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女大公様とわたし  作者:
女大公様とわたし
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女大公様の妊婦生活(後期)

 女大公(エレオノーラ)様は恙無く妊婦生活をお過ごしになり(周囲の者には容赦なくその皺寄せが行ったが)、めでたく臨月をお迎えになった。

 ちなみに未婚のまま、である。妊娠自体は折を見て段階的に周知されたが、その父親が誰であるか、は公表されていない。

 繰り返すようだが、王族(ゲオルギア)は【金瞳】を持った者の貞操に関しては、男女を問わず非常に寛大である。

 未婚で母になろうが、夫でない男の子を孕もうが、問題にしない。生まれた子供が【金瞳】を持っているかどうかだけが問題なのだ。

 世間的にはどうかと思われるが、ことは王家の問題だ。王族自身からの非難でもなければ揺るがないだろう。






 大きなお腹を抱えての階段の上り下りは傍から見ると大変そうだが、ご本人はごく身軽にこなしてらっしゃる。横について見守っている侍女などは心配のあまりいまにも倒れそうだが。

 出産を控え、エレオノーラ様は、王都に居を定めておられる。通常であれば、この時期はご領地でお過ごしになるのだが、今年は前倒しでご領地でのお仕事や各地への指示を済ませている。

 なお、現在滞在しているのは、『ジリアン大公』が王都に持っている屋敷ではなく、人手が十分すぎるほどにある、生まれ育ったお屋敷である。しかも、かつてご自身がおられた二階の部屋(調度品などはそのまま置かれているらしい)ではなく、一階の客間に。

 さすがにこの邸にまでわたしがお邪魔するのはどうかと思い、学院への帰還、もしくは『ジリアン大公邸』での待機を申し出た。だが、エレオノーラ様の強いご意向でご実家(こちら)に居室が用意されてしまった。おかげで大変に肩身が狭い思いで毎日を過ごしている。……いや、肩身が狭いうえに忙しない、というべきか。

 たしかにエレオノーラ様は、前倒しできるお仕事はきちんとお片付けになってからご実家にお引きこもりになられた。

 だが、頃は秋、収穫の季節だ。あとからあとから仕事が湧いて出てくる。無論、エレオノーラ様はかなりの部分を現地の責任者に委ねるよう指示されていたが、それでも不安があるのか、時々『あれはどうなった』『これの進行状況は』などとお尋ねになる。そのたびにわたしが確認しに戻ったり報告書を取り寄せたりするハメになっている。

 ……わかってはいるのだ。『それは自分の仕事ではない』と断れば、あるいは『次の報告が上がって来るまでお待ちください』と諫めればいいのだ、と。


 ところで、なぜエレオノーラ様が階段を上ったり下りたりしているのかというと、産み月の半分を過ぎたというのに、いっこうに産気付く気配がないから、なのだ。医師の見立てでは、『運動不足』らしい。

 という訳で、エレオノーラ様は一日二回、侍女の付き添いの下、階段の上り下り運動を行っている。今日で三日目になる。

 階段を上って、下りて、エレオノーラ様の部屋まで行くと、産婆見習の女性がいて、出産の兆候はないかとチェックするのだが、二日連続で『兆候なし』の結果となっている。

「先生もそんなところでボーッと見上げていないで、何かお手伝い願えませんか」

 階段の下で佇んでいると、付き添いの侍女の厳しい声が飛んできた。手にしている書類挟み(ファイル)を見てもらえば、決してボーッとしている訳ではないと判るはずなのだが。

「お手伝い、というと、手を出して支えるとか、でしょうか? それは禁止されているのでは?」

 そう。お腹の大きな女性が階段の上り下りをするのは、見るからに危なっかしいし、本人も足元が見えなくて少し不安だと言うのだが、医師の指示により、直接触れてはいけないらしい。足を踏み外したり滑らせて転んだりした時以外は。

 だから余計に侍女が心配するのだろう。

「それはそうですが……声をかけて差し上げるとか、二・三段先でお待ち申し上げるとか……」

「アリー」

 それがあなたの今のお役目でしょう、と口を開きかけると、エレオノーラ様が足をお止めになり、階段の手すりに寄り掛かりながら侍女の方に振り向く。

「それはわたくしが階段を踏み外す、と考えている、と思っていいの?」

「そんな……滅相もございません。万が一、そのようなことがおありになってはいけないから、と」

 アリー、と呼ばれた侍女が必死の形相で否定する。年格好からするとまだ若い彼女はこの屋敷にいた頃のエレオノーラ様を知らないだろうと思われる。

「いいことを教えてあげるわ。この階段にはね、『転げ落ちない』魔法が掛かっているのよ」

「……そう、なので、ございますか?」

 侍女が困惑したようにエレオノーラ様を見返し、ややあってこちらに視線を向けてきた。エレオノーラ様の言葉が信用できないのか、それとも魔法でそのようなことができるのか、という意味か。

「エレオノーラ様がそう仰るのなら、そうなのでしょう。どのようなものかは判りませんが」

 転げ落ちはしなくても、滑ったり躓いたりはするのではなかろうか。

「たしか、『一定の速度以上で階段を下りることができない』という魔法だったと思うわ。……手すりも含めて」

 エレオノーラ様が肩を竦めてそう仰る。なるほど。この階段の手すりは幅が広くてなめらかで、やんちゃな子供が滑り降りたくなるような代物だ。

「一定の速度、とは?」

「お兄様の話では三段とばしで飛び下りようとしたら、引っ張られた、とか」

「…………階段は礼儀正しく下りるように、とのことでしょうか。その微妙な速度制限は」

「さあ? 理由は聞いていませんが」

「……さんだんとばし……」

 侍女が軽くショックを受けたような顔でつぶやく。エレオノーラ様の兄上は温和そうな顔立ちで、そんな荒っぽい真似をするようには見えないからだろう。だが、誰にだって子供時代はあるのだ。

「……あの、……もしかしたら、他にもそのような場所が?」

「あるでしょうね。すべて把握しているのは、お父様と執事くらいでしょうけど」

「……さようでございますか」

「普通に暮らす分には何の問題もないそうよ?」

「…………さようでござ……ジリアン大公様?」

 半分魂を飛ばしかけたような様子で受け答えしていた侍女の表情に、不意に緊張が走る。

 侍女がのばしかけた手をエレオノーラ様が掴む。もう片方の手はご自分の膨らんだ腹部を押さえるようにあてがわれている。

「……っ……だい、じょう、ぶ。……治まってきたわ」

「陣痛、でございましょうか?」

「……かも、しれないわね。部屋に戻りましょ」

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