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ドラゴン、白の剣

「これなんてどう?」

 あのあとすぐに街についた俺達は、いつのまにかライデンの装備や持ち物を回収していたエルザがそれらを金に換え、その金でこれから始まる旅に向けて色々買っていた。

「そんなものはいらん。必要最低限の水と食料で十分だ」

「えー」

 エルザは文句を言う俺を無視して買い物をつづける。暇になった俺は、ボーっと辺りを見回していた。街の大きな広場で、行き交う声の数々。たくさんの出店が並び、そこかしこで客引きをしている店の主の姿がみえる。

 10人。フードをかぶっていた人の人数だ。エルザと俺は、フードをしたまま街に入った。怪しまれるのではないいかとエルザにいったが、無視された。だが、街に入ってようやくその理由がわかる。フードをかぶっている人がいたのだ。それも数人ではない。街を歩くたびに視界に三人は入るほどだった。店の主もそれに慣れているのか、買い物にきたフードの人にも、平然として接客をする。それが不思議でならなかったから、フードの人達を観察することにした。

 エルザが何か話しかけてきた気がしたが、フードの人を観察するのに忙しくなってしまい、きいていない。

 ふと、気になる子供を見つけた。その身長はしゃがみ込んで人間観察していた俺と同じ高さくらいで、フードをかぶっていても顔がよくみえ、幼い表情から子供だとわかった。子供は隣で袋を抱え、辺りをキョロキョロみていた。

 目がばっちりあう。少しほほえむと、その子供はぎょっとして走っていってしまった。そんなに笑顔が怖かったのかと少しへこんでいると、エルザが戻ってきた。

「おい、荷物をみていろといっただろ」

「えっ。……荷物?」

 横に果物が転がっているのがみえる。

「これ?」

「違う。こういう袋だ」

 エルザがみせた袋はさきほどの子供がもっていた袋。

「あっ。あの子供」

 みると、さきほどの子供が裏路地に入っていくところだった。

「いってくるっ」

エルザの返事をまたずに、駆け出す。裏路地にたどりつくと、子供の姿が遙か遠くに見えた。

 おかしい。全速力で走ったのに、まったくおいつかないどころか、かなりつきはなされてしまった。子供が見えなくなるまでその背中を目で追う。ここからじゃあ、すぐ気づかれて逃げられるだろう。すごすごとエルザのもとに戻ると、

「貴様の道中の食事はなしだ。水もわけてやらん」

 厳しい一言。

「だから今のうちに腹一杯にしとけ」

 そういって、とあるテラスに案内された。

「ここからだったらすぐにあそこにいける」

 それが食事の場所に選んだ基準らしい。指さした場所は大きな広場で、さきほどのような出店らしいものは一軒もなく、静かで落ち着いた雰囲気をだしていた。食い逃げをするつもりだろうか。そんなことを考えていたら、頭をはたかれた。

「ばかな……!?」

 なぜ気付かれた?!

「失礼なことをいうな」

 にらまれる。……言ってない。思っただけだ。

「そんなことより、何者かにつけられている」

 エルザが小さな声でささやいた。

「誰に?」

 尾行されるようなことをしていたのか。俺はしていないがエルザならやりかねない。

「切られたいか?」

「冗談ですっ」

 冷たい目でこちらをみる。

「まあ、今はとりあえず腹ごしらいをしよう。それからだ」

 たくさんのものを頼みまくるエルザ。料理はどんどん運ばれ、すぐにテーブルを埋め尽くした。エルザはそれを片っ端から食べていく。

 俺は、さきほど聞いた尾行されているということがショックで周りが気になってしまい、目の前の食事に手がつかない。

 ーーこの中にいるのかもしれない。

 現在テラスには俺達を含めないで二組の人がいた。どちらもフードをかぶっており怪しい。そんなことをいったら俺たちも十分怪しいが……。

 一組めは二人組の女。仲がよいのか、しきりにおしゃべりをしている。二組めは一人の大きな男。さっきからずっと無言で雰囲気が怖い。つけられているとしたら二組めの男だ。直感的にそう思った。意識を周りに向けているため、二人組の女達の話し声がよく聞こえる。なかば無意識のうちにそれを聞いていた。

「ほんっとに意味わかんないっ!」

 どうやら一方的に一人の女がもう一人に愚痴をいっているらしい。

「なによ、これだからクロカミは! 助けをまっている子供がいるんだから助ければいいのに。なのにそんなことをしている暇はないって! 私たちだけでも子供達を助けるっていったら勝手にしろっていって別れるとか意味わかんない!」

 クロカミとは人の名前だろうか。もう一人の方はいたって冷静で、怒っている女をなだめる。

「まあまあ、どうせ時期をみて別行動するつもりだったのだから……」

「あっ、ごめん。レティが一番怒ってるよね……。本当だったらもう少し一緒にあの人といられたのに。そしたら気づいてもらえて、こんなことをする必要もなかったかもしれない。ごめんなさい……」

「そんなこといわないで。そもそも私のわがままが原因なんだから」

「ならあたしのわがままも聞いてくれる? あの子供達を救いたいの」

「えぇ、わかっているわ。どうせ私がなんといおうとあの子達を助けるのでしょう?」

 ふふっと女達は笑う。そんなのをみて今更盗み聞きしていた罪悪感が襲い、食事に戻ろうとする。だが、あったはずの料理はすべて皿だけになっていた。

「ふー。食った食った」

「これ全部食べたの!?」

 だが、エルザは答えず、

「よしっ、じゃあそろそろ姿を現そうか。なんで私たちをつけてきたんだ?」

 そういってエルザはゆっくり立ち上がった。

「答えしだいでは、ただじゃすまないぞ」

 エルザはかなり不機嫌なようだ。

「ばれていたか。いいだろう。今度こそ灰も残らないように黒こげにしてやる」

 今度こそ? その言葉に嫌な予感がして声のしたほうをみると、大男がちょうどフードをはずすところだった。

「ライデンっ!」

 そう。そこにいたのは紛れもなくあのライデンだった。

「一回倒れたはずじゃないのかっ」

 思わずいすを倒して立ち上がった。

「ふん。すぐに起き上がり、お前等を追いかけたさ。俺様の斧も金もすべて盗っていきやがって。外道がっ」

「どっちがだよっ。お前こそ、俺を襲おうとしていたじゃんかっ!」

「フォル、バカ。こんな奴になに話しても無駄だ。戦って決着をつけようではないか、なあライデンとやら」

「へっ。望むところだ。さっきは不意打ちでやられたが次はそうは行かないぜ」

「ほほう。さっき、あれほどやられてまだそんなふざけた口がたたけるのか。その根性だけは褒めてやろう。少しは……楽しませてくれよ」

 また、いつものように顔をゆがませて笑う。それはだが、いつもの残忍な笑みより、もっと深い笑みだった。

 その殺気にめまいがして、床に力なくへたりこんでしまう。

「では、あの広場でやろうか」

 指さすはテラスの真正面にある大きな、でも閑散として人のあまりいないあの広場だった。なるほど。理解する。あそこならいくら戦闘をしても誰も巻き込まないからエルザはこの場所を食事の場所に選んだのだ。エルザも色々考えているのだなあと感心していると、

「あそこなら広いからな。のびのび戦闘ができるだろう。暴れ放題だ」

 エルザの顔は実にうれしそうで、今にも小躍りしかねないほどだった。だが、話している内容がひどい。なにもいわずにいればいい人だったのに……。

 エルザ達は移動するとたがいに五歩ほど離れて、にらみ合う。

「大丈夫?」

 そういって声をかけてくれたのは先ほどの怒っていた女だった。

「あぁっ、ごめん。つい怖くて……」

 恥ずかしい。見知らぬ女に心配されるなんて。立ち上がり、平静を装う。

「ふふっ。あなたの連れの人、むちゃくちゃだね。食べるのがとても速かったり、急に喧嘩ふっかけたり。それにあの殺気。正直あれほどの殺気は今まで感じたことなかったから、びっくりしたよ。こんな人がいるんだぁって」

 女は太陽がはじけるようなまぶしい笑みを浮かべた。エルザとの違いに、驚きを通り越して感動してしまう。フードの間から見える表情だけでも、きっとこの人は美しいのだろうなと思った。近くによってきた女を初めて間近でみたため背中にさしている槍が目に入る。

 ーーこの人も戦うのか……

 なぜだかわからないが、少しショックを受ける。そうこうしているうちにエルザとライデンの戦闘が始まっていた。

「こっちは最初から全力でいかしてもらうぞっ。この最強の炎使いと言われたライデン様がなっ!」

 ライデンは天に向かって右手を突き出し、叫んだ。

「いでよっ、我がセイレイ。我が求めにおうじよっ!誇り高き最強の魔物、ドラゴンっ!!」

 ものすごい地鳴りとともに、さっきのキマイラほどの大きさの炎の塊を出した。口には凶暴そうな牙が生え、その鋭い爪は何でも裂きちぎりそうなほど鋭い。背中から生える翼は、大きい体をさらに大きく見せ、威圧させた。それはまさしくドラゴンというにふさわしいものだった。

 だが、それは炎の塊をそういう形につくったにすぎなかった。たしかに威圧感はあるが、はたしてあれは強いのだろうかと疑問に思ってしまう。さきほどから何故かずっと横にいた槍を持った女が小さくつぶやく声を聞いた。

「すごい。ドラゴンをセイレイにするなんて……」

「セイレイ?」

 思わず聞き返す。さっきもライデンがいっていたセイレイという言葉だが、それがなんなのか全然わからなかった。

「あなたセイレイをしらないの?」

 あきれたようにいってくる。

「力を引き出す為に重要になってくるのがセイレイ。セイレイは力の指標。自分の力に方向性をつけてより強い力をだすのにセイレイが使われる。セイレイは自分の想像した強さよ。形はかまわない」

「形はかまわないってなんでも?」

「ええ。それは人であることもあるし、魔物であることもある。また、特殊ではあるけど剣や弓などの物もセイレイにすることができる。けど、物は強さのイメージとしては弱く、相当その物に思い入れがないと力を引き出すのは難しいわ。結局は、憧れの冒険者や凶悪な魔物にする人がほとんどね。まあ、それもきちんと自分の目でみてその強さをイメージできなきゃいけなんだけどね」

 俺たちが話しているうちにも戦いは行われており、ときおり聞こえてくる爆発音にびっくりして身体が縮こまってしまう。

「その程度か! もっと私を楽しませてみろっ。ほらほらどうしたぁー!」

 どうやらエルザが一方的になぶってるみたいだ。拳ひとつでくるライデンの攻撃をかわし続けるエルザ。エルザの顔は実に涼しげで最小限の動きで拳をよけ続ける。ライデンの方はというと、攻撃がいっこうにあたらないことに焦りを感じているのかどんどんエルザのペースにのみこまれていってるように見えた。

「ちぃっ。ちょこまかとっ。こっちからもいくぞ!」

 ライデンは後ろに控えさせていた炎のドラゴンを使い、一緒に攻撃をし始めた。ライデンの拳がとんできたと思ったらドラゴンが突進をしてくる。ドラゴンに気をとられるとライデンの拳が容赦なく放たれる。うまいコンビネーションだった。巧みに繰り出される攻撃は隙がなくよけ続けることはできなかった。

「楽しくなってきたぞ」

 エルザはいつもの笑みを浮かべた。火のドラゴンの突進はよけつづけ、ライデンの拳は受け止める。そうしてエルザはライデンの攻撃を無効化していた。

「いけっ。四方からの攻撃だ!」

 いつのまにかエルザを囲んだドラゴン達は、言葉通り四方からエルザめがけてつっこんでいく。

「甘い甘い甘いっっ! 上ががら空きだぞっ!」

 エルザはそれを上に跳ぶことでかわす。それをみて、頭の中で何かが引っかかった。ライデンが本当にそんな隙を作っておくだろうか。ライデンがにやっとするのを一瞬みた気がした。

「エルザ! 下に気をつけろっ!」

 一気に突進したドラゴン達はそのままぶつかって消えると思われた。

 だがそれらはちょうどエルザの立っていた場所で合流する。

 すると一つの大きなドラゴンとなり、上に向かってその牙の生えたまがまがしい口を開きエルザを食おうと迫った。

 空中の為、よけられない。

「エルザっ!」

 だが、エルザは笑う。

「これはすごい! 面白い。面白いぞ!」

「何いってんだよっ。やられちまうぞっ!」

 怒鳴っても無視して笑うエルザ。ついにおかしくなってしまったのだろうか。そんな不安が頭を一瞬よぎるがすぐに思い直した。

「まずいっ!」

 槍の女が助けに入ろうとするのを止める。

「なんで止めるのっ。あなたの連れじゃないのっ」

「大丈夫だよ」

 大丈夫。あの顔は俺がこの世界でしっている数少ない事柄の一つ。エルザと過ごした時間は少ないが、その少ない時間で唯一信じられること。あの顔は、不敵に笑うあの顔は……、

「はあぁぁぁぁっっっ!!」

 重力に従って落ちるエルザは、短剣を出すとそれを右手に持ち炎のドラゴンに向かってつきだした。まっぷたつに割れた炎のドラゴンは、ただの火の塊となり空中で霧散する。

「えっと……。切った?」

 はたしてそんなことが可能なのだろうか。だが、答えはすぐわかる。隣に立つ女が驚き、固まっていた。次第にその頬が赤く染まっていく。

「すごい、すごいよ!」

 興奮した様子でただすごいすごいと言い続けた。ライデンも同じように今起きた出来事が信じられず、エルザをみたまま動こうとしない。

「エルザ大丈夫っ?」

 エルザに駆け寄る。

「こんなの朝飯前だ」

 いたって涼しい顔でエルザは立っていた。相変わらずむちゃくちゃだ。

「それは褒めているのか?」

「何故人の思考を読むのだろうか」

 顔をしかめて、あえて口にだして言ってみた。だが、当然の如く無視される。

「お姉さんすごいねっ」

 タッタッタッと小さな少女がこちらに走ってきた。いつのまにか閑散としていた広場はたくさんの人たちであふれかえっていて、こちらの戦いをおもしろ半分にみていたことがわかる。

 少女もこの戦いをみていたのだろう。エルザの戦いっぷりに見ほれたとしても不思議ではない。

「おい、ガキがこんなところにくるな。邪魔だ」

 だがエルザは怒気を含ませ、少女を邪険に追い払う。

「そんなに怒ることはないだろっ」

 みると少女は今にも泣きそうだった。

「ほーら、よしよし。おにいさんだよー。泣かないでー」

 必死に少女をあやす。

「子守ならあっちでやれ。邪魔だ」

 だが、こちらを睨みつけるエルザをみてとうとう少女が泣き出してしまった。

「あーあ。何やってるんだよ、エルザっ」

 また必死にあやす。だが、少女はいっこうになきやまない。

「はははっ。はーっはっはっはっは」

 そんなことをしているうちにライデンがショックから立ち直り、突然笑いだした。

「早く離れろっ」

 エルザにいわれるが俺たちが動き始めるより先にライデンが動いた。ライデンは宙に手をかざすと、なにやらぶつぶついい始める。

「早く離れろといっているだろうがっ」

 エルザが俺と少女をかばうようにライデンに対峙する。目を疑ってしまった。この光景が信じられなかった。

 空を覆い尽くすほどの数の炎のドラゴン。それは美しく、どんな夕焼けよりも空を赤く染め、幻想的な雰囲気を放っていた。

「100のセイレイだ。四方八方どころではないぞ」

 ライデンの言葉通り、これをよけることはできないだろう。そしていくらエルザが斬ったとしても次々やってくるこの大軍をとめることはできない。

「フォル! 戦いはまだ終わってないっ。早く離れろといっているんだっ!」

 そこでようやく気づく。俺は少女と一緒にエルザの隣にいる。もしもライデンがあの大軍を今放てば俺らも巻き込まれてしまう。すぐさま少女の手をつかみ走り出した。

「いけぇぇぇいっ!!」

 だが、ライデンのドラゴンが俺たちが離れるより早く放たれた。

 ーー間に合わないっっ!

 一人で逃げるだけだったら、もしかしたら助かるかもしれない。だが、

「そんなのかっこわりー」

 かっこわるい。だから、すぐさま少女をかばい、ドラゴンをむかいうつことができるように準備した。

「制御しきれないが、とりあえずぶちまければあたるだろっ」

 放たれたドラゴンは広場全体を喰らうように空から降りてくる。ほとんどがエルザめがけてくるが、制御しきれないいくつかのドラゴンが広場に面した建物などにぶつかり、その建物を子供が作った砂の家のように簡単に破壊しいた。

「フォルよ。そのちっぽけな体で何をするつもりだ?」

 エルザは迫りくるドラゴンを斬ってよけてを繰り返しながら、こちらをおかしそうにみた。

「守るんだよっ!」

 むやみに走ってもどこからでてくるかわからないドラゴンにやられてしまう。だから、拠点をつくりそこからすべてを見渡し、状況を判断する。それが今俺にできることだと思った。

 ーーきたっ

 一匹のドラゴンがこちらに突進してくる。剣を構え、エルザがやっていたように少女を背中の後ろにかばい、ドラゴンをにらみつけた。剣が力をくれた気がした。

 ーーやれる。俺ならやれるっ

 深呼吸をしていったん自分を落ち着かせる。

「お兄ちゃん……」

 不安げにしている少女の気配が伝わってきた。

「大丈夫だよ。兄ちゃんが守るから」

 ぐっと剣の柄をもつ手に力を込める。守らなければ。

「たあぁぁぁぁっっ!!」

 気づくと目の前にいたドラゴンを斬っていた。ただ無我夢中で剣を振り回しただけだったけど。少し熱を感じる。だが、それはすぐに剣に吸い込まれていくように消えていった。たしかにドラゴンを斬った。そして自分も後ろの少女も傷一つなかった。エルザのように。だが、違った。エルザは斬ったのに対して、俺は消した、という言い方が正しい気がした。

「ほう……」

 エルザが小さな感嘆の声を漏らした。俺は何をしたんだ? これはいったい何なんだ?

「それが貴様の力。貴様の色だ」

「俺の力? 色?」

 イロを消す。それが俺のイロだというのか。

「お、お兄ちゃんっ!」

 後ろにいた少女が声をあげる。

「なっ!! さっきよりも増えてる……」

 ドラゴンの数は先ほどの2倍、いや10倍ほども増えていた。

「なんだか様子が変だわ!」

 槍の女が指をさしていた方をみると、そこには制御しきれずに暴走をしている炎のドラゴンの姿がみえた。

「全然制御しきれてないっ! このままじゃこの街が……」

「う、うおおおお!!」

 ライデンは我を忘れ、完全に状況判断ができない状態になっていた。

「全部なくなってしまえば少しはおまえ等にあたるかなぁっ!!」

「これはさすがにまずいな……」

 エルザも焦りの色を浮かべる。

「いちかばちかだっ」

 迷ってる暇はなかった。この少女の為にもライデンを止める必要がある。ライデンに向かって駆け出した。

 ーー斬るっ

 あと一歩でライデンに斬りかかれると思ったら、身体が吹っ飛んでいた。

「邪魔だ」

 目の前に立つ二人の人影。フードをかぶっている。

「何すんだよ!」

「お前が何してんだよ」

 レイピアを腰に差し、そう言う男は威圧的にこちらを見下ろしていた。

「あのドラゴンを止めないと!」

「もうセイレイ達は止めたよ」

 横で静かにしていたもう一人の男が言う。

 男は特徴的な白い剣を持っていた。

 それは光を浴び、いっさいのけがれをよせつけないほどの輝きを放つ。

 みているだけで不安になり、自分のこのまるで対照的な漆黒の剣を握りしめた。

「周りをみてみろ」

 たしかに今の今まで暴走していたはずのドラゴン達はきれいに統率のとれた動きで整列をしており、広場には静けさが戻っていた。

「お前は何でそんな無謀なことをしたんだ? 下手したらもっと事態は悪化していたかもしれなかったんだぞ」

「だって、どうにかしようと思って……」

「だからそういう軽率な行動がいけなんだよ。お前に何ができた? 結局オレ達がこなかったら何もできなかった。力のない者が何かを守ろうとするな。目障りなんだよ。オレはそういう奴が一番嫌いだ」

 レイピアの男が吐き捨てるように言う。その薄い、透明な翠色の目にはこちらへの失望が浮かんでいた。

「俺の名は、ラファルガ。覚えておくがいい」

「何がおきてる!!」

 ライデンが叫んだ。今の状況を理解できていないようだ。

「なんで俺様のセイレイが支配されてるんだっ!」

「僕だよ。僕が干渉した」

 答えたのは白の剣を持つ男。その言葉に周りの人達は一様に驚きの声をあげる。どうやらすごいことらしい。力の源であるセイレイを支配した、つまり奪い取ったということになる。そんなことができるのは、相当の実力差がないとできないだろう。

 この白の剣の男はライデンよりもかなり強いということになる。その結果がこれだ。

 ライデンは手も足もだせなくなっている。圧倒的な力だ。

「君は僕には勝てないよ。いい加減降参すれば?」

 みるともう決着はついていた。炎のドラゴンはすべてライデンに向けられており、ライデンに戦闘を続行する意志はなかった。

「俺様はドラゴンをセイレイにしてんだぞ? おまえがそんなことできるのかよ……」

 最後の悪あがきとばかりにライデンは言った。だが、それに白の剣の男は、

「ドラゴンは、もっと美しいよ」

 白の剣の男がなめらかな動作で手を広げる。すると、きらきらと空に何かが浮かび始めた。

 現れたのはドラゴン。

 だがその大きさはとてつもない。そこらへんの建物なんかひとのみにできそうなほどの大きさ。まがまがしい爪と牙はしかし、揺らめくそれは陳腐な言葉ではあるが、神聖で神がかっていた。堅そうな鱗が鈍く、妖しく光る。目には吸い込まれそうなほどの力を秘めた燃えるような紅玉がはまっており、強い意志が見える。

 これがドラゴンだといわれても疑いはしないだろう。その息吹は野を焼き払い、その一薙ひとなぎは山をも消す。鮮明にその様子が見えてくるようだった。ただただ、美しかった。

 再び白の剣の男が手をふるとそこにあったはずのものが忽然と姿を消す。ドラゴンの消え去ったその場所に目を向けるとまるで夢をみていたかのような気さえしてくる。

 一瞬の出来事だった。白の剣の男はライデンに興味をなくしたのか、目の前にいた俺をみた。

「僕はティアス。君は?」

 ティアスは俺のことをまっすぐみる。吸い込まれそうな、黒い瞳だった。

「……俺は、フォル」

「なるほど」

 何がなるほどなのかはわからなかった。

「じゃあ、またね」

 フードをかぶった男達はきたときと同じように唐突に消えてった。ライデンはぼーっと立ち尽くしている。

「おいライデン大丈夫か?」

 少し体にふれるとライデンはそのまま崩れ落ちた。

「ライデン? おいっ。ライデンっ!」

 ライデンはそのまま動かない。いくら呼びかけても起きる気配はない。まさか……。

「ただ気絶しているだけだ。ほっとけ」

 どこからかエルザがでてきた。

「どこいってたんだよ! 大変だったんだぞ」

「貴様、女とずっと話していただけではないか」

 エルザは嗜虐的な笑みを浮かべる。

「うっ……」

「おいフォル手を貸せ」

 ってもう終わりかい。

「何?」

「お前の剣でライデンを斬れ」

「この鬼っ!」

 エルザは心外だという顔をする。

「別にやりたくなかったらいいんだぞ。これはライデンの為なのだ」

「えっ……」

 そんな風にいわれるとなんだかやらなきゃいけない雰囲気になるじゃんかっ!

「まあ、本当はその剣にふれるだけで斬る必要はないがな。それは私の願いだよ。退屈だったし」

 笑いながらいうエルザだが、

「お前の願いが重要な位置占めてんじゃないか!」

「じゃあ頼んだぞ」

 そういうとエルザはどこかにいってしまった。横を見るとライデンがうなされている。何故こんなことをする必要があるのかわからないが、一応やってみる。

 剣の腹を少し当てるくらいなら大丈夫だろう。おそるおそる近づく。コツンと当てた。

「ぎゃああああああああああ!!!」

 激しく後悔をした。これは確かに斬る必要はないな。斬らなくても、とても痛そうだ。

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