魔物の村
そろそろ終盤です
結局、エルザは闇の中から現れることもなく、どこかで待ち伏せをしていたわけでもなく、窓を蹴り破って助けにくることもなかった。それはいつも何かといいながら近くにいたエルザにしてはめずらしいことであり、いつも気づいたらどこかにいなくなってしまうエルザらしくもあった。
俺ら三人は城の近衛兵と思われる男に案内をされて歩いていた。日はちょうど真上にありじりじりと首の後ろを照りつけてくる。
「ここからは、一本道ですので」
近衛兵はそういうと、来た道を帰ってしまった。
「おいおい。ずいぶんあっさりとしていたな」
「しょうがないでしょう。あの人震えていたわ」
「生存率零パーセントとなれば近寄りたくもないのでしょうね」
二人は暖かい目で近衛兵を見送る。
「フィオたちは平気なの?」
「そりゃあもう。フォルさんがいますから」
レティが恥ずかしがることなくそんなことを言う。
「よくそんな恥ずかしいことを言えますね」
顔が熱くてかっかする。
「あら。フィオもそう思いますよね?」
にこっとフィオに笑いかけるレティ。まるで天使。でも、悪魔のような天使だ。
「えっと……っ」
生暖かい目でみていたら、バゴッと歩いていたところに槍がささった。もう少しで俺の足に穴があいていたぞ。
「むぅぅっ」
変なうなり声をあげて、フィオがそっぽを向いてしまった。こうなったらフィオはしばらくずっとご機嫌斜めだ。
……どこで間違えたんだ?
そんなことを考えて歩いていたら小屋が見えてきた。もしかして人がいるのかも知れない。
「すみませーん」
呼ぶと一人の人がでてきた。さっと身構える。
「そなたらもいくのかね?」
それはおじいさんだった。
「どうしてこんなところにいるんですか?」
フィオが心配するように言った。
「質問に質問で返すとは、お主はせっかちじゃな」
ふぉっふぉっふぉと笑うおじいさん。
「すみません」
フィオは恥ずかしさからか、顔を赤くする。
「まあよい。わしたちはここに住んでいるのじゃよ」
「そうなんですか」
こんな森の中にいたら、魔物に襲われてしまうのではないだろうか。
「それで、お主たちはやはりあそこへ?」
おじいさんが指さしたのは俺らが向かおうとしていたところだ。ここは一本道と近衛兵も言っていた。おじいさんが言いたいのは魔物の村に行くのか、だろう。
「そうです。調べたいことがあって」
フィオが答える。
「そうか」
おじいさんは目を細め、相手の力量をはかる達人のようにこちらをみる。
「お主たちは、大丈夫そうじゃな。きっとまた会うことになる」
いったいどういう事だ?
「どうしてこんなところに住んでいるんですか?」
そんなフィオの問いに、
「これだけは言っておく。魔物も生きておるのじゃ」
ふぉっふぉっふぉと笑い、おじいさんは小屋の中に消えていった。
「変なじいさんだったな」
よく今まで魔物に襲われて死ななかったものだ。
「不思議な感じだったわ」
いまいち何がいいたいのかわからない人だった。もしかしたらもうぼけているのかもしれない。
「何かにおわない?」
フィオが立ち止まる。
「確かに。これは、そろそろ近いかもしれませんね」
ここからは慎重に行かなければいけない。できるだけ会話をやめて、音をたてないようにゆっくりと進み始めた。
じょじょに視界が開けていく。その端を気づかれないように素早く走った。
「これはどういうこと?」
フィオは困惑したように周りを見回す。そこにあったのは今まで通ってきた村と同じような景色。たくさんの家がある、のどかな風景だった。だが、少し違うのはそこにいるのが人ではなく、たくさんの魔物の死体だということ。
「どうやら魔物の村はすでに滅ぼされているらしいな」
俺は顔をしかめる。今にも吐きそうなすごい臭いだ。
もう少しあるくと、レティがぽつりとつぶやいた。
「ひどいですね……」
レティがそういうのも無理はなかった。この村には確かに魔物たちが生きていた証が生々しく残っていた。外で遊んでいたと思われる小さな二人の子供。家で仲良く話していたと思われる五人の大人。その他にもたくさんの魔物が生きていたと思われたが、それらすべてが惨たらしく殺されていたのだ。
子供をかばう姿のまま、首から上がない親の魔物。そしてその子供は元の形が何なのかがわからないほどつぶされて、切り刻まれていた。ほとんど無抵抗のままやられたことがわかる。いつも魔物を殺しているはずの俺でさえ、この空間には狂気を感じた。
「……狂ってる」
急に魔物の存在を近くに感じられた気がした。それはなぜだろうか。魔物の生活を見たから? これほどの数の魔物を初めて見たから? それとも……、信じたくないから? 自分たちがしているのは魔物を殺すこと。今ここで起きている惨状は、もしかしたら俺らがやっていたことかもしれない。
俺は、……だいぶ前から狂っていたのかもしれない。
「大丈夫か、フィオっ」
フィオが片膝をついた。やりを地面にさして、必死に立とうとしている。
フィオの元へと駆け寄る。
「ちょっと、疲れただけ」
フィオは弱弱しく笑った。顔色はあまり良いとはいえない。
「レティさんは大丈夫?」
「私もちょっと休みたいです」
レティはまだ、それほど疲れているようには見えない。フィオに気を使っているのだろう。
「じゃあとりあえずーー」
「お前等、何をやっている」
突然、遠くから男の声が聞こえた。十人くらいだろうか。みると重たい鎧に身をつつんだ男たちがこちらに向かってきていた。
「まだ、人がいたのか。もうここしばらく旅人が現れないからもうこないのかと思っていたよ」
男たちは転がっている魔物の頭を平然と踏みつけ、どんどん近づいてきた。
「これをやったのはお前等か?」
俺の問いに、
「そうだよ。どうだ、すごいだろう? 僕らは旅人の人権を守る為に結成されたんだ」
男たちの中の一人が前に進みでた。
「いったいどうゆうことだ。ここで何が起きてる」
男は自分に酔っている様子で、芝居がかった口調で喋り続ける。
「君たちもカメリアに入らないかい? 僕たちはいつでも旅人を歓迎する。おっと、自己紹介がまだだったね。僕はギルド、カメリアのリーダー、ガルーダだ」
にっこりと笑うガルーダに、
「ふざけないで。あなたたちは何を企んでいるの?」
フィオが語気を荒げて、にらみつける。
「僕はね、今のこの国の在り方について疑問に思うんだ。僕ら旅人、魔物を狩る者たち。それがいないと、この国はやっていけない。それなのに、僕たちの待遇はひどい。僕たちは今日の食事を手に入れるために魔物を狩り、そして明日の寝床を確保するために次の村へと向かう。いつ死ぬのかわからない、果てしなく孤独な旅だ」
「それが嫌なら旅人なんかやめちゃえばいいじゃないか」
ガルーダは悲しそうに首をふる。
「そうじゃないんだよ。僕が言いたいのは。旅人になるっていうことはそれ相応のリスクが伴うことぐらいわかっているさ。誰もがわかっていることだ。死ぬのはしょうがない。だが、あまりにも僕たちの待遇はひどい。いつ死ぬかわからない、人々のために戦っている僕たち。それなら生きているうちは楽しく暮らしたいだろう? 特にここ数年は、国から兵が派遣されなくなった。西は見捨てられたんだ……」
それは東が大変だったから。そういうのは簡単だったが、ガルーダの叫びは命を削るような叫びだった。その叫びに含まれているものを感じ取る。どれほど、苦労したか。そもそも苦労の二文字で表していいのかもわからない。
「だから、国を乗っ取ることにしたんだよ。旅人の人権を守るために。僕たちカメリアは新しい国をつくる。旅人の旅人による、旅人のための国を!」
まるで何かにとりつかれているようにガルーダは繰り返し、いい続けた。
「弱き者は、強き者に従っていればいいんだっ! 僕たち旅人が、国を支配して、国をつくる!」
「狂ってるわ」
フィオが槍をぎゅっと握り、嫌悪に身をすくめる。
「君たちはどうする? 僕たちとともに世界を救うつもりはないかな?」
世界を救う。それは、どこか引っかかるものだった。本当にガルーダは世界を救おうとしているのか。
そしてこれを聞いたフィオがどう思うか……。
「そんなの世界を救うことになんかならないっ!!」
やはり、フィオがそこに過剰に反応する。フィオからしてみれば、世界を救うとは自分の目標。それを汚されたと思っても不思議ではない。
「じゃあ君たちはカメリアに入らないということかい?」
ガルーダが残念そうに言う。
「当たり前よ! あたしはこんなの認めないわ。こんなの最低よ……」
「じゃあ、死ね」
ぞっとするくらい不気味な声だった。どこから出しているのかわからない、まるで今まで殺してきた人全員が地獄の底からわき出て発した声のようだ。
「僕のセイレイは僕が自身で創造したものでね。僕の名前から、ガルダって呼んでるんだ」
ガルーダのわきに水でつくられた、羽根の生えた何かがいた。それは、リュウのようであったが、少し違うようでもある。リュウよりも羽根が大きく、だが体の線が細かった。頭には二本の長い角があり、どこか狂気を感じた。
創造した? セイレイを創造するなど、可能なのか?
「こいつは、痛いよ」
速かった。
俺の疑問が解決される間もなくガルダが疾風の如く、こちらに向かって飛来した。
剣を抜くひまはない。
それをぎりぎりのところでかわす。
少し肩に触れたが、やられたとは思わなかった。
「ぐっ」
肩をおさえる。痛みは何も感じない。けど、痛かった。神経は何も感じていないのに、体自身が痛みに叫んでいるようだった。
一度俺は水の攻撃を受けたことがある。ライデンと会ったときで、少女、ナーヤのものだ。そのとき感じた少しばかりの痛み。それよりも、痛くない。そのはずなのに……。
「だからいっただろう。痛いって」
ガルーダは感情のない顔でいう。
「今からでも遅くない。僕たちに協力してくれ。旅人はみんな仲間だと思っているからね」
「そんなのしねぇーよ。それにさせない。他にもやりようはいくらでもあったはずだ」
俺は、王都でみた。ヴァルネスは決して手を抜いていない。それに勇者だって、フィオとレティだって、西を救うためにがんばっているのだ。今、反乱を起こしてもより国が混乱するだけだ。
「それは残念だ」
少しも抑揚をつけることなく、淡々と告げる。もう手を抜くつもりはないという合図なのかも知れない。
剣の柄に手をかける。あのセイレイさえ消せば、大丈夫だ。だが、剣を抜こうして、取り落としてしまった。
……手が震えていた。肩をやられたせいだろう。
かがもうとして、
「フォルっ。危ない」
フィオが叫ぶが、
「何よそ見してるんだい?」
足をガルーダのセイレイが駆けた。
「あっ……」
視界がぐらりと揺れる。気づいたら、空があった。フィオが視界に入る。
空に太陽。
「ああ、きれいだ」
思わずみとれるほど美しかった。
「これは、かなりまずいですね」
どうやらレティが足の様子を調べているらしい。何も感じない。けど、足が動かないことはわかった。
「中がすべてやられています」
くそっ。どうすればいい。フィオが俺をかばって戦うのは難しいだろう。
再び、ガルダが空を舞い、駆けてくる。それは、俺ら三人を包み込むように羽根を広げた。
まずいっ……。かたまりすぎた。これじゃあーー
「逃げろ!」
だれかの声がした。それはガルーダの方から聞こえた。顔だけをそちらへ向けると、一人の男がガルーダに馬乗りになりその手を押さえつけていた。ガルダがそのコントロールを失って、消える。
「今のうちに早く!」
「裏切り者だっ」
男は必死に押さえつけているが、それをはがそうと他の男たちがつかみかかっている。しばらく呆けていたが、レティが真っ先に動いた。
「いきましょう」
フィオも動く。二人で俺の肩をもち、元きた道を引き返すために体の向きを変えた。
「そんな……」
絶望に染まるフィオの視線の先には、
ーー大量の魔物がいた。
二足で立つ人型の魔物もいれば、四つ足を地につけ獰猛にうなる獣のような魔物もいる。
たくさんの異形の魔物がただ怒り狂ってこちらを睨みつけていた。
あわてて後ろに戻ろうとするが、そこにはさらに増えた兵士が立つ。
その間にも怒り狂った魔物たちはこちらとの距離を縮めてきた。
「逃げ場がないぞっ」
「魔物を……、斬りましょう」
フィオがそんなことをいって前を向く。さっきあれをみた身としては、今魔物たちを斬りたくはなかった。
がまんしきれなかったのか、一匹の魔物が突如跳躍した。身構えるフィオ。だが、魔物は俺たちを軽々と越え、ガルーダのほうへと着地した。そこではすでに取り押さえられた男が運ばれていた。ガルーダが服についた土を払い、立ち上がる。
「はぁ……。また君たちか。これで四回目だよ」
それは俺らにいっているようではなかった。ガルーダが話しかけていたのは今きた魔物たちだったのだ。
「何回死ぬんだ? 君たちは。結果は同じだろうに」
ガルーダがさっと手をふると、さらなる増援がくる。魔物たちと戦うつもりだ。
「四回目だと……?」
それでまだこれほどの魔物がいるなんて。そもそも彼ら魔物はなぜわざわざここにくるのか。
ーーっ。
まさか、敵討ちとでもいうつもりなのか? 魔物たちは俺を担いでいるフィオやレティを素通りして、ガルーダのほうへ向かう。
「仕方ない。フォルくん、といったかな。君たちのこと、今回は逃がしてやろう。そろそろ計画も次の段階に入っている。今更ばれてもかまわないからね」
ガルーダはそれっきり、大型の魔物に隠れて見えなくなってしまった。
「今のうちに逃げよう」
フィオとレティとともに、来た道を急いだ。
「あれはどういうことだ?」
あの男は何をしたかったのだろうか。
「おそらく、カメリアにいった旅人はああやって勧誘をされるのでしょう。だから、カメリアにいった旅人は帰ってこなかった。まさか旅人が敵だとは思わないでしょうしね。油断しているうちに大勢に囲まれてしまい、断れば殺される、という状況に追い込まれる」
「それだったら、とりあえずは従って機会を伺うという人もいるのかもしれないね……」
じゃあ、あの男はその機会を俺らを助ける為に使ったのか。
「これ以上、死ぬ人をみたくなかったのかもしれないな」
まだ、そんな人がいるのなら助けたい。事態は思ったより複雑なようだ。けど、どうすれば助けられるのだろうか。
「それにあの魔物たち。まるで殺された同志のことを悲しむように怒っていた」
「ええ。まさか魔物もあんな風に怒るなんて、思いもしませんでした」
「それに、あれほどの大群でわざわざガルーダたちを標的として動いていたなんて」
そうだ。魔物とは無差別に人を襲うもの。そのはずなのに、あの魔物たちは俺らを素通りした。目の前にいたのに関わらずそれよりもガルーダたちと戦ったのだ。
まるで人間だ。復讐にたぎる、家族のようだ。いったい彼らは……
「げほっげほっげほっ」
「フォルさん大丈夫ですか?」
レティが水を差し出す。
「癒水です。少ししかありませんが」
お礼をいって、貰う。いつまでも女性二人に肩をかしてもらうのに引け目を感じていたところだった。
「これからどうしよう?」
フィオが不安げに後ろを見つめる。ガルーダと魔物の戦いはまだ続いているだろう。
「どうやら、あのじいさんの言っていたことは本当だったらしいな」
少し遠くに小屋が見えた。
「とりあえず、休憩だ」
「ほれ、お茶じゃ」
小屋の中には、おじいさんとおばあさんがいた。勧められるままに椅子に座る。
「ありがとうございます」
けがのしてないほうの手で茶碗をつかむ。温かいお茶が、体に染み渡っていくのを感じた。
「ここは何もないところじゃが、ゆっくりしていってくれ」
おじいさんは、何も聞かない。ただ、こちらを優しい目で見つめていた。
「あなたたちは……どうして…こんなところで暮らしているのですか?」
遠慮がちに聞くフィオ。最初に会ったときは、魔物も生きている、といっただけだった。果たしてそれが関係するのかどうか……。
「少し長くなるが、このじいさんの話を聞いてくれますかな?」
そういっておじいさんは語り始めた。どうしてここに住み始めたのかを。
「わしとばあさんは20歳くらいで結婚した。それなりに幸せな生活をしていた。いくら畑を持っていると言っても魔物は狩らなければいけなかったのでな。男連中で、時々村までおりてくる魔物と戦うことがあった。わしも腕はたつ方だったから、よく魔物を狩っていたんじゃ。ある日、わしが一人で山に行っていたときだった。迷ってしまってな。気づいたら、山の奥深くまできてしまっていたんじゃ。そこには魔物がいた。三匹の魔物が仲良く暮らしていたんじゃ。思わず見とれていたらその魔物にみつかってしまった。だが、何もされなかった。それどころか、赤ちゃんが甘えるように足にすり寄ってきたのじゃ。魔物とは残忍で目があったら食われるものだと思っていたから驚いてしまったよ。魔物とは何なのか、それがわからなくなってしまった。わしらはただ魔物を殺していた。敬意を払うことなく、死体は焼き捨て、ゴミのように扱った。だから、わしは魔物を食べるようになったんじゃよ。ただ死んだだけじゃない、そのおかげで生きながらえた命があるんだぞ、と知らせるために。遠い村では魔物を食べる人もいるととある旅人に聞いたこともあったが、わしらの村では魔物を食うものは異端だと思われ、化け物と蔑まれた。それがわしがここにきた理由じゃよ。魔物を殺すことに疑問を感じ、村に居場所が無くなったから、ここへきた」
おじいさんの話は、魔物の村をみた今の俺たちにとってはひどく現実味を帯びていた。
「ここでは最低限、自分たちが食べるぶんだけ魔物を狩るだけじゃ。こんな暮らしをさせて、ばあさんには悪いことをしたと思っているんじゃがな」
おばあさんはそれに対して、ただおじいさんのお茶をついだだけだった。
しばらく、居心地の良い静かで落ち着いた時間が流れる。
「ふー。酒もいいが、こういうお茶もたまには良いものだな」
落ち着いた雰囲気の中で、落ち着いた時間が流れ……、
「なっ!」
「どうした、フォル! 敵かっ」
隣でお茶を飲んでいたエルザがすぐさま短剣を俺の喉元に突きつけた。
「どうして俺なんだよっ!」
「へっへっへ。お前は人質だ」
意味わかんねー。
グサッ。
「ぎゃーっ! 痛いっ!」
「ふんっ。今バカにしただろ」
こいつ人の心が……。
「読めるといってるだろう」
頭にチョップをくらう。
「それよりもどうしてエルザさんがいるんですか?」
レティがいたって落ち着いた雰囲気で、お茶を飲みながらいった。
それ本当に疑問に感じているのか?
「何、フォルの気持ちよさそうな悲鳴が聞こえたからな」
どこか哀愁が漂う遠い目。
何言ってんだこいつ……、とは思ってないからその剣をしまってくださいっ。
「それよりも、ずいぶん傷をおっているようだな」
エルザが俺の肩をみる。どうしてわかったんだ? みた感じじゃけがをしているようには見えないのに。
俺がくらったのは中からの攻撃だった。皮膚というよりは、細胞の一つ一つが破壊されて蹂躙されるようなそんな感じだ。
「どれ私が治してやろう」
いうなりエルザが俺の肩をおもいっきり殴りつけた。
「ちょっと、そんなんじゃ治るもんも治らなくなるでしょ」
フィオがエルザを止めようとする。
「あれ……、治った」
痛みが嘘のようにひいていく。
「うそ……」
「言っただろう。ショック療法だ」
少しだけエルザに感心していたら、
「ってうぎゃあああ!! めっちゃ痛いよ、やばいやばいっ」
そう思ったのもつかのま、すぐに痛みが倍になって返ってきた。
「おかしいな、どれもう一度」
エルザが再び殴ろうとするのをフィオと一緒に全力で阻止する。レティはそれをやはりお茶を飲みながら、
「困りましたね」
全然困っていなさそうに、にこにこと笑顔でいう。
おじいさんとおばあさんもなんか幸せそうにぼんやりとしていた。
しばらくそんな風にして騒いでいると、外が暗くなってくるのがわかる。
ずいぶんと、時間が経ったようだ。
ーー突如、轟音が鳴り響き大地を揺らした。
「今のは何だ?!」
あわてて外にでる。そこでみた光景は、
「うそ、でしょ……」
信じられなかった。ついさっきまでいた、魔物の村があった方角。そこが一面、えぐりとられていたのだ。遠くからみてもわかるほど、そこには何もなかった。ぽっかりと穴があいたみたいにすべてが無かったのだ。先に駆けだしたのはどちらだっただろうか。
「レティはここにいてっ」
フィオとともに魔物の村へと続く道を駆け抜けた。
息を切らし、たどり着いた魔物の村があるべき場所は、
「な、なんにもない……」
すべてが消え去っていた。並んでいた家々も、みるも無惨な魔物の死体も。跡形もなく。
土ごとすべて削ぎとられていて、ただ鈍く光る常磐色の山肌が見えるだけ。
「誰がこんなことを……」
フィオとともにただ立ち尽くしていた。俺たちを助けてくれた男も死んでしまったのだろうか。他にも、まだ残っていたかもしれない反旗を翻す機会を伺っていた人たちも。たくさんの魔物たちも。ガルーダも。わからない。何もかもが無くなった今、それを知る術はない。
ーー風が吹いた。
「僕だよ」
その声には聞き覚えがあった。あたりを見回す。けど、声の主は見つからない。
「上だ、バカ」
もう一人、別の男の声。これは確か……、
「お前等はっ」
上をみると、そこには二人のフードをかぶった男が宙に浮いていた。
それは、今まで二回も会った男たちだった。
「これをやったのは、僕たちだ」
今なんて言った? これを、この惨状をこいつらが作ったというのか。
すべてを、無にしたというのか?
「どうして……?」
「この一連の騒動を解決するのが俺らの任務だ。お前等もきいただろ。こいつらは国に逆らおうとした」
「お前等はいったい何者なんだ?」
答えはわかっていた。これほどの力、そしてこの任務。
こいつらは……、
「勇者だよ。僕は勇者、ティアス。こたびの事件を解決するために喚ばれた者だ」
勇者。その言葉が頭の中で反芻される。俺が探していた人物で、フィオたちが負けてはならない相手。それが目の前にいた。
だが、自分のことに関して聞く気は起きなかった。
ただ、
「これが、勇者のやることなのかよっ! 全部巻き込んで、むちゃくちゃにするのがそうだっていうのかよっ。それが勇者なのか……? 勇者って何だよ……。わけわかんないよ……」
胸の中に渦巻く、ドロドロした何かを吐き出すように言った。ティアスとラファルガはそれをただ、冷たく見下ろす。
「お前じゃ彼女を救えない。甘いんだよ。何もかもが。すべては手に入らない。どれかを捨てなきゃいけないんだ」
ラファルガはいう。
「俺らがこうしてきたのは、より多くの人を救うためだ」
「そんなのが人を救うっていうの? 目の前で人が死んで、それをみて何もしないのがそうだっていうの?」
フィオは相当打ちのめされているのか、虚ろな目でほぼ意識もないまま言っているようだった。
「そんなことをしていたらいつまでたっても根本的な解決にならない」
ティアスの穏やかな言いようとは裏腹に、風はより強く吹き荒れる。
「唇を噛んで、頬をひっぱたいてでも、その光景をみていなければならない。助けるのは簡単だ。むしろ助けることができればどれほどいいか。でも、そうすれば事の解決は遅れ、より被害が増す。だから早く、風よりも速く、その事を解決するために動く。それが、上に立つものの役割だ。それができないお前等は弱い。そしてお前は欲張って全部手に入れようとして。……その結果、後悔するぞ」
ラファルガがいつぞやに会ったときと同じように俺たちを見下ろす。
……だから、より効率的に動くために在ったかも知れない希望を捨てたのか。
孤児だった子供たちを助けることなく、目的へと急いだのか。
それは正しい。圧倒的に正しかった。それは強い決意がなければできない、勇者にしかできないことだった。
「また、会うよ」
ティアスはそういい残すと、ラファルガとともに風のように空へと消えてった。




