Lood..006 始まる終わり(3)
突如響いた声に皆が振り返る。するとそこに立つのは、白髪混じりの髪をオールバックにした男性と、黒髪をきっちりまとめ、おだんごに結あえた20代半ばの女性が1人。2人はビシっと決まったスーツ姿。
妙な威圧感すら感じられる2人……その2人を見た夏輝に愛莉、そして飛依斗の目が丸くなる。
「しゃ…社長…」
「親父…」
そう呼ばれた白髪混じりの男性――…それはこのトイズ・クランピアの社長であり、飛依斗の父親でもあった。
するとその社長の横に立つ女性が、静まる室内に「コツコツ」とヒール音を響かせながら、呆然と立つ愛莉の元に歩み寄る。間1メートル程で止まる女性を見るなり、怪訝な顔つきとなる愛莉。それは敵意すら感じられる雰囲気であった。170センチの愛莉と同等の長身に、綺麗に整った顔立ちの女性。愛莉の表情に気づきつつも、まるで相手にしない素振りで、小脇に抱えたタブレット端末機を差し出した。そしてその左手首には何故か、夏輝達と同じ腕時計が光っていた。
「これはどういう事かしら?副室長の愛莉さん」
「【実織】…」
実織と呼ばれた女性――…それは社長秘書にして、愛莉の中学からの同級生でもある人物。
彼女が差し出したタブレット端末機の画面を見ると、そこに映し出されていたのはとあるニュース番組だった。そのニュース番組のテロップに書かれていた文字に驚きの声が上がる。
《緊急速報》
大人気のゲーム『Network of Adventure Hall』の回線遮断 18万人仮想現実世界に漂流か!?
「なっ…何よこれ…」
「それはこっちのセリフよ」
そう言って実織はタブレット端末機についたボタンを押す。するとその画面は、日本の3Dマップに被さるようにスクリーン表示となり、全員の目に触れられるようになった。それを見るなり、瞬間的にザワつく室内。これを見た夏輝の表情が強張っていく。
「どうして情報が外に……まさか、もう犠牲者が…!?」
「それはまだ連絡はありません、室長」
夏輝とも高校からの同級生ではあるとは言え、仕事上の他人行儀口調の実織が答えた。
「まだ会社には死亡者が出たとは連絡はありません。あるのは利用者やその家族…主にはマスコミからの状況説明の要求。現在も上層階にはマスコミ。そして電話が殺到しています」
「それならどうして情報が外に…」
「何やらマスコミに電話があったらしいですよ。『NOAHの寿命は終わった。NOAHは道連れとして、18万の命を呑み込んだ』と…」
「何…だって…」
「『NOAHの寿命は終わった』って、何よそれ…」
情報は外には流していない…仮に回線が切れた事に誰かが気づいたとしても、『18万人』というユーザー数は、この管理ルームにいた人物しか知り得ない事。しかも『NOAHの寿命は終わった』という言葉……何ともいえぬ恐怖感が背筋を伝う、夏輝と愛莉。
「夏輝室長」
すると社長が夏輝を呼ぶ。
「これはどういう事か。そして真実はどうなのかを君に問いに来たが――…その前に。何故お前がここにいるんだ?飛依斗」
「あぁ?……」
父親に問われるも、飛依斗は答えようとはしない。ただ舌打ちだけを返し、背を向けその場から去ろうとする。
「待たんか飛依斗」
「何だよ、うっせぇな。部外者だから出てくだけだよ…関係ねぇからなぁ、オレは」
「『部外者』って――…アンタねぇ!」
この言葉に怒りを露にする愛莉。だがすぐさま実織の肘が脇腹を小突き、制止する。
「いった…!何よ…」
「社長のご子息様よ。口の利き方」
「何言ってんのよ、アイツは――…」
「知ってる」
「…――は?」
「全部知ってるって言ってるのよ」
そう言うと、実織の視線は鋭く飛依斗に向いた。
「飛依斗。お前が『部外者』だと?『関係無い』だと?」
「おぉ。真面目な会社には似つかわしくない、不真面目なドラ息子のボクは、さっさと退散させてもらいま~す。って事です、おとーさん」
振り返り、父をもバカにしたような表情を見せる飛依斗。
「お前…よく『関係無い』と言えたな。この事態を招いておいて」
「はぁ?」
「全部聞いたぞ。ここを開けてくれた警備員に…お前がメインコンピュータルームに女性を連れ込み、メインコンピュータを落とした事を」
「ッ!?」
「以前から社員らに言っていたんだ。お前が社内で悪さをしたら、『すぐに報告しろ』とな」
「何だよそれ…!」
「社員からも、お前の素行に対する苦情を受けていてな…まぁ特に女性社員からが多いが…お前が会社に来ると、必ず何かをやらかしていく。だからだ」
「ハっ、だから何だってんだよ。今回の件はオレのせいじゃねぇ。オレを突き飛ばしたあの女。それと夏輝室長に、ここの使えねぇ社員達がヘマしたから起きたんだろ?だからオレは悪くねぇ…違うか?親父」
それに答えるように、社長の首は横に振られる。
「お前が女性を連れ込んだ。これも原因の1つ」
「おいおい待てよ親父…」
両手を広げ、首を左右に振る飛依斗は、「話しになんねぇ」っといったように背を向ける。その背を見る視線は、ゆっくりと夏輝へと向く。
「飛依斗のした事も原因ではあるが…この事態の収拾がついていない事については、夏輝室長。君にも責任が無いとは言い切れぬ」
「…わかっています」
「待って下さい社長!責任ならあたしも――…」
「責任は全て僕にあります。全て…僕の管理不足です」
愛莉の言葉に被せるように言った言葉に、社長の深いため息がつかれる。
「…っという事は、この報道はやはり本当か…」
メインコンピュータが落ちても、予備システムがある事は社長も知っている事。その為、どこか半信半疑だったのだろう。しかし夏輝の言葉と表情から、全てが真実だと呑み込む社長。
「解決法はあるのか?」
「今ユーザーのID等を調べ、強制ログアウトを試みている所です」
「それで間に合うのか?18万人全員を救えると言うのか?」
「…全力でやってみます…」
頷かぬ夏輝に、犠牲者が出る事が予測出来る。再びもれるため息。
「君は18万人だけでなく、この会社も殺したようだな…」
「社長!!」
この社長の言葉に、思わず声の上がる愛莉。
「何もそんな言い方しなくても!」
「会社も死ぬのは事実だよ愛莉くん。こんな事態となって、会社を存続させる事など不可能に近い」
「………」
「君達には期待していたというのに、全く…やってくれたよ本当に…全ては終りだ…」
「はい…申し訳…ありません…」
愛莉だって子供では無い。市民の命を脅かした事故を起こした会社の末路……取るべき措置は、その責任を背負う事。
謝罪以外に続く言葉が出ずに押し黙る愛莉の顎を、突然タブレット端末機の角が襲う。
「いった!…な、何すんのよ」
愛莉の顎を突いたのは実織。小さなため息と共に、近くの椅子に座りパソコンに向かう。
「ボサっとしないでくれる」
「は?」
「何しょい込んでるんだか知らないけど、こんな少人数でどうにか出来ると思ってるの?」
「どういう意味よ…」
「どうせあなたの事だから、事が起きてからすぐ何とかしようと焦って、ろくに考えもしないで皆を煽り。勢いだけで作業をしてたんでしょ?」
「…え…」
「NOAHシステムを、ビルのパソコン全部に繋げる。そうすれば、全社員でユーザーをログアウトさせる作業に入れるでしょ?」
「…あのねぇ。NOAHシステムは高度なプログラムから構成されてるのよ。開発チーム以外の人間が簡単に解除出来るようなものじゃ――…」
「ならマニュアルを作ればいいでしょ」
「マニュアル…?」
「作業手順のマニュアルよ。それがあれば、パソコンが扱える社員も作業に入れる。速度は遅いかもしれない。でも人手は稼げるわ。私が配信元になるから、マニュアルを教えてちょうだい」
鋭く見つめるはこの視線に、思わず黙り込む愛莉。その姿に実織は大きなため息を1つ。
「目先の時間で焦り過ぎ。ほんの数分で終わる作業で、少しでも作業規模を広げるのが得策じゃない訳?」
「それは…そうだけど…」
「はぁ…やっぱり、私がチームに残ってた方がよかったのかもね」
そう言って実織は結ったおだんごの髪を解き、肩を越える髪を揺らす。そしてわざとらしく左手首の腕時計を整えてみせる。
「社長。私はここに残ります。"元上司"の不始末、処理してから戻ります」
「不始末ですって…!」
「あと、飛依斗のした事も……よろしいですか?社長」
「ん…あ、あぁ…」
頷く社長を確認し、表情を引きつらせた愛莉を見る実織。
「あなたは物事に対して感情的。及び無作為で突発的な行動ばかり…それに夏輝君。普段は計画的で冷静沈着な指揮者。でも1度動揺すると一気に崩れ、愛莉みたいな人にすぐ流される……頭が良くても、2人して"人間"が弱いわね、あいかわらず」
この前半の分析に、思わず頷き「お~当たってる」っと呟くのは大次郎。しかし当の愛莉は表情を引きつらせ、実織の座る机を叩き、その顔にグっと迫る。
「誰の人間が弱いって…」
「何?図星かしら?IQ200の頭脳を持った、天才の愛莉さん。こんな事件になるなんて、腑抜けちゃったのね。私が秘書課に異動して張り合いが無くなったのかしら?」
「張り合い?うぬぼれないで。アンタごときの凡人に、あたしが張り合うとでも思ってんの?」
「…そうね。私は所詮凡人。天才のあなたには何も敵わない…私がどんなに努力しても、勉強しても。何もしてない…遊んでばかりのあなたが必ず先を行く。それが気に喰わないのよ…」
「同感。あたしもアンタが気に喰わない……あの時、アンタがあたしにした事…忘れたとは言わせない」
「あれは私じゃない…あなたが勝手に孤独に墜ちただけでしょ?」
「アンタ…人間として終わってるわね…」
「何を言っているのかしら。この件で終わるのはあなた。しかも…孤独な高校時代を支えてくれた、愛しの夏輝君と心中。喜んで応援するわ」
「実織…アンタねぇ!!」
実織に掴みかかろうとした愛莉を制止したのは夏輝だった。
「何よ夏輝!離してよ!」
「よすんだ愛莉」
「でも――…」
「今は揉めてる場合じゃない!」
睨み合う両者の距離をとらせるように愛莉の体を引き、自分が実織の前に立つ。
「実織さん」
「…何かしら?」
「ログアウトの作業。お願い出来ますか…?」
夏輝の目を見つめ、小さく頷く実織。
「室長の頼みでしたら、断る理由はありません。喜んで」
「ありがとう、実織さん」
「…――ふふっ。別にお礼はいいわよ。じゃあマニュアルをお願い、夏輝君」
「うん、ありがとう」
夏輝も頷き返し、実織の元に近くの女性社員を向かわせた。
その中、愛莉は未だ感情が抑えられないのか、荒い息遣いで実織を鋭く見つめていた。その愛莉に向き直る夏輝。
「愛莉…」
「何を言いたいかはわかってるわよ…今はそんな事言ってる場合じゃないって事も…」
そう言いつつも、モヤモヤした気持ちに整理がつかない。荒い鼻息を大きくはき、「先に行く」とだけ告げ、不機嫌そうにログアウト作業に向かう愛莉。
「愛莉…"あの時"の事は実織さんじゃなく、僕に責任が――…」
「やめて」
「愛莉…」
「お願いだから言わないで…"あの時"の事、夏輝の口から聞きたくない…もう忘れたいの…」
「………」
返す言葉もなく、無言になる夏輝。その夏輝を、一瞬横目でチラっと見る愛莉。そして周囲に聞こえぬ声で、
「…実織の味方もしないでよ…バカ…」
小さく呟いた。
どこか寂しげな愛莉に、何かしらの言葉をかけるべきか…っとも思ったが、現状の最優先事項はログアウト作業。夏輝は何も言えず、ゆっくりと視線を愛莉から社長に向けた。
「社長。今から全力で事態収拾にかかります。たとえこの先、何万人を救えたとしても、1人でも犠牲者が出るというなら僕は咎人です」
「…わたしには、会社を守るという義務がある」
「わかっています。僕を犯人として扱って頂いて構いません。どうか会社を――…父がいた場所を守って下さい」
そう言って頭を下げる夏輝。
「…会社を守ると言う事は、同時に社員を守る事でもある。夏輝君、君も社員だ。だから粘ってはみるが…無理だと見なした所で、切らせてもらうぞ」
「はい…ありがとうございます」
再び頭を下げ、自らもログアウト作業に入る夏輝。
その様子を、未だ関係無いといった表情で見ている飛依斗に向く社長。
「お前も償わねばならないだろう、飛依斗」
「あ?…冗談じゃねぇ…」
舌打ちと共に床へ唾を吐き捨てると、出口に向かい足を進め出す。
「コラ飛依斗!どこへ行く!」
「おい誰か出口開けろって。オレは関係ねぇんだ、こんなトコいても時間の無駄だぜ。ほら早く開けろ」
っと、社員証でしか開かない扉を蹴飛ばそうとした瞬間、プシュ!っと音を発てて扉が開いた。そして駆け込んできた人影に飛依斗の蹴りが炸裂。蹴りがヒットしたその人影――…それは蹴られたスネを擦りながら、余す片足でケンケン跳びをした宙だった。
「いってぇ~!」
何故か外から来た宙に、皆の視線が集まる。
「ひ、宙?…どうして外から?」
「あたたたた~…――あ、夏輝先輩!ユーザーを一気に救える方法、見つけました!」
「何だって!?」
宙の声に、全員総立ちで驚きの声が上がる。
「いったいどうやって…?」
「コレっスよ」
そう言うと宙は、ポケットから1つのUSBを取り出した。そして小走りに夏輝の元へ向かい、そのUSBを手渡した。
「これは…?」
「完成してから見てもらおうと思って、先輩方には黙ってたっスけど、これ『裏面』のデータなんス」
「『裏面』…?それをどうするつもりなんだ?」
「現時点で、現実世界と仮想現実世界の回線は切られてるっス。けど、このデータをNOAHシステムに読み込ませ、『ゲームクリア』という条件を満たした瞬間、今あるゲーム世界を新たなデータ上に創り変える。そうすれば、1度回線の切れたユーザーデータを移動させる事が可能なはずっス」
そう言う宙の視線に、徐々に頭の整理のついていった夏輝の目が見開いた。
「…――そうか…そういう事か!ゲームクリアをし、アップデートするという事か!」
「そっス。一か八か、これでやってみるしか――…」
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!」
理解し合い、盛り上がる2人の間に愛莉が入り込む。
「あたしの頭が追いついてないんだけど?先に行かないでくれる」
「俺もだぞ、夏輝」
愛莉の後ろから声を出すのは大次郎。
「バカにもわかるように説明してくれよ」
「そーよ。あたしはバカじゃないけど、一応」
「一般人と張り合うな、女狐」
「うっさいミクロン脳ミソ原始人」
「お前っ…あいかわらず口悪いな…」
「お~人間様の言葉が理解出来るのだなぁ~?すごいぞーゴリたん」
「人から退化さすなコラ」
何故か睨み合う愛莉と大次郎に、小さく息をはく宙が口を開く。
「いいっスか?お2人方。RPGゲームにはよくあるっスよね?クリアする事で現れる、新たなステージ…更なる強敵の待つEXステージが」
「あぁ、あるな。裏面ってやつが」
「だから裏面が何だって言う訳なのよ?」
「だから、この『Network of Adventure Hall』の表面ボスの『シュショーン』を倒したら終わりの世界クリアし、裏面のある世界に変えてしまう。って事っス」
「世界を変える――…あ~!そっか!」
「…ん?」
理解した愛莉に対し、大次郎の表情は無。宙と愛莉を交互に見ながら、「どういう事?」っと繰り返す。その様子に口を開くのは夏輝。
「つまりはオージロウ…回線の切られた今の『Network of Adventure Hall』は、稼動しなくなったエレベータ。でも上の階に行かないと家に帰れない。だから、稼動出来る裏面データを付け加えた『Network of Adventure Hall』と言う名の新しいエレベータに乗り換える、という事だ」
これには「あ~なるほど!」っと手を叩く大次郎。その姿に愛莉が鼻で1つ笑う。
「ようやく理解とは、さすがクマゴロウ」
「人かペット名か微妙な名前はヤメい……でもよ、夏輝。わざわざクリアしなくても、現実世界からクリアしたって事には出来ないのか?」
「それは無理っスよ、大次郎さん」
問いに答えたのは宙。「何でだ?」っと返す大次郎に、続き返すのは夏輝。
「今ユーザーが囚われたゲームの世界は、プログラムの土台によって保たれている」
「…ん?…んん??」
「さっきのエレベータとは違うが……例えるなら、その土台となってるプログラムは、海に浮かぶ1隻の船だと考えてくれ。今NOAHは、プログラムの船に18万人を乗せて航海中だ。ゲームをクリアした事にするって事は、今乗っている船…プログラムを1からやり直さなければならない。つまり、海の上で船を解体する事と同じ事だ」
「そんな事したら、全員海に溺れちまうな」
「そうだ。だから、言わば増築に近い事をするんだ」
「増築?」
「現船体を維持したまま、新しく造った船体を繋ぎ合わせ、その新しい船体に乗客を移行させる。つまり、今あるゲーム世界をクリアする事で現れる、新たなゲーム世界にユーザーを移行させる…新たな世界に創る事で、切られた回線を復活させるという事だ」
「そんな事出来んのかよ?」
その答えは、データを持ってきた宙が握るもの。皆の視線が宙に集まる。
「…トータルで言うっスよ。この成功確率は50%っス」
「ごっ、50%!?どういう事よ、それ!?」
「なら1から説明するっスよ。現NOAHの世界は回線が切れてるっス。つまり、データ更新はされない世界となっている…これがどういう事かわかるっスよね?夏輝先輩」
宙の視線に、ゆっくりと頷く夏輝。
「…ゲームルールの適応外。『GAME OVER』=『死』」
「なっ…!?」
「ゲーム中の生命を表すライフゲージが0になれば、自動復活せずに、現実世界でも死ぬと言う事か…」






