第九話
その日から恋歌は姫装束を着るようになった。ただ、決して派手なものは身に付けず、色を抑えた質素なものであった。
はじめ、李琵は恋歌の姿に不服を漏らしたが、今では彼女の髪を結うことに楽しみを見出している様子だった。
何とかいつもの日常に戻りつつある斉家であったが、家長の龍宝は相変わらず忙しいようで、週に一度帰れるか否かという生活が続いていた。皆、龍宝の身体を心配していたが、中でも李琵はそれが強く、恋歌がいることにより何とか平静を保てているようである。
そんな彼女の存在に感謝しつつ、塾へ向かうため龍騎が愛馬に跨った時だった。
「龍騎様!」
呼び止められ振り向くと、先程まで李琵と楽しげに談笑していたはずの恋歌がパタパタと走って来る姿が見えた。
「どうしましたか?」
「あ、あの……お願いがございまして……」
問いかけると、恋歌は息を整えながら龍騎を見上げた。
「先日、龍騎様と共に私を探して下さった……」
「芯、ですか?」
龍騎が気付いて名を出すと、恋歌の表情がパッと明るくなる。
「はい。その芯様にあの時のお礼をしたいと思いまして、夕餉にお誘いを。李琵様には許可頂きましたので……」
「分かりました。あいつもきっと喜びます」
笑みを浮かべ恋歌にそう答えた龍騎は、そのまま馬の腹を蹴り走り出した。風を切り走りながら、何故か胸がモヤモヤとするのを感じながら。
程なくして辿り着いた塾の厩に愛馬を繋ぎ、教室へと向かいながら龍騎は道を傾げた。いつもであれば厩で芯に会うはずだ。珍しく遅れているのかと考えたが、彼は授業が始まっても姿を現さなかった。
恋歌のことが落ち着くまで塾を休んでいた龍騎は、休憩時間に他の塾生に話を聞くことにした。すると驚いたことに龍騎が休み出したのと同じ時から芯も同じく休んでいるらしい。
そのことに訝しく思った龍騎は、その日の授業を途中で抜け、葉邸へ行って見ることにした。
葉低には何度か足を運んだことはある。だから間違えていないはずなのだが。
「嘘だろ……」
芯達が暮らしていたはずの邸には、人の気配などまるでなく不気味な程静まり返っていた。
あまりのことに言葉を失くし、龍騎は茫然自失しながら愛馬を引いて自邸に帰った。いつもより早い龍騎の帰宅に、家人達は酷く驚いた様子で出迎えた。
「龍騎様?!」
そんな中響いた少女の声に、龍騎は俯いていた顔を上げる。視線の先に恋歌の姿を見つけた彼は、やっといつもの自分を取り戻せたような気がした。
「どうなさったのですか? お顔の色が優れないようですが…」
慌てて駆け寄ってきた恋歌に向かい、龍騎は勢い良く頭を下げる。
「……申し訳ありません。芯は……その、都合が付かないらしく、来れないと」
「そんな……龍騎様が謝られることではございません。どうかお顔をお上げ下さい」
優しく言う恋歌に対し、龍騎はしばらく顔を上げることができなかった。