女大公様の妊婦生活(前期)
女大公様のご懐妊が発覚し、関係各所でエレオノーラ様のご公務の日程調整が行われた。幸いなことに、エレオノーラ様は国の官職には就いておられないので、ご公務といえば『ジリアン大公』としてのものに限られた。
体調のことを考え、向こう一年間はエレオノーラ様ご自身による視察の予定はすべて他の者に振り替えられた。その他の外出予定――儀式や社交の類――も、エレオノーラ様ご欠席、あるいは代理人を立てて出席、ということになった。
つまるところ、エレオノーラ様のご公務は、書類仕事のみに精選されたのである。
「つまらない。つまらない。……全くつまらない」
午後のお茶の席で、エレオノーラ様がそう叫ばれることが増えた。
「つまらない、とは何がですか?」
「気晴らしがしたい、と言っているの」
よほど不満が溜まっているのであろう。エレオノーラ様はテーブルの下で足をじたばたさせた。一気に二十ほど若返ってしまったかのようだ。控えているメイドが困ったように眉を寄せるのが見える。
「……では、気晴らしに魔法の練習時間を増やされますか? このところ調子がよさそうですので」
大方の出産経験のある魔法使いが零すのに反して、妊娠しているエレオノーラ様の魔力はとても安定している。不発も暴走も全く見られない。そろそろ次の段階――細かい制御法――に進めてもいいのではないかと思う。
「わたくしは、外に、出たい、と言っているの」
「よろしいのではないでしょうか。お医者様の診察を受けて、侍女と護衛をそれぞれ三人もつければ」
侍女と護衛は、エレオノーラ様のお父上、ゼノン大公からの指示だ。
「……今日は風が強いですから、体を冷やさないように外套をしっかり着る必要があるかもしれませんね」
「……なぜ、外に出たい、と、言っただけでそんな大事になるのかしら?」
「心配性なエレオノーラ様のお父上から、エレオノーラ様の外出の際はそうするよう指示がありまして。職制上は上司に当たるわけではありませんが、指示を無視することもできませんので」
万が一、流産などという事態になったら、わたしの首が危ない。比喩的な意味でなく、生命そのものが。
「お父様には黙っていれば良いのではなくて?」
悪い遊びに誘い込もうとする不良娘のような事を言う。
「エレオノーラ様、一つ忠告しておきましょう。些細な秘密というのは些細なことから漏れるものです。無用な秘密は作らないようにすべきです。もし秘密を持ちたいのであれば」
一旦言葉を切る。
「……あれば?」
「思いつきで行動するのではなく、十分に計画を練ることですね。……再三申し上げているように」
エレオノーラ様は膨れた。それはおもしろいように膨れた。
おかげで中庭への散歩に同行することを余儀なくされた。……エレオノーラ様の周囲に風よけの結界を張らなくてはならないからだ。
「ああ、そうだ。せっかくですから、ご自分で結界を張る練習をなさってみるのはいかがでしょう。もしお体の負担になるようでしたらすぐに止めればいいし、そうでなければ、外出時についてくる人数を減らすことができるかもしれませんしね」
結界を張る、などというのは、少なくとも中級以上の魔法だ。だが、卒業するためには、何らかの方法で魔法および物理的な攻撃から身を守る術を会得しなくてはならない。
エレオノーラ様が免除された書類仕事の一部はこちらに回されてきているのだ。エレオノーラ様に卒業への努力を促したって罪にはならないだろう。たぶん。