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ライデンという男

 しばらく森の中を歩くと、広い道にでた。

「おっと、そうだった。ほらこれを着ろ」

 そういって、フード付きのマントを渡される。さっきくらったもろもろのダメージがまだ残っていたため、何もいわずにとりあえず着た。

「フードもだ」

 エルザはすでにマントをはおり、フードをかぶっていた。

 全身真っ黒。動きやすさに特化したような服装だった。その上から黒いマントをはおる。すると、全身黒ずくめの出来上がりだ。

「なんでこんなこそこそしているんだ?」

 まるで名のしれた大悪党みたいだ。だがエルザは、

「街にいけばすぐわかる」

 けだるそうにそういって、教えてはくれなかった。

 今は夜が明けたばかり。まだ、少し薄暗かった。薄暗い中で、真っ黒なこの服装は空間にぽっかりと穴が開いたようで、逆に目立っていた。

「ところでどうして勇者に会いにいくの?」

 それはずっと聞きたいことであった。王都にいくのは勇者がそこにいるからだろう。では、王都にいる勇者になぜ会いにいかなければならないのだろうか。

「お前の記憶に関して勇者が知っているからだ。勇者に聞いて、お前について教えてもらいにいく」

「けど俺の記憶のこと、エルザは全部しってるんじゃないの?」

 妙な話だ。もしも人にきいて教えてもらえるなら、そもそも最初からエルザに全部教えてもらえばいいではないか。

「知っているぞ。だが、それではだめなのだ。ちゃんと手順を踏まないと」

「まわりくどいな。そもそも勇者ってなんだよ」

 俺のことを知っているという勇者。

 勇者とはただの仲間うちの称号みたいなもんなのか?

「違う。勇者とは、伝説にでてくる本物の勇者だ」

 もうすでに俺の思考と会話することが常識みたいな感じ、やめてほしいんだが……。

「別に困ることはないだろ。……勇者とは数百年前、魔王を倒したと言われている者だ」

「数百年前? 人ってそんなに寿命が長かったか?」

「そういうわけではない。再び勇者が姿を現したのは、ここ最近だからな」

 それにしたっておかしいとは思うが……。

 そんな話をしながら歩いていると、顔をあげた先に、何かが動いているのが見えた。

 どうやら人と何かが戦っているようだった。おそらく人と思われる影とその倍はある何かがときおり、激しくぶつかり合っていた。エルザがあからさまに嫌そうな顔をする。

「おい、少し森の中を通って迂回してくぞ」

「なんでだよっ。あれ人じゃないの? 助けなきゃ」

「どうして人間を助ける必要があるんだ?」

「え?そんなの当然だろ?」

「何が、当然だ。記憶をなくしている癖に」

 そういわれると何もいえなくなる。だが、それでもおかしいと思った。心のどこか深い部分がそんな説明では納得しなかった。

「困っている人をみたら助けるのは人として当たり前だろ」

「なぜ人間の方が困っているといえる。もしかしたらあの生き物の方が縄張りを勝手に荒らされて、困っているのかもしれないではないか」

 またしても言葉につまる。そんなのどっちなんて分かるわけなかった。

「じゃあ、止める。それなら文句はないだろう。中立でどちらにも引いてもらう。争いはない方がいいだろ」

 それは苦し紛れの一言だった。こんな言葉ではまた何か言い返されて終わりだと思った。

「ふんっ、ならやってみろ。私は加勢しないぞ」

 それを聞いてすぐに走り出す。返った言葉は意外だったが、そんなのに驚いてる暇はなかった。走る内に影の正体がはっきりみえてくる。

「まじかよ……」

 遠くでみたときは倍くらいと思われたそれは、予想の範疇を軽く越えていた。人の五倍はあろうかというそれは、周囲の空気を吸い始めた。それが攻撃前の前後動作だったのだろう。

 口から人ならすっぽりかぶってしまうほどの大きさの火をふきながら、男に襲いかかっていた。だが、こちらも先ほどからずっと戦っていたのだろう。それを難なくかわすと負けじと手から炎を出して応戦する。

「大丈夫ですかっ!」

 気付くとその戦いの周りには何人もの倒れている人がいた。ざっとみて5人。全員が血を流し、ところどころにやけ焦げたあとがあり、意識がなかった。

「応援かっ! すまない」

「これはいったい?」

「キマイラだよ。ここらへんでは滅多にみないかなりレベルの高い魔物だっ」

男はそのキマイラの足下に炎を投げつけ、威嚇する。キマイラは人が増えて警戒したのか、じっとこちらをみたまま動かない。

「キマイラだと?」

 遠くで様子をみていたエルザがこちらにやってくる。

「頭が獅子、胴体が山羊、蛇の尻尾を持つ、あのキマイラか?」

「そうだ」

「この人達は?」

 こちらの問いに、

「仲間達は全員死んだ……」

 男は下を向き、悔しそうにくちびるを噛む。だがすぐに気持ちをきりかえるように顔をあげた。

「俺様はライデン。お前は?」

「フォルだ。よろしく」

「一緒に戦ってくれないか?」

 男はしばらく迷ったうち、不安げにこちらに問いかける。

「ああ。追い払うんだろ?」

「そうだな。あんなのを倒すのは無理だろう」

 それを聞いてほっとする。もし仲間のかたきをとるといいだしたらまずかった。あくまでもこれは争いを止める為にやるのだから。

「お前イロは? ちなみに俺様はアカだ」

 ライデンはそういって自分の頭を指さした。

 赤い髪が風にたなびく。

 あらためて男をみた。

 がっちりした体つきで俺よりかなりでかい。片手に持った大きな斧がとてもよく似合っていた。

 もしイロとは髪の色のことをいうなら俺は何色だろうか。

 エルザはきれいな黒色だったから、俺もそんな色なのかもしれない。

「イロ?」

「あ、すまない。みせたくなければいいんだ」

 あわてたようにそう言うライデン。

「まあいい。お前も剣をもっているからそれなりに戦えるのだろう?」

 どうなのだろうか。今まで忘れていたけれど俺は記憶を失っていたんだ。

 いくら昔剣を使えたとしても今できるかどうかなんてわからないじゃないか。ってことは今の俺はただの素人も同然。

 これはまずい。

 それなのにめちゃくちゃ強そうな奴と戦うなんて一体どんな神経をしているのだろうか。

「まあ少しは……」

「すまない。助かるよ」

 不安になって剣の柄をにぎると、少し楽になる。

 ちらりとエルザをみると知らんぷりしていた。

 勝手にやれって意味だろうか……。

 なんにしても、死にそうな人を放っとくことはできなかった。

「くるぞ!」

 突如轟く、耳をつんざくような雄叫び。前足を強く蹴り、キマイラがその巨体を突進させてくる。

「避けろ!」

 ライデンに腕を引っ張られ、横に倒れるように避けた。

「お前、魔物と戦ったことないのかよ!」

 必死の形相で叫ぶライデン。その間にも、キマイラは最初にみたときのように周囲の空気を吸い始める。

「まずいな……これは」

 ライデンが顔を曇らせる。

「え? さっきと同じじゃないの?」

 さきほどみたときは難なく避けていたかに思われたが、もしかしてかなりぎりぎりだったのだろうか。

「違う。みろ、まだ吸い続けている」

「ほんとだ……」

 ライデンがいった通り、キマイラは周囲の空気をいまだに吸い続けている。さきほどとは溜めの長さが違った。

「仲間達も全員これでやられた。奴の大技だよ。これでちょうど、六回目だ」

「そんな……」

 それは驚異的な数字だった。ライデンの仲間は五人。今まで全員がこれによって絶命したことになる。

「だが、なかなか再発動させるには時間がかかるらしくてな。俺様もそのおかげで今まで生き残れたってことよ」

 このまま死んでしまうのだろうか? それはいやだった。

 この剣をにぎると、どうも負けん気が強くなってしまうらしい。まだ生きる。大丈夫だ。そんな声が聞こえた気がした。

「その大技のこと教えてくれないか?」

 だから、

「え、そんなの聞いて一体どうするってんだ?」

 まだあがく。

「対策をたてる」

 あがいて、

「無理だ。俺様だって何回もみてきたがあれは最強だよ。避ける術はない」

 生にしがみつく。

「いいから教えろ。なんとかする」

 エルザのように、残忍な笑みを浮かべる。俺ならできる。根拠のないそんな思いに、だが不安を感じはしなかった。

「へぇ。魔物と戦ったことのない奴がそれほどまでに自信をもっていうんだ。どうせここで死ぬはずだったこの身。お前の賭け、のってやろう」



 さっきまでいたはずの小さな獲物が一人いなくなっていることにキマイラが気付いた。きっと逃げ出したのだろうとキマイラは気にも止めない。

 最後に残った獲物はかなりしぶとかった。けど、それもおしまい。キマイラは自分のもてる限りの絶望を与えてやろうと力をこめているに違いない。

 だから、気に入らないのだ。今、目の前にたつ獲物の目が気に入らない。その目は絶望に打ちひしがれるわけでもなく、やけになって死のうとしているわけでもなかった。

 その目には生気があり、希望を持っていた。より多くの絶望を。キマイラはただそれを願った。そんなキマイラからしたらそこにたつ獲物は最悪。その目には怒りがありありと浮かんでいた。

「ギャアアアアアっ!」

 轟くほうこう。走り出すキマイラ。それをみながらも平然と構える獲物にキマイラは怒りを増幅させる。その顔は凶暴で思わずみているこっちがすくんでしまう。

 一歩一歩を凶暴に踏み出すせいで、大地が揺れ、自分がたっている場所も少し揺れた。これほどまでに怒りを露わにしたキマイラをみたことはなかった。

 きっとすぐにこの哀れな獲物は死ぬのだろうと、観戦気分でみていた。

 赤いそれは二股になると、左右にわかれ退路を防ぐ。そのまま炎はそれぞれ半円を描くように地を駆け、獲物を檻に閉じこめる。その檻にキマイラは自ら飛び込んだ。

 再びドン、と大地が揺れる。炎の檻に入ってしまったキマイラと獲物の姿がこちらからは炎に隠れるようにして見えなくなる。

 だが、それでも、ときたまに揺らめく炎の隙間からなんとなく戦況を伺うことができた。

 今度はしっかりと獲物に向けて炎を放つキマイラ。

 だが、獲物はそれを自らが作り出した炎により相殺。

 キマイラも黙ってはいない。炎がぶつかり合い、はじける瞬間を狙い、つっこむ。

 再び炎にはばまれ、みえなくなる。もっと近くでみたいという衝動を抑え、見守った。

 主人からは絶対に近づいてはならないと、強く命令されているのだ。

 ゆらめく炎の隙間から、激しい戦いが繰り広げられているのが分かる。

 獲物であるはずの男がキマイラ相手にいい戦いをしていた。

 ちらりとみえた男の顔が少し変わった。

 何かが動く。そう思った。

 刹那、みることができたのは大きな斧をキマイラに、絶対に避けられないタイミングでたたきつけようとしている男の姿だった。

 キマイラがやられる。それは信じられないことだった。



「本当にこんなのがうまくいくのか?下手したら二人ともただ死ぬだけだぞ」

 なぜかうれしそうに言うライデン。今、俺はライデンの背中にしがみついていた。

 ライデンの背中は大きく、またマントをはおっていたため背中が少し盛り上がったところでさほど不自然に感じない。近くでみてもそれといわれなければきづかないほどだろう。

「これしかない。なぜか成功する映像しか浮かばないよ」

「そりゃあどえらい自信だな」

 肩が揺れる。笑っているのかだろうか。そんな間にもキマイラは空気を溜め続けている。

「あんなスキがあるならその内に攻撃するなり逃げるなりすればよかったのに」

 いまさらふと思った疑問を口にする。

「そんなの俺様達だって考えたさ。けど、襲いかかれば尻尾である蛇が。逃げようとすれば、胴体である山羊が追ってくるんだ。やつめ。うまく自分の半身を使ってやがる」

 そうだったのか。それならどうしようもないのだろう。

「まあ、今回の溜めは今まで以上だけどな。時間をかけては再び援軍が現れ、自分が不利になると悟ったに違いない。きっと最初から二人まとめてやっちまうつもりだったのだろう。……ところでさっきのお前の連れはどうした?」

 そうなのだ。先ほどから探していたエルザだったが、どこをみてもその姿を認めることはできなかった。

「きっと、逃げたんだろう」

 なかば投げやりな気持ちで言う。

「それが正しいな。このままじゃ全員やられちまう。せめて一人は救えたって思えたほうが少しはましな心持ちになれるな」

「そんな……。成功すると思ってるの俺だけ?」

「ふん。あんな無茶苦茶な策をどうやって信じるんだよ。もしもこの化け物がいなかったらお前をまず最初につぶすところだぜ」

「ギャアアアアアっ!」

 キマイラの絶叫が響く。炎をはきだすキマイラ。それは一気に俺達を取り囲み、逃げ場をなくす。

「まずいな……。炎の強さが予想以上だぜ。このままじゃ先に炎の熱で丸焦げになっちまう」

 炎の勢いはどんどん増していき、それは越えることのできない壁となる。

「ははっ。聞くとやるとじゃ大違いってか」

 炎の壁がどんどん狭まり、熱を直に感じる。

 汗が頬を伝った。

 剣を握る手がべとついてうまく力がこもらない。

 ドンと下からの衝撃を感じた。

「ついに登場だぁっ!」

 それが近くにキマイラが着地した音だとすぐに気付いた。

 こころなしか、ライデンのテンションがあがっている気がした。

 もしかして自分の策に少しは期待しているのかもしれない。まだ、あきらめたわけじゃないのかもしれない。そう思うと、少しだけうれしくなった。

「しっかり掴まってろよ!」

 ライデンが駆け出した。俺が考えた策はシンプル。ほぼ、すべてをライデンの力に頼った作戦。キマイラの顔面に一発たたき込む、そのための作戦だった。

 なぜ、この炎の壁に一人ずつとじこめ、一対一で戦っていたのか。それをライデンの仲間をみて、理解した。

 だが、もしことが起こる前にライデンがやられてしまえば、水の泡になってしまう。

 だがらライデンには粘ってもらわねばならなかった。

 何がおこっているのかここからは見えなかったが、ライデンの激しい鼓動が背中にも伝わってきたことから、かなりがんばっていることが分かった。

 ときおり聞こえるのは斧が空を切る音だけ。

 激しく揺れるライデンの背中に必死にしがみつく。

「いくぞおおおっ!」

 きた。それは事前に二人で決めた合図だった。合図とともにライデンがキマイラめがけて走り出す。疲労のたまったキマイラも一気に片づけるつもりでくるだろう。

 戦闘は、遠距離からの持久戦から、近距離の一発勝負に持ち込まれた。

 ライデンのふるう斧が首を的確に叩き切ればこちらの勝ち。対してキマイラはライデンの頭を食いちぎれば、勝ちだった。

 少し頭をだし、状況を把握する。

 ライデンが斧を水平にふるう。

 後ろに避けるキマイラ。

 ライデンはさらなる追撃にでようとする。

 だが、それより先にキマイラが突進してきた。

 即座に攻撃を中断し、横に退く。

「ガルルルルッ」

 うなるキマイラ。しばしのにらみ合い。

「ちっ。まったく隙がないぜ」

 一人ごとのようにつぶやくライデンだったが、それは俺に向けられたものだったのだろう。

 そのまま円を描くように一定の距離を保ちながら、ゆっくり歩く。

 先に動いたのはキマイラだった。腕を振り上げ、殴るようにライデンに襲いかかった。

 それをライデンは斧で受け止める。

 だが、じょじょにおされていくライデン。

「負けるかよぉぉぉっ!」

 気合いのかけ声とともに、形勢を立て直す。

 力はほぼ均衡で、膠着状態になる。

 キマイラが勝利の雄叫びをあげた。

 キマイラの後ろから、ライデンに向かって何かが襲いかかった。

 それはやはり、蛇。

 キマイラの尻尾である毒蛇だった。



 俺が最初に倒れているライデンの仲間をみたとき、少し違和感を感じた。遺体には戦いで得た傷があった。誰もがボロボロで、服には焦げ痕や血がこびりついていた。

 だが、ほぼ全ての遺体が死に至るほどの傷をおっていなかったのだ。

 そしてエルザのいっていた、尻尾が毒蛇という言葉。さらにキマイラの、一人一人しとめるという奇妙な戦い方。

 それらが指し示すのは、ひとつの事実だった。決定打にかけるキマイラの攻撃は、元々山羊の足で翻弄し、ライオンの頭で疲労させ、最後のとどめとして毒蛇がいる。そう考えれば納得がいった。

 そこで考えた作戦は、最後のとどめである毒蛇を出させ、そこを叩く。という、シンプルなものだった。そしてそれは成功しようとしていた。

「はあぁぁっ!」

 すぐさまライデンの背中から出て、とどめである毒蛇を剣で受け止める。キマイラは勝利を確信し、油断していた。

 だから、とっさにライデンの一撃に反応などできる訳がなかった。キマイラは驚き、その場で固まる。もうすでにライデンの斧はもっとも装甲の薄い、キマイラの首めがけて振りおろされていた。

「もらったぁぁぁぁぁっ!」

 勝った。だれしもがそう思った。

 キンという音が響く。

 ライデンは先ほどのキマイラよりも驚いていた。吹っ飛ぶライデン。

「なっ……」

 何が起こった、といおうとして、だがすぐにそのわけを知る。

 そこにあったのは、山羊の頭。

 ライオンの頭と並び、こちらをその濁った瞳でみる。山羊がその角で、ライデンの斧を受け止めたのだった。

 ーーーそんな。そんなことって……。

 ゆっくり歩みをこちらに向けるキマイラに、まるで他人の出来事のように受け止めていた。

 振りおろされる前足に、反射的に剣で受け止めようとする。

 だが、それもすぐに打ち払われた。もう守るものは何もない。

 さっきまで、なかば呆然としていた意識が、水を頭から浴びたかのようにはっきりしてくる。とたんに恐怖心が襲った。

「グラァァァァ!!」

 風を切り裂く音が聞こえる。

 だが、ふるわれたキマイラの攻撃は、当たることはなかった。

 目の前を黒が覆い尽くす。

「……エルザ?」

 眼前にエルザがただ、立っていた。なにをするでもなくただ立っているだけのエルザだったが、その姿は威厳に満ち溢れていた。

 王の風格すらもただよわせるエルザに、一瞬頭がくらっとする。だがそれが逆に他のことを考える余裕をつくってくれた。

「そうだっ。キマイラはっ」

 今の今までそこにいたキマイラはどうしてしまったのだろうか。

 少し視界をずらし、エルザの後ろからひょいっと頭をだす。

 そこにいたのは、王の前に身動きひとつとれずに、ただ固まっているだけのキマイラの姿だった。

 その目にはありありと恐怖が浮かんでおり、今すぐにでも逃げたいという思いが、直に伝わった。

「ふん」

 エルザが鼻をならし、視線をこちらに向けた瞬間、必死に走り去るキマイラの姿が目の端にうつる。

「貴様は結局、何もできなかった」

 諭すようにこちらになげかけられた言葉に、口をつむぐ。

「しかも、中立の立場で争いをやめさせるといっていたが、それも守れなかったな。もし、あの一撃が当たっていたら、キマイラは絶命していたぞ」

 怒るでもなく、ただ淡々と事実を述べる。

「守れないものを守ろうとするな。はき違えるなよ。貴様の目的は人助けじゃない。今は、己の生きる道を決める重要な時期なんだ。もう少し考えて行動しろ」

 うつむいて、地面をみる。その言葉は胸に激しい痛みを伴わせたが、それと同時にまったく違う感情も表れた。

「それは悪いことなのかな。何をすればいいのかわからないし、何をしていくべきかもわからない。けど、だからこそ、今自分が大切だと思ったことはやっていった方がいいんじゃないかな。あがいて、あがいて、そんでやっとみつけるものじゃないのかな。それじゃあ、だめ?」

「今は……、それでいいかもしれない。だが、いずれ後悔するぞ。むなしい気持ちだけが残る」

 それでも、曲げたくないと思った。自分がもっている信念を。剣の柄をおもいきり握ると、少し落ち着く。深呼吸をし、口をあけてしゃべろうとした。

 突然エルザが俺の肩をつかみ、無理矢理押し倒す。一瞬の出来事だった。エルザの体が、こちらの体を地面に押さえつけ、気づくとエルザの顔がすぐ近くにあった。エルザのきれいな髪の毛がさらさらと流れるように顔に落ちる。

 そのとき、爆音とともにさっき立っていた場所を炎が焼き尽くした。

 目を見開く。もしや、またキマイラがやってきたのでは、と炎が飛んできた場所をみる。だが、そこにいたのはキマイラではなかった。

「お前が一体どうやってあのキマイラを退散させたのかはわからねーが、この地面の様子じゃあたいして戦闘はしてねぇ。ってことはおおかた狩りに満足したキマイラが自分で帰った、ってのが真相だろう。だから、俺様の火炎弾でくろこげにして有り金全部パクろうとしたのによぉ」

 そこにいたのはキマイラに吹っ飛ばされて、気絶していたはずのライデンだった。

「なのに、つまずいて火炎弾を避けるとは、キマイラの時といい、どんだけ運がいいんだよ」

「どうして……」

 うまく言葉がみつからない。

「お前のおかげさ。お前が俺様にみせてくれたんだろ。必死にあがいて、生きる希望をみせてくれた」

 ライデンの目は異様に光っており、あきらかにふつうじゃなかった。

「いまさら、死にたくねぇって思っちまったんだよ。いくら醜くてもいきていこうって。だが、俺様は仲間を失い、すべてを失った。だからお前の物全部ぶんどって、これからの生活の足しにしようと思ったんだ」

 ライデンはゆっくり斧を拾い、そして構えた。

「だから、俺様の為に死んでくれっ」

 そういって、走り出す。エルザが再び、俺を守るように立ちはだかった。

「エルザっ!」

 さっき、どうやってキマイラが逃げてしまったのかわからない。けど、武器ひとつで決闘を行うのは少しきつい。いくらエルザがふつうの女よりも強かったとしても、筋力的にライデンに勝つのは無理だろう。

「うおおおおお!」

 ライデンの斧が、走った勢いも加え、力の限り振りおろされた。エルザはそれを短剣で受け止める。そのまま真正面からバカみたいに押し返した。

 斧が宙を舞う。

 そして一気にライデンを殴り、沈黙させた。速すぎて、ほとんど残像しかみえない、一瞬の出来事だった。

「いくぞ、フォル」

 何事もなかったかのようにさってしまうエルザ。どうせ何かをいったら怒られるのだろうと思って、無言でエルザを追いかけた。


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