第六話
その日の塾はいつもより早めに終った。というのも、その日の講師の教えに対して、龍騎・芯の両名が交互に質問を浴びせかけ、その集中砲火にあった講師が先に白旗を揚げる結果になったためだった。
時よりこうしたことがあり、二年にもなるとその状況に慣れてきた他の塾生は、龍騎のノートを寄ってたかって写す作業を行なっていた。その様子をただ傍観していた芯が、教室の外にいる人物に気付いた。
「おい、龍騎。あれってお前のとこの下男じゃないか?」
芯に肩を叩かれ、他の塾生に説明していた龍騎は窓の外を見やる。そしてその姿を目に留めるや否や、彼はすぐに立ち上がった。
「どうした? 義姉上に何かあったのか?」
「りゅ、龍騎様……」
急いで来たらしい下男は、ゼイゼイと息をしている。李琵の下男である彼に、不安を募らせる龍騎の横をすり抜けた芯が、彼に水を差し出す。
「とりあえず落ち着け」
「も、申し訳ありません……」
息が整った下男は隣に芯がいるためか、話し出すのをためらっている様子だった。それを感じ取った龍騎は視線で下男に話すよう促す。
意を決した様子で話し出した下男が言うには、李琵と恋歌が前日から言っていたように、昼前に町へ出かけたらしい。供も連れずに出かけた二人に、家人達が心配していたところ、李琵が血相を変えて帰ってきたのだという。
「奥方様がおっしゃるには、絡んできたごろつきがいて、奥方様が連れて行かれそうになったところを恋歌様が……恋歌様が代わりに……」
「なんだって!?」
事の次第を聞いた龍騎と芯が驚いて顔を見合わせる。
「それはどこだ?」
「町の市だそうです」
下男の言葉に、芯がどこかへ走り出した。
「義姉上はどうなさっている?」
「お室でお休みです。戻られた時には大層お疲れで……けれど、うわ言のように恋歌姫を助けねば、と……」
悲しげな下男の表情に、龍騎は眉を潜めた。
「兄上には知らせたか?」
「まだです。まずは龍騎様にお知らせするように、と奥方様が」
下男の言葉に龍騎はしばし考える。
「兄上には事の次第と、私が対処するとお伝えしてくれ」
「はい」
龍騎の言葉に下男が頷いたとほぼ同時、彼の後ろから二頭の馬を引いた芯がやって来た。
「おう、斉家の。これ乗ってけ」
「え、いえ、そのような……」
芯は一頭の馬の手綱を下男に押し付ける。
「遠慮するな。こういう時はお互い様だからな、急げ」
「芯……」
呆気にとられる龍騎に、芯はニカッと笑い、下男の肩をバシバシと叩く。
「急いで家長に伝えて来い。龍騎、俺も姫君探すの手伝うからな」
頼もしい芯の言葉に、龍騎はありがたい気持ちで頷いた。