マカロン
「ああああああ。ムリ!もう無理だから」
わたしが茶道部室に着いた時、奥の方から大声が聞こえてきた。
ななせちゃんだ。
「そこ、順番が違うわ。ああ、だから、そうじゃなくて・・・」
ゆきちゃんの声も聞こえる。
今日も荒れそう。
こんな時は甘いものがいちばんよね。
わたしは手作りのお菓子の入った紙袋を揺らしながら中に入った。
文化クラブ棟の四階は、ぜんぶ茶道部室になってる。といっても、物置(学校行事とかで使う色んなものが入っているみたい)もここにあるから、実際に使ってるのはフロアの半分しかないんだけど、それでも他のクラブよりはよっぽど広いらしくて、ななせちゃんは階段を上る度にびくびくしてる。
別に気にしなくてもいいと思うんだけどなぁ。
入り口のすぐ横に水道と小さいコンロがあって、ななせちゃんはいつもやかんでお湯をわかしてる。電気ポットじゃだめなのかな。やっぱり茶道だから旧式がいいのかな。よくわかんない。
わたしは二人の声がした一番奥の和室へ向かう。
茶道部の部室の中には、四つのお部屋が並んでる。
押入れのある六畳くらいのお部屋の隣には小さいお部屋。ほんとうに狭くて、あんまり入ったことない。その隣が、ちっちゃい流し台のついたお部屋で、お茶碗とか洗ったりするところ。で、一番奥が、わたしたちがいつも使っているお部屋。ぜんぶ畳。ふすまでつながってるの。
わたしは、お茶のことなんてぜんぜん分からないから、それぞれのお部屋が何のためにあるのか知らないけど。ななせちゃん・・・も知らないだろうな。あ、エアコン付いてるんだ、涼しい~。これから暑くなるし、過ごしやすくて良かった。夏に、畳のお部屋でじっとしてるのは大変だもん。ななせちゃんのおけいこが終わったら、おしゃべりと宿題の時間になるんだし。今日出た課題、すごく難しそうだったから、あとで教えてもらおうっと。あ、明後日のおじいさまのところのお食事会、断っちゃおうかな。放課後に勉強会してるって言ったら、許してくれそう。別に嘘じゃないし。でも、来週のは伯母さまも来るからダメかなぁ。
「ななせちゃん。ゆきちゃん。きたよ~。おつかれ~」
「マリコ~」
ふすまを開けて顔を出すと、振り返ったななせちゃんが、ふらふらしながら寄ってきて、わたしに抱きついた。重いよう。
「七瀬、まだ終わってないわよ」
「もう休憩するの!」
わたしの耳元で、いやいやをするななせちゃんの肩越しに、ゆきちゃんの姿が見えた。きちんと正座して、わたしたちを見上げてる。おこってる?ううん。なんか呆れてる感じ。
「まあまあ。ゆきちゃんも付きっきりでつかれたでしょ?一息入れようよ、ね?」
ななせちゃんを支えながら、ゆきちゃんに目配せした。このままじゃ、わたし倒れちゃうから。たすけてゆきちゃん。ね?
「・・・分かったわ」
ゆきちゃんがため息をついて、右手に持っていた本を閉じて畳に置いた。
「やったぁ」
ななせちゃんから解放されて、ゆきちゃんの隣に座る。本のタイトルが目に入った。
「“はじめてのさどう”?」
「そうよ。もう、なかなか進まないのよ。あたしの方が覚えちゃったわよ」
畳の上に置いたまま、ぱらぱらとページをめくっていくと、お道具の名前とか、お部屋の入り方?とか色々出てきて、とにかくなんかめんどくさそうってことだけは分かった。
「じゃあ、ユキがやってよ~」
「何か言った?七瀬」
「・・・ゴメンナサイ」
わたしが来るまでずっとこんな感じだったのかな。それじゃあ、おけいこあんまり進まないんじゃないかな。
「お菓子作ってきたから、食べようよ」
ふたりの間に入って、紙袋を持ち上げてみせた。
「これ食べて、また練習がんばろう~。ね?」
「有り難いわ。今日はなにかしら」
「マカロンだよ~」
力作なんだ~。紙袋の中から、ビニール袋に小分けした色とりどりのマカロンを取り出してみせる。
「?どうしたのふたりとも」
ななせちゃんと、ゆきちゃんが顔を見合わせてる。さっきまで言い合いしてたのに。しかも、なんか変な顔。あめ玉をそのまま飲み込んじゃったみたい。
「・・・鞠瑚」
こめかみを押さえながら、ゆきちゃんが言った。頭痛いのかな。大丈夫?
「なぁに?ゆきちゃん」
「あなた、此処がどこだか分かってる?」
「茶道部の部室でしょ?」
それがどうかしたの?
「・・・何でも無いわ。あなたの作るお菓子はいつも美味しいものね。鞠瑚」
「ありがと~」
ほめられるのは大好き。これからもかんばろうって思えるから。
「じゃあ、一旦片づけるね」
ななせちゃんが、さっきまで座っていたところに戻って、並んだお茶碗や他のお道具をしまい始めて・・・手を止めた。
「どうしたの~?」
腕組みをして固まっちゃったななせちゃんの背中に声をかけた。
「手伝う?」
「ううん。やっぱ最後までやってみる。あと少しだし。ごめん、ちょっと待ってて。机出しててもらえる?」
「はーい」
それでこそななせちゃんだ。
ユキちゃんの方を見ると、やっぱり笑ってる。
わたしたちは、ななせちゃんの邪魔にならないように、そうっと廊下に立てかけてあった折りたたみのテーブルを持ってきて広げた。カラフルなマカロンを色別に分けて置いてみると、地味なテーブルの上が一気に明るくなった。
「好きな色を選んでね」
「今日は海は来るのかしら」
ゆきちゃんが小さくつぶやいた。
ななせちゃんは、部屋の隅に座って、お釜とにらめっこしてる。
「うん。あとで来るって言ってたよ」
わたしも小声で返す。
「そう。あの子も甘いもの好きだから、喜ぶわね。七瀬に全部食べられないようにしなきゃ」
そう言って、ピンクのマカロンを摘んだ。
ゆきちゃんにはピンク色が似合う。
おしとやかで、やさしくて、しっかりもののゆきちゃん。
うみちゃんの言葉で言うと、「この中で一番女子力あるよな」ってことらしい。その通りだと思う。最近わたし、親戚のおばさまたちと会うときに、ゆきちゃんのマネをしてるもん。しゃべり方とか。そうすると、みんな機嫌がよくなって早く帰れるの。
わたしは、きゅうくつな思いをするのはキライ。
ここでみんなとお話ししてるのが一番好きなんだもん。
「お待たせ」
お道具(名前はわかんない)を持って行ったり来たりしていたななせちゃんが、やっとこちらにやってきた。手元のお盆に小さいポットとお茶碗がのってるのが見えた。畳の上にお盆を置いて、抹茶をつくってくれる。
「ユキはさっき飲んだから、マリコの分ね」
「ありがと~」
「マリコはお茶の経験ないんだっけ?習ってそうなのに」
「わたし?」
ななせちゃんがおけいこしてるところを見るのは好きだし、ここで過ごすのはとても楽しい。でも、ここ以外でするのは興味ない。
「家のひとからは勧められてるんだけどね~。聞かないふりして逃げてるの」
「・・・オジョウサマも大変だね」
小さい泡立て器みたいなお道具から手を離して、ななせちゃんが心配そうな顔でわたしを見上げてきた。肩でそろえた髪がゆれる。
ななせちゃんの黒髪は、わたしのお気に入り。
まっすぐで、つやつやしてて。とってもきれいなの。
ななせちゃん自身は、ゆきちゃんやわたしみたいに、色が薄いのがいいみたいだけど。
「マリコ?」
「ありがと。ななせちゃん」
心配してくれて。
わたしが笑顔を見せると、ななせちゃんはまたお茶碗の方を向いた。
ななせちゃんは、黄色のイメージ。
明るくて、にぎやかで、ちょっぴり甘えん坊で。でも、ちゃんと周りをみてる。
そもそも、茶道部に入ったのだって、叔父さまの顔を立てるためだし。なんだかんだ言って、ちゃんと練習してるし。
うみちゃんは青色かな。
しっかり者で、いつもみんなを引っ張ってくれて、とっても頼りになる女の子。わたしのあこがれ。
あ、うみちゃんの髪も好き。腰までのロングで、バスケの時は、ポニーテールにしてるのが、とってもかっこいいの。早く来ないかなぁ。
「ねぇ、マリコは何色にする?」
「わたしはなんでもいいよ」
ななせちゃんが点ててくれたお茶碗を受け取りながら、わたしは言った。
今度、お茶の点て方教えてもらおうかな。
ちゃんとしたのは覚えられそうにないから、シャカシャカするところだけでも。
おけいこが終わったななせちゃんと、先生役でおつかれなユキちゃんと、バスケ頑張ってるうみちゃんに、わたしの作ったお茶を飲んでもらいたいな。そうだ、お菓子も洋風じゃなくて、和菓子にした方がいいよね。わたしにも作れるかな。とりあえず、和菓子屋さんに行って何個が買ってこよう。お花のかたちのとかカワイイかも。でも、夏だから、ブルー系がいいかな。
「じゃあ、コレね」
週末の予定をぼんやり考えていたわたしの手のひらに、ななせちゃんがマカロンをのせてくれた。
「白?」
ななせちゃんが選んだのは、バニラのマカロン。
「うん。可愛くて、まっすぐで、純粋な感じがするから」
「そうね。鞠瑚には白が似合うわ」
隣でゆきちゃんもうなずいている。
わたしは、赤くなった顔を隠すようにうつむいた。
「ほら。鞠瑚。お茶はお菓子の後に飲むのよ」
「はーい」
わたしはビニールの袋を開けてマカロンを取り出すと、ひとくちで食べた。
それを見た二人が、リスみたい、と笑った。