Lood..003 ようこそトイズ・クランピア(2)
エレベーターに乗り込む3人。人、ひと、ヒトのエントランスからのエレベーターは混みに混んでいるが、下に降りるエレベーター内は夏輝と乃愛と愛莉の3人だけ。
「ずいぶん混んでたけど…下に行く人いないんだね?」
「あ~そっか。乃愛ちゃん地下にラボが移動してから来るの初めてか」
「はい。前は16階でしたよね?」
「そ。でも自然災害とかの被害を防止する為、メインコンピュータごと地盤の安定した地下に移動したのよ。メインコンピュータが落ちれば、人命に関わる大惨事になっちゃうし」
「大惨事、ですか?」
「現実世界と仮想現実世界の回線が切れて、ゲームに意識が囚われる。結果、脳死と同じ状態となる訳」
「うわ、怖…」
「まぁ確かに怖いが…でも大丈夫だ。予備のシステムが何重にも敷いてある。メインが落ちても支障は無いんだ、実は」
「それでも備えられる所は固めておかなきゃだからね。地下駐車場5階より下は、内部の人間でも許可書無しでは入れない空間。全てあたしら『NOAH開発チーム』のもの。んで――…」
言葉を言いかけた愛莉が、並ぶ夏輝の肩に寄りかかる。
「その空間をまとめるボスが、乃愛ちゃんの愛すべきお兄様って事」
「許可無しでは入れないって…私、部外者ですけど…入っていいんですか?」
「乃愛ちゃんは部外者じゃないわよ。適性年齢調査のテスター、やってくれたでしょ?つまりは関係者の1人って事。だからドーンと胸張ってけぇ~い」
ドスっ!っと鈍い音を発て、乃愛の胸元に愛莉の放つ、なかなかのパンチが炸裂。
「うっ…これは…張れない~…」
◆◆◆――…
…―――ポォン
B7Fが表記され、エレベーターの扉が開く。夏輝に続き足を踏み出す乃愛が――…
「なっ、何これ!?」
っと驚きの声を上げる。その姿に、夏輝と愛莉は互いに視線を合わせ、クスっと笑う。
乃愛の驚き……それは突如目の前に広がった大草原の風景にだった。ここは地下のはずなのに…っと辺りをキョロキョロと見渡すと、
「あれ?これって…映像?」
その言葉通り大草原の風景は、あたかもそこに草や空などがあるかのように、立体的に映し出されているものだったのだ。見渡す限りでは四方20メートル程はあろう空間にも見える。
「すっご~い…」
「でしょ~?これあたしが作ったの」
「え?愛莉さんがですか?」
「そ。あとこの先も」
「先?ですか?」
『先』とだけ告げ、歩き出す愛莉。そして夏輝も歩き出す。慌て後を追う乃愛の前に、横幅2メートル程の小川が見え、木の橋が1本かかっている。もちろん映像ではあるが。
しかし人間の心理とは面白い。映像とわかっていても、足は自然と橋に向かうもの。その映像の橋に夏輝と愛莉が足を乗せた瞬間、橋の向こう側と天井との間に、1匹の白毛の猫が現れた。リアルな猫と言うよりは、マスコットキャラクターとも思える、頭部を大きくした二足歩行キャラ。愛らしさ重視の容姿だ。夏輝と愛莉を交互に見つめ、何かを考えているような仕種で「ニャ、ニャ」っと小さく連呼している。
「何これ、可愛い~」
突如現れた猫に驚きつつも、愛らしい容姿に思わず声のもれる乃愛。その乃愛の見つめる中、猫は突然ニッコリと笑うと、空中でクルりと一回転。
《人物認証完了ニャ~。おはようございますニャ、室長。お帰りニャ~あいりん》
まるで映画館の音声のように空間に響く猫の声。
「わっ、喋った!?」
突然響く声に体をビクつかせ、サっと夏輝の後ろに身を隠す乃愛。
「ハハっ、そんなに驚かなくても…これは人物認証システムに人工知能を加え、映像化させたものだよ」
「そうよ~。あたしが作った【プリメシア】の【プーたん】。可愛いっしょ~?」
っと乃愛の顔を覗き込む愛莉の横で、
「いい大人が『あいりん』に『プーたん』ねぇ…」
っと、呟く失笑をする夏輝。するとすかさず入る愛莉のボディパンチ。
「いい大人のチェリーに笑われる筋合いな~い」
「尻軽よりはクリーンでいいと思うけど…」
「『尻軽』『尻軽』って…あたしは別に――…」
「っもォーっ!またそうやってケンカするー。もういい加減にしてよ2人共」
睨み合いに突入しようとした2人の間に割って入る乃愛。
「もうお兄ちゃんは『童貞』!愛莉さんは『恋多き乙女』!それでいいじゃん」
「ちょっと待て、僕だけ棘を感じるんだが…」
「『恋多き』って、結果軽いような…」
「もうその話題は終わり!それより愛莉さん…」
っと、あと言わずで、己の顔の真横を指差す乃愛。その位置には……
《誰ニャ…おたく誰ニャ…?》
『見る』と言うよりは『ガンつけ』…愛らしさなど皆無の表情で乃愛を見るプリメシアがいた。
「あ~ダメよプーたん。彼女は夏輝室長の妹さんよ」
《ニャニャ!?室長の妹さんかニャ?これは失礼しましたニャ》
驚きの仕種を見せ、クルりと身を返して頭を下げるプリメシア。
「じゃあ乃愛も一緒に入っても大丈夫かい?プリメシア」
《了解ですニャ、大丈夫ニャ!室長さんの妹の乃愛にゃん。ようこそなのニャ~!》
そう言うと、更にクルクルと回転し始めるプリメシアは、回転するままに奥へと飛び去っていく。おそらくは最奥の壁なのだろう。その位置でパっと7色の光を放ち、姿を消した。
すると次の瞬間。目の前に広がった大草原の景色、プリメシアの消えた位置から、重厚感たっぷりで両開きの石の扉が出現。そしてその石の扉はゆっくりと開いていく。
何が起きているのか!?っと丸々となった目をした乃愛の肩に、夏輝の手がポンっと乗る。
「こうしてプリメシアに認証され、プリメシア自体が鍵となり、入口ともなるんだ。さぁ行こう。この奥がメインの管理ルームだ」
そう言って乃愛の背を押し、先へと促していく。
石の扉に近づくにつれ、風景は映像と言う限界が見えてくる。石の扉は普通のガラス扉。そのガラス扉をくぐり抜けると……乃愛の目の前に広がるのは別世界。
ドーム状で周囲40メートル程の空間。中央に5~6メートルはあろう映写された3Dの日本地図が浮かんでいる。その日本地図には、各県ごとに何やら万単位の数字が書かれており、常にその数値は変化している。この日本地図を囲うように楕円形に連なるデスク。各所、空いたスペースに島のように組まれた円形のデスク。このデスク全てにパソコンがズラりと並び、ドーム状の壁を、四方40センチ程のゲームプレイ画面が100単位で囲んでいる。まるでタブレット端末の画面だけが浮かんでいるように、列を成して壁を回る。その室内を、スーツ姿や白衣を着た男女が慌ただしく動いていた。
「うわぁ…すごい…」
突然目の前に広がる別世界に、ポカーンっと口が半開き状態となる乃愛。すると彼らの入室に気づいた1人の男が、小走りに寄ってきた。
「あれ?夏輝先輩…どうしたんスか?今日はお休みなんじゃ…」
「あ、おはよう【宙】。今日はちょっと、な」
そう言いながら視線を真後ろに立つ乃愛に向けると、宙と呼ばれた男が追って見る。
乃愛と視線の合う宙は、160センチを少し越えたくらいの身長で、天然パーマがいき過ぎてアフロ化した小太りの男。
「妹の乃愛だ。宙とは初めてだったよね?」
「そっスね。初めまして、乃愛さん。おれ、お兄さんの大学時代の後輩だったんス」
「あ、はい、初めまして…あ、兄がいつもお世話になってます」
宙に向かい、深々とお辞儀をする乃愛。
「いやいや、お世話になってるのはおれの方っスよ。パソコンオタクで、就職浪人してたおれを拾ってくれた大恩人なんスから」
「何言ってるんだ。この宙はシステムプログラミングのスペシャリストだ。NOAH実用化は、彼がいなければ不可能だった。だからお世話になってるのは――…」
「あ~もう!童貞男2人が誉め合ってキモいってぇ~の~。BLかっつーの」
夏輝の言葉を切り、何故か宙の腹にパンチする愛莉。
「夏輝室長は今日お休みなの。今日はNOAHが故障した妹さんに、カプセルNOAHを利用してもらう為に来た。OK?」
「え…あ、はぁ…」
「『はぁ…』じゃないわよ。あたしらの為に2ヵ月ぶっ通しで働いてくれた先輩の修理作業、下僕の小ブタちゃんが代わって上げなさいよ」
乃愛の持つ故障したNOAHを、宙に無理矢理渡す愛莉。
「げっ、下僕小ブタって、愛莉先輩酷いっスよ~」
「うっさいポチ」
「今度は犬~!?」
「ほれ返事せんか、ポチ」
「ワォ~ン…」
「いや愛莉、修理くらい――…」
「い・い・の~。アンタが2ヵ月頑張ってくれたお陰で、世界発売の基盤はバッチOK。あとはあたしでも出来るから、明日も休みなさい。乃愛ちゃんログアウトしたら、帰りはあたしが車で送るから」
そう告げ、乃愛の手を取りその場から歩き去ろうとする背に――…
「おい、愛莉」
「ほらお休み男は帰った帰った。寝る子は育つだよ~」
呼びかけるも振り向く事なく、後ろ向きで夏輝らに手を振る愛莉。戸惑いの表情で夏輝と愛莉を交互に見る乃愛は、ただ手を引かれるままに遠退いていく。
「ちょっ、ちょっと愛莉さん?」
「乃愛ちゃんも高校生…子供じゃないんだから、たまの休みで夏輝と一緒にいたいのわかるけど、今日くらい休ませて上げて。ね?」
離れていく夏輝を横目に、乃愛は一拍置いて「うん」っと頷いた。
「よし。たまにはこの愛莉お姉さんも頼りなさい」
「それなら…愛莉さんがホントのお姉さんになってくれれば、もっと頼れるのになぁ…」
「おっ?それいいねぇ~。そしたらあたしは玉の輿じゃ~ん♥」
「…ホントにそれだけかな…」
っと乃愛が呟いた瞬間…愛莉はピタっと足を止め、体ごと振り返る。そして乃愛の鼻をギュ!っとつまんだ。
「ふぎゅ~!」
「勘繰り過ぎだぞ~お嬢さん……ま、その辺は夏輝次第じゃない…」
「え、じゃあ――…」
「うるさ~い」
「ふぎゅ~~っ!」
「…――ったく…ところで、約束って何時から何時までなの?」
ようやく解放された鼻を涙目で擦る乃愛。
「えっと、12時から17時くらいまでです」
「17時くらいなら…あたしも仕事終わってるかな。んじゃ、その後カラオケでも行こっか?」
「あ~行きます行きます~!」
「はい決定。ログイン時間まではまだあるし、いろいろ見学してく?」
「はい、お願いします!」
楽しげに歩き去っていく2人の後ろ姿に、夏輝と宙は向き合い、互いに鼻で笑い合う。
「優しいっスね、愛莉先輩」
「ちょっと強引でもあるけどね…」
「それが愛莉先輩のいい所っスよ。じゃあ先輩、あとはお任せ下さい」
「…いいのか?」
「修理くらい楽勝っスよ」
「ありがとう、宙」
「そのお礼、おれより愛莉先輩に言うべきじゃないっスか?」
「ハハっ、そうだな。今度飯でも奢ってやるさ。…だいぶ高くつきそうだけどね」
同意の意味を込めた口笛を吹く宙の肩を叩き、夏輝は辺りを見渡す。
「今日【オージロウ】は来てるのか?」
「はい、来てますよ。今はモンスターのモーション撮影やってると思います」
「そっか。じゃあちょっと覗いてから帰る事にするよ。頼むな、宙」
「はい、お疲れ様っス」
宙に言葉を残し、歩き去る夏輝は、愛莉と乃愛とは反対方向に歩いていく。
◆◆◆――…
乃愛達と別れた夏輝は、ミーティングルームの並ぶ通路を歩いていた。2~30人は楽に入れる1室。その1室1室は区切られてはいるが、通路からはガラスで内部は丸見え。休みである夏輝の姿に2度見する者や、いち礼する者。それぞれだ。
その通路の1番奥……ガラスではない、まるで非常口のような扉に手をかける。
「どれ、ウチの演技派俳優は何をしてるか…」
ワクワクした感情を抑えきれない…っといった表情で扉の中へと進むと――…
「見よっ!!これがレッドタイガーの交尾!だっはァーっ!!」
下品な笑いに合わせ高速に腰を前後に振る、全身黒タイツにモーションセンサーを付けた、190センチ近くはあろう大男がいた。
「………」
この光景に言葉を無くす夏輝。しかしその室内は大爆笑。グリーンの幕の前に立つ大男を囲む10人程の男女が、続けて始めたおかしな踊りを見て更に爆笑。
するとそのおかしな踊りをする大男が、扉の所から無表情に見つめる夏輝の存在にようやく気づく。
「おぉ!?夏輝じゃねぇか!?何してんだよ?」
全身タイツの大男は、「あれ?室長?」っと驚く人らをかきわけ、小走りにやって来た。そしてタイツの頭の部分を外し、キラリと汗の光るスキンヘッドを覗かせる。白い歯をむき出しに笑う、人懐っこい笑顔だが、どこか締まりの無いその顔つき。そして全身タイツだからこそよくわかる、ガチガチに鍛えられた筋肉質な肉体を持つ彼。全ての特徴を総称すれば、『頭は弱いが肉体派のお調子者』。まぁそんな所だろう。
「『何してんだ』はこっちのセリフだよ、オージロウ…」
「ん?何って、モーション撮り」
オージロウと呼ばれた男は、一瞬キョトンとし、サラっと返す。夏輝は小さいため息をつき、頭をポリポリ。
「何のだ」
「レッドタイガーの交尾。あとサンドダンサーの踊り」
「…後者はまだいいが、交尾は要らない。脚下だ」
「え?何で?」
「どこで使うんだその動き。フィールド歩いてて、モンスターが交尾してたら引くぞ。おかしいだろ」
「そうか?リアリティーあっていいと思うがねぇ……つーかお前、何でいんの?今日休みじゃねぇーの?」
「まぁそれは――…そうだ。お昼一緒にどうだ?まだだろ?」
「あぁ」
「その時話す。終わったら声かけてくれ」
「あ~それならもう大丈夫だ。今日の分は撮り終わってんだ」
そう言って夏輝の肩に手を廻し、その肩をバシバシ叩く。
「行こうぜ兄弟!『キヨ子食堂』へ!」
「それ社員食堂の事だろ…それにその全身タイツで行く気か?」
「ダメ?」
「ダメに決まってる」
じゃれ合うように言葉を交わし部屋を出ていく2人を、クスクス笑いながら見送る社員達。
「ホントあの2人って仲良いわね」
「夏輝と大次郎さんだろ?」
「あれ?でも室長、『オージロウ』って呼んでませんでしたか?」
「お前知らなかったんだ。大次郎さんの『大』を『オー』ってしただけのアダ名だよ。夏輝はプライベートだとそう呼んでるよな」
「あと愛莉さんもですよね」
「夏輝に愛莉と大次郎さん。3人は10年来の付き合いらしいからな…」
「へぇ~。同級生とかなんですか?」
「夏輝と愛莉は高校から大学までな。おれも一応大学から。でも大次郎さんは1つ歳上で中卒。学校での関わりは無いよ」
「え?そうなんですか?」
「ただ高校時代、夏輝とバイト先が同じだったんだとよ。んで意気投合、みたいな感じだな」
「室長かバイト?あんな優等生全開の人がバイトですか?似合わないな…」
「まぁおれも聞いた話しだが、夏輝もいろいろと苦労人なんだよ。愛莉も、大次郎さんだって…な」
「苦労人?何がですか?」
「おっと喋り過ぎだな…知りたきゃ思い出話しは本人に聞け。他人がベラベラ喋る事じゃねぇしな。ホラ、早く片づけておれらも飯行くぞ」
「え、あ、はい」
◆◆◆――…
どこからともなく聞こえる男と女の囁く声―――…
「どーよ、この美しい景色はよォ…」
時刻は正午。しかし声の響く空間は、闇の中に無数のイルミネーションが輝くもの。しかしそのイルミネーションは何かを象っていたり、特別な規則性を持つものでもない。青、赤、黄色のものが点々とし、点滅するものや常灯するもの、それぞれだ。
『関係者以外立入禁止』――加え『危険』の文字の貼り紙のされた、重厚感のある扉の中からの声はまだ続く。
「綺麗……でも大丈夫なの?こんな所に入って。鍵開けてくれた人困ってたよ?」
「あ~いいんだよ。こういう所に入れんのは、オレ様の特権ってやつ。こんな綺麗な中で――…」
「きゃっ!ちょっと!ドコ触ってんのよ!?」
「なぁに…この綺麗な景色の中で、楽しい事しようや」
「ちょっと…っ、ヤメてっ…!」
「んな怖がんなって、大丈夫…優しくしてやっからよォ」
暗闇ではっきりとは確認は出来ないが、何やらもみ合う男女。
「話しが違うでしょ!!ちょっと!ホントにヤメて!!」
「何だよ、お前が『NOAH開発の現場見たい』って言うから、こうして連れてきてやったんだぜ?」
「言ったけど、こんなの聞いてない!」
「痛ぇ!…っだよ、暴れんな…っ!暗闇に男と女で入ってんだ…お前だって想像出来んだろうが、男女のする事をよォ!」
もみ合う中、女の足蹴が男の顎を捉え――…
「ふざけんなバカァッ!!」
「ぐおッ!!」
ッ――ゴオォォォンッ!!
蹴り飛ばすと共に、イルミネーションを放つ壁らしきものに激突する男の体。
瞬間――…
…――ブウゥゥゥ……――――
まるで風を送るプロペラが止まっていくかの音を発て、イルミネーションが一気に消え、空間は暗闇となる。
すると突如、空間内の扉が開き、暗闇に光りが射し込んだ。
「大丈夫ですか!?すごい音が――…うわっ!」
扉を開いたのは1人の若い男性警備員。その警備員を突き飛ばし、1人の女性が室内から飛び出し走り去っていく。
「おいコラァ!!待てクソ女!!……チっ、ノリの悪い女だぜ…」
続き出てきたのは、肩を越える金の長髪で、所々にシルバーアクセサリーを多数付けた、言わば『チャラい』と呼ぶに相応しい容姿の20歳前後の男だった。
突き飛ばされた警備員は尻もち状態から、女の後に出てきた男を見上げる。
「【飛依斗】さん…何の音ですか?今の…」
「あぁ?あのクソ女がオレの事蹴り飛ばしやがって…」
「だ…大丈夫ですか?」
「ん?あぁ……まぁいいわ。またいい女連れてくっから頼むぜ」
「もうヤメましょうよ…ここはメインコンピュータルームですよ…本来は立入禁止なんですから、もし何かあったら――…」
「あ~うっせぇな!オレに説教かましてんじゃねぇよ、警備ごときのお前が」
蹴られた顎を擦りながら、舌打ちをして扉の元から去っていく、飛依斗と呼ばれた男。その背を見送りながら立ち上がり、暗闇の室内に目を向けた警備員。その目がみるみると丸くなっていくと共に、体は小刻みに震え始める。そして室内に駆け込み、辺りを見渡す。
「う…うあぁぁぁッ!!」
突然の悲鳴に、飛依斗は驚き立ち止まって振り返る。するとそこには警備員の姿は無い。「何事だ?」と引き返す飛依斗。
「っだよ、びっくりすんじゃねぇか…」
真っ暗闇のメインコンピュータルーム内に佇む警備員の背に、飛依斗は舌打ち混じりに返す。
今までイルミネーションにも似た光を放っていた機材に触れ、小刻みに震える警備員の体。
「メ…メイン…コンピュータが……メインコンピュータが…」
「あ?メインコンピュータがどうしたんだよ?」
「メインコンピュータが……止まってる…!!」