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フィオの気持ち

 小屋に戻ると、黙り込んでしまった俺とフィオに質問をする人はいなかった。俺らを気遣ってか、おじいさんが風呂を勧めてくれた。カメリアは温泉で有名なだけあって、この山奥でもいい湯が湧いているらしい。小屋から少し離れたところにあるという温泉は広々としていて、気持ちも落ち着くだろうと言ってくれた。一応魔物はでないと思うが、念の為に交代で見張っていた方がいいということで、女性が先に入り、俺は一人で辺りを警戒することになった。離れすぎず、近すぎないちょうどよい位置にある岩場に腰をおろす。

「はぁー」

 魔物の村にいって、ガルーダの話をきいて、おじいさんの話をきいて。そして、勇者の話をきいた。今日は一番頭を使った日だろう。

「魔物ってなんなんだ?」

「それだけか?」

 さっき一瞬物音がした。そのときにもしや、と警戒していた為、驚くことはなかった。

 突然目の前に現れたエルザはすこしつまらなさそうに、俺の横に腰掛ける。

「違う。それだけじゃない」

 人って何? 助けるって何? 平和って何? 他にもたくさん、わからないことがあった。こんなにも考えているのに、答えはまったくといっていいほどでなかった。

 それに……、フィオがどう思っているのかも。

「目を閉じて、耳をすませろ。そうすれば聞こえるだろう」

 エルザが、小さな声でささやいた。言われるがままに目を閉じ、音に意識を集中させた。

「ごめん、レティ。……は、だめだ」

 とぎれとぎれに声が聞こえる。

「それなら、私が止めます。どう思われようとも……の為なら」

「って、フィオとレティの声じゃんか!」

 あわてて意識を元に戻す。聞こえるだろうってただの盗み聞きのことかよ……。

「小娘がどう思っているのかを聞きたくないのか?」

「そりゃあ聞きたいけど……」

 再び声が聞こえた。一度意識してしまうと、きこうと思わなくても勝手に聞こえるようになってしまう。

「ところでフィオの方はどうなんですか?」

「どうって?」

「フォルさんのことです」

「なっ。べ、別に……」

 ーーまずい。あわてて耳を塞ぐ。

 聞いちゃだめだ。聞いちゃだめだ。聞いちゃだめだ。

 その場で自分の中の葛藤と戦っていると、影が覆いかぶさってきた。

 顔をあげると目の前にエルザの悪魔的な笑顔が見える。

 いってこい。

 口の動きでそれだけ読みとれる。腕を掴まれ、そのまま放り投げられた。

「うそだろ?!」

 高く高く、星空に届かんばかりに高くあがっていく。

 そして今度は……、落下していった。

 ドゴォォォンという音とともに、派手に水柱があがる。

 温かいお湯が身体に染み渡るようだ。ははっ……。

「今、なんかすごい音が聞こえましたが……」

「ちょっと様子を見てくる!」

 飛びそうな意識の中で、そんなフィオの叫び声がきこえた。

 ーーってまずい、フィオがこっちにくる?!

「誰っ?」

「ぷはっ」

 顔を出して、目をあけようとする。

「ってフォルっ?!」

 フィオの手によって再び沈められる。

「ごぼがびあっ」

「あなた何やってんのよ」

「ごぼれる。ごぼれるっ!」

 このままでは息ができなくて本当に死んでしまう。ようやく手を放してくれた。

「これは、エルザが」

 弁解をしようとすると、

「こっちみないっ」

 また、沈められる。

「ばかった。ばかったがらっ」

 わかった、といってようやく放してくれた。

「それであの人に落とされたってわけ?」

「そうだ」

 俺は前の石に話しかけるように言う。フィオは事情を説明してようやく納得してくれた。

「あなた、着替えは?」

「ないよ。しかも着てる服はビチャビチャだ」

 着ていた服は水を吸って肌によくくっついた。

「ならその服を脱ぎなさい。そこの石に置いてあたしの火で乾かしておけば、十分くらいで着られるようになるから」

「すまないな」

 服を脱ぎ、石の上に置いた。

「置いたけど、どうすればいい?」

 後ろを振り向こうとして、

「こっちみないでっ」

 思ったよりも近くにいたフィオに顔をぐいぐいと前に押しやられた。

「あたしが乾かすから、フォルは後ろを向いていて。スイッチよ」

「おいおい。魔物を狩るときもうまくいかなかったのに、そんなのができるのか?」

 思わず苦笑をする。戦闘のときに味方同士の位置を入れ替えるときに使う言葉だ。だが、成功したことはない。

「大丈夫。もう終わったわ」

気づくとフィオが目の前にいた。短い髪の間から、きれいな白い首筋が少し見えた。一瞬、フィオと目が合う。

「後ろ向いてっていったでしょっ」

 フィオがあわてたように水中にしゃがみこむ。

「ご、ごめん」

 急いで後ろを向く。そんなこと言われても今のはいきなりだった。

 静かな闇夜の中でフィオがイロを使っているのがよくわかる。ちょっと弱めの光が後ろからでていたからだ。暖かくて優しい、フィオのイロだった。その光を近くに感じたくて、その場で腰をおろし、お湯に浸かった。しばらく沈黙が続く。

「フォルは、さあ」

「ん? どうした?」

「どうして勇者を探しているの?」

 それは……。

「自分の願い事を見つけるため、かな」

 考えてみれば変な話だ。願いを知ることが願いだなんて。

「何それ」

 フィオはそれに笑った。だが、少し悲しそうに。

「実は俺さ、記憶がないんだ」

 正直いって、あまり俺のことに首をつっこんでほしくなかった。フィオやレティを俺のことで煩わせたくなかったのだ。でも、フィオやレティの理由を聞いたのに自分だけ言わないのは卑怯かなって思う。

「あまり驚かないんだな……」

 フィオは黙ったまんまだった。後ろを振り返ろうとして、自制する。

「そうだろうとは思っていたから」

 フィオが小さくつぶやく声が聞こえた。

「だって、フォルはあまりにも無知すぎだ」

「ははっ。そっか」

 そっか。ばれていたか。

「急に何もわからない異世界に放り込まれた気分だったよ。朝起きたらエルザがいて、いきなり貴様、記憶はあるかって聞かれたんだ。短剣を首に突きつけられたまま。意味がわからないよね」

「あの人は変わらないのね」

 雲が月を覆い、いつのまにかフィオの光も消えていた。真っ暗になった闇夜で二人の声だけが聞こえる。

「それで、二つの選択肢をエルザがくれた。自分のことを何も知らずに平和に暮らすか、自分のことを知る旅にでるか。俺は、旅にでることを選んだ。そしてなぜか勇者を探せっていわれたんだ」

「どうして一つ目のほうを選ばなかったの?」

「俺、実はさ。記憶がないと思ってたら、ちょっとあったんだ。おぼろげだけど、確かにあった。そこで俺は女の子を泣かしていたんだ。長くてきれいな黒髪だった。たぶんエルザだ」

 暗闇になったおかげで、この空間が果てしなく広がっていくような錯覚を受ける。

「それってすげーかっこわるいじゃん? 泣かしたままで、唯一覚えているのがそれだけなのに、何もできないなんて。だから、教えてもらうんだ。なぜ泣かしてしまったのか。なぜこうなってしまったのかを」

 こうなってしまった、というところで自分自身を指さす。見えていないはずなのに、フィオはそれがわかったのか小さく笑い声をあげた。

「あたし、あなたを……、いいえ。勇者や魔王とかクロカミを、ずっとひどい者たちだと思ってた。魔物もね。人外で冷酷で人の心を持たない、そんな風に……」

 だから、俺のイロをみてからあれほど態度が変わったのか。

「でも、ここまで旅をして気付いた。醜い人もみた。魔物だって……」

「フィオ……」

 魔物の村でみたことを思い出しているのかもしれない。あの悲惨な光景を。そして怒り狂った魔物たちを。正直、あれで魔物に対する印象はだいぶ変わった。

「いろんな魔物がいる。クロカミにだっていろんな人がいた。フォルのようなクロカミやあのエルザのようなクロカミ。ただその名前から判断することじゃないって気付いたんだ。だから、フォルとなら変えていける。この世界を救える気がするの。そのためなら、人とだって魔物とだって戦うわ」

 うらやましいと思うほどその言葉は熱くて、まっすぐで、素直だった。本当に槍のように空気をきりさいてどこまでも突っ切っていきそうなほどに。

「……俺の服のポケットをちょっとみてくれないか」

 フィオは少し間をおいてから、何も言わずに乾いているであろう俺の服へと近づいた。

「ーーんっ。これは……」

 ここからは見えないが、たぶん見つけたのだろう。それは、ネックレスだった。赤い三日月型の宝石がついているそれは、フィオが王都で欲しがっていた物。王都をでる前、フィオたちといったん別れ、わざわざ買いに行ったのだ。

「渡すタイミングが無くて、今まで自分で持っていたんだ。最初は仲直りの証として渡そうと思っていたけど、すぐに友達になれたしね」

「これをあたしにくれるの?」

「ああ。これからも一緒にがんばろうぜ」

 顔がみえないから表情もわからない。だから喜んでいるのか、怒っているのかはわからなかった。だが、

「ありがと、フォル」

 弾むようなその言葉で十分気持ちは伝わった。

そっと何かが背中に触れる。

「フィオ、何を……」

 フィオはかまわず頭を俺の背中にのせた。胸がドキドキする。互いの体温すらも感じられる距離でフィオがささやいた。

「傷だらけの背中ね」

 フィオがしゃべるたびに吐息が背中に直に伝わり、くすぐったい。

「まあ、な。エルザにいじめられたんだ」

 昔の俺は体が覚えるほどエルザにしごかれたんだ。これくらいの傷は追っているべきだろう。だが、いくら体が覚えているからといってすぐに前にみたいに動けるようになるわけじゃない。ここ最近は朝早く、エルザにしごいてもらうのが日課になっていた。フィオに負けないように。フィオを守ることができるように。

 どれくらいそうしていただろうか。暗い闇夜の中で、フィオの吐息だけを感じることができた。

「何っ。フォルの奴があの小娘を落としたぞ!」

 意識しなくても聞こえるくらい、別に大きくはないがよく通る声が闇夜に響く。

「ちっ。私の負けだ。それにあんなにくっついて! 私の酒代がっっ」

「やはり、愛なのですよ。愛! あ、ありがとうございます、エルザさん」

 あの二人は何をやっているのだろうか。お金の音がするところをみると、何かの賭けをやっていたのかもしれない。何やってんだ……。



 俺らはおじいさんたちの好意で、泊めてもらっていた。二人で住むには無駄に大きな二階建てのこの家がようやくやくにたつと、おじいさんは嬉しそうに笑っていた。

「おはよう」

「う、うん。……おはよう」

 朝起きてすぐ、フィオと顔を合わせた。昨日のことを思い出して、互いに妙に意識してしまった結果、ぎこちない挨拶になってしまった。

 とくに話すこともなく、俯き気味に通り過ぎる。

 すれ違うとき、俺の肩がフィオの肩に少し触れた。

「ぁっ」

 大げさすぎるほど二人して飛び上がる。

「ご、ごめんなさい……」

 耳まで真っ赤にしたフィオが、ちらちらと俺を盗み見ながら謝った。

「ぷ、はっはっはっは」

 俺は思わず口をあけて笑う。

「フォル、どうしたの?」

 未だ顔を赤くしながら、困惑した様子でフィオが俺をみた。

「いや、ごめんごめん。なんか、付き合い始めたばかりの恋人同士みたいだな、って思って」

 距離感が掴めず、四苦八苦して。互いを思いやるばかりに、互いを傷つけ合う、そんなような。

「ふふっ。そうね。なんだか不思議な感じ」

 俺らは顔を見合わせると、今度は二人で笑い始めた。

 今この瞬間が、永遠に続けばいいのに、と。本気で願う。

 何をやっていても、フィオとならきっとすごく楽しいのだろうな。そう思った。

「外をみろ!!」

 エルザの怒鳴り声が小屋中に響きわたる。

 その切羽詰まった声音に、俺は誰よりも早く反応した。

 あわてて外にでると、目を疑いたくなるような光景がそこにはあった。

 おびただしい数の魔物。魔物。魔物。

 どこをみても、そこかしこに魔物がいた。そして、まっすぐこちらをみつめる、怒り狂った数百の目。標的だったガルーダたち、は消えてしまった。だからなのか、そこからもっとも近い位置にあったこの小屋が次の標的として狙われたのだ。

 地獄のような絵だった。

「ここから逃げよう!」

 ちょうどでてきたフィオに向かって叫ぶ。

「でも、おじいさんたちは?」

「一緒につれていくんだっ」

「その必要はない」

 見るとそこにはおじいさんとおばあさんが立っていた。

「何をいってるんですかっ。早く逃げないと死にますよっ」

「わしらは、元々ここで一生を過ごすと決めたのじゃ。この老いぼれ、死ぬときがきたということでしょう」

 おじいさんは何の迷いもなく、そう言った。どうやらおじいさんたちはここを動く気はないらしい。フィオと目を合わせる。

「ここはお世話になったわ。助けましょう」

「けど、どうやって?」

「あいつらを倒すしかないでしょうね」

 あいつら、魔物か。再びあの凄惨な場面が思い出される。俺は違う。あんな風にはしない……。

「私も手伝います。後方からの支援しかできませんが」

 レティが手に長い弓を持ち現れた。そもそも、もう脱出することは不可能だ。あの大群を抜ける他、道はない。レティの助けは必要だった。

「仕方、ないか」

「私はパスだ。……すまないな」

 エルザはいつもの偉そうな態度ではなく、心からの謝罪をした。まるで魔物とは戦えない、みたいだ。

「俺らにまかせろ」

 気合いを入れる意味も込めて、そういった。

「じゃあ、フォルに後ろはまかせたよ」

 フィオはすでに駆けだしていた。魔物はこちらから来るのを待っていたのか、それに呼応するように動き始める。戦闘が始まった。

「たぁあああああ!」

 どれくらいの数の魔物を斬っただろうか。周りにはおびただしい数の死体が転がっていた。だが、どれもきれいだ。ほぼ一撃。急所を狙い、むごたらしい姿にならないようにただそれだけを狙っていった。そのせいか、いつもより体力の消耗が早い。一番前の魔物を斬ったと同時に横にとんだ。

「どっちが先にぶっ倒れるかな?」

「さあね」

 一瞬フィオと交差する。位置を入れ替えるようにして、互いの横に立った。

「道は作られた。後はただ、その道を駆けるだけっ!」

 フィオがそう言うと、フィオの直線上にたっていた魔物が一気に消し飛ぶ。

「それずるいな」

「あなたもその力でイロを消せばいいじゃない」

「あれっ、気づいていたのか」

 斬ってる、と勘違いしてると思っていたのに。

「てか、魔物はイロを使ってこないのだから消しようがないだろ」

 そんな話をしていると、他のことに対する集中が途切れるわけで。フィオの死角から猿型の魔物が飛びかかってきて。だが、フィオは気づいていない。俺も話していたせいで反応が遅れる。

 ーーまずいっ。

 だが、そこを一線の蒼い光が通過した。魔物がフィオの目の前で倒れる。

「大丈夫ですか?」

「ありがとう、レティ」

 フィオがレティに礼を言った。その後も戦闘は続く。

「やられたわね」

「奥に入りすぎた……」

 いつのまにかフィオと俺は魔物に囲まれていた。レティの姿は見えない。

「ここからは、よろしくね」

「俺も、まかせたぞ」

 囲まれてしまったら、後ろは相棒に任せるしかない。いかに相手を信じることができるかが問われるのだ。自然に背中をあずける形になる。突っ込んでくる魔物を軽くいなし、剣を横に払う。それを見る間も惜しんで再び前に剣をつきだした。ただ、後ろを信じて。名もしれぬ魔物が、顔も知れぬうちに絶命していく。波のように押し寄せる魔物は減ることを知らなかった。

 一体の魔物と苦戦しているとひときわ弱そうな魔物が、ひときわ遅いスピードで、こちらに向かってくるのが見えた。あきらかに雑魚だった。痛みを与えることなく斬ろうと思ったところで、ついその魔物の顔を見てしまった。

 ーー泣いていた。

 今思えば、子供の魔物だったのかも知れない。そのときわかったことは、その魔物が泣いていたということ。怒りはなく、ただ悲しそうに泣いていた。

 水に波紋が広がるように、それは自分の心に伝わってくる。魔物の村でみた、子供の死体が頭に浮かぶ。前が見えなくなるような、衝撃を受けた。競り合っていた魔物が埒があかないと思ったのか、俺の背中を越えようと跳ぶ。それを止めることはできなかった。ためらってしまった。立ち尽くしたまま、呆然と。だから、フィオのことも呆然と見ていた。回らない頭の中で、フィオが、フィオの背中が食われるのを、ーー見た。

「あ…………」

 フィオは驚いたようにこちらをみつめ、倒れる。

「あ……。あ、あぁああああああああ!!」

 俺のせいで。

 俺のせいで。

 オレノセイデ。

 俺がためらったから。

 なんて、なんてことをっーー。

 シテシマッタンダ。

 体の芯が熱くなっていくのを感じた。それは次第に手に集まり、剣へと流れていった。自分の色が黒に染まっていくのを感じたーー。



 そこには泣いている悪魔がいた。魔物の血に染まり、ただむごたらしく死を呼び寄せる悪魔が。どれほどの死があるのか。今もなお、死は増え続ける。泣きながら、殺し続ける。自らを呪い、他を恨み。

「どうする?」

 さっきもやった同じような会話に、

「止めないといけないね」

「誰がいくかって言う話だよ」

「僕がいくよ。君には少しつらいだろ?」

「抜かせ」

 白剣はそういうと、飛び出した。悪魔がこちらを見た。どうやら気づかれたようだ。ただちに退避をせねば。羽根を広げ、白剣のきた道をひき……。


「ちっ。やられたか」

 主はそういうと、つまらさそうに寝転がった。

「やられたのは誰じゃ?」

「ククです」

 それに答える。ちなみに私はアアだ。主は気づいているだろうか。

「じゃあ、次はカカにつなげ。あのバカ、私のリュウを無駄にしおって」

「カカは王についているはずですが……?」

「それもわかっておる。そろそろ終わることを報告するんじゃ」

「はっ。なんと言えばよろしいでしょうか」

「いつも通り、女神といえばわかる」

 遮られた布の下で、そう言って女神は薄く微笑んだ。



 うっすらと目をあける。汚い木目が見えた。

「ここは……?」

 どうやら気絶していたようだ。そこでついさっき起こった事を思い出した。

「フィオっ!」

 あわてて体を起こす。そうだ。俺はフィオにけがをおわせてしまった。悔やんでも悔やみきれない思いがこみ上げてくる。

「だい、……じょうぶ?」

 そこにはフィオがいた。いや、最初からフィオは隣で寝ていたのだ。だが、どこか顔が青ざめていて不安そうだ。その目には怯えがあった。何に対する怯えなのかはわからない。

「俺はどうしたんだ?」

「もう少し安静にしてないとだめだよ」

 フィオは寝たまま、そんなことを言う。それをいったらフィオもそうだろう。

「フィオ、けがは?」

「大丈夫。少し背中に傷がついただけだから。もうレティのおかげで何とかなってるわ」

 俺のせいでフィオは……。そういえば俺はどうしたんだ? 魔物に囲まれて、……そこから思い出せない。

「レティとエルザは後片づけをしてる」

「そうか」

 それっきり。居心地の悪い沈黙が続く。その沈黙をやぶったのは、静かな来訪者だった。

「やあ」

「何っ?! ガルーダ、お前どうして……」

 セイレイのガルダを横に従え、ガルーダはドアの前に立っていた。

「それじゃあ」

 ガルーダはそう言うと、フィオを抱える。

「何をするつもりだっ?! 待てっ。フィオ!」

「フォルっ!」

 フィオに手をのばそうとして、だが一瞬ためらった。俺は結局さっきもフィオを守れなかった。信じていたのに。信じてもらったのに。だから、再びためらってしまった。フィオへとのばした手は空をきり、つかむべきものは無かった。

「彼女は人質だ。返してほしければくるがよい」

「フォルっ、フォルっ!」

 消えるガルーダ。フィオの叫び声が胸の中で響き続ける。後にはただ、うずくまる俺のみが残された。あっというまに連れてかれた。俺は何もできなかった。まただ。また。同じ、過ちを犯してしまった……。フィオは、フォルと、呼んでいたのに。俺を、俺に、助けてほしかったのに。

「くそっ、やはりあちらは囮だったか……っ」

 どれくらいそうしていただろうか。顔をあげると、いつのまにかラファルガがいた。隣にはティアスもいる。

「俺らがちょっと目離してる隙に何やってんだよっ! おまえがいるから! 大丈夫だと思っていたのに!」

 ラファルガが怒鳴る。

「俺は……」

「てめぇーのその言葉は口だけだったのか? あぁっ?!」

「だって、俺は守れなかったから……」

「俺らが助けてやったのに! お前はそれを無駄にするのかよっ!!」

 助けた? 何から? ラファルガたちはいったい何をしたんだ?

「君は暴走したんだ。僕らが止めるまで、君は魔物を殺し続けてたんだよ。何かに憑かれたようにね」

 ティアスの言葉を聞いて、思い出す。そうだ。俺は、この剣で……。

「いったい何の騒ぎだ」

 エルザとレティが部屋に入ってくる。その顔には疲れがみえ、服には血のような何かがついていた。

 また一戦、俺が倒れている間にあったようだ。

「こいつがっ! ーーーーっ。……女がさらわれた」

 ラファルガは落ち着いたのか、エルザたちに簡単に事情を説明した。

「フィオが?!」

 レティの悲痛な叫びが聞こえる。

「し、仕方なかったんだっ。俺だってーー!」

「俺だって、何だよ? お前は、怖かったんだろ?」

 翡翠の目でこちらを睨むラファルガ。

 怖かった? 何が。どうして。

「裏切ったことが。もう彼女は自分のことを嫌ってしまったのかもしれないと思って、それを怖れたんだ」

 違う、とはいえなかった。俺がフィオを裏切ったのは確かだ。俺はそれにフィオがどう思うかを心配した。もしかしたらラファルガの言っていることがすべて正しいのかもしれない。だから、俺は再びためらってしまった。本当に俺にフィオの手を掴む資格があるのか。振り払われてしまうのではないか。そう思った。

「彼女はなぁ。そんな風にお前が思うことを怖れたんだよ。そんなこと思っていないのに、お前が勘違いしてしまうんじゃないかって怯えてたんだ」

「俺は、どうすれば……」

 結局もう、フィオはいない。どんな顔をして会えばいいというのだ。

「目の前にいるのなら簡単だろうが。追っかけろよ。何がなんでも取り返せよ。血ヘド吐いて倒れようが、這ってでもいけ。簡単だろ?」

 ラファルガはそう言ってにっこりと笑った。まるで少年のような純粋な笑み。

「俺を失望させないでくれ」

「じゃあ、僕たちはいくよ。場所はカメリアの街にいけばわかる」

 風が巻き起こる。目もあけられない突風が去ると、そこにはきらりと光る何かが残されていた。手に取ると、

「ーーこれは。フィオにあげたやつだ……」

 三日月型の宝石は赤黒く輝く。それを握りしめ、ポケットに入れた。

「行ってくる」

 立ち上がり、ドアへと急ぐ。

「私もいきます」

「私もだ」

「くる必要はない。俺一人でけりをつける」

 二人を無視して外へでる。

「私は貴様の行く末を最後まで見届ける必要があるからな。何を言われても行くぞ」

 エルザが偉そうに俺の隣に立った。気づいたら走っていた。それにレティもついてくる。

「私も、無関係じゃありません。むしろ私のせいなんです。私のせいで、勇者と対立することになったんですから」

 走りながら、カメリアを目指しながら会話を続ける。

「どうゆうことだ?」

「実は私、ラファルガさんが好きなんです」

 突然の告白に驚く。思わず一度足を止めてしまうほどだった。

「小さな頃に数日間、ちょっと一緒にいただけなんですけどね。でも、結婚の約束もしました! あっ……」

 レティは恥ずかしがるように下を向いた。

「ばか、ですよね……私。そんな小さな頃にした忘れてててもおかしくない約束を大事に覚えてて、それでその為にわざわざこんなところまでくるなんて……」

「そんなことない。続けてくれ」

 驚いた。エルザが冷やかさずに真面目に人の話を聞くとは。

「私はラファルガさんが王になるのを防ぐためにここまできました。ここでラファルガさんが武勲をたててしまえば、彼は王になってしまう。王になった者は、自分と同じイロの女性を妻として迎えなければいけません。そうじゃなければ一つのイロだけが弱くなってしまうからです」

 だから、先にこの事件を解決しようとしていたのか。レティが旅をしているわけが、ようやくわかった。今までも不思議だったのだ。なぜ彼女のような大人しい性格の子がここまで旅をしてこれたのか。その理由は単純だった。

「フィオはそれに協力してくれました。世界を救うのだから、まず親友を救えなくちゃ話にならないって言ってくれたんです。だから、私の責任です。こんなことを言わなければ……」

 レティにも、レティの戦う理由があったということか。

「誰のせいだと言ってても始まらない。だから、俺が終わらしてきてやる」

 そうだ。俺がやらなければ。俺がフィオを救うんだ。そんでフィオが世界を救う。

「では……、私からも一つお願いをよろしいでしょうか?」

 遠慮がちに言うレティに、

「まかせろ。フォルなら何でもやってくれる」

「どうしてお前が答えるんだ?!」

「だがそうするだろ?」

 まあ、確かに。エルザの言っていることが正しいことをしぶしぶ認める。

「それで、どうしたんだ?」

「もし、ラファルガさんがその……、悪いことをしていたらその正してほしいんです」

 ……。ラファルガたちが本当に正しい事をしているのかは疑問だった。裏で何かをしているのは確かだが、それが何なのかはわからない。だから俺もその可能性を考えていた。いや、それ以外に考えられないとすら思い始めている。だから……、

「まかせろっ! 一発ぶん殴って、目ぇ覚ましてやる!!」

 カメリアにつくと、異様な光景に立ちすくんでしまった。たくさんの人が、たくさんの武器や鎧、金属や木を運んでいたのだ。あわただしくも活気のある様子は、今もっとも危ない場所として知られる所だとは思えなかった。

「何が起こってる? まるで戦争をしかけるようだぞ……」

「戦争だ。これが王都を侵略するための奴らだろう」

 そこをつっきり、城を目指す。城にいると確信は無かったが、なんとなくそんな気がした。城につくと、すぐそこに地下へと続く階段が見つかった。ギルドカメリアと看板のかかったそこは、誘い込まれているような、そんな嫌な気がする。だが、ためらっている暇はなかった。

「いこう」

 闇へと、進んでいった。

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