子どもたち
一つの哀れな生き物に絶望を与えてしまった後、エルザを探したが見あたらない。先にテラスにいって待っているかと思っていたがエルザはいなくて、食器だけがきれいに片づけられているだけだった。
エルザにおいてかれ、行く場所もわからぬままその場でウロウロしていたらさっきの女達に声をかけられた。
「ご苦労様」
槍の女にねぎらいの言葉をかけられる。
「それにしてもあなた、見かけによらずやるわね。あの殺気の中でよく立ってられたもんだわ」
すぐにそれがさっきいたティアスのセイレイが現れたときだとわかった。誰もがその絶対的な力の前に為すすべもなくその場で崩れ落ちていた。おおげさではなく本当に。立っていたのは俺と今目の前にいる二人と数人の旅人くらいだった。他にも野次馬がたくさん集まっており、その中には旅人の姿もちらほらいたがそれらの人も例外なく神の力を前にうずくまり、地面に膝をついた。
「俺が立っていたのは、ただの意地だよ。あいつらには負けたくないって思った」
エルザの殺気にあてられて崩れ落ちた俺が、あのドラゴンの、ティアスの力の前に屈服しないわけがなかった。
「へぇ、意地で。意地でどうにかなるならそれはそれですごいと思うわ」
「おだてるのはやめてくれ。それよりお前等こそ何者なんだ? あの空気の中で平然とたっていたようだけど」
こいつらはただ者ではない気がした。いや、ただ者ではないだろう。さきほどの戦いでもエルザの危険を察知してまっさきに助けようとした。少しニュアンスが違うかもしれない。助けようとしたのではない。助けることができると確信していた。だからこその迷いなき動き。自分の実力を把握し、瞬時にそれを判断できる。これだけで彼女がかなりのてだれと推測できる。
「そんなことよりここの人々は戦いが好きなのか? いつのまにかたくさんの人があの戦いを観戦していたじゃないか」
「最近は魔物も頻繁にでるようになったし、みんな心が荒んでいるんです。娯楽が欲しいんですよ。特に東では、魔物によって破壊された村さえあります」
「大変だな。俺に手伝えることがあるならどうにかしたいが」
ちょっとした世間話のつもりでいった言葉だった。だがその言葉のせいで空気が変わった。急にどうしたのかと思って二人をみると、
「話があるの。少しきいてくれない?」
有無をいわさない口調。朝起きた時からの恐怖の刷り込みのせいで体が勝手にうなずく。誰かに似ている。そう思った。
「あたしの名前はフィオネ。あなたは?」
「フォルだ」
「じゃあよろしく、フォル。あたしのこともフィオでかまわないわ」
にこっと微笑むその笑顔をみてやっとわかる。
エルザだ。エルザに似ていた。
「ここだよ」
今いる場所は活気あふれる出店の広場からも、あの戦闘を繰り広げた閑散とした広場からも遠く離れたところ。俺とエルザの食料が盗まれ、その少年が逃げていった裏路地の通り。そこから少年が消えたところまでいってみたら、そこには寂れた廃墟があった。フィオとその連れであるレティ、そして俺の三人でその廃墟の前に立ち尽くす。日の光が届かない目の前の廃墟は、昼なのにどこか不気味であった。
「それにしたって何でこんなところに?」
フィオ達は盗人の子供が逃げた場所を教えてくれといった。確かに俺は少年に食料を盗まれたが、そんなことはこの二人にいっていない。
「子供が逃げた場所を知っているあなたなら、いずれ荷物を取り返しにその場所までいくと思っていたけど、いつまでたっても行く気配がないからこうして頼んだのよ」
「そんなことをきいてるんじゃなくてさあ。どうして知ってるんだよ」
「あら、子供のことですか? それならずっとあなたたちを尾行していましたから」
え? 笑顔で何をいっているんだこの人。もしかしてエルザがいっていたつけられているってこの二人のこともいっていたのかな?
「ちょっと、レティっ。それじゃあストーカーみたいじゃない」
「あら、そうでしたか?」
「誤解を解くためにいっておくけど、あたしたちが尾行していたのはあの子供よ」
「それも人としてどうなんだ?」
「ち、違うっ。そういう意味じゃないっっ」
顔を真っ赤にして怒るフィオ。
「私たちは子供たちを助けようとしているんです」
フィオが焦る様子を楽しんでいたレティもようやく事態の収集に動いた。
「それってどういう……」
「ここの子供たちがなんで物を盗んでいるか知っていますか?」
「そりゃあ欲しいからだろ?」
「そんな簡単な理由じゃあない。あの子達は親がいないの。だから生きていく為に仕方なく盗みをやっているのよ」
仕方なく……。あの少年にはそんな事情があったのか。前をみると廃墟がある。
ーーーこんなぼろぼろな建物で生活をしているなんて……。どうにかして助けてやりたいな。
「だからあたしたちは子供たちを尾行して、すべての子供たちに会って助けてあげようと思ったの」
「けれど、あの子とても足が速いんです。いくら追いつこうとしてもすぐ逃げられてしまいました」
「でもフォルは追いついた。正直びっくりしたよ。だって人混みの中で足の速いあの子供を追いかけるなんて」
「だから俺に話しかけてきたのか」
「ええ、ごめんなさい。でもこうする他、道はなかったの。子供も見失っちゃったし」
フィオは少し罪悪感を感じているのか決まり悪そうに下を向いた。
「でもそれだけじゃないわ。あの二人にもいっさい怖じ気ついてなかったし。少女だってちゃんと助けたじゃない? すごいことだわ」
あの二人、とはティアスとラファルガのことだろう。ラファルガ。思い出すだけでも腹の立つ男だった。ラファルガのことを考えていたらどんどんむかついてきた。俺にだって何かできるはずだ。何か役に立つはずだ……。
「それよりも俺も一緒に行っちゃだめかな?」
驚くほど自然にそんな言葉がでていた。
「え、いいの? 協力してくれる人がいればいるだけ助かるからうれしいけど。でも……,どうして?」
フィオは困惑したようにこちらをみた。だが、それはフィオたちも一緒だろう。わざわざ助けようとしているぶん、よけいにわからない。
「俺は……、それじゃかっこわるいからかな」
みてみぬふりをして何もしないより、できることだけでもやって、少しでも助けられたらいいと思う。その方がみんな楽しい。
「ラファルガもむかつくしな」
「え?」
「いや、なんでもないっ」
つい本音がでてしまった。聞こえてなかったよな?
「変なの」
フィオはそう楽しそうに言った。変って何だ。変って。
「あ、それじゃあ改めてよろしく」
そうゆうとフィオはフードをとり、その素顔が露わになる。
本当に太陽だった。
フードからでてきたのは真っ赤な太陽。ふわぁっとこぼれ落ちたそれは肩にかからない程度に短くて、暗い裏路地にいてもきらきらと輝き、動くたびに元気に揺れる。フードに隠れていた魅力があふれでて、その輝きは顔を直視できないほどに眩しい。
しばらく惚けてしまった。みとれていたといった方が正しいかもしれない。それほどまでにフィオは可愛く、そして可憐だった。
「もしよかったらフォルもフードとらない?」
「ーー貴様等に何ができるというのだ?」
フィオの言葉をさえぎるように横から誰かが声を発した。物陰から現れたのはエルザ。
「お前いつからそんなところに」
物陰の闇にとけ込んでいたエルザは音をたてることなくこちらに近寄ってきた。
「ずっとだ。貴様等の話はきかせてもらった」
「何がいけないんだよ」
いくって決めたばかりだ。そう簡単に曲げられない。
「貴様等にあの子供たちが助けれるのか? 何か方法でもあるというのか」
紫紺の瞳は何も映さない。
「それは……」
フィオをみると首を横にふる。彼女たちも具体的にどうしようというものは決めてないようだ。
「ほらみろ。いっても時間の無駄だ。私たちは忙しい。行くぞフォル」
そのまま去っていこうとするエルザ。
「いやだっ!」
俺の声が狭い裏路地の壁に反響する。
「おいていくぞ?」
背中を向けたまま、エルザは最後の切り札とばかりに強い口調でいった。
「かまわない」
ただ一言、簡潔に。
「……勝手にしろ。だが、むやみやたらに素顔をさらすなよ」
エルザはこちらを振り返ることなく、そのまま暗闇に消えていった。
「感じ悪いわね」
「よかったんですか?」
フィオが暗闇をにらみ付け、レティが心配そうにこっちをみる。
「かまわない……」
同じ「かまわない」のはずが二回目の方は思ったより惨めに聞こえた。
「ほら、いこう。子供たちがまってる」
廃墟はほぼすべて調べ尽くした。大きい建物だったが、一つ一つの部屋が広く、調べるのに時間はあまりかからなかった。残るはこの部屋のみ。
「思ったより静かだな……」
ドアに耳をつけるが物音一つしない。
「本当にここにいるの?」
「あけてみましょう」
「そうだな。とりあえずあけよう」
ゆっくり、ドアをあける。
「ーーっ!」
あけた瞬間、大量の水の塊がこちらに向かってきた。
「どいて」
フィオが前にたち、手をかざした。炎の壁が出現して水を受け止めようとする。
「水に火って相性最悪だろっ」
火を消す為に水を使うものじゃないのか?
「大丈夫ですよ。フィオは力がすごいですからね」
そんなことを言っても自然の摂理にはかなわない。だが、俺の思いは杞憂に終わった。
「そんなっ、俺の水が……」
炎の壁は水の塊が壁に接する前にその熱で蒸発させ、すべてを消し去る。
「手荒な歓迎ね」
フィオは何事もなかったかのようにすたすたと部屋に入っていく。それに続き、部屋に入る俺とレティ。すぐに部屋の隅でかたまっている子供たちを見つけた。
「私たちに近づかないでっ」
一人の少女が二人のまだ小さな子供を抱き、気丈にこちらをにらみつける。だが、目に涙をためており、すぐにそれが強がりだとわかった。
「ナーヤお姉ちゃん……」
抱かれている二人の小さな男の子と女の子はおびえていて、その声は今にも泣きそうなほどしめっぽいものだった。そしてその三人を守るように立つ二人の少年たち。小さな男の子と女の子以外、フードをかぶっていた。
「君はっ」
「あ……」
その中に食料を盗まれた時の少年をみつけた。あちらもこっちに気づいて目をふせ、無言になる。
「お前等が何をしにきたのはわかってる。だが、俺らは今の生活で満足してるんだ。助けなんていらないっ」
噛みつくようにもう一人の少年がいった。少年は前に進み出ると、
「イグ、引け目を感じる必要はない。ものを盗まれるふがいない奴が悪いんだ」
「う、うん……」
イグと呼ばれたのは俺の荷物を盗んだ少年。
「って俺のことかよっ」
どうやらイグという少年は盗みをやっていることに引け目を感じているらしい。しかも俺は盗みをした張本人。無理もないだろう。
「お前以外に誰がいる。俺たちは迷惑しているんだ。早くでていってくれ。お前は荷物を盗まれてそのはらいせにきただけだろ。結局おれたちのことなど考えてないのだ」
「ぐっ……」
なかなか胸をえぐるような残酷なことをいう。
「てか今の口調……」
どっかできいたことあるような。
「どうしたの、フォルくん?」
「ちょっと気になることがあるんだ」
少年の方をみると、なぜか不自然に窓際によっている。
「早く帰れ。さもなくば八つ裂きにするぞ」
……だいぶ口が悪くなってきたな。廃墟だからか、ところどころに崩れ落ちた壁の残骸が落ちていた。手頃な大きさの石の残骸を拾う。
「おっと手がすべったー」
棒読みで窓に向かってその石をおもいっきり投げる。がっと音がして、今度はバラバラとなにかが木っ端みじんになる音が聞こえた。
「殺す気か? フォルよ」
やっぱり……。窓の外から悪魔もびっくりなほど、怒りで顔をゆがませたエルザがでてきた。てか、どこにいたんだ? 手にはさきほど投げた石が握られている。かなり大きいものを選んだのにいつの間にか砂のように粉々になっていた。
「何やってんの?」
「おいっ、どうゆうことだっ。お前の言うとおりにすれば俺らは無事に悪の手先から逃れられるんじゃなかったのかっ!」
少年が声をあらげる。
「なんてことを教えているんだよエルザ!」
そこにレティがいつくしみのこもった声で、
「フォルさん、怒らないであげてください。エルザさんはきっと寂しかったのです。ここはそっとしといてあげましょう……」
エルザは複雑そうな顔でこちらをみた。
「ああっ、もうっ! いいから早くでてけっ」
少年は相変わらず喧嘩ごしだ。
「とりあえず話をきいてちょうだい。あたしたちは争いにきたんじゃないわ。こんな犯罪者みたいなことをして生きていって不満じゃないの? あなたたちには未来がある。どうか助けさせて欲しいの」
フィオの呼びかけにも、
「うるさいっ!! 俺らのことを捨てたのはお前等大人だっ」
「だから助けさせて欲しいっていってんでしょ」
フィオと少年が言い争いを始める。
「では、戦いで決着をつけるというのはどうだ?」
エルザが笑顔でそんなことをいった。
ーーこいつ楽しんでるっ!
このままエルザの好きにさせてはまずいと思い口を開こうすると、
「ふざけないでっ。子供相手にそんなことできるわけないでしょっ!」
フィオが先にいってくれる。
「俺は別にかまわないぜ」
だが、少年は自信満々にそんなことをいった。
「お前なぁ」
そんなの無理にきまってるだろ。
「もしも俺が負けたら素直にお前等のいうこときいてやるよ」
その言葉に少し迷う。勝てば素直に言うことをきくのならそれほど簡単なことはない。少しやり方が荒っぽいが、この子供たちのことを考えるとそれもありかもしれない。
「仕方ないわね。あたしが相手になってあげるわ」
フィオがそれを察した。もしかしたらフィオならうまく手加減してやれるかもしれない。フィオもそれをわかってわざわざこんなことに名乗りでてくれたのだ。
「だめだ。フォルがいけ」
だがエルザはそれを断った。その目には貴様がやっても面白くないという思いがありありと浮かんでいる。
「なんでよっ」
フィオが抗議するがエルザは無視をする。
「フィオだと強すぎてすぐに勝っちゃうからエルザはいやなんだよ」
小声で真実をつげてあげる。今日一日一緒にいただけだが、エルザの性格が少しずつわかってきた。
「なんであんたなの?」
フィオもつられて小声でかえす。
「俺のあがく様をみて楽しんでるんだ、あいつ」
顔をしかめてみせる。フィオは納得したような顔をする。それはそれで悲しい。
「でも、フォルくんで大丈夫ですか?」
レティも小声で会話に参加する。その心配は俺もしていたところだ。けど、
「まあ、相手は子供だし大丈夫だろ」
楽観的に考えていた。所詮子供の喧嘩、程度にしか思っていなかったのだ。
フィオ達やナーヤと呼ばれる少女と小さな子供たちは部屋の隅に移動してこの戦いを見守っていた。エルザは部屋の真ん中あたりに座り、戦いがよく見える位置に陣取る。
「お前はいいのか?」
こくりとうなずくイグ。イグは喧嘩腰の少年の後ろに控えていた。どうやら近くでこの戦いを見守るらしい。
「逃げるなら今だぜ?」
自信満々に言う少年に、
「どれくらい手加減すればいいかな?」
そんなことを俺は考えていた。けがをさせてもあれだしな。
「フォル。余裕ぶっていたらやられてしまうぞ」
エルザの忠告もきにしない。
「素手でいくか」
「ちなみにどんな手を使ってもかまわん」
「どういうことだよそれっ」
どんな手もとか嫌な予感しかしない。
「裏切り、泣き落とし、だまし討ち、隠し武器、目つぶし、急所ねらい、なんでもありだ」
やっぱり!
「そんな外道なことするかよっ」
エルザが笑った。エルザが笑うことがあまりいいことではないことは確かだ。
「この世は強さこそが正義だ。弱肉強食。強いものがすべてで、勝てば正しい」
「ふざけんなっ。そんなの間違ってる」
「貴様等もそうやって物事を決めようとしているのに何を偉そうにいっているのだ?」
言葉がでない。確かにおれは今強さで勝負して、勝った人の言うことをきくということをしている。エルザがいっていることのそのままだ。
「そうゆう風にし向けたのはあなたでしょ」
そこにフィオが核心を突く一言をいう。ーー危ない危ない。もう少しでだまされるところだった。
「黙れ小娘ぇっ」
エルザは頭を使う話し合いからただの悪口に変更した。
「なにぃっ!」
フィオもそれを律儀に返す。再び言い争いを始めてしまった。
「ところで君、名前は?」
まだ名前をきいてないことに気がついた。だが、少年は、
「はんっ。誰がてめぇーなんかに教えるかよ!」
「ガル兄ちゃーん。がんばってー!」
ちいさな男の子と女の子が賢明に声を張り上げ、応援をする。
「よろしくな、ガル兄ちゃん」
「あんまりなめんなよっ」
怒って走り出すガル。真正面からつっこんできて拳を振りかざした。俺は身構えそれを受け止めようと腕を前につきだし、交差させる。
「水よ放てっ!!」
だがガルは瞬時に後ろにとびのくといつのまにか完成していた水の塊を放った。ガルが放ったのはこの部屋に入ったときにもみた水の塊。それはまっすぐ俺の方にやってくる。
「今思ったんだけど水ってあたってもあんまり痛くないんじゃないか?」
あさはかにもそんなことを考えた俺がばかでした。向かってくる水の塊をそのまま受け止めた結果……、
「いってぇぇぇぇぇっっっ!!」
とても痛かったです、はい。
「お前大丈夫か?」
ガルが心配そうにこちらをみた。心配しているのは体ではなく頭だろうが。
「フォルー。イロとして放たれた火とか水とか風っていうのはそのイロの現象に攻撃力をプラスしたものなのっ」
フィオの説明がわかるような、わからないような。
「えーっと、だからその水には痛みを感じるようになってるってことよっ」
なるほど。
「ようはあの水は当たっちゃだめってことだなっ」
「けどそれは本人がイロを操っているときだけですから安心してくださーい」
レティもレティなりにはげましてくれてた。遠くから見守る二人の期待に答えなければいけないな。
「寒い……」
水びたしになり凍えそうだ。
「ならすぐ暖かくしてやるよっ」
ガルは手のひらに火をともすと、次第にそれを大きくしていく。人ひとりくらい包み込めるくらいの火の塊になったところでこちらを見つめた。
「えーっと……。さすがにやばいかな?」
放たれた火の塊はやはりまっすぐこちらに向かってくる。これ以上は濡れたくない為、さっきできたばかりの大きな水たまりを迂回して走った。
「それより何でイロが二つも使えんのっ。フィオっ。これは一体……」
「あたしだってわかんないっ。何よ、外にでてからわけわかんないことばっかっ!」
最後の方は八つ当たりだな、多分……。
「エルザは?」
「少なくともふつうの人間ができることではないな」
いやに遠回しな言葉だな。なんだか気になるが、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「お前何者だ?」
「勇者だよ、勇者」
「なんだと?」
ガルはこちらをみたまま視線を動かそうとしない。だが、火の塊はこちらを追いかけ続けるので俺はすぐに視線を前に戻した。
「勇者の伝説をきいたことはないか? 勇者は己の力、すべてのイロを使いこなすという力を使い魔王を倒した」
「そんな……。じゃあお前がその勇者とでもいうのか?」
それなら納得がいく。この人外の力が勇者によるものならば。ガルは不敵に笑う。
「勇者の力によってお前を倒してやるよ」
ガルは笑い続けるが、どこかその笑顔が不自然だと思った。
ーーなにか隠しているな……。
それを突き止めよう。それにもしこいつが本当に勇者なら手間が省ける。俺の目的は元々勇者に会うこと。とりあえずは様子みだ。
「次はそっちからこいよ」
ガルが火の塊をいったん自分の元に戻した。作戦が読めない。だが、そんなことを言われたら行くしかないだろう。
「いくぞ!」
今度は俺が先に仕掛ける。もしもガルが勇者なら風も使うはずだ。使わなければ、嘘だということになる。ガルに向かって走り出した俺だったが、
「風よ切り刻め」
その期待はあっさり裏切られた。凶暴な風が蛇のように地面を這って進む。よけ続けるがどんどん追い込まれていき、気づくとあの水たまりの中にいた。風はその手前で消える。
「あちゃー。またびしょぬれだよ」
別にさっきからびしょぬれだったが。ーーっ。不意に足の下に痛みを感じた。
「いてぇっ。ってこれ水たまりじゃないの? イロの操作が終了した水はただの水に戻るんじゃなかったっけ」
ふと、レティのいった言葉を思い出す。ーー攻撃力があるのは本人が操っているときだけーー。遠くで観戦しているフィオ達をみて、ようやくわかった。
「わかったぞっ」
それを言おうと思って、だが、
「引っかかったなっ!!」
だが、その前に重大なことが起きていた。
「まずい、足が抜けないっ」
水たまりであったはずの場所に小さな水の手が出現して、足をこれでもかと強くつかんだ。
「これでお前の負けだよ!」
ずっと持っていた火の塊はさらに膨れ上がり、くらえば周囲もただではすまないほどの大きさにまで成長していた。
ーーさっき火の塊を戻したのはこの為かっ!
「冗談だよね?」
これはさすがにまずい。なにがまずいって俺の命がまずい。今この水の手を斬っても間に合わない。
「この世の塵となれっ」
斬新な決め台詞だな、と思った。ははは。放たれた火の塊はまっすぐまっすぐ俺の元へ……。
「斬れっ!」
誰かの声がした。その声に反応して、剣にふれる。そこからは一瞬。気づいたら剣をしまっていた。いつのまにか火は消えており、俺はまだこの世に塵となることなくいた。しばしおとずれる静寂。
「もうお前等の勇者の仕掛けはわかったよ」
俺の言った仕掛け、という言葉にガルが反応する。
「どうゆうことだ」
「だからお前のいう勇者の力はうそっぱちってことだよ」
「根拠は」
ガルがこちらをにらみつける。
「イグ。君はなんでずっとガルの後ろにいるんだ?」
びくっとイグの肩がふるえた。
「それより……。あっ! ナーヤ達が危ないっ!!」
「なにっ?!!」
ガルとイグがあわてて後ろのナーヤ達をみた。その瞬間、俺はガルとの距離を一気につめる。そしてそのまま二人のフードを引きはがした。
「なにすんだっ!?」
「やっぱりな……」
ガルは短くさっぱりとした髪型でその性格がでている気がした。髪の毛は赤色。イグは耳が隠れるくらい髪の毛をのばしており、フードをはずしてもその表情はうかがいにくい。髪の色は少し薄めの緑。
「ナーヤっていう子が青だろうな」
「お前一人でなにいってんだよ!」
ガルはすぐさまフードをかぶりなおすがすぐにそれが無意味だと気づいてまたフードをはずした。
「いつ気づいた」
やっと認めたか。
「簡単だよ。まずそこにイグがいることが不自然だった」
「それだけかよっ。そんじゃほぼカンじゃんか」
「それだけじゃない。お前、水と風を使うときだけ声を大きくしてた。とくに水を使うときはあそこまで聞こえるくらいの大きな声でね」
部屋の隅にいたナーヤ達に余裕できこえるくらいの大声をだしたのは最初に水の塊を放ったときと水たまりで手がでてきたとき。どちらも水を使ったときだった。
「そこからわかるのは水と風を使うときは誰かに知らせないといけない、ということ。なぜ知らせる必要があるのか? それは代わりにイロを使ってもらわなければいけないからと考えれば納得がいく。それに……」
さらに付け足す。
「お前が火以外をその手で使うところは一回もみてないからな」
「なるほどね。最初はびっくりしたけどタネは意外と簡単なのね」
いつのまにかフィオとレティが隣にたっていた。
「いや、でもイグくんは? 私たちは横からイグくんもみていましたが怪しい動きはしていませんでした」
レティの問いに、横にいたナーヤが答えた。
「もういいでしょ、ガル。あなたたちの言ったとおり、私とイグがガルを援護していたんです。本当にごめんなさい」
ナーヤは頭を下げた。
「どうして謝る? 私はいったはずだ。どんな手を使おうとも勝てばいいと」
エルザが偉そうに言っているが、今はエルザのいっていることが正しい。それがルールだった。
「そうだよ。別に怒ってないし。ただ、それをどうやったんだい?」
それだけが聞きたかった。
「私はイロを遠くまで操る力が異常に高いんです。それを生かして……」
「けど、イグくんは?」
そうだ。
「さっきレティがいってた怪しい動きって?」
「イロを使うときはたいがい手に力を集中させるイメージでやります。ですから、人によって個人差はありますが少しは手癖がでるんですよ。イロを使う瞬間に」
それは初耳だった。確かにガルがイロを使うときも手を動かしていた気がする。
「それも訓練すればだいぶ抑えられるけど、それにも限界があるわ」
イグは困ったようにこちらをみる。
「足……」
「足? 確かにイグの風には足下ばっか狙われたけど……」
「実際にやってみた方が早いでしょ。イグ、やってあげな」
ナーヤが優しくいった。イグはこくりとうなずくと一歩前に歩みでた。足をあげたイグがトンッと地面を蹴ると、とたんに風が巻き上がり、そこいらにいたみなの髪の毛が風を受けて逆立った。突然放たれたイロに、身構える。だが、思っていた痛みはこなかった。
風はただ優しく皆を包み込んだ。
「いったいどういうこと?」
「ほほう」
エルザが感心してこちらをみる。
「貴様等それを誰に教わった?」
「師匠だよ」
「師匠?」
ガルの答えにオウム返しで聞き返す。
「この偽勇者を考えたのも、俺らを命の危険から助けてくれたのも、イグやナーヤ、俺がここまでイロを使えるようになったのも師匠のおかげだ」
「ボク、こんな髪だから覚え、悪かった。でも、師匠はがんばってくれた」
イグが自分の薄緑の髪の毛を指さしていった。横でレティが悲しそうな顔をする。どういうことだ?
「その師匠とやらはどこにいった?」
エルザがめずらしく食いつく。いったいどこに惹かれたのか俺にはわからなかった。
「師匠は……」
そこで今さっきまで饒舌に話していたガルが黙ってしまった。
「師匠、三年前に突然消えたんだ」
イグが消え入りそうな声でそうつぶやいた。再び暗くなってしまったガルへの対処に困る。
「ふん、だから自分たちを捨てた、人間のことが信じられないのか?」
誰も何もいおうとしない。それは核心をついており、それが事実だろう。だからこそ、胸の奥がうずく。これほどまでに慕われている人が、慕っていた人が突然いなくなってしまうなんて。どんな気持ちなのだろうか。
「それよりもその師匠とやらは何者だ? 手ではなく足でイロを扱うなどという技、そこらへんの奴が知っているものではないぞ」
「足を使うって、そんな。革新的なことじゃないっ。どうして今まで広まらなかったの?」
フィオが驚きの声をあげる。誰も風に痛みがなかったことについて何も言わなかった。イロとは、痛みや怪我を力として付与させるものだと聞いたが、これはどういうことだろうか。
「そんなに興奮することか?」
ガルが困惑したように言った。足を使えることでどれほどのメリットがあるのか。
「手に武器をもったままイロが使えるのよっ。戦略が広がるわ」
その様は実に楽しそうで、なにやらぶつぶついいながら今からいろいろなパターンをどう組み合わせようかと試行錯誤をすでに始めていた。
「無理だ」
エルザが喜色満面の様子でフィオにいった。さっきやりこめられたときの仕返しができると喜んでいるようだ。
「どうゆうことよ」
むっとしてフィオが言うが、この戦いはフィオの分が悪そうだ。エルザはなんかしらの切り札をもっているようで、余裕そうに立っていた。
「貴様はもう、力を手に収束させるやりかたで定着しているだろう。一度慣れてしまったらなかなか他のやり方は難しいぞ」
「そんなのわからないじゃないっ」
フィオは必死に抵抗するが、
「それに、なぜ今までこのやりかたが広まらなかったと思っている。才能がないとできないのだ。手でもっていた武器を足で使うようなものだぞ」
「じゃあそれも師匠が?」
師匠の話はあまり話題にしない方がよさそうだったが、
「うん。イグ、師匠のおかげで足使えるようになった」
イグは答えてくれた。師匠のことを語るときのイグはとてもうれしそうで。どれだけ好いていたかがわかる。
「でも、どうして? 師匠はこれがばれることはないっていってました」
ナーヤが独り言のように小さくつぶやいた。
「俺は勇者を探して旅しているんだ。勇者が俺の大事なことを知っているからな。その勇者は今王都にいるらしい。だから疑った」
「大事なこと?」
そんなことをフィオに聞かれて、俺はエルザをみた。エルザは首を横にふる。たしかにまだ知り合って間もない人に自分のことを深くまで教えるのははばかられる。今はごまかしておくべきだろう。
「ちょっとね」
フィオもそれを察してそれ以上はきこうとしなかった。
「それに俺はその勇者の伝説を知らない。だから勇者の話をされてもいまいちピンとこなかったんだ」
ガルは下を向いたまま顔をあげようとしない。だがゆっくりと、本当にゆっくりと、しゃべり始めた。
「俺がこいつらを守らなければいけないんだ……。家族なんだよぉ……」
拳をぎゅっとにぎって肩をふるわせていた。ーー忘れていた。ガルは確かにここのリーダーとして、皆を守ろうとがんばっていたが、それでも彼はまだ子供なのだ。
「ガルにーちゃんどうして泣いてるの?」
小さな男の子がガルに寄っていく。
「今までありがとうね、ガル。でも少しは楽していいんだよ……。イグもいつもありがと」
ナーヤがみんなを愛おしそうに抱く。その姿は本当に家族みたいで、この三年間、たくさんの苦難をこの5人だけで乗り越えてきたことがわかる。そうしてがんばっていたのに急に助けてやるといわれても納得ができなかったのだろう。
「ところで、フォルよ。どうやって助ける? まさかここまでやってなにも策がないという訳ではあるまいな」
やはりというべきか、エルザが水を差す。結局、ここにきてからも考える時間は皆無に等しかった。まだなにも考えていない。俺がそういうと思っているのだろう。だが、エルザの期待しているようにはならない。
「もちろんあるよ。みんなが幸せになるとっておきの策がね」
この策はガル達ががんばる必要がある。寝て待っていたら、ふかふかのベッドとおいしいご飯がでてくる訳じゃない。俺らは少しその背中を押すだけ。だからこそ意味があるのではないか、ガルも納得してくれるのではないか。そう思った。
俺の予想はほとんどが全部当たっている。エルザがガルに入れ知恵をしていたことも、ガルは勇者でないことも、ガルは用意された幸せをうれしいとは思わないことも。だがただ一つ、エルザが落胆するだろうという予想ははずれた。
ちらりとみたエルザの表情は実に楽しげで、わくわくと子供のように目を輝かせていた。
いやな、予感がする……。