3 変動
「雪花ちゃん、眼帯なんてしてどうしたの?」
泣きやんだ雪花の第一声がそれだった。うちに来た時に聞かれると思ってたけど、そこまで気が回ってなかったみたい。
しかし、あれね。やっぱりクッションか何かと思ってるでしょ、鏡香。顔をうずめて胸をふにふにするのやめて欲しいんだけど。
「化粧品でかぶれたからつけた」
「雪花ちゃんって化粧してるの?」
「一応はしてるわよ、一応は」
化粧水と乳液しかやってないなんて言えない。気が向いた時にしかアイメイクもしないし。
「ん、ふあぁ……」
「眠いの?」
「なんか泣いたら眠くなってきたかも」
「じゃあすこし寝とく? その間夕飯の支度しとくから」
「うん、そうする……」
鏡香をベッドに寝かせて夕飯を作るべく、下に降りた。
さて、何を作ろうかな。
エプロンを着けて冷蔵庫を開けようと手を伸ばすと、何故か伸びている爪が視界にはいった。
整えて伸ばしたみたいに伸びてる爪。試しにテーブルをひっかいてみたら木が削れた。眼の次は爪か。しかも爪の強度もおかしいくらいに硬質化してるし。
「切れないじゃん、これ」
適当な材料を見つくろってキッチンに立って試しにシンクもひっかいてみたら、うん、ガリガリ削れた。こんな爪、爪切りじゃ切れないでしょ。何これ。
「はぁ……」
眼はともかく、爪となると接触機会が多いから何かと面倒なことになりそう。机とかいろんなもの削りそう。というかこれ、刺さるんじゃないの?
「まあいいや。作ろう」
マカロニを2人分用意して湯でている間に別作業をする。
鳥胸肉を小口くらいに切って、玉ねぎを適当な大きさに薄切り、シメジを手で裂いてマッシュルームを薄切りと丸々一個の物を用意。少量のバターをいれて火を通す。鳥肉、キノコ、タマネギの順で鍋に追加していって第1工程完了。キノコの水分をうまい具合に飛ばしておけば水っぽくならずに済む。
次にボウルに牛乳を入れて小麦粉を少量ずつ加えながら混ぜてダマなく混ぜていく。ダマなく混ぜて塩コショウを加えて火にかける。とろみがついて来た頃に味を見て塩コショウで調整しておく。キノコの飛ばしきれなかった水分を考慮してすこし濃い目に味付けをしておく。キノコをいれたら水分考慮が面倒なんだよね。
仕上がったベシャメルソースと炒めた具材を混ぜ合わせて、湯であがったマカロニの水気を切って一緒にする。耐熱皿に入れてチーズをまぶして焼いて出来るのを待つだけ。
ふむ、グラタンはとりあえず出来た。付け合わせは何にしようか……。
「野菜炒めにするか」
ジャガイモ、人参、ピーマンを細切りにして塩コショウで炒める。うん、これで終わり。
「なんか濃いものばっかだなあ……」
冷蔵庫を開けてみると使いかけのキャベツが目に入った。んー……梅もあるし。
レンジ用の温野菜パックに使う分だけキャベツを入れてセットした後、キュウリを輪切りにした後に塩もみして器に入れておく。梅はよく叩いておいて、レンジから出したキャベツとキュウリを合わせてその中にいれる。野菜と梅をよく合わせてラップをして冷蔵庫にいれる。冷えたころにはいい感じになってるだろう。
さて、夕飯はこんなもんか。
「6時40分過ぎか」
グラタンもオーブンには入れてるだけでまだ焼いてないし、野菜炒めもレンジで加熱すれば大丈夫。
片付けでもして時間つぶそうかな。
「雪花ちゃん……? どうしたの?」
「んーなんでもない」
片付けを終えてテレビを見ながらソファでくつろいでたら、眼帯をしてる方の眼が痛み出したから手で軽く押さえてたら起きた鏡香が降りてきた。痛み出した頃に鎮痛剤を飲んだけど今のところまだ効果が出てきてない。もうすでに縦に裂けてるのにこれ以上痛むようなことがあるんだろうか。そもそもこんな状態初めてだから一体どうなるのかさっぱりわかんない。
「痛むの? 眼帯もしてるし病院行く?」
「いい、薬も飲んだしそのうち収まるでしょ。それより、お腹すいたでしょ? 用意するから座ってて」
鏡香をダイニングテーブルに座らせて、オーブンにセットして置いたグラタンを焼いてして野菜炒めをレンジで加熱、冷蔵庫に入れておいたキャベツと梅の和え物を出す。
「わーい、雪花ちゃんの手料理だ~」
「はいはい。グラタン焼きあがるまでもう少しかかるから先、食べようか」
レンジから野菜炒めを取り出してテーブルに並べる。
「いただきまーす」
小皿によそって食べ始めた鏡香。うん、口にあったようでぱくぱく食べてる。キャベツと梅の和え物も「ん~」といいながら食べてる。
笑みを浮かべながら料理を食べてる鏡香を眺めていたらグラタンが焼きあがったので、オーブンから取り出して耐熱シートの上に置いて出す。
「お待ちどうさま」
焼き立てグラタンも好評のようでちまちまとおいしそうに食べてる。うん、キノコの水気も大丈夫そうだし。
「ねえ、雪花ちゃん? 本当に眼、大丈夫なの?」
「薬飲んだばっかりだし、もう少ししたら痛みも引くだろうから大丈夫よ」
食べる手を進めながら返答する。ん、味はいい感じかな。鳥肉とかもいい感じの柔らかさだし。
野菜炒めも適当に味付けしたけど濃すぎずいい感じの味付け。水っぽさも特にないし。
鏡香にも好評だったようで綺麗に完食してくれた。
そして私が片付けをしている間に勝手知ったる他人の家、鏡香が慣れた感じでお風呂に湯を張った。その後は皿洗いの手伝いとかしてくれたけど、危なっかしい手つきだったからソファにいってもらったけど。
「ひーざまーくらー」
「許可出す前にやってるじゃない」
「いいでしょ? 雪花ちゃんの膝枕好きなんだもん」
「はぁ」
人さまの膝でくつろぎ始めた鏡香を無視してテレビのチャンネルを替える。これといった番組をやってないからさっきからぐるぐる替えてるけど、やっぱりなんもない。膝のうえで鏡香がごろごろしてる以外何もない。
相変わらずというか、右目の痛みは続いてる。薬が一応は聞いてるのかうずくぐらいにはなってるけどそれ以上収まる気配はない。
それに、今は鏡香がいる。これ以上の変化はマズイ。
左目も変化してしまえばごまかしようがない。コンタクトなんて用意してないからそうなってしまえばどうしようもない。
右目を軽く押さえながら興味もない番組でチャンネル移動をやめていると湯張りの終わる音がした。鏡香をどけて止めに行こうとしたら膝の上から素早く起き上がった鏡香が止めに行った。
まあ、そんなに深く考えなくても一気にどうこうなるわけがない。
テレビを消してきゃっきゃ言って私をお風呂に連行していく鏡香にされるがまま、着替えを用意して向かった。
*** *** ***
「はずさないの、それ?」
「腫れが引いてるかわかんないし」
大量の泡を発生させて体を洗っている鏡香にやっぱり聞かれた。まあ、普通なら眼帯は外してるんだろうけど。
「ふーん……雪花ちゃん、そのまま髪洗っててね」
「鏡香?」
今、どうやって作ったのかわからないくらいの大量の泡にまみれている鏡香。一体何をするのかと思ったらそのまま抱きついて来てわしゃわしゃと素手で私の体を洗いはじめた。背後から手をまわされて撫で上げるようにわしゃわしゃと。
「鏡香……?」
「細っこいね相変わらず。でも胸は大きいよね、抱きついた時もそうだったけど最近大きくなったよね?」
「体洗う名目でさっきから胸しか揉んできてないのは気のせいかしら?」
「だって揉み心地いいもん」
下から持ち上げるように手に収めて揉んでる鏡香。しかもそれがやらしい揉み方じゃないからどうにも強く言えない。かといっていつまでも好きに揉ませてるわけにはいかないんだけども……。
「鏡香? いつまでも揉んでないの」
「むー……はーい」
胸から手を離して普通に手で私の体を洗いはじめた。こそばゆいけど、まあいい。
髪をわしゃわしゃと洗い終えた頃、鏡香も洗いが済んだようでシャワーで洗い流す。
そこでハプニングは起きるわけで。
「あ」
「眼帯取れちゃったね……でも、綺麗だよ? 目元」
「そう? 充血もしてたから着けてたけど」
片目をつむってどうにかごまかす。眼さえ見られなければどうにかなる。
「充血してるの? 見てみようか?」
「いい。眼薬打ってるから治るの待つ」
「ならいいけど……じゃあ、体ながすね」
納得してくれたのかわかんないけど、体の泡を洗い流していってる。撫でながら洗い流してるからまたこそばゆいけど。
お互い、体を洗いおえて浴槽に。
「ねえ雪花ちゃん。狼男って知ってる? 昔からうちの街にある話し」
「……一応」
何気ない会話の切り出しなんだろうけど、私から見ればエグイ角度の切り出しでもある。
「満月の夜に狼になっちゃうのは知ってるけど、狼女って聞かないよね。いないのかな?」
「寓話なんだから両方いるわけないでしょ」
私に背中を預けるようにして湯船につかってる鏡香は、ぐったりと言った感じでもたれかかってきた。
人の胸をクッションと勘違いしてるんじゃないのか、この子は。
「もう、夢がないな。世界中のどっか探せばいるかもしれないでしょ。それにこの街の都市伝説なんだからきっといるよ」
「はいはい、いるかもねー」
そんな適当な返しをしながらもたれてくる鏡香を抱きとめる。こうでもしないとこの子、ずりずりずれていくから。
脈絡も何にもない会話をそこそこにしてのぼせないうちにお風呂からあがった。あがって体拭いたり服着たり、髪を乾かす時も眼は閉じたまま。でもお風呂からあがって新しい眼帯は着けたけど。
「ふう……なんか飲む?」
「雪花ちゃんと同じのでいいよー」
リビングのソファに脱力して座る。なんか体に熱がこもってる感じがするけど、時間がたてば収まるでしょ。
それんしても、同じでって言うと必然的にホットコーヒーになるんだけど、私無糖で飲むんだけど。鏡香って無糖じゃ飲まないよね?
「ホットコーヒー……飲む?」
「ココアがいい」
素直な事で。
適当な配分でコーヒーの粉をカップに入れて60度くらいのお湯を入れる。鏡香のココアも適当な配分でいれたカップにお湯をいれる。ホットにはしても熱いものは冷まさないとのめないから60度くらいがちょうどいい。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
ちびちびとココアを飲みだした鏡香。なんかすごい和んだ顔をしてる。
「んー……」
私もソファに座ってのんびりとコーヒーを飲む。適当な配分で入れたけどまあいいかんじに仕上がってる。
テレビをつけて適当にチャンネルを回していたらコトリとテーブルにコップを置くおとがした。ん?
「鏡香?」
「んー……お風呂入って暖かいもの飲んだらなんか眠くなってきた」
「じゃあ部屋行く?」
コップを置いてふらふらをしだした鏡を連れて部屋に行く。筋力もあがってるからさほど苦労することなく鏡香をベッドに寝かせる事に成功。
「ま、だ起きてる……」
「そんな状態で何言ってるのよ」
私の言葉は最後まで聞けたのか知らないけど幸せそうな寝顔な事で。
鏡香の頭をなでて部屋を出た。私はまだ眠くないしどうしようか。
「はぁ、どうしよ」
鏡を手にして眼を開ける。当然そこには縦に切れた瞳孔の眼がある。鏡を持つ手の爪も硬質化してる。今度は、どこ?
残った片目? それとも牙?
いまだに疼く眼を見ながらぼんやりとそんなことを考えた。
*** *** ***
なんでこの手は赤いんだろう。
なんで人が倒れてるんだろう。
なんで、私は泣いてるんだろう。
その鏡に写っている獣は、誰?
「……ッ」
嫌な夢見なことで……。
どっかの誰かを殺す夢とか、どうなってんのよ……。
「てか、いつの間に寝たの私」
ソファから体を起こして時計を見ると11時を回ってた。軽く2時間くらい寝てたっぽい。
「いッぁ、ッ」
寝ぼけた頭で時計を見てたら左眼に痛みが来た。右目の瞳孔が縦に切れた時と同じ、痛みが。
何、今度は左眼?
「雪花ちゃん、おはよ……雪花ちゃん?」
「きょ、う、か」
「雪花ちゃん!? どうしたの、どこが痛いの!?」
マズイ、鏡香……なんてタイミングが悪い時に起きてくるのよ。
苦し紛れにソファに立てた爪が食い込んで革製のカバーをえぐっていく。痛みは増して全身に広がっていってる。何これ……眼だけじゃ済まない?
「雪花ちゃんっ雪花ちゃんッ」
ソファにうずくまる私の背中を手でさすりながら鏡香はどこかに電話をかけてる。
「ぅ、グ、ぃぁッ」
「いいから早くきてッ雪花ちゃんがッ!!」
まさか、鏡也……?
痛みに悶えて体を丸めてしばらくしていると鏡香が玄関に出向いて誰かを招き入れた。
「お兄ちゃんどうしよう、雪花ちゃんがっ」
「とりあえずお前は落ちつけ」
パニックになってる鏡香をなだめた鏡也が傍に来た。
痛みが、すこしやわらいだ気がする。
「病院に行った方がいいか?」
「い、かなくていい」
「わかった。部屋に連れて行けばいいか」
「う、ん」
鏡也に抱きかかえられて部屋に連れて行かれる……痛みが少しずつ引いていって、体中の力が抜けていってる。
「……」
どこか茫然とした面持ちで私を見てる鏡也。視界の隅に目をまんまるにしてる鏡香もいる。
頭になんか違和感もあるし、きっとあるんだろう。
私が人外である証拠が。
3話です。お泊りです。お風呂シーンです。おっぱ(ry
さて、鏡香がいろいろとやってくれてますが3話に載せているグラタンとかのメニュー。一応あれでちゃんとしたものが作れるようには順立てて書いてるので夕飯とかにどうぞ。分量が載ってないのはうちが基本的に目分でやってるんで分量がわからないという適当さです。はい。
3話終番、雪花の身に変化が起きていますがはたして・・・・?