Lood..004 始まる終わり(1)
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ビーッ!! ビーッ!! ビーッ!!
突然の事だった。管理ルーム内に警報音がけたたましく鳴り響いたのは……その警報は、室内のコンピュータそれぞれから響くもの。画面はパトランプのように赤い光りを点滅させ、『Error』の文字が連なり右から左へ流れていく。映写された日本の3Dマップも、ノイズが入ったように揺れ始めていた。
「なっ、何だ!?オイ!何が起きた!?」
「俺のコンピュータが操作出来ないぞ!」
「私のもです!」
管理ルームの40人程の社員らは「何事だ!?」と辺りを見渡し、『Error』表示のコンピュータを操作しようとキーボードを叩く。しかし全く反応の無いパソコンに、鳴り止まぬ警報。慌ただしいと言うより、もはやパニックという状態だ。
その中、宙は慌てたように揺らぐ3Dマップに駆け寄った。その瞬間、3Dマップはバチバチッ!!っと音を発て、その国土上に赤く点滅する『Shut Down』の文字を浮かび上がらせた。
「シャッ…シャットダウンだって!?」
合わせるように、ドーム状の壁を回っていたゲームプレイ画面もノイズ音を響かせると、バチッ!っとひと際大きな音を発て消える。
「なっ、何だ!?」
「ゲーム画面が消えたぞ!」
マップ上の『Shut Down』の文字に、消えたゲーム画面……
「まさかコレ…ゲーム回線が切れたのか…?」
1人の社員の言葉に、ザワつき始める室内。
「嘘だろ……おい!予備電源システムはどうなんだ!?」
「わかりません!反応がありません!」
騒がしい室内。宙は静かに震える左腕を上げ、己の腕時計を覗き込む。するとそこに、白衣を着た男性社員が駆け寄ってくる。
「宙!お前何ボーっとしてだよ!?システムエラーか調べないと――…」
「時計が消えてる…」
「は?」
「腕時計見て下さいっス…」
「腕時計を…?」
宙に促され、腕時計を見る男性社員。デジタル時計…その時計が示す時刻は『PM 12:14』。そして時刻表記の下には、『--:--』の横棒線が点滅しているだけ。
「あれ…時間が…」
「消えてるっスよね?…NOAHシステムから電波を拾い、ゲーム内の時間も表示した社員用の時計…」
宙の声を聞いた周囲の社員らも、自身の腕時計を次々に確認。その輪は広がり、室内全社員が息を呑む。
「マジかよ、コレ…」
「やっぱりゲーム回線が…」
管理ルーム内全員が動きを止め、想定されるであろう最悪な事態に、ただ呆然となるだけ。その室内に――…
「ちょっと何!?いったい何の騒ぎなのコレ!」
軽いパニックを起こしつつ駆け込んでくるのは愛莉。
「何か廊下で警報鳴ってるし~!地震!?雷!?火事!?おや――じ……」
災害だとビビった様子で辺りを見渡す愛莉が、警報音以外の音の無い管理ルームにキョトン。「どったの?」っと言いながら室内に足を進めた瞬間、マップに浮かぶ『Shut Down』に気づく。
「えっ…何よ、アレ…」
「…愛莉先輩…」
動揺からか、目線の安定しない宙の表情に、すぐさま自分の腕時計を確かめる愛莉。
「時間が…!ちょっと宙…時間が消えてる……シャットダウン?…ねぇ、何なの?何なのよシャットダウンって!!」
「わかんねぇっス…急に――…」
「『わかんない』って何よ!!わかんないなら調べなさい!!メインコンピュータは!?確認したの!?」
「まだっスよ…」
「ちょっとアンタ!早く行って!!」
っと愛莉は近くにいた男性社員の背中を叩く。
「はっ、はい!」
「あなたは予備電源システム!急いで!!」
「わかりました!」
続き指示された白衣姿の女性社員も頷き、慌て駆け出す男性社員と共に管理ルームを後にする。愛莉も3Dマップの元へと走り、『Error』の画面から動かぬコンピュータのキーを叩く。
「何で動かないのよ…どういう事なの!?」
「おれもわかんねぇんスよ…夏輝先輩のNOAHの修理しようとしてたら、急にパソコンがイカれたんス」
「システム保護は!?動いてるの!?」
「それが動いてるならパソコン全部がエラーになったり、ゲーム画面が消えるなんて事は無いっス!全部のシステムが一気に落ちない限りは」
「メインを合わせて、別々の回線を使った6つの電源システムが一気に落ちるだなんて事がある訳!?」
「今それが起きてるかもしれないんスよ!」
「何でなの!?」
「おれが知りたいくらいっスよ!」
「…――っあ~もうっ!!」
声を上げ、くしゃくしゃに髪を掻きむしる愛莉。ボサボサになった髪をそのままに、動かぬパソコンのキーボードを叩く。
「嘘でしょ…」
呟くように頭を抱え、机に伏せる愛莉。
「…夏輝…夏輝は!?夏輝はどこ!?」
「さっき大次郎さんと上の食堂に――…」
「連れ戻して!!早く!!」
愛莉に指差され、慌て1人の女性社員が頷き走り出す。
「宙…回線は?NOAHとの回線は繋がってるの…?」
「時計が消えてる以上、正直見込めないっス…」
「時計のエラーじゃない訳…?」
「おれら全員の時計がっスよ?それに調べるにも、コンピュータが稼働しないんで…」
「…最悪…」
再び頭を抱える愛莉。
すると、ウィンっと自動開閉の扉の音が鳴り、管理ルーム内に入る1つの影が……音に反応し、愛莉が顔を上げる。
「なつ――…き…?」
食堂から来るなら――…の出入口には人の姿は無い。気配のするのは全くの逆方向。視線はグルっと回ると、
「何だよさっきから、この『ビービー』ウゼぇ音は…」
ラボの内部に通じる出入口、そこに立つのは飛依斗だった。
「…何でアンタがここにいんのよ…」
「お~愛莉ちゃんじゃねぇの。社長ご子息のオレ様を『アンタ』呼ばわりとは、あいかわらず言うじゃねぇの」
「ここは関係者以外立入禁止よ。邪魔だから出て行って」
「おいおい、あいかわらず嫌われてんなぁ~。愛莉ちゃんの狙う玉の輿…オレ様なら実現可能だってのになぁ~?」
そう言いながら歩み寄り、愛莉の肩に手を廻す。ため息混じりにその手を払う愛莉は、再度つくため息と共に飛依斗に向く。
「親のすねかじり。加えて頭の弱い未成年は嫌いなの…大人は忙しいのよ。出て行って」
っと飛依斗を押し退け、目の前のコンピュータに向かう。
去る愛莉を目でも追いもせず、飛依斗は「へいへい」っと言ったようにポケットに両手を突っ込み、慌ただしい中をワザと邪魔するようにゆっくりと歩いていく。
すると突然、パソコンより発生していた「ビービー」っとなる警告音がパっと消えた。そして管理ルーム内にウィィィン…っと音が鳴り出し、次々にコンピュータが再起動し始めた。そして次々に点灯し始めるゲーム画面。
「っ!も、戻ったの…?」
戻りゆく景色を見渡す愛莉の近くで、突如内線を知らせる電話が鳴る。すぐさま受話器を手にする愛莉。
すると間髪入れずのタイミングで、外からの扉が開き、管理ルームへ夏輝と大次郎が駆け込んできた。
「室長!!」
状況をどこまで把握してるかは不明だが、続く大次郎と共に険しい表情で室内を進む夏輝。
するとその姿に進む道をワザと変え、夏輝とはち会うように足を進める飛依斗。そして夏輝の視線上に乗った所で両手を広げ――…
「おーこれはこれは室長さん。今日はまた素敵なお召し物ですねぇ~」
…――のひと言。さすがに飛依斗の存在に気づいた夏輝は、一瞬足を止めそうになるも、その存在を無かったもののように横を走り抜ける。するとすかさず飛依斗は夏輝の腕を掴み、自分の方を強引に向かせた。
「っ!…何ですか、飛依斗さん…」
「シカトしないで下さいよ、室長さん。オレはひと言お礼が言いたくてねぇ」
「お礼…?」
「感謝してんスよ~室長さん。アンタがNOAHを開発してくれたお陰で、女の子のゲット率が上がったんだからさぁ~」
っと、お礼を告げる割りには、あきらかにバカにしているのか?ともとれる表情で夏輝を見る。するとその2人の間に大次郎が割って入り、夏輝に「行け」と促す。夏輝は頷くと、未だ電話中の愛莉の元に走る。
飛依斗は走り去る夏輝の背に舌打ちをし、目の前に立ち塞がる大次郎にはため息。
「礼言ってただけなのに邪魔すんなよ…」
「邪魔はお前の方だろ。ここは関係者以外立入禁止だ」
「ならアンタも立入禁止じゃねぇの?開発チームでもない、警備員風情のアンタも……いや、前科持ちの人殺しって時点で、この会社自体に立入禁止じゃねぇ訳?」
「ッ!!」
「犯罪を犯すなんて、親の顔が見てみたい――…ってダメか。その親を殺っちまったんだけか?」
この飛依斗の言葉に、大次郎は眉をひそめ、握り締めた拳が振り上がる瞬間――…
…――バッシィィィンッ!!
「いってぇ!!」
突如響く音と共に、後頭部を押さえて蹲る飛依斗。その後ろから姿を見せるのは、分厚いファイルを手にした愛莉だった。どうやらそのファイルで飛依斗の頭に一撃かましたようだ。
「いつまでいんのよクソガキ。さっさと出ていけってーの」
そう飛依斗に言い放ち、大次郎の元に近づくと、手にしたファイルでその腹を突く。
「手ぇ出すな、バカ」
「………」
「忘れんなって…あの日の『約束』…」
「…悪い…」
小さく息をはき、ファイルを近くの机に投げて夏輝に向く愛莉。
「夏輝、今報告があったわ。メインコンピュータの電源が切れてたそうよ」
「何だって…!?」
「本体には何かが衝突したような跡もあったみたい。そして残りの5つの予備電源システム。これも全部電源が落ちていたみたい」
「全部…宙!ユーザーとの回線は!?」
「今やってるっス!」
唇を噛み締め、ものすごい速度でパソコンのキーボードを叩く宙。
『メインコンピュータ』の単語に、飛依斗は未だに痛む頭を擦りながら立ち上がり、夏輝らをチラ見。自分に意識が向いていないのを確認すると、物音発てぬように歩き出す。
その中、パンッ!っと音を響かせEnterキーを叩く宙。「きた」っとの声と共に3Dマップを見上げると、『Shut Down』の文字は消えた。続くように浮かび上がる、読み込み中を表すプロペラが回転しているアイコン。数秒後にアイコンは違う表示となり――…
「ユーザー数ゼ…ロ…?0だって!?」
驚きに立ち上がる宙の視線の先。そこにあるのは、ただの日本の3Dマップ。そしてその下に記された『User Count 0』の文字。
「0って…まさか…夏輝…?」
「………」
愛莉の視線にも夏輝は無言のままに『0』の数字を見つめるだけ。
すると宙とは別のパソコンに向かっていた1人の男性社員が声を上げる。
「室長!滞在数値を見て下さい!」
社員の声に、『滞在数値』と呼ばれる、マップの各県上に浮かぶ数字見る夏輝。これはゲーム内の各県に、何人のユーザーが滞在しているかを表示した数値なのだ。その47都道府県。全ての数字は0であったものが、突如ものすごい速度で増えていく。
「こっ…これは…」
「今シャットダウン前の履歴を調べてみた所、履歴だけは確認出来ました」
その数値は10秒としない内に増加は止まり、各県に数値を表した。
「『トーキョウ』8万9327人…『オオサカ』1万6294人……全国合計18万3916人だと…」
「この約18万人のログアウト記録はありません…つまり、ゲーム世界と現実世界の回線はおそらく…」
これ以上は…っと口ごもる男性社員。物言わぬまま、呼吸の荒くなっていく夏輝。
「なら…なら早く回線を繋ぎ直して、18万人全員をログアウトさせるんだ!!」
「無理っスよ先輩!」
「何が無理なんだ宙!」
「ログアウトさせるには各個人のIDとパスワードが必要っス。個人情報流失防止。加えてチート対策に敷いたセキュリティは、1ユーザーを解除するだけでも最短で5分。でもそれは、ログインしているユーザーのみが対象…回線が切れた今、このNOAHの世界には『ログイン』と認識されたユーザーはいないんスよ!」
「なら履歴から調べるんだ!!」
「そんな事してたら1人に30分以上もかかる!NOAHのログインに脳が耐えられるのは72時間!既にその72時間を迎えるかもしれないユーザーだっているかもしれないんスよ…今からやったって18万人全員なんて救えないっスよ!」
「っ…!」
「安全性重視で作ったセキュリティが…完全に仇となった訳っスね…」
宙の言葉に何も返せず、ただ無言で唇を噛み締める夏輝。そして握る拳を己の額に当て身を震わすと、その拳を何度も額に当て、身を折り畳むように机に伏せた。
その姿に、並ぶ愛莉もグっと唇を噛み締める。社員達の不安に満ちた視線が、夏輝の背に集まる中……愛莉の手がゆっくりと上がっていく。そして――…
「ウジウジしてんな…このもやし童貞ーっ!!」
張り上げられた声と共に、夏輝の頭をひっぱたく愛莉。突然の衝撃に驚き立ち上がる夏輝の胸ぐらを掴み上げる愛莉は、追撃の頭突きを一発。
「いった!!…なっ、何するんだ愛莉!」
「うっさい!!アンタは室長!この開発チームのボス!そんなアンタが情けない背中見せてんじゃねぇよ!!」
「今18万の人間が死んだ…僕らの開発したゲームが殺したんだ!!こんな状況で何を――…」
「終わってない!!」
再び愛莉の頭突きが夏輝を直撃。
「終わってないのに終わった顔すんな!!諦めんなバカ!」
「………」
しかし何も言い返さずに、怪訝な顔つきで視線を落とす夏輝。これには愛莉は「もうっ!」っと夏輝の体を押し、グルりと社員らを見渡す。
「副室長命令!!全員回線復旧作業開始!!セキュリティ解除に30分?んなもん5分――…10秒とかけんなァ!!」
突然の声に、社員らは一瞬キョトン。すると愛莉は近くの机をバァンッ!!っと叩き、更なる怒声。
「ボサっとすんなァ!!1人も死なさず助け出せぇッ!!」
「はっ、はいッ!!」
迫力ある愛莉の発破に、室内の社員が一斉に慌てパソコンに向かい走り出す。
すると愛莉は再び夏輝に向く。
「人の命かかってんのよ…黙ってる場合じゃないでしょ、バカ」
「………」
「アンタのお父さん――…春充おじさんの夢でしょ?…アンタの夢でもあるんだから、こんな状況だからこそ足掻かなきゃ」
そう言って愛莉は、頭突きによりズレた夏輝の眼鏡を直し、鼻を指で軽く弾く。
「これはアンタだけの夢じゃない。夏輝、オージロウ…愛莉と春充おじさん。4人で『NOAH』じゃん?」
っと笑う愛莉。だがその笑みには"不安"の文字は隠せていない…でも今できる精一杯の笑みに、ゆっくりと頷く夏輝。
その光景を遠目に見ていた飛依斗は、「熱いね~」っと呟き、状況を小バカにしたような表情をしながら、管理ルームを後にしようと扉に手をかける。が……
「あれ?開かねぇし…」
NOAH開発の関係者を示す、社員証を持たぬ者以外は出入口を開けられないのだ。その事を思い出し、近くを通る女性社員に「ここを開けろ」と言うが、忙しそうに走り抜けていくだけ。辺りを見渡すも、まるで相手にされない状況。ため息と共に近くの椅子に座り、気だるそうに天井をあおぐ。
「ったく…警備員に開けさせた非常口から出りゃよかったぜ…」
だがその非常口も社員証が要る。ならば、っと誰かが外に出るのを待つ事にした飛依斗。
愛莉と共に回線復旧へと入ろうとしていた夏輝の元へ、大次郎が駆け寄ってきた。
「夏輝、俺に手伝える事はあるか?」
「ありがとう。なら、今起きてる現状を社長に伝えてきてくれ。『責任は全て僕にある』と」
そう言って、ポケットから首から下げるストラップ付きの社員証を出し、大次郎に投げ渡す。その社員証をキャッチすると、更に大次郎の元へ飛んでくるもう1つの社員証。キャッチした社員証を見ると、それは愛莉の物。
「アンタのだけじゃ、警備員のオージロウが社長のトコ行けないかもしんないでしょ?」
「愛莉…」
「おいコラ女狐。今絶対『ゴリラ』と読む『警備員』にしたろ?」
「ついでに言っといて~クロマニョン。『あたしも責任持つ』って」
「お、おい!」
「俺も『おい』だぞコラ!」
「8:2でよ。もち、8は夏輝だけどね~」
「ハハっ、じゃあ俺は1くらいなら持つぜ?責任」
「愛莉…オージロウ…」
「あ~ら、知能指数0のゴリラが持てるのかしらね~?人間の責任」
「っんだとコラ!」
「いいから走れー原始人」
「ぐっ…!」
パソコンに向かいながら毒づく愛莉の背に苦笑いのオージロウ。すると突然、オージロウは何かを思い出したかのように目を見開いた。
「夏輝!乃愛ちゃんもログインしてんじゃねぇのか?」
「乃愛…?…ッ!!」