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第八話

 邸に帰り着くまでに恋歌は疲れからか熱を出し、そのまま意識を失った。

 二人を出迎えた李琵は慌てて下女達と恋歌を室へと運んで行く。彼女らに恋歌を任せた龍騎は、恋歌の無事を知らせる文を書き、早馬を出した。程なくして帰ってきた下男が彼に差し出した兄・龍宝からの返答には、恋歌の無事を喜ぶ言葉とともに今日も帰れないとの事が記されていた。

 恋歌を寝かせ、居間に入って来た李琵に事の次第と龍宝からの文を見せると、彼女は安堵した様子であったが、どこか淋しそうに見えた。

 しかし、それを押し殺しながら彼女は気丈に振る舞い、二人はとりあえず軽い夕餉を摂ると、早めに休むことにした。

 

 それから三日の間、恋歌の熱はなかなか下がらなかった。兄・龍宝も忙しいらしく、友人で何度か斉邸にも来たことのある蒼勇元(そうゆうげん)が龍宝の使いとしてやって来た。

 勇元の話によれば、少し苦戦を強いられているらしい。心配ないと言い置いて彼は帰っていったが、李琵の心配は日に日に募るばかりだった。

 

そんなある日、朝早くに厩へと向かった龍騎は、先客がいることに気が付いた。

「恋歌……?」

 驚いて名を呼ぶと、少女の細い肩がビクリと震える。次いで振り返った恋歌は、今までとは違い、質素ではあるが色味を抑えた姫装束を身に纏っていた。

「どうしたのです? 熱は?」

「もう……大丈夫です」

 答えた恋歌の声には元気がない。そんな彼女の様子に、龍騎は更に心配になった。

「何を……なさっているのですか?」

「あ、馬を……馬を近くで見たくて……」

 そう言って手を伸ばした彼女の掌に、龍騎の愛馬が擦り寄っている。それを見た龍騎は心底驚いた。

「この子は恋歌のことを気に入ったようですね。俺以外の人間にそうやって擦り寄るのは初めて見ました」

「私、何故か動物には好かれるみたいで……」

 微笑みながらも、恋歌はどこか淋しげだった。しばらくして振り返った彼女は、龍騎を見るなり深々と頭を下げた。

「恋歌?!」

「……申し訳ございませんでした」

 慌てる龍騎は彼女の謝罪の言葉にハッとなった。

「頭を、上げて下さい」

 龍騎の言葉に、恋歌はゆっくりと頭を上げる。苦しげに表情を歪める彼女を支え、龍騎は東屋へと移動した。

「義姉上のためにありがとうございました」

 長椅子に恋歌を座らせ、龍騎は頭を下げる。そんな彼に、恋歌は驚いた様子を見せた。

 目を丸くする彼女に、顔を上げた龍騎は微笑んで見せる。

「義姉上は貴女が来ることをとても楽しみにしていました。恐らくこの家には、義姉上と同じ目線で話せる相手がいなかったからでしょう。貴女が来ることが決まってからの義姉上は、見違えるようでした」

「でも……きっと、ご期待に添えなかったでしょうね」

 優しい笑みを浮かべる龍騎から視線を逸らし、恋歌は空を見つめた。

「焔家の姫といえば、誰もが羨んでくれます。けれど……私は違うのです」

「……どういうことですか?」

 恋歌の言わんとすることが分からず、龍騎は眉を潜める。そんな彼に、恋歌は悲しげに微笑んだ。

「私の母は側室で……身体も弱く、早くに亡くなりました。母を亡くしたと同時に、私は焔家での居場所を失ったのです」

 思わぬ恋歌の告白に、龍騎は何も言えなくなった。

「そんな私を助けてくれたのが異母兄の青嵐(せいらん)兄様でした。兄様は、私に下女として働くことで焔家での居場所を与えて下さいました」

「そう……だったのですか……」

 龍騎を振り返った恋歌の瞳に、彼はハッと息を呑む。恋歌の緋色の瞳は涙で揺らぎ、その涙を隠すかのように、彼女は深々と頭を下げた。

「ですが、私の軽率な行為で李琵様に多大なるご迷惑をおかけしてしまいました。何とお詫びを申し上げればよいのか……」

 悲痛に満ちた恋歌の声音に、龍騎は宥めるように声をかけながら、胸がチクリと痛むのを感じていた。


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