」
っと小さく呟いた。
◆◆◆――…
ログインをする夏輝ら3人は、リクライニングで少し寝かせられた、個々に分かれたマッサージチェアのような黒革の椅子にかけていた。その頭にはNOAHがヘッドギアのように装着されている。
鼻まで隠すバイザー越しに周囲を見渡すも、大次郎の姿は無い。もし失敗なら、もう会う事は出来ない……出立前に言っておくべき事もあったが、姿無き今はどうする事もない。
「オージロウ、いないね…」
並ぶ愛莉の声。愛莉にとっても親友である大次郎…同じ事を考えていたのだろう。
「うん。でもいいんだ。彼には家族が待ってる」
「そうね。で、アンタはその家族が向こうで待ってる。そうよね?」
「…うん」
「あたしは、待ってる親もいなけりゃ兄弟もいない…悲しいくらいにこの作戦にうってつけの人材」
「…乃愛は待ってる」
「そ、アンタは乃愛ちゃんがね」
「君の事も、だ」
「はぇ?」
「乃愛は待ってる。君の事も」
「えっ…」
「君は"お姉ちゃん"で、家族とも同じような存在なんだよ…乃愛にとっては」
「お姉ちゃん?…家族?」
「…迷惑か?」
「めっ、迷惑な訳ないじゃん!…お姉ちゃん…あたしが…」
「僕は悪影響だと言ってるんだけど、乃愛がそう言ってきかないんだ」
「おいコラぁ~!雰囲気ブっ壊すなぁー!」
「さぁ行こう、"家族"を迎えに」
「まとめんなァー!!遺恨が残るからさっきの発言撤回しろォーい!」
愛莉の怒りの声と共に、
「痴話喧嘩もいいっスけど、準備の方はいいっスか?お3方」
宙の声の響く管理ルーム内。
「大丈夫だ。それに付き合ってもいないし、そんな感情も無いから痴話喧嘩じゃない。断じて違う」
「真顔で断ずるなぁ!!あ~もう!大丈夫だからよけいなあおりをするな小デブ!」
「オレもいつでもいいぜ~、小ブタちゃ~ん♪」
締まり無き「大丈夫」宣言に、頷く笑顔を引きつる宙。その指は、ログイン実施のGOを出すEnterキーへと置かれた。
「じゃあ行くっスよ…」
宙の声を聞き、ゆっくりと目を閉じる3人。
「システムバックアップはお任せ下さいっス」
「…頼むぞ、宙」
「了解っス!皆さんの成功、祈ってるっスからね」
「うん」
「ほいほーい」
「ふぁ~あ…眠ぃ…」
「では行きます!リンク――…スタート!!」
◆◆◆――…
夏輝らがログインをした頃……あるテレビ局のパソコンに、1通のメールが届く。
「…ん?何だ?」
気づいたのは1人の男性報道記者。マウスを動かし、届いたメールを開くと……
「え~っと何々――…
〔件名〕メディア各所の皆様へ
〔本文〕
古きツギハギの『ノア』の時代は今
終わりを告げた
新たな方舟は
1人の神により創られし
神聖な『NOAH』となる
…――何だよこれ…」