第七話
芯と共に、恋歌が連れ去られたという市場にやって来た。空が徐々に赤みを増していく中、人がごった返す市場を、二人はキョロキョロと見回す。
「山の方に行ったと奥方様は言ってたみたいだな。だとしたら……」
「ああ。その可能性が高いだろうな」
芯が言わんとしていることを察した龍騎は険しい表情で頷く。それを見ながら、芯は大きく唸り、頭をガシガシと掻いた。
「どうするよ? いっそ奴らの根城に乗り込むか?」
奴ら、というのはこの一帯では悪名高く有名な族の一つで、名を槍牙という。彼らは頻繁に町に現れては女子供や金品を奪い、人々に恐れられていた。
彼らが山の中腹に根城を構えているというもっぱらの噂だったが、確かな情報ではない。
二人がそこへ乗り込もうかと考え倦ねていた時、龍騎がこちらへ向かってくる人影に気が付いた。
「あ……」
相手もこちらに気付いたようで、歩みを止めた。それは、紛れもなく恋歌その人だった。
「あ、おい、龍騎?!」
突然歩き出した龍騎に、芯が驚いたように声をあげる。しかしその先に立つ少女の姿を見て留め、慌てて彼に続いた。
龍騎を見つけ、落ち着きなく視界を泳がせていた恋歌は、彼が目の前に立つとビクリと肩を震わせた。
「怪我は?!」
「え? あ……ない、です」
龍騎の言葉に恋歌は慌てて首を振る。そんな彼女の肩を掴み、目立つ怪我が見当たらないことを確認した龍騎はホッと安堵の溜息を吐いた。
「良かった……しかしどうやって…?」
「あ、それは……」
恋歌はチラリと横を見上げる。そこには先程まで気付かなかったが、大男が一人立っていた。
「いや、このお譲ちゃんが連れて行かれるのを偶然見かけてな。まさか、貴族の若君の知り合いとは。いやはや、若君の見せ所を奪っちまったかな?」
「そうでしたか……いえ、何とお礼を申し上げて良いか……」
頭を下げる龍騎に、大男は人の良さそうな笑みを浮かべる。
「いや、俺がただお節介なだけだよ。しかし勇敢なお譲ちゃんだが、奴らには関わらないほうが良い。気を付けなさい」
男はそう言うと、手を軽く上げ大股に去って行った。
龍騎はその後ろ姿にもう一度頭を下げると、振り向き様彼は恋歌を横抱きに抱き上げた。
「え!? あ、あの……?」
「芯、すまなかったな。馬使って良いぞ」
慌てる恋歌を無視し龍騎が言うと、芯は笑いながら首を横に振った。
「いや、遠慮しておく。姫君、また改めてご挨拶させて頂きます。じゃあな、龍騎」
そう言うなり、芯はそそくさと人混みに紛れて消えていった。
その後ろ姿を半ば呆気にとられながら見送って、龍騎は一息吐くと恋歌を抱いたまま、愛馬の元へと向かって行った。