転換
「すごい」
思わずほぉうとため息が漏れでた。埋め尽くすのはたくさんの人。どこもかしこも人だらけで、皆楽しそうな顔をしていた。まるでこの世の不景気を吹き飛ばすように誰しもが笑い、陽気に踊っていた。
「このお祭り騒ぎは何なんだっ?」
声を張り上げないと、隣の人とも会話のできないほどの騒ぎっぷり。ここはカメリアと並ぶ、旅人の二大都市として知られるラビテリアだ。カメリアは、武器街。あらゆる武器や防具が売っているこの国有数の街だった。街そのものが旅人ギルドとなっており、旅人へのサポートが充実していた。それに対してラビテリアは、娯楽街。火山の麓にあり、地下のマグマを生かした温泉や、たくさんの食べ物屋さんでにぎわっていた。このまったく違う特色のふたつの街は、旅人からは大変好評だった。カメリアにいき、武器の手入れをして、狩りに出かける。そして帰ってからラビテリアに行き、ゆっくりと温泉に浸かる。それが、西にきた旅人の醍醐味だと言うほどだ。故に、旅人の二大都市と言われる。それがここ、ラビテリアとカメリアについてちょうど一緒にラビテリアに向かっていた旅人に道中で聞いたことだった。だが、それにしても聞くとみるとじゃ大違いだ。それに、今のここの浮かれ具合はただごとではない感じがした。
「とりあえず、どこかの居酒屋に入りましょう」
フィオが真っ昼間からそんなことを言い出す。
「え? 居酒屋?」
耳を疑った。エルザが真っ先に言いそうなことをフィオが当たり前のようにいったのだ。
「そういうことじゃないっ」
フィオがこちらの視線に気づいて顔を赤して、背中をぽかぽかと殴る。だが、それは全然痛くなかった。
「ごめん、ごめんってば」
俺はいったいどんな目でフィオを見ていたのだろうか……。
「居酒屋ではお酒のおかげで皆の口が軽くなりますからね。特に情報収集がしたい場合はお酒のあるところへ行くんですよ」
レティが詳しく説明する。納得だ。フィオが居酒屋といったわけがわかった。
「つまり私が酒臭くてもそれは調査だ。勘違いしないでくれ」
それには納得できない。フィオに向けていた視線を今度はエルザに向ける。
思いっきり殴られた……。その場にうずくまる。
「さーて、いくぞ」
レティをなかば強引に引っ張って進むエルザ。
「すぐそこの居酒屋にいるから早くくるのだぞ」
エルザの悪魔的な笑顔。レティもそれに続いて、
「フィオが介抱してあげてくださいね」
天使な笑顔をおいて、行ってしまった。しばらく迷ったあげく、フィオが心配そうによってきた。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも」
できるだけ痛そうに見えるよう、顔をしかめた。
「大丈夫そうね」
「今の状況でどうやってそう判断したんだ!?」
「ほら、ふざけてないでいきましょう」
フィオが俺に手をさしのべる。その手をとろうとして、
「ありゃっ?」
すんでのところでかわされた。予想外の出来事にバランスを崩して、そのままフィオの目の前に派手に転ぶ。
「ふふっ。引っかかった~」
うわっ。騙された。
……目の前に、あるものが転がっているのが見える。
ーーいいことを思いついた。
「フィオ、今ので頭が……」
頭を抱えて、うずくまる。
「はいはい。そろそろ本当に行かなきゃいけないから終わりにしましょう」
フィオは満足したのか居酒屋に向かおうとする。だが、そうはさせない。
「やばい、フィオ。血が止まらないよ……」
フィオが振り返ると、頭から赤い液体を噴出させて横に倒れている俺の姿が映った。
「って、ちょっと本当にすごいことになってるじゃないっ。大丈夫っ? 早くレティを呼ばないとっ。あれ、でもその前に応急措置? どうすればいいの……」
フィオがあわてておろおろとしはじめた。とりあえずかがんで頭を押さえてくれる。だが、その赤いのにさわった瞬間、怪訝な顔をした。
「何これ? ずいぶんべたべたしてる。それに甘い」
俺は手に持っていたものーー何かの赤い実を見せた。転んだときに拾ったものだ。手でそれを握りつぶして、血に見立てたのだ。
「もうっ」
フィオの顔が一瞬でその髪と同じくらい赤くなる。怒ろうとしたのか、頭から視線を俺の目に移して、そして固まる。顔だけだった赤色が、耳から首筋にかけてまで一気に広がった。
「……っ」
そこで俺は気づいた。フィオは俺の頭を押さえるために自分の膝に俺の頭を乗せている状態で、フィオはこちらをのぞき込むように体を傾けている。つまり、フィオと俺の顔はとても近い距離にあるのだ。互いにくっつきそうなほど近くで、まるで石になったかのように固まったまま動かない。フィオの顔は怒りのためか、羞恥のためか、はたまたその両方なのか、とにかく燃えるように赤くなっていた。
先に口を開いたのはフィオ。
「そういえばその実の果汁、毒性があってしばらく皮膚にふれてるといつのまにか皮膚が溶けるそうよ」
フィオは顔を背けて怒った口調で、それだけ言った。
ーー今なんていった? その言葉を理解するのにしばらく時間がかかった。
「ぎゃあああ!」
とびおきて、あわてて赤い実の果汁をふき取る。フィオが座ったまま、こちらを上目遣いでみてきた。まだ顔中真っ赤だ。恥ずかしそうに小さく口を開いて、耳元でささやく。
「うそ」
……また、引っかかった。
居酒屋には、まだ昼前だと言うのに酒を豪快に飲んでいる人がいた。
「ってエルザじゃんっ」
「遅かったではないか」
ふはははと笑い、再び酒をあおるエルザ。
「こっちですよ」
はじっこで若い男の人と話していたレティを見つける。
「こんばんは。えっと……」
その赤髪はまるで今にも消えてしまいそうな、ロウソクの炎のように頼りない色だった。ヴァルネスより少し若いくらいだろうか。髪色に反してその目は力強い炎が灯っている。強すぎる意志は、その場の雰囲気に浮いているほどだった。
「私はグレン。女なのにあれほどの飲みっぷり。きっと大物なんでしょうね」
エルザのことだろう。笑いながら、酒を一気に飲む干すグレン。
ちょっと待てよ?
グレン。
その名前には聞き覚えがあった。
どこかで……?
「グレンさんのこの街の話はとても興味深いですよ」
どうやら俺らより先に着いていたレティが、色々と聞いててくれたらしい。グレンはエルザをみながら、少し寂しそうに笑った。
エルザの周りには人が集まり、どんどん飲めと威勢のいい声が聞こえる。
「みんな、ずいぶんと楽しそうだ……」
「ああやって笑ってるのは表面上のことだけですよ」
「実際には笑ってないってこと?」
フィオがそのただならない雰囲気を感じて、思わず声を小さくして問いかける。
「カメリアのことは知っていますね? 誰も戻ってこないカメリアの街。その原因はここラビテリアとカメリアのちょうど真ん中にある魔物の村にあります」
「魔物の村……」
グレンも声を低くして、話す。自然と四人が身を寄せあうようにテーブルに近づいていた。外や居酒屋の中の音が次第に意識から離れていき、その話に知らず知らずのうちに引き込まれていった。
「そう。たくさんの魔物がいる魔物の村。人々の消失の原因がそこにあると睨んだラビテリアの若き領主は、魔物の村に行き、その真相を調べあげたものには莫大な報酬金を出すと言いました。一生遊んで暮らせるほどの大金です。旅人たちはこぞって魔物の村へと赴いた。けど、……」
「けど?」
グレンがじらすように言葉をきる。
「誰も帰ってくることはなかった。何十人の旅人が帰ってこなくなると、誰も魔物の村には行きたがらなくなってしまいました。だが、そこに現れたのがウォルテという連中。彼らは魔物狩りのプロだ。キマイラでさえあっさりと倒し、王都で女神の加護をもらったと言われる伝説の奴ら。あきらめかけていた旅人たちも急に士気があがったんです。たくさんの旅人をつれて、魔物の村へ行きました。ラビテリアに残った者はウォルテをたたえ、彼らが帰ってきたときにせめて歓迎してやろうとこのお祭り騒ぎなわけですよ」
「じゃあ原因がわかったってわけ? ウォルテがこの事件を解決したと言うのっ?!」
フィオがやけに必死に食いつく。その声色は悲壮感にあふれていた。
「それが、3日前のこと。彼らはもう帰ってこない」
グレンが再びエルザに顔を向けた。それにつられて俺もみる。
「でも、じゃあなぜこの街はまだ、お祭り状態なんだ?」
今の話を聞いた後だと、エルザの周りにいる人たちの顔に陰がさしているのがよくわかった。それだけじゃない。ここにいる人、外で騒いでる人もよく聞いてみると、それは歓喜の雄叫びではなく、むせび泣く嗚咽をこらえる声に聞こえた。皆、わかっているのだろう。彼らが帰ってこないことを。それでも待ち続ける。そうじゃないとやってられないから。でも、
「この偽りの祭りはいつまで続くんだろうね」
フィオが悲痛そうな声でいった。この偽りはいずれ終わる。誰かが目を覚ますのだ。
このおかしい世界に気がつく。そうしてどんどん目が覚めて、このおかしくも楽しい世界が狂い始める。
恐怖に狂い、頭が狂う。狂いは伝染して人から人へ、街中に広がり……。そこで思考を停止させた。今はそういうことをあまり考えたくなかった。
「あーあ、疲れたな」
入ってきたのは、若い男。ごつい体つきと鋭い眼光で周囲をにらみつける。あまりお友達にはなりたくないタイプだ。
フィオとレティもそうなのか、少し縮こまって端によった。男は席がすべて埋まっているのをみて外にでようとする。
だが、そこでこちらに顔を向けた。
「おい、そこの」
男はまっすぐグレンをみていた。
「なんでてめぇーみたいなのがここにいるんだよ?」
そのまま、こちらに向かって歩きだした。
「知り合い?」
フィオの問いかけにグレンは、
「知らないですよ。だが、なぜ怒っているのかはわかります」
あきらめたように言う。男はすぐ隣にまで来て、グレンにつかみかかった。
「ゴミが人間様の食べ物を口にしてんじゃねーよ!!」
「おい、何やってんだっ」
さすがに見てられなかった。グレンを救うために止めに入る。
「こんなの平気です。だからこっちに来る必要はない」
だが、それをグレン自身に止められる。
「そもそも私が迂闊だったのがいけないんです。この髪を晒した。ははっ。お祭り騒ぎで浮かれてたのは私も一緒でした」
「しゃべってんじゃねぇえっ!」
ぼふっと鈍い音がしてグレンが崩れ落ちた。
「大丈夫ですか、グレンさん」
レティがグレンの元に急いで駆け寄った。
「おまえ等もこいつの仲間なのかっ?」
男がレティのフードを乱暴に脱がすと、周りが急にしんとする。
久しぶりにみるレティは、やはり美しかった。さらさらと流れるように肩に落ちる淡い水色の髪が、夜空に浮かぶ星のように輝いている。
王城でみたときと少し印象が変わっていた。前は、きれいなドレスを着ていて、でも鳥かごにおしこめられたように窮屈そうな印象だった。今ここは居酒屋で、着ているのは何日も雨風をしのいだせいで色あせて少し汚くなっているマントだ。
だが、その顔は前より美しかった。汚い居酒屋やマントが、よりいっそうその美しさを際だたせている。まるですべてが彼女の輝きに染まっていくような風にさえ思えた。居酒屋にいるすべての人がその輝きに呑まれていくのを、空気で感じ取る。
「やはり。おまえ等はお仲間同士で秘密の集会でもしていたんだな」
だが、こいつは違った。レティにさえ憎々しげな目を向ける。
「いったいレティが何をしたっていうんだっ!」
レティが今にも泣きそうな表情でこちらをみた。
「おまえ等みたいな髪の色の薄いやつら、気に入らねぇ。ろくにイロも使えないくせに命張ってる旅人の娯楽街に顔出されるといらつくんだよ」
「は? 何言ってんだ、お前。気に入らないからっていきなりつっかかるのか? お前の方がよっぽど人間じゃないじゃないか」
つい思うことを言ってしまったが、すぐに気づく。そんなことを言っても何の解決にもならない。そしてより、事態を悪化させたということを……。
「どうやらおまえ等みんなここで死にてぇーみたいだな」
男のこめかみに青筋がピクピクと浮かび上がっていた。エルザは傍観するつもりなのか、こちらにくる気配はない。
「切り刻まれろぉ!」
野獣のような雄叫びをあげ、男が手をたたいた。
刹那、
風が吹き荒れ、机の上に置いてあったコップなどが吹き飛ぶ。
「ちっ」
剣を抜く。漆黒のそれは、俺の心の内を見透かすように鉄黒く、暗い輝きを放った。
「俺は彼女たちの力になるって決めたんだ。そのためならお前がどうなってもかまわない。お前のイロを、ーー消してやる」
小さくつぶやいた。男が再び手をたたく。それは一回目よりも大きい音だった。風が渦巻いてこちらに向かってくるのが見える。剣を胸の前にだし、祈るように両手で持った。
俺の唯一の力だ。
「何の冗談のつもりだ? 吹っ飛ぶぞ」
男は余裕そうに、にやにやしたイヤな顔をした。
迫りくる風が、胸の前で止まる。
そしてそのまま、霧のように消え去った……。
がたがたと揺られながら、どこかに向かっている。あのあとすぐ、グレンが自警団をつれて来た。俺らは戦いを止め、なすがままに連れて行かれた。俺は何もしていないと言っても、事情を報告するために来てくださいと言われ、こうして連れてかれてしまったのだ。
グレンは、申し訳なさそうに何回も謝ってくれた。レティとも何か一言、二言を話していたが、内容はわからない。いつのまにあれほど仲良くなったんだろうか。
「ありがとうございます」
「え?」
ここは四人入るのがやっとといった、人力車の中だった。ゆっくりと進むこの車は、あまり居心地がいいとはいえない。その中にフィオ、レティ、そして俺がいた。エルザはやはりといったところか、気づいたら煙のごとく消えていた。
「別に大丈夫だよ。意味のわからない男に絡まれたんだ、それくらいするさ」
だが、レティは首をふる。
「違います。髪のことです」
「髪?」
そういえば、あの男も髪がどうとかいってたっけ。
「フォルさんは私の髪についてどう思いますか?」
フィオも少し気になるのか、時々ちらちらと視線をこちらに向けてくる。
「きれいだと思うよ」
正直な感想を述べる。主張しすぎないあの淡いやわらかな色の感じがなんとも言えない儚さがあって、美しいと思った。
「ありがとうございます。きれい、だなんていってくれたのはフォルさんが三人目です」
フィオが自慢げに、
「あたしがその二人目よ」
と言った。
「この髪が示す意味をご存じですか?」
「……知らない」
かすかな緊張が走るのを感じた。レティは話そうと口を開いたまま、動かなくなる。しばらくそれを続けているとフィオが心配そうにレティの背中をなでた。
「レティ、大丈夫? 無理ならあたしが言うよ」
優しく、レティをいたわるように声をかける。レティは落ち着いたのか、ゆっくりと、だけどしっかりとした口調で話し始めた。
「私の髪の毛の色、薄いですよね?」
確かに青、というにはいささか淡い気がする。王都で見た何人かの青髪の衛兵たちと比べると、だいぶ違うように感じられた。
「こういう人たちは色落ちと呼ばれます。色の落ちた、くすんだ髪の毛だからです」
そこで気づく。
ーーグレンも、髪の色が薄かった。
「色落ちは役に立たないため、蔑まれます。色落ちのほとんどはイロをうまく使うことができないから」
「じゃあレティも?」
「……そうです」
その悲痛そうな声で、今までどれだけ苦しんだかがわかる気がした。
「だからずっとフードをかぶっていたのか」
王城で見て以来、この旅でレティの素顔を見たのはさっきだけだった。
「癒水は? あれもてっきりイロかと思ってた……」
「あれは、イロだよ」
フィオが言う。
「イロ? イロならどうして使えるんだ?」
「どうやら色落ちは他の人には使えない少し違ったイロが使えるようなんです。私がこのことについて知っているのは、その少し違ったイロは攻撃ではなく、自分を守る為のイロだということです。アカ、ミドリも私のとは違うもの……つまり回復ではない何かが使えるらしいです」
「らしい、ってそれは一般的じゃないのか?」
ひどくあいまいな説明だ。
人から人へ、伝聞だけで伝わってきた、伝説的な何かを思わせる。
「そうですね。このことは女神のみが知る、秘匿された情報なので私もこれ以上は知りません。王城にいる者でも、ごく限られたわずかな人しか知りませんから」
えっと……、レティはイロが使えなくて、だけど少し違ったイロが使えてでもそれは誰も知らなくて?
よくわからなくなってしまった。
「すみません。話がそれましたね。色落ちの皆が私のように特殊なイロが使えるわけではありません。むしろその数は圧倒的に少ないです。ですから多くの色落ちは、イロを使うことができず、役立たずの烙印を押されてしまいます。力がなければ、魔物狩りができません。武術や剣術を覚えて強くなることは可能ですが、やはりイロを使える人と比べるとどうしてもそこには差が生じてしまう。そしてそれは今の時代、大きな差になるのです」
だから、色落ちは疎まれ、嫌われ、迫害されてきたと言うのか。
「そんなの、……悲しすぎる」
「フォルさんは優しいんですね」
レティの顔はおだやかだ。もしかして今までそのことをずっと心配していたのかもしれない。誰が話すこともなく、ゆっくりと進む人力車に揺られて進む。しばらくして、
「城につきました。では、降りてください」
外から声をかけられる。外にでると、立派な建物が目の前に見えた。それは王都でみた城、というよりは要塞のように無骨で、ものものしい雰囲気を放っていた。
「大きいな」
「実際に魔物との戦闘がありますからね。王都よりは実用的になっていますよ」
「さすが、アカの都だわ」
フィオもレティも関心してそれを見つめる。
「こちらへ」
城の中へと案内された。
通されたのは少し大きめの、立派なソファが置いてある部屋だった。
「どうぞ座ってください」
そういって席をすすめてきたのは若めの青年だった。
「わたしがここ、ラビテリアを治める領主です」
「ずいぶんと若いんですね」
フィオが意外そうに言う。俺もこの青年がここの領主だとは思わなかった。
「父がカメリアの領主ですから。色々と支援をしてもらっているんです」
アカガミにとってはこの二つの街が中心といってもいいくらいの場所なのに、それを親子で治めるとはすごいな。
「唐突で申し訳ありませんが、あなたたちをここにお呼びしたのはお願いがあったからなのです」
「なぜ俺たちを?」
だからわざわざ車で運んだのか。領主は少しためらった後、
「これはいずれ知られることだとは思いますが、どうか今はご内密にしてもらえないでしょうか?」
「話だけは聞きましょう」
フィオがソファに腰掛けた。仕方なく俺とレティもそれに続く。深刻そうなこの青年の顔を見て、助けてやりたいと思ったのだろう。それにしても、素性もしれない俺たちのような人に、どうしてこんな重要そうな話を?
「誰かから俺たちのことを聞いたんですか?」
すると青年の顔が一瞬こわばる。まだ若いから、嘘を隠し続けることが難しいのだろう。
「いえいえ。あなたが特殊な技を使うというので気になっただけですよ。まるでイロを消したようだった、人間相手の戦いに慣れている奴がいる、とね」
あくまでもボロは出さないつもりらしい。
「そんなあなたたちにお願いがあってきたんですよ。人間と戦えるあなたたちが」
人間? 俺らの敵は魔物じゃないのか? 魔物の村が元凶なんじゃないのか?
「今、カメリアで起きている事は知っていますね?」
静かにうなずく。
「魔物の村に原因がある。そう考えられて、たくさんの旅人がそこに向かいました。ですが、誰も戻ってこない。生存不明。死体も見つからないのです。そしてこの前、ついにウォルテがたくさんの旅人を従え、魔物の村にいきました。結果は知っての通り。これも失敗しました」
そこまではグレンに聞いたのと同じだった。
「一昨日、カメリアからラビテリアに入る為の入り口の近くに、とある旅人が倒れていました。ろくにしゃべれない状況で、瀕死状態。最後の力を振り絞ってここまできたのでしょう。その旅人は先日ウォルテとともに魔物の村に向かったはずの者でした」
沈黙があたりを支配する。ここからが本題だろう。
「実際に見てみた方がいいでしょう」
そういうと青年が立ち上がる。俺らもそれに続いた。
病院のようなものだろうか。広い部屋で、たくさんのベッドが並んでいる。だが、今使われているのは一番手前の一つだけだった。
「この人が、その旅人です」
ひどい有様だった。細かい切り傷だらけの体は、他にも背中にかなりの火傷をおっていた。それらはどれも何となく違和感を感じる。
「これって……」
フィオは自分の考えたことを口にしたくないのかそれっきり黙り込む。
「まだ、死んではいません。ですが、そろそろ死ぬでしょう」
なんとかして助けることができないかとレティをみるが、レティは首を横にふった。
「傷がひどすぎます。時間もだいぶたっていますし、無理です」
やっぱりだめか。
「それにしてもこの傷は、……イロ?」
「そうです。イロの攻撃を受けています。おそらくアカとミドリの二つ。これがどういう意味かわかりますか?」
「そんなはずはないわ。どうして人が人を襲う必要があるの?」
フィオが信じたくないのはわかる。だが、この状況だと青年が言っていることの方が矛盾がない。この旅人は魔物の村に向かった。そして傷だらけで帰ってきた。そこからわかることと言えば、
「この一連の原因は魔物がおこしているわけではなく、人間が、それもかなり強い力を持った人が関係していると言うわけですね?」
青年は少し驚いた顔をする。それもそうだ。俺はここでの情報以外にライデンからも話を聞いていた。ライデンの言っていた不吉なことを企んでいる奴が何か関係するのかもしれない。
「話が早くて助かります」
青年はにんまりと笑った。
「それで俺たちに何をさせたいんだ」
色々な人の何か大きな思惑に巻き込まれていくのを感じていた。
だが、止まらない。フィオやレティとともに進んでいこうと決めたから。
青年は、ややおおげさに深呼吸をしてから言った。
「魔物の村へ、原因を探りにいってくれませんか?」




