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再会、レイピア

 影を追う。かなり離れた場所からピーッと合図の音が聞こえた。

「これでどうだっ」

 握っていた石を影めがけて投げつける。すると影がそれをあたかもみえているかのように右に転がることで回避した。

「よし」

 これで三回目。そろそろ石も尽きてきた。

 影の逃げたあたりに炎の柱があがる。

 ……そこか。

「少し離れすぎたかな?」

 ピッピーッ。四回目の合図の音がだいぶ近くから聞こえた。

 そして今までとは少し違う音。最後の仕上げだ。

 剣を構えた。今度はすぐ隣で火の柱が木々を燃やしながらまっすぐ進むのが見えた。それにあぶり出されるように影が飛び出す。

 この魔物は今までスピードが速すぎて、正体をみる前に皆、無惨に殺されていたという。さらに二本、狭い道をもっと狭くするように火の柱が地面に平行に噴出される。逃げ場を無くした影はあきらめたようにこちらにつっこんできた。

「ふぅー」

 目を閉じて、心を落ち着かせる。勝負は一瞬だ。音で影がどんどん迫ってくるのがわかった。

 百。九十。八十。

 まだだ。

 六十。五十。四十

 まだだ。

 三十。二十。十。

 まだだ……。

 もっともっと引き寄せる。

 九。七。五。三。

「フォルっ!!」

 もっともっと。

 二。

 一。

「ゼロ」

 ーー今だっ。

 かっと目を見開く。目の前に影が見えた。ひどく不細工な魚のような顔。一瞬、世界がとまったかと錯覚する。

 ゼロ距離から放たれた必殺の一撃が、影をきりさいた。

 戦闘を終え、フィオがこちらに駆けてくる。

「フォルっ」

 俺らの仲はだいぶ変わった。俺がうまく剣を扱えるようになって、魔物狩りもやりやすくなり、そのおかげでお互い、狩りのパートナーとしていい信頼関係が結べているのだと思う。もう今では、ふつうに会話ができるようにまでなった。

「おう、フィオ。おつかれ」

「おつかれ、じゃないわよ!」

 あれ?

「どうしてあんな無茶なことするの?! けがしたらどうするつもりっ?!」

 そういってフィオがこちらに詰め寄る。

「でも、ああでもしないと……」

「でも、じゃない! このバカっ!」

 ずかずかと先に行ってしまった。

 ーーどうやらあまり変わっていないみたいだ……。



「はっはっはっはっは」

 エルザが酒を片手に豪快に笑う。まるでおっさんだ。

「よかったではないか、フォルよ。小娘は心配してくれたんだぞ」

「ぷっ。フォルくん、察してあげてください……」

 やけにしんみりとした口調でレティが言った。

「レティ、あなた肩が小刻みにふるえてるわよ」

「ご、ごめんなさい……。我慢できないっ」

 レティがこらえきれずエルザとともに笑い始めた。なんかレティがエルザに似てきてないか?

「あたしはただ、こいつがけがしたらここまで運ぶのに手間がかかるから……」

「そんなこといって小娘よ。フォルのことが気になるのだろう? 見える、見えるぞぉぉっ!」

 エルザがフィオの胸に手をかざしておおげさに言う。

「確かに。わたしも見えますっ」

 二人して、見える見えるといってフィオに手をかざす。

「もうっ、レティも一緒にやらないでよ!」

 顔を真っ赤にしてレティに飛びつく。

「よしよし」

 なぜかレティに慰められていた。飴とムチ? そしてなぜか俺をにらむ。

「えっと……、ごめん?」

「なんで疑問系なのよー!」



「おはよう、フィオ」

「おはよう」

 フィオはむすっとしたままいった。どうやら昨日のことをまだ引きずっているらしい。そっぽを向いていた。

「おはようございます、フォルさん」

 フィオの向かい側に座っていたレティも返事を返してくれた。エルザはどうやら寝ているようだ。いつものように酒と一緒に床に転がっていた。

「じゃあ、今日もいってくるよ」

 魔物を狩りに外にでようとすると、レティが何かをいいかける。だがその前に、

「狩りはやるわ。そういう分担だし」

 フィオはすでに準備を終えており、むすっとしたままこちらにきた。

「小娘、いきたくないなら無理をするな。そんな心持ちではフォルにも被害が及ぶ。むしろ行くな。ここに残れ」

 酒とともに転がっていたエルザが、やけに真剣な口調で言った。そのまま有無をいわさずフィオの槍を強制的に取り上げる。

「え……、ちょっと待ってよ。さすがにそれはやりすぎじゃない? 狩りにいかないとここに泊まれないのよ? それに……、フォル一人じゃ……」

 フィオは動揺したように顔を左右にキョロキョロし始めた。

「仕方ないではないか。貴様がそんな態度をとっているんだ。フォルの命の方が大事だからな。今の貴様と一緒に狩りはさせられんよ」

 エルザはさも当然、と言わんばかりにフィオをみる。だが、あまりに極端だ。あのエルザが俺のことを気にしているとも思わない。

 ……何がしたいんだ?

「エルザ、もうそれくらいにしたほうが……」

 止めようとして、だがそれをわざとさえぎるようにフィオが口をあけた。

「ごめん……なさい…。あたし、勘違いしてた」

 ん? いったい何がどうしたというのか。

「自分のやる仕事には責任を持たなきゃいけない。やらなきゃいけない仕事を軽い気持ちでやれば、危険。あたしは自分の個人的な時間であった出来事を、別の、仕事に持ち込んだ。仕事が居心地よすぎて、つい甘えていたんだ……。あなたはそれを気づかせてくれようとしたんだね」

 エルザは神妙にフィオの話を聞いていた。その顔はすがすがしいほど、陰りが吹き飛んでいた。

 ……本当だろうか? あの、自分のことしか考えていないようなエルザがわざわざ他人の為にそんなまわりくどいことをするのか。そんな疑問を浮かべている俺の横で、フィオがエルザに向かって頭を下げる。

「だから、ごめんなさい。今日は、ここで頭冷やしてる。フォルもごめんね」

 俺の方をみるフィオ。雲間からやっとでてきた太陽のように笑顔が溢れた。

「本当は、フォルといるこの時間が一番好き。今朝も、別に本気で怒ってるわけじゃなかったの。ただフォルの困っている顔がみたくて……」

「わっはっはっはっはっはっは!」

 エルザがついに笑いだした。

「私もただ貴様の困っている顔がみたかっただけだぞ」

 フィオの体が固まる。古くなって、動いているのかいないのかもわからない時計のように、少しだけ揺れる。

「狩りにいかなくていいって言う話は?」

「あれは本当です……」

 レティが言いにくそうにこちらによってくる。

「もうそろそろ街に着くからな。今日はこのまま出発して、街で情報を集めることにしたんだ。だから狩りはいらない」

「なっ…………」

 フィオが絶句する。

「なあああああああんたって人は!!」

 絶句は絶叫へと変わり、さっきまでの笑顔が嘘だったかのように顔が赤く染まる。

「フォルといるこの時間が一番好き」

 エルザがフィオの真似をして、さらに煽る。

「それなし! 嘘! 取り消しぃっ!」

「フォル、大好きっ」

「そこまでいってないいいい!!」

 そのあと、短槍と短剣が入り乱れる壮絶な戦いが一晩中続いた……。



 僕らはとある街で、勇者の行方を調べる為に聞き込みをしていた。

 二手にわかれて行うことになったそれは、自然とこういう形になっていたのだが、俺は納得していない。

「すまないな。あの小娘じゃなくて」

 にやにやとしたエルザの笑みは、さらに俺の気持ちを憂鬱にさせる。

「生まれたての赤ん坊よりは賢明の貴様のことだ、もう気づいているだろう。これもまた、仕方のないことなのだ」

 言い返す気もおきない。フィオと離れることがこれほどまでにつらいとは。別に好きだという訳ではない……と思う。

 だがフィオの消失は、まるで俺の体の半分が魔物に喰いちぎられたかのような喪失感と痛みを伴わせた。

「……おい、フォルよ。もしかしてどうしてこうなったのか理解してないのか?」

「知らないよ……。どうせまたエルザの嫌がらせでしょ?」

 エルザはわざとらしく、ため息をつく。

「あいつらが何故勇者を探しているのかわかっているのか?」

 …………。

 言われてみれば。俺はフィオたちの目的を知らない。

 そういえば、俺はフィオたちの会話を会う前に聞いていた……。

 確か、子供たちを助けるためにフィオたちは勇者と別れた、とか。いずれこうするつもりだった、とも言っていた気がする。

 フィオたちの目的は一体……?

「あいつらにも、隠しておきたいことくらいあるのだ。私たちの持っていない、切り札もあるかもしれない。それを見せたくないから、こうして別れた。必然なのだよ」

「協力しあえばいいじゃないか……。それに、フィオたちがそんなことをするようには思えない。やっぱりエルザのわがままなんじゃないのか?」

 そんな俺の暴言とも聞き取れる言葉に、エルザは目をすっと細めた。

「その可能性は否めない。あいつらが何かを隠している訳ではないのかもしれない。だが事実、あいつらはこれを承諾した。そして私のわがまま、という意見だが……」

 俺はとっさに手をエルザのほうへとかざした。何かを投げられると思ったのだ。

「おい、フォルよ。貴様は私を魔物の類か何かと思ってる訳ではあるまいな?」

「ち、違うぞっ。ただ、用心に越したことはないって思っただけだ!」

「用心をしなければいけないと思っている時点で駄目ではないか……」

 何度目かわからない、エルザの深いため息がきこえた。

「私たちにも、切り札があるのだ。だから私のわがままと言えば、そうなのかもしれない。あいつらはそれを思って、快く承諾してくれたのかもしれない。と、それが言いたかったのだがな」

 いつも横柄な態度のエルザが、今に限って大人しいと思った。

 俺らは二人で、街を歩く。聞き込み、と言ったがエルザにその気はなく、時折足を止めてはたくさんの人の群を眺めるだけだった。

 まさかやはり、人の思考を読んで調査をしているのかと思ったら、

「……うまそうだな」

 そんな……呟きだった。

 再び歩みを再会させる。

 街の大通りを歩いていると、一際大きな声が聞こえた。噴水のある大きな広場で、たくさんの人の蠢く姿が見える。それらの人は皆同じく、黒と赤とがとぐろを巻く、不気味なマントを羽織っていた。背中には大きな悪魔の姿が描かれており、まるで地獄を連想させるその色合いと相まって、不気味さをよりいっそう際だたせる。

「魔王様は復活した!!」

 その群の一番前にいた男が、高らかに叫ぶ。

 するとそれに続いて、同じ姿をした人々が復唱をする。

「私たちはいまこそ、魔王様を敬い、魔物を

崇めるべきだ! それによってのみ、我々は救われる!!」

 同じように復唱する。

 何事かと足を止め、興味深げにそれをみる人たちは、俺らの他にもいた。

「あれは?」

「魔王を神だと信じ、魔物こそ神からの使い、天使だと思っているやつらだ」

 エルザのその声色からは、何も窺うことはできなかった。

「君たちは、魔王が何をしたのか知っているのかい?」

 その不気味な集団に近づく、フードを被った人がいた。

「知らないだろうな。知っていたら、こんなばかげたことはしない」

 細身の剣を腰に刺す男が、もう一人に続いて現れる。

「魔王様は、争いを無くしたんだ!」

 一番前にいた男は怯むことなく突然現れた二人の男に応戦した。

「争いを無くした? 魔王は争いを作ったんだ。僕ら人類と、魔物が殺しあうようになったのがその証拠だ。彼が滅んだあとも、それは続いている」

「魔物を作ったのは魔王。あいつがすべての元凶だということだ」

 二人の男の矢継ぎ早に繰り出される鋭利な反論に、

「違う! もし魔物がいなければ、人類は共に傷つけ合い、滅んでいた!! 魔王様が作ったのは、人々が皆手を取り合う、幸せな世界だ!!」

 隣で拳をきつく握るエルザが見えた。拳は震え、瞳は固く閉じられている。

 わななく唇に、首筋にうっすらと浮かぶ汗。

「エルザ……?」

 どうしてこれほどまでに、エルザは辛そうにしているのか。

 俺には、解るわけがなかった……。

「君は今この世界をみても尚、そんなことを言えるのかい? 魔物がいたところで、人は醜いまま。もし魔王が幸せを願っていたのなら、ただの大ばか者だ。誰が幸せそうにしている? 人類だって、魔物だって。誰一人、幸せにしていない。ということは、彼は失敗したんだよ。彼は世界を救えなかった。それでも君たちは、魔王様、と呼べるのかい?」

 打ちのめされたように言葉を詰まらせる集団。一人として、反論できる者はいなかった。

「お前等の魔王様が、なにをしたのか教えてやろうか? まず、今の王都に当たる場所すべての破壊。あそこの地にいた生きとして生きる命すべてが、一瞬にして塵となった。その後に作られたのが王都だ。次に、人間の殺害。元々は、今この大陸にいる人の倍はいたらしい。それが魔王によって、魔物によって死んだ。魔王軍と人類軍の死闘は十年続いた。被害は、街、村に及び、一時は人類の数は五分の一まで減らされた。魔王によって失われた命は万にまで到達し、魔王を倒したあとも残った魔物たちによって人々は今も苦しめられている。まだまだ挙げていけばきりがないほどだ」

 誰も言葉を発しない。男は畳みかけるように口を開く。

「……とりあえずお前等には、解散してもらおうか」

 男は腰に刺した剣に手をかけると、一歩前にでる。

 それが脅しであることは明らかだった。

「狂信者ってのは、厄介なんだ。見分けがつかねえから、全員しょっぴくぞ」

 男がその剣を抜く。

「さすがにそれは、やりすぎじゃないのか」

 俺は集団と剣を持つ男の間に立つ。

「あっ」

 その剣には見覚えがあった。レイピアだ。そしてこの声。まさか……、

「ラファルガ?」

「ちょうどいいところにいたね」

 そしてこの声は、

「ティアス……?」

「正解」

 ティアスはぱちぱちと手を叩く。

「お前はどうしてそいつらを庇う?」

 ラファルガが訝しげに俺とその後ろをみた。

「わからない。……だけど、俺は人を傷つけたくないんだ。お前等がこの人たちに何かするつもりなら、俺は黙ってないぞ」

 ラファルガがあからさまに憎悪の表情を浮かべ、俺を睨む。

「それだけか? それだけの理由で、俺らのことを邪魔するのか?」

 俺にとってはそれだけの理由、じゃない。確かに今おれがやっているのは、頭のおかしい人間を庇っているということなのかもしれない。だがラファルガたちがしようとしているのは問答無用で、理由もわからない。

「せめて理由を教えてくれれば、対応を変えなくもない」

 俺がおかしいのはわかっていた。だが、どうして人と人が、争い合わなければいけないのだ? どうして、一緒に楽しくできない?

「じゃあ、こういうのはどうだい? 君が彼らをその剣で叩けば、見逃そう」

 ティアスのその瞳に、俺は絡めとられていた。恐怖が体を締め付ける。その雰囲気に、呑まれ、喰い殺されそうだった。まるで尖った切っ先がこちらに向けられているような、どうしようもない支配を受けているようだ。

「俺がそんなことをすると思うのか?」

 必死に絞り出す声は、どこか他人がしゃべったようなよそよそしさを感じた。

「交渉決裂だっ!」

 ラファルガが眼前に迫る。俺はそのレイピアを剣で受け止めた。

「へぇ。少しはやるようになったのか?」

 二度、三度とレイピアの突きが襲いかかる。その早い動きに、ついていくのが精一杯だった。

 何とか払って、その点の攻撃をかわす。

 ラファルガがその攻撃をやめ、俺の横を走り抜けた。

「背中を見せたら、俺でも攻撃できるぞ!」

 俺は勝利を確信して、その背中のあるべき場所へ剣を振り降ろす。だが、ラファルガの姿は消えていた。

「な……? 消えた?」

 突如後ろに感じた殺気に、俺は無意識のうちにしゃがんでいた。

「これもよけてくれるのか。雑魚ではないようだな」

 ラファルガの蹴りが、俺の頭の上を通る。

「あんまり俺をなめるなよ。今の俺には、力がある!」

「その力は、誰の為に使う力だ?」

 低く小さくつぶやくラファルガ。

 それは自分自身に問う呟きのようにも聞こえた。

「遊びすぎだよ、ラファルガ」

 ティアスの声がおれの頭の中で反芻される。

「ふざけるな!」

 俺はラファルガへと飛びかかった。

「まあ所詮、この程度かって感じだ」

 誰に向かって言ったのか。

 ラファルガは一度だけ、そのレイピアを振り降ろす。それは風切り音を鳴らすとだけ、のはずだった。

「うがっ」

 それは風だった。鋭利な刃物のような風が、俺の背中を切り刻もうと暴れる。

 慌てて剣を背中にまわした。

 そうすればイロが消えるから。それがわかっていたから。

「消したか」

 消した。確かに消した。

「だけどもう立てない。……僕らは僕らの仕事をしよう。もう時間も残り少ないしね」

 地面に力なく倒れた俺のそばに、誰かが近づいてくる音が聞こえる。それは俺の目の前で耳元に囁いた。

「すまない。私は野暮用がある。先に小娘のところへと戻っていてくれ」

 やっぱり介抱とかはしてくれないんだな、と言おうとして。だけどその前にエルザが消えたのがわかった。

 俺は痛みのせいで、しばらく気絶したように動かなかった。

「大丈夫ですか?」

 フードを被った男が、俺に手をさしのべる。

「あぁ、すまない」

 まだ背中は痛んだが、辛うじて立てるまでに回復していた。

「あなたは、魔王についてどう思いますか?」

 記憶のない俺にとって馴染みのない魔王、という言葉はとっさに何かを思いつくには大きすぎる問題だった。

「私は、魔王がいてよかったと思っているんですよ」

 俺の答えを期待していた訳ではなかったのか、男は一人でしゃべり続ける。

「魔王は、人々が手を取り合う良い世界を作ってくれた」

「でも、魔王は人をたくさん殺したんだろう? それって、いけないことじゃないか。たとえ魔王に何かの目的があったのだとしても結果として殺人を犯したんだ」

 フィオにとって、魔王とは最大の悪だ。彼女は魔王を恨み、憎み、嫌悪する。

 そしてそれは間違っていない。魔王がしたことは悪であって、善ではない。

「ええ、そうですね。私たちは魔王が何の為に何をしたのか、わからないですから。その話がどこまで本当なのか、知る術もない。だから魔王が結果として殺人を犯した、という事実のみで判断するなら、そうなります」

 俺には、この男が何を言いたいのかはわからなかった。ただ、ふつうの人とは明らかに考えを異にしていることはわかる。

「お前は一体……?」

 もしやこいつこそが、俺たちの探していた勇者なのではないかと思った。

「私ですか? まあ、名乗るほどの者でもないんですけどね。一応名乗っておきましょう。名は、グレン。……どうせ忘れるでしょうが……」

 男が俺の額にそっと手を添える。

 目映い紅の炎に包まれ、視界が暗転していったーー。



「どうしたんですか、その怪我!?」

 俺はいつのまにか四人で泊まっていた宿泊施設へと戻っていた。

もう日は沈み、微睡みの時間へと近づきつつある。

「確か……、レイピアの男と戦って……」

 そこから覚えていない。エルザがどこかへ行くと言って消えてから、その後の記憶がないようだ。誰かと話していた気がするんだが……。

「記憶喪失? そんな珍しいもの、滅多になるものじゃないでしょ」

 俺にはどうやら、記憶を失う癖でもついているのかもしれない……。

「すぐに治療をしましょう!」

 レティが俺の服を脱がしにかかる。

「ちょっとフォルっ、女性がいる前で裸にならないでよ!?」

「俺にどうしろと!?」

 ラファルガに食らったダメージが、今になって響いてきた。

 指一本動かすこともできない状況だ。レティのなすがままにされていた。

「フィオ、フォルさんの肩を!」

「レティの頼みなら……仕方ない」

 フィオは顔を赤くしながらも俺の肩を持ち、レティの手伝いをする。

「ほう、面白そうなことをしているではないか」

 窓の外の暗闇から、ぬっと誰かがでてきた。

「エルザ!? どうしてそんなところから!」

 エルザも混じり、いよいよ混沌としてくる。

「ふははは。楽しいな~!」

「ちょっと、そんなところをどうするつもり!?」

「フォルさん、動かないでください!」

「俺にどうしろって言うんだよおおおお!?」

 今日もまた、騒がしい日が過ぎていく……。



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