7 ケモノの決意2
「きっちりカーテンまで閉めて……」
到着して外から教室をみるとカーテンをして外から中が見えないように隠しているのが見えた。そのうち、窓ガラスが1枚割れてるのも見えた。
獣化している今、教室に向かうさなかでも音はだいたい拾えてる。教室の前に群れている教師に生徒、それに鏡香の叫び声も聞こえる。
それに混じって物を殴る音と鏡香以外の悲鳴も聞こえる。
階段を脚力任せに飛ばしながら駆けあがって教室のある階につくと、教室の前に群れた教師に生徒がいた。
「鏡香!」
「っ雪花ちゃん、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがぁ」
眼を真っ赤にして涙ををこぼしている鏡香が抱きついて来た。叫んだせいで群れがこっちをみたけどどうでもいい。ここにいるのが不思議そうに見てる眼なんてどうでもいい。
「鏡也は、あの中?」
「うん、でも机とかではいれないようにされててっ」
「そう」
泣きはらしてる鏡香の手を握ってわずかながらに落ちつかせて教室前に行く。私服姿の私をみて奇異の目を向けてる生徒に仮病した生徒をみる教師の目。
そんなもの関係ないとばかりに扉の前にいく。バリケード作っていようと、今ならなんともないでしょそんなもん。
何をするのかと周りから人がひいたのを合図に、遠心力を使って……扉に回し蹴りをぶち当てる。
「……」
周囲の沈黙通り、目の前の扉は教室内に飛んだ。積んであった机もろとも。蹴り抜いた脚を降ろして教室内に入ると鏡也がいた。
変な方向に曲がった左腕と頭から血を流して。それでも意識はまだある。
「なにしてんのよ、あんた」
「ッそれはこっちのセリフだ! なんでいるんだよ!」
「鏡香に泣きつかれた」
ぶっ壊れた扉からわらわらと教師が入ってきて中にいる生徒たちを避難させていく中、鏡也は外にいる鏡香をにらんだ。
「まあそれはいいとして、私の身代わりとか? でもまあ、バットで殴られてよくそれだけで済んでるわね」
現状に追いつけず立ち尽くしてる主犯達をよそに、話を進める。
ずるずると体を引きずるように立ちあがった鏡也。左腕の二の腕のとこの骨から折れてるらしく、肩から垂れ下がるだけになってる。
「お兄ちゃん!」
「ッバカ、来るな!」
場の空気が緩んだせいか鏡香が鏡也に近づこうとした時、叫んだ鏡香の声のせいなのか立ちすくんでいたうちの一人がバットを鏡香に向けて振り下ろした。
「クソッ」
「ッ!」
折れた腕を顧みず折れてない右腕で鏡香を抱き寄せて背を向けた鏡也。でもバットはそのまま直撃ラインで振り下ろされたまま。
だけど。
「金属バットとか、頭殴られてんのにほんとよく生きてるわね。でもあとで病院行きなさいよ」
「おい、雪花……?」
「雪花ちゃんッ」
ここまで来るのに最速で走って校舎に入ってからも教室に着くまで走り続けてる。深めにかぶっていたとはいえかぶってるだけフード。バットを掴んで止めるだけの動きにも、耐えてくれなかった。
「で、これで鏡香をどうする気だったわけ?」
爪を立てながらバットを握り込む。軽々と食い込んでいく爪はそのままバットを切断した。
金属音を立てて床に落ちるバットの先。
「呆けてる暇があるならさっさと答えなさいよ」
「うぁ、わぁぁぁぁぁッッ」
叫び声をあげながら投げつけてきたバットの柄を手で払いのけ、そのままの勢いで殴りかって来たのを蹴りとばす。
バゴンッ
と、明らかにおかしい音をたてながら壁にぶち当たって動かなくなった。かすかに動いてるから生きてるでしょ。
「はぁ、何? こんなもんで報復とか立てこもりとかやった訳? 舐めてんの?」
今やったのは鏡香からネックレスを奪った奴じゃない。あの中にいた腰ぎんちゃくの一人。バットを持ったのはまた9人いる。
「ま、いいわ。鏡也、さっさと病院行くわよー」
そういいながら背を向けたと同時に一斉に殴りかかってきた。爪でバットを処理できるのは実戦済みだから柄に近い所から切断していく。
左からスイングしてきたバットをしゃがみながら爪を一閃させて本人は蹴り飛ばしてまず1本。振り下ろしてきたバットを掴んで受け止めてまた切断して殴り飛ばす。
ミミで音を拾って左右から来るバットを受け止めて放り投げる。持っていた2人は前方に転がっていって壁にあたってとまった。これで4人。
順々に襲って来た連中を返り打ちにしたのが聞いたのか、残った連中は好き放題にバットを振り回してきた。
体をずらしバットをよけて切断して、そのまま体を回転させて後ろからきたバットを殴り飛ばす。
脚を狙って振られたバットを蹴り飛ばして、その脚で持っていた奴を蹴り飛ばす。
「動くなッ」
絶叫に振り返ると殴り飛ばされたらしい鏡也と、ナイフを鏡香に突き付けてるあの男がいた。
鏡香からネックレスを奪ったあの男が。
「動くんじゃねぇぞ、化け物。散々人に恥掻かせやがって」
一気に接近してナイフを掴み捨てて男を殴り飛ばすなりして鏡香を保護。今考えた動きをしようにも、
「動いたらどうなるかわかってんだろうなぁッ!!」
頬に押しつけられたナイフに力を込められたんじゃ、何もできない。
野次馬になってる連中も場が暴力的に落ちついてナイフの存在にわーわー悲鳴なりをあげてるけど、うるさいことこの上ない。
「好き放題やりやがって。おい、何つったってんだよ。さっさと殴れッ」
残ったのはこいつを含めて2人。背後にいた奴が半ば反射的に振り抜いたバットが鈍い音を立てて背中にめり込む。
「ッぅぐ」
「雪花ちゃんッ」
「うるせぇッッ!! なんで1発でやめてんだよ、やれよ!」
腰、脚、肩、腕に嬲るように振り下ろされたバット。なんか嫌な音が聞こえた右腕、力はいらないんだけど……。
「ぃぁ、ゲホゲホッ」
「ッせ、か……ッ」
折れた腕を倒れた時に打ちつけたのか痛みに顔をしかめた鏡也に名前を呼ばれるも、返答する余裕はない。
獣化してはいても痛みを感じないわけでも不死身でもないから。
「何休んでるだッさっさとやれッ!!!」
「ッぁぁぁぁあああああああああ!!!」
これで最後と言わんばかりに叫びながら振り下ろされたバットの軌道は私の頭。よけようにも動く力がはいらない。
あー……だめかも、これ。
「雪花ァッ」
「鏡也ッ!?」
飛びかかってくるように覆いかぶさってきた鏡也。ちょっと、そんなことしたらッ。
「ッづぐっ」
「鏡也? 鏡也!!」
折れた腕の骨がずれる感覚がする。殴られて青黒くなってる脚を無理やり動かして鏡也に寄り添う。
「鏡也! 鏡也ッ」
「え、あ……お兄ちゃん……? やだ、やだやだやだッ」
動かない。息はしてるけど反応が返ってこない。首筋に殴られた痕がくっきり残ってる……。
「きょう、や……」
「ざまぁねえなぁッ」
何かがキレた。
目の前にある脚を掴んで引き倒して、顔面を殴りつける。鼻骨が折れる音がして動かなくなった。
よろよろと脚を無理やり動かして立ちあがって、目を見開いてるバカの腕を骨がねじれ折れるのを無視してひねり上げると鏡香はうまい具合に抜け出して鏡也の所にいった。
それをしり目に見届けてねじり上げた腕を離して首を掴んで床にたたきつける。
「何が、ざまぁねえなですって? ふざけたこと言ってると殺すぞお前」
気絶したのかただ単に身動きしないだけなのか、静かになったのを放置して鏡也の所にいく。
救急車を呼んだらしい鏡香が鏡也の名前を呼びながら体をゆすってる。
「おにいちゃぁんッ返事してよぉ」
「鏡香、気絶してるだけだから」
「ッぅく、せっかちゃぁん」
「うん、痛いからやめて……」
抱きついて泣きだした鏡香……バットで殴られた肩とか腰とかに手があたってるからかなり痛い。
鏡香をなだめるために頭を撫でようとしたら、脇腹に衝撃がきた。あれ、ここも殴られたっけ……?
「ぇ、あ……?」
「せっかちゃん?」
「ひ、は、あははははははははははははッッッ!!」
アイロンでヤケドした時の比じゃないくらいの熱が脇腹に。食い込んだ異物の感触が脈打つように存在を強調してる。
「ッァぁあアッッ」
腕を振り抜いて狂ったように笑ってる男を殴り飛ばす。けど、握り込んだままだったらしいナイフも一緒に抜けて出血量が一気に増した。
床に倒れ込んで溢れた血が広がって行ってる……。
「雪花ちゃんッ」
鏡香の悲鳴と、外から聞こえてくる悲鳴と絶叫。バタバタと教室になだれ込んでくる足音を聞きながら意識を手放した。
*** *** ***
「……ぅ、ぁ」
「もう遅刻だぞ」
「え? いッ~~!!」
寝起き早々に遅刻と言われた体を起こそうとしたら脇腹に死にそうなくらいの激痛がきた。
「ッ~……鏡也?」
「昨日の事、憶えてるか?」
「死ななかったのね」
「誰が死ぬか。死にそうだったのはお前だろ」
「あー、刺されたっけ」
今度はゆっくりと体を起こして改めて体を見ると、病院着をきて腕に点滴を刺して腕にはギプスを着けてた。
病院着の隙間から中を見ると、包帯でぐるぐる巻きになってた。
「3週間入院だとよ」
「3週間ね……。そういえば鏡香は?」
「そっち」
鏡也が指差す方をみるとベッドに伏せて寝ている鏡香がいた。
「いろいろ、血生臭いもの見せたわね」
寝ている鏡香の頭をやんわりと撫でていたら起こしてしまったのか、もぞもぞと体を起こした。
「……せっかちゃん……雪花ちゃんッ!?」
「痛い痛いッ、そこ刺されたとこだから!」
刺された方から抱きつかれたから衝撃がダイレクトに伝わってきてかなり痛い。
「うわぁぁせっかちゃぁぁん」
「あー、よしよし」
抱きついたまま泣きだした鏡香をなだめてるのはいいけど、密着してるから傷口も圧迫されて痛い……でもなんか言いづらい。
「病人相手になにしてんだよ……。それよりも、例の立てこもり犯は殺人未遂と器物破損とかで捕まった。俺と雪花は被害者、つまり一切のお咎めなしの扱いになってる。事情聴取でも獣化の件は誰も漏らしてないらしい」
「……そう」
言ったところで誰も信じないでしょ。
クラスメイトが実は人外で立てこもり犯を制圧しかけただなんて。
「獣化した揚句、重傷負って入院とは随分派手に暴れたじゃないの」
「母さん? 仕事は?」
声の先には気だるそうな衣出立ちの母さんがいた。
「娘が刺されたって聞いてまで仕事するバカじゃないわよ。今の今まで霧華が獣化して暴れそうなのを押さえてただけよ」
「霧華?」
「最初に一哉に電話があってその後私に来たんだけど、なんでか一哉が霧華のとこにも電話したみたいでね。ここに来る前に霧華をなだめてきたわけよ。あのシスコン、いい加減治らないかしらね」
霧華がねぇ。てか、父さんもなんで霧華に電話してるのよ。
「雪花ちゃん、霧ちゃんって最近見ないけどどこいるの?」
「隣町の平屋。シスコンが酷過ぎて一時的に別居してる」
24時間私にべったりくっついてくるからこれはマズイと隣町の平屋に住ませてる。一人暮らしだけどなんとなってると思ったんだけど……。
「それと霧華から、『お姉ちゃんにまとわりついてる癖に何もできない無能クズ野郎は近いうちにぶっ殺してやる』だってさ」
「なあ雪花、お前の妹に殺されるらしいが俺なんかしたか?」
「さあ? それはそうと、先祖がえりの件はもう知ってるの?」
「一哉から聞いた。あんた、もう人殴るんじゃないわよ。ここに来る前に警察とも話したけど、鼻骨粉砕骨折と腱の断裂にこっちも粉砕骨折その他もろもろ……雪花の方が殺人未遂で連れて行かれなかったのが不思議なくらいね」
あっちも重傷を負ったと。まあ後悔もなにもしてないけど。
「身体能力は獣化した時のまま、満月関係なしで獣化も出来る」
「満月関係なしに?」
「獣化してる時の事を思い浮かべればいいわ」
獣化してる時…………。
「ッいぁ……」
「雪花ちゃん? ……ミミだ」
瞳孔が裂ける痛みはあったけど、確かに獣化してる。
「獣化してる時に人殴ったらたぶん死ぬから殴るんじゃないわよ。爪も知っての通り、或る程度のものなら切断出来るくらいには硬度も増してる。先祖がえりなだけあって先祖に限りなく近いスペック」
「……」
「……」
「ねえ鏡香、ミミしか見てないようだけど」
そこそこまじめな話をしてるんだけど、抱きついたままの鏡香がミミをすっごい見てる。
「触っていい?」
「……はぁ、お好きにどうぞ」
「わぁい」
許可をだしたらだしたで無遠慮にミミを触りだした。これで同い年か……。
「それじゃ、入院の必要品取ってくるわ」
「んー」
母さんが病室を出て、鏡香がミミをふにふにと触っているなか、
「で、鏡也はなんともないわけ? 頭付近やたら殴られてたみたいだけど」
「首にコルセットしてる時点でなんともないわけないな。首の骨が地味にヒビいってるのと、あちこち打撲して左腕は上腕骨が骨折。まあ、動ける重傷者だな」
「部屋帰って寝てなさいよ」
「寝たら治るもんでもないからな」
鏡香にミミをいじられて、鏡也と何もなかったかのように普通に会話をして時間をつぶし始めたころ。
病室にノックをしてはいってきた看護師が鏡也を見るなり血相を変えて病室につれ戻したり、とっさのことで隠しきれなかったミミを見ても何の反応も奇異の目もしなかった看護師はべたべたとくっついてる鏡香に二言三言注意して行っただけ。
その鏡香も消毒に来た看護師と入れ替わりで帰っていった、というか帰した。いつものような素ぶりをしてはいたけど目の下にクマも出てたし帰らせた。
「もうひと眠りしようかな」
傷口の消毒と画ガーゼと包帯の交換も終わってやることも出来る事もないし。
だいぶ寝た後だけど、問題なくすんなり寝られるでしょうし……。
「……」
起きぬけに見覚えのないうちの女子生徒2名が視界に入った。いや……何故か懐いてきた後輩だ。ふにゃりとした柔らかい雰囲気の栗原におっとりとしたゆるい雰囲気の粟木……であってるはず。
その2人が面会者用に置いてある椅子に座ってた。
「素敵なミミですね~ケモミミですね~。ワンちゃんよりネコちゃんの方が好みですけど、先輩のはどっちですか~?」
寝ている間に獣化したのか、ミミが出ているらしい。それと栗原、犬じゃなくて狼だから、私。
「もう未雪? 先輩、気にしなくていいですからね? あ、でも私は猫の方がいいです」
「……犬でも猫でもないわよ。狼」
「狼なんですか~。おっぱい大きいのも狼だからですか~? 大きくなってますよね~」
なんだろう、栗原の話し方がやたらゆっくりしてるせいか寝起きなのにまた眠くなってきた……。
「先輩のおっぱいの話は今はいいでしょ? お腹の傷、大丈夫ですか?」
「内臓にはいってなかったから10針縫っただけよ」
「他はどうですか? 聞いた話だと体中殴られてたって聞いたんですけど」
「見ての通りの骨折と、服の下に隠れてる痣が数か所。それだけ」
折れた腕以外には痣と痛みだけが残っていて、鏡也みたいにヒビとかはないらしい。
「……」
「……」
「……無理していなくても、気味悪かったら帰ってもいいわよ」
2人とも黙って私を見てる。正確にはミミを見てるけど。
「あは~、先輩のケモミミの事はもうみんな知ってるんですよ? 背びれ尾ひれ付くことなく綺麗なあるがままの事が伝言ゲームみたいになってますから」
「カッコよかったとかケモミミかわいいとか、武勇伝みたいな感じですね。学校でも手を焼いてた問題児集団を華麗に片したんですから」
「……」
「だから先輩?」
「早く体治して帰ってきてくださいね~。我ら後輩の頼れるお姉ちゃん」
好き放題言って栗原と粟木は帰って行った。
獣化して人外の証でもあるミミが生えてるのに、いつもとかわらない接し方。
「なんなのよ……一体」