2 鏡香とお泊り
「雪花ちゃん! おはよー」
「おはよー。さっそくつけたんだ、それ」
「うん! あれ? 雪花ちゃん、顔色悪いよ?」
ひょこひょこと近づいて来た鏡香の首元には、昨日鏡也が買ったネックレスが見えた。鏡香はゆるく私に抱きつくと、下から顔を覗きこんできた。身長差が十数センチあるから自然とこういう構図になる。
あとね、鏡香? さりげなく抱きついてるけどそこで胸に顔をうずめてくるのはどうなのかな。
「うーん……顔色が悪いというよりもいつもより白いのかな。ちゃんとご飯食べた?」
「あー……抜いた。食欲なかったし」
「ちゃんと食べなきゃだめだよ? はい、クッキー」
鞄から出した包装紙の包みを開けて鏡香がそれを口元に持ってきた。選択肢がないんだけど、これ……。
「おいしい?」
「ん、おいしい」
「朝からなにやってんだ? 遅刻するぞ」
「雪花ちゃんはあげないよ」
「何バカなこと言ってんだよ……ほら、いくぞ」
先を歩いて行く鏡也のあとに続いて通学路を歩きだす。
相変わらずというか、抱きつくのをやめて手をつないできた鏡香。まあ、抱きつかれてるよりはいいか。
一人上機嫌な鏡香をつないだまま特にこれと言って会話もなく学校に到着。クラスが別の鏡香は下足箱で別れて私と鏡也は引き続きこれと言った会話もなく、教室に入る。窓際の後ろ側にある席について鞄から教科書を引き出しに移すと……、
「……」
「今日は何通だ? 1、2……6通か。今時ラブレターとは、古風なもんだ」
机の引き出し。
空にしているはずなのにそこにはいつも何通かの手紙が入ってる。
「処分しといて」
「へいへい。いつものごとく返信はしないのな」
「そんな面倒なことなんでしないといけないのよ」
「色白で美人、そんでもってスタイルもいいとくれば自然とそうなるもんだろ」
「差出人、全員知らないんだけど。見てくれ判断でこんなものよこしてくるなんて、ロクな奴じゃないでしょ」
「後輩女子に対しての対応だけ見てれば優しげに見えるんだろうけどな。実際は真逆だしな、雪花」
「あんなに懐かれたら邪険にできないでしょ。なんであんなに懐いてくるのか知らないけど」
「人気度ランキング女版だっけか? 確かそれに雪花、2位くらいで載ってたよな」
「……なにそれ」
「校内でやってる非公認ランキング。1位はなぜか鏡香だ」
机に伏して鏡也から聞かされた非公式のランキング内容。なんでそんなもんに私が載ってるわけ?
「注目集めてるってことだろ。藍色の髪なんていないだろ、そこらへんに」
「遺伝なんだからしょうがないでしょ」
母方家系は濃度は違えど、みんな藍色の髪をしてる。その中でも私は濃い方。
「はぁ」
本当、何も知らない癖に能天気な連中ね。
誘害灯によってくる蛾みたいに、見てくれで寄ってきてるなんて。
虫寄せにも、人寄せの明かりになった憶えもつもりもないのになんて面倒な……。
授業開始のチャイムがなってこれと言ってなんの変わり映えのない授業の始まり。板書をノートに写して教員の話しを適当に聞き流す。
板書を写す以外はやることもなく、暇な時間を外を見る事で潰す。
半分をすぎ、真円を描くまであと4日ほどいった空に浮かぶ青い月を視界の隅に収めながら。
ぼーっとただノートを取るだけの午前が終わり、昼休み。
「……」
「どうしたの、それ」
「なんでもないよ?」
鏡也、鏡香と私の3人でいつものように屋上に集まったまではいいけど、
「誰にやられたの。クラスの奴? 教師?」
「もう雪花ちゃんってば疑り深いな。ちょっと躓いて打ちつけちゃっただけだよ」
そう言う鏡香の左ほほの所には明らかに殴打された痕があった。鬱血して赤紫色に染まっている。
「そんなこという雪花ちゃんにはこうだ!」
「な、鏡香ッ」
何をしてくるかと思えば抱きついて胸に顔をうずめてきた。
「飽きないな、お前ら。朝もそれやってたよな」
「雪花ちゃんはあげないよ」
「はいはい」
「ちょっと鏡香? いつまで抱きついてるつもり?」
「えー、もうちょっといいでしょ」
「鏡香? ……はぁ」
なんともないって言うなら最後まで通しなさいよ。そんな泣きそうな顔してないで。
「で、鏡也。その物騒な握りこぶしは何かしら」
「握った拳の行き先はどっかの誰かだろ」
「単細胞的な発言ね、それ。殴ったところでどうなるのよ」
殴る殴らないの会話になった途端、腕の中の鏡香がビクビクしだした。物騒な空気に反応してるのか、それとも殴打された時を思い出したのか。
気休め程度にはなるだろうとやんわりと頭をなでると、多少は落ち着いた。
「……ッ」
「どこいくの」
「頭冷やしてくる」
鏡也はそういって屋上から出て行った。
残ったのは私と、声を殺して涙を流す鏡香だけ。
*** *** ***
鏡香が泣きやむのを待って私たちも屋上を後にした。教室に戻る前に保健室で目元の腫れと左ほほの鬱血を治療した。
終始なにもないように振舞っていた鏡香。何かあればすぐに言うようには言ったけど、そんなのは気休めであって強情な鏡香が自分から言ってくることはまずない。こちらから強引にでも介入しない限りは。
教室に戻ると席についた鏡也とそれを避けるように輪ができた空間があった。どこからどうみても機嫌が悪い霧也は見た目のせいもあって不良にしか見えなくなってる。
「不良の幼馴染を持った憶えはないんだけど、私」
「知るか、んなこと」
そして授業が始まってもこの調子でついには放課後まで不良スタイルのままだった。放課後になっても霧也のまわりに人はおらず、後ろの席に私にも近寄ってくるのもいない。
「いつまでむくれてるのか知らないけど、帰るわよ。鏡香も出てきてるだろうし」
帰り仕度を済ませて教室を出ると隣のクラス、鏡香のいるクラスに人だかりが出来ていた。そこからはなにやら怒号が……?
「ちょっと失礼っとッ鏡香!?」
聞き覚えのある声が聞こえて人だかりを掻きわけて前にせり出すと、鏡香が教室から出てきた。
教室にいた誰かに投げ飛ばされて、私の腕の中に。
何をされたのか腕の中で鏡香は腕を押さえてる。
「鏡香? 何されたか、教えてくれる?」
「雪花ちゃん……」
「教えてくれないなら、教室にいる連中に何してでも聞きだすよ」
残っていたのは10人くらい。そのうち出入り口付近にいるのは男子生徒が数名。
「よく、わかんないんだけど、なんか因縁つけられて……口喧嘩になったんだけど、うん。それでさっきも絡まれて、ネックレス取られてちゃって、そ、れでッ」
「ん、もう言わなくていいよ」
そっかそっか。私の視界にいるこいつらが鏡香に因縁つけて、あまつさえ殴ってネックレスも奪った、と。
「鏡也、はい」
「おい」
泣きだした鏡香を人だかりを掻きわけてきた霧也に預けて教室に入る。
「鏡香から盗ったネックレス、返してくれる?」
「は? 何言ってんだお前。そんなもんしらねぇな。そいつかふっかかってきたから適当にあしらっただけだろ、なあ?」
如何にもガラが悪いですって格好をしている奴が同意を求めると、後ろにいた数人がそれに同意するように返答してる。
「そもそもお前何? そこのバカの身うち?」
そう聞いてくるバカの学ランのポケットからネックレスについていたアジャスターが垂れてるのを見つけた。
さてと、あれをいかにして奪還するか……、
「おい、聞いてんのかよ」
「うっさい。人の許可なく喋んないでくれる? 耳触りなんだけど」
「てめぇ、女だからって調子のってんじゃねぇぞ!」
とりあえず挑発してみたら思い通りに殴りかかってきた。それにあわせて外野から悲鳴が上がった。その中には鏡香の悲鳴も混じってたけど気にしない。
勢いよく殴りかかってきたバカをしゃがんでやりすごして、横を通り過ぎる際にネックレスを回収する。
「なんだ、持ってんじゃないの。これ」
「ッテメェッ!!」
今度は腰ぎんちゃくっぽい連中も殴りかかってきた。相変わらず悲鳴はあがるもヒーローっぽいのは現れず、鏡也も鏡香につきっきりでこっちをみて顔をゆがませてる。そんな不安げな顔しなくても、このくらいなんてことないわよ。
背後から殴りかかってきたバカに脚払いをかけて体勢を崩したところを軽く(・・)殴りつける。今の私にはこの軽くの調整も手間だけど普通に殴れば面倒事になる。
現に今殴った奴は軽く殴られたはずなのに鈍い音を立てて床にぶち当たった。体勢を崩して軽く殴られた人間はこんな音もたてないし、倒れこまない。
それでもこの状況を冷静に判断してないのか、残りも立てつづけに向かってくる。
鏡香を殴ったであろうバカも向きをこちらに直して、振り向きざまに脚をふり抜いて来た。
私はそれを片手で受け止めて、とりあえずネックレスを鏡香に放る。
鏡香はそれを慌てて受け止めて、私もそれを見届けて掴んでいた脚を無造作に放り捨てる。バランスを崩してなおかつ速度もついてるから背中から派手に倒れた。
そこでやっと頭が回り出したのか残りの連中はしたらを踏んで何もしてこない。さてさて、これで終わりかな?
「あー疲れた」
「ッふざけんじゃ、ねぇぞクソアマッ」
そろそろ帰ろうかと思ったら放り捨てたバカが体勢を立て直して今度は殴りかかってきた。
私も私でつい反射で殴ってしまった。何も考えず、調整もせずに。
でもそれは偶然にも左ほほ、鏡香が殴られた場所に綺麗に収まって飛んで行った。後ろにあった机を巻き込んで。
「あー……、鏡也、鏡香。とりあえず帰ろうか」
「お、おう」
大立ち周りをしたとしても最後のは若干まずかったかも。細っこい私が殴ったのに結果は机を巻き込んでの勝利。なんか悪目立ちしかしない予感。
当初は軽く顔面をぶん殴ろうかと思ってたけど結果的にはこうなったし……んー。
私らが帰る意思を示したら人垣が割れて道が出来た。畏怖と言うか、なんかボー然とした顔で見送られた。
「雪花ちゃんって強かったんだね、喧嘩」
「ん、まあね」
ネックレスは取り返したけど、むしり取るように取られたせいで金具が取れてしまっていた。幸いにもうちにビーズで使う道具がそろってるからうちで修理することになった。
鏡也は教室から出てからずっと無口で、ずっと鏡香とあれこれ話しながら歩いてる。
「あ、そうだ。明日休みだし泊まってもいい?」
「おい、鏡香」
「いいよ別に? 今日はたぶん帰ってこないし」
両親ともに働きざかり……というか、そこそこの役職だから結構出張とかに行く。ここ最近も受け持ちの案件が佳境に来てるとか言ってから泊まり込みか、緊急出張のメールがくるはず。
妹も今月はうちにいないし。
「迷惑かけるなよ」
「うらやましいでしょー?」
「お前な……。雪花、うざくなったら放り出していいからな」
「はいはい。鏡香も一旦家に帰って着替えておいで」
上機嫌な鏡香と鏡也と別れ、家に入る。
今日は雲も出てきてるから、なんともないはず。
「いッ……」
家に入ってすぐの事。右目に鋭い痛みが来た。手で押さえこんでうずくまって、悪寒がしてくる。
痛みが引くまでそうして、引いたら引いたで部屋に駆けこんで鏡を見ると、
「なんで裂けてるわけ……」
右目の瞳が縦に裂けていた。
いつもと違う。部位ごとに変化なんてしなかった。なのに、今こうして右目の瞳だけが縦に裂けている。
どうしようか。このあとすぐにでも鏡香は来る。急用が入ったと言っても不自然さと無理感がある。
とりあえず、制服から私服に着替えて一階のリビングに置いてある救急箱と取りに行く。その中には確か……、
「あった」
眼帯。
「……化粧品でかぶれたことにしておこうかな」
とはいっても化粧なんてほとんどしないけど。それに鏡香が、
「雪花ちゃん、お風呂一緒にはいろー」
とかいって押し切ってきたら大変なことになりそう……あれ、なんかそうなるような気がしてきた。
ばれる危険性はあるけど付けないよりはましだから眼帯を付けると、タイミング良く小さいバックを持った鏡香が来た。
「雪花ちゃーん」
「はいはい。小さい子じゃないんだから」
あがってきた鏡香はニットチュニックにウールショートパンツ、黒のタイツという格好。チュニック丈なんだけど鏡香にはちょっと長いのかショートパンツが綺麗に隠れてるから、ぱっと見だとチュニックだけに見える。
「あ、これこの前買ってたパンツ?」
「家用に買った方ね」
レギュラーシルエットのデニムパンツ、それにフリースのハーフジップTというなんともシンプルな格好をしてる。家着なら別にこんなもんで上等でしょ。
「裾もあげたの?」
「糸もあったしこのくらいならすぐできるわよ」
なにせ、母さんはアパレルブランドの生産部の人間だ。どういう経過は忘れたけど、母さんの部屋には業務用のミシンが置いてある。自分であれこれするのにおいてるらしいけど、私もたまに物を作る時に使ったりしてる。
すくいとかロックミシンもあるけどそんな手間のかかるものは作らないし、補正強度も大して強くないからあんまり使わない。
「ほら、ネックレス修理するんでしょ」
「うん、はい」
鏡香からネックレスを受け取って部屋に向かう。
破損してる部分のパーツはうちにもストックのある丸カンとダルマカンだ。ついでにカニカンも替えておこうか、なんか爪の所がゆるんでるし。
部屋に入ってクローゼットを開け、専用と化してる手芸棚から必要な部品を取り出して作業台に向かう。
作業台の上には作りかけのニット物や小物入れ、書きかけのビーズのレシピがおいてある。
気を紛らわすのにいいから始めたら結構本格的になってきてる。
「……ん、直った」
金具を新たにつけ直してベッドサイドに座ってる鏡香につける。うん、問題なし、と。
「ありがとう、雪花ちゃん」
「どういたしまして。どうする? 今日もなんか作る?」
「うん」
ベッドサイドからこっちに来て、縁に座った鏡香は何も言うわけでもなく寄りかかってきて、また胸に顔をうずめてきた。なに、クッションか何かと思われてるの? これって。
「鏡香?」
「せっかちゃん……っ」
んー、あんなわけのわからない事に巻き込まれたんだししょうがない……のかな? 場所が場所だし、人目もあったし。
「誰もいないから、ね?」
同い年とはいえ、今日くらいは思う存分泣きやむまで胸をかそうじゃない
2話です。戦闘シーンありますが、デキは微妙ですね……改稿予定地区ですね。
雪花の胸(巨乳)はクッション扱い場面がちょいちょいでてます。いや、大きいとできると思うんですよ、クッション。