Lood..001 夢の中の夢
「…――ねぇお父さん。地球の温暖化が進んで、この地球に居住が不可能となった時、第2の惑星と言われた火星への移住計画って、本当に実現するの?」
ある民家の瓦屋根の上。星の輝く夜空を見上げながら問いかける、眼鏡をかけた小さな男の子。隣に座る、『父』と称された男性はキョトンとした表情。
「おいおい…10歳児の聞くパパへの質問がコレか…?」
ため息混じりに返す父に、男の子は真面目な表情で再び返す。
「質問しているのは僕。真面目に答えてよ、お父さん」
「…へいへい。で、何だっけ?」
「火星移住計画についてだよ。火星には生命体がいるってだけで、そんな簡単に住めるとは思えない。それにどうやって70億人もの人間を火星に?」
10歳児にしては大人びた口調で、淡々と言葉を連ねる我が子に、父は再びのため息。
「全く、我が家の天才児には困ったもんだ…」
「知りたいんだ、今日の言葉の真意を。新作ゲーム発表の場で『電脳空間は第3の地球』と言ったお父さんの考えを」
そう。父はある玩具製造会社に勤める会社員。その中でもゲーム開発に携わり、ある新作発表の場で言ったのだ――…
「今や世の中は、着実に進んでいる『火星移住計画』に未来を見ています。ですが、もう1つの未来を忘れている。それは電脳空間…仮想現実世界です。これこそ、第3の地球なのではないでしょうか」
…――っと。この言葉は、世の中の誰も気にも留めていない。ゲームの世界観を売り込むただのジョークと捉えていた。
我が子――…この男の子以外は。
「本当に、電脳空間は第3の地球になるの?仮想現実世界は作り出せるの?」
真剣な眼差しで見つめてくる息子に、父のため息は止まらない。
「…別に何か考えがあって言った訳じゃないぞ、アレは……ただ、そうだったら面白いな~って思って言っただけだ」
「『面白い』?」
「あぁ、面白そうだから言ってみた。言わば…夢?」
「え?夢?」
「だな。夢だ」
そう言って屋根の上でゴロンっと寝転がる父。
「確かに火星に住む事が出来たら、また新しい世界観が広がっていく。それもまた面白い話だ。でも固執するように、それだけで追い求めても、別の可能性が死んでしまう…そんなの何か嫌じゃないか?」
「その可能性が、仮想現実世界だって事?」
「まぁそうだな。だって世の中、2000年を迎えてからいろんなテクノロジーが生まれて、発展し、進化していった。この進化は半世紀経った今も続いている。昔マンガで見たような世界が実現していっている」
夜空に照らされる父の目が次第に輝いていくのを見つめ、息子も寄り添うように寝そべった。
「父さんな、昔っから好きな物語があってな…」
「『RPG of the WORLD』だよね?」
「あぁ。自分がプレイしていたRPGゲームの世界に入ってしまう話…」
「僕も読んだよ。面白かった」
「2000年当初に作られた、50年以上も前の話だ。たぶん、その時代の人間は夢見たんだろうな…仮想現実世界を…」
「うん、たぶんね。マンガや小説…夢物語は人類の夢…こうなりたいという願いに近いんだと思うからね」
「おっと、10歳児に言いたいセリフ取られてしまったか…」
そう言うと、ゆっくりと上半身だけを起こし、頭を掻いて夜空を再び見上げる。男の子も、その父を追って同じく起き上がる。
「昔の人間が夢見た世界…仮想現実世界は未だ実現しちゃいない。むしろ誰もやってないんじゃないか?」
「お父さんは?」
「お父さんはダメだって…パソコンが苦手なアナログ人間だぞ?紙とペンでしかゲームの企画を作れないからな。でもなぁ…」
「『でも』?」
「出来ないくせに、可能性だけは捨てられない。能力も無いくせ、野心だけはある。典型的な万年夢追い人だ…」
「…じゃあ、僕が作る。仮想現実世界」
「は?」
「今からいっぱい勉強して、いつか仮想現実世界を作ってみせるよ、僕が」
「………」
「僕がお父さんの夢を形にしてみせる。そしたら1番最初に、お父さんとお母さんを住ませて上げるよ。僕の作った世界に」
まっすぐに見つめる息子の視線に、思わず笑みのこぼれる父。笑いながら息子の頭を強く撫でた。
「ハハっ、ありがとな」
「うん。そうすれば、人の命をデータ化する事が出来て、地球や火星がダメでも、宇宙ステーション管理の仮想現実世界で暮らす事が出来るようになるはず」
「おいおい、もうそこまで考えてんのかよ……怖いもんだねぇ~、子供の発想力は…」
ピリリリリ ピリリリリ…
突如父のポケットで鳴る携帯電話。
「…――っと、電話だ…はい、もしもし……えっ!?生まれる!?えっ、ちょっ、ちょっと待って下さい!予定日はまだ――…えぇ~っ!今から生まれるかも!?」
慌て立ち上がる父は、不安定な屋根の上で転びそうになりながら、見上げる息子に立つように手招く。そして電話を切ると、
「大変だ!赤ちゃんが――…妹がもうすぐ生まれるかもしれないって!」
「えぇ!?」
「今から病院に行くぞ、準備しろ!」
「う、うん!」
「あっ、あ~!ちょっと待った!」
頷き、家の中へ戻ろうとしていた息子の肩を掴むと、強引に自分の方に向かせる。そして男の子の目の前に、小指を立てた手を差し出した。
「え…何?」
「行く前に、指切りだ」
「指切り?何で?」
「親子とかじゃない、男同士の約束をしよう」
「男同士の…約束?」
「あぁ。…お前は今からお兄ちゃんになる。その"お兄ちゃん"である前に、守るものが在る"男"になるんだ。わかるか?」
「よくわかんないよ…」
「なら難しい事は言わない。妹の事は、お兄ちゃんのお前が守ってやれ。その1つだけだ。いいな?」
「…うん。わかった」
「よし、じゃあ指切りだ」
再び頷く男の子は、父の小指に自分の小指を絡めた。
「指切りげんまん―――……
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