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 あの後、何気なく話を切り上げて、叶恵は無事に学校を後にする。


「テメェ、何とか言えよ!」


 ……はずだった。

 午後の授業も始まった時間だというのに、叶恵は何故か呼び出しのメッカ、体育館裏にて男子女子生徒数名に囲まれている。

 あまりの陳腐さに、叶恵は心の中で「ないわー、これはないわー」と嘆いてしまうのも仕方ないと言えよう。


「くそっ!聞いてるのか芹沢!」

「え、ごめん、聞いてなかった」


 再度怒鳴られて現実に戻った叶恵は、素直な気持ちを口にしてしまう。


「……っっ!ふざけるのもいい加減しろ!」

「そうよ!芹沢のくせに!」

「……ごめんなさい。今時、体育館裏に呼び出しする人種って本当いたんだなー、て感心してたの」

「何だとっ!?」


 片手を頬に当てて、困ったように首を傾げて叶恵が答えると、そのあまりのストレートな内容に生徒達の怒りは頂点に達したようだ。

 怒りに我を忘れた男子生徒が叶恵の胸ぐらを掴んで、その小さな体を勢いよく壁に押し付けた。

 突然の暴力に一瞬息が詰まったが、叶恵は一言も発さず、ただ目の前の生徒をじっと見つめる。


「芹沢。これ以上痛い目に会いたくなかったら、さっさとデータを破棄しろ」

「……データ?何の?」

「しらばっくれるな!朝、教室で撮っていた机の写真のだよ!」


 そう言われて、叶恵はようやく生徒達の行動理由を理解した。


「……ああ。あの机をやったの、あなた達なんだ」


 胸ぐらを掴まれたまま、叶恵は男子生徒の肩越しに、こちらを睨みつけている生徒達を一瞥した。


「そんな事どうでもいいから、早く消去してよ!」

「そうよ!そんなデータ持っているとクラスのみんなが迷惑なの!」


 投げかけられる罵声の内容に、叶恵は心の中でほくそ笑む。

 気づいていないのだろうか。

 今の発言が、クラスの生徒全員で叶恵を虐めていたと自白したようなものなのだと。


「私が私の机の写真を撮って、何が迷惑なのかわからないわ。……それに、消去は無理ね。もうデータは、自宅のパソコンに転送しちゃったもの」

「な…んだと?」

「携帯で撮っていたんだもの。転送なんて、直ぐに出来るに決まってるじゃない」


 絶望的な内容に、男子生徒の掴んでいた手から力が抜ける。暫く沈黙が続いたが、やがて一人の女子生徒が、ぽつりと呟いた。


「……それが、あんたの本性なの?」

「本性?」

「今までビクビクと脅えて、されるがままだったクセに、何なのいきなり!何で抵抗なんかするのよ!」

「……おかしな事を言うのね。攻撃を受けたら、抵抗するのは当たり前じゃない」

「だけど前のあんたは!!」

「そうね。前の『私』なら、大人しく耐えていたのかもしれないわね。でも、今の私はこうだから」


 だから、諦めてね。

 そう言って叶恵が微笑むと、女子生徒は青ざめた顔で後退りした。


 これは、誰なのだろう。


 記憶喪失とは聞いていたが、これはそんなモノでは無いような気がする。

 姿は芹沢叶恵なのに、中身が全く違うモノに変わっているような感じだ。

 有り得ない想像が、まるで現実のように見えて、女子生徒の体は恐怖という感情に支配される。


「……そうかよ。なら、こっちにも考えがある」


 張り詰めた空気を打ち破ったのは、男子生徒の声だった。


「なあ、芹沢。俺の家が出版関係なの知っているか?」

「……何が言いたいの?」

「親に言えば、お前ん家みたいな底辺な会社の噂ぐらい、どうとでも流せるんだぜ?」

「……脅迫、と取っていいのかな?」

「純粋なお願いだよ、芹沢ぁ」


 ねとついたような笑いに、叶恵は眉間に皺を寄せる。


 愚かな。

 何て幼稚で愚かな。

 己のやらかした罪に、親の力を利用するというのか。

 しかも、あの優しい父親の会社を巻き込むとまで。


 叶恵は激しい怒りを覚え、目の前の男子生徒を見つめた。光の加減だろうか。その、眼鏡の奥にある黒い瞳の色が、一瞬変わったように見えた。

 その時。


「そこで何をやっている」


 突然聞こえた第三者の声に、皆が一斉に振り返った。

 そして視線の先にいた人物の姿に、驚愕の表情をうかべる。


「女一人に、数人がかりで何をやっているて聞いているんだ」

「か……、葛城」


 そこには別のクラスではあるが、同級生の葛城大和の姿があった。

 葛城は、高身長と醸し出す威圧感から周囲に誰も寄せ付けず、皆から一目置かれている存在だった。だが、愛花が転校してきてからは、その側にいる姿を度々目撃されており、葛城も愛花に魅了されていると言われている存在だ。

 そんな彼が、何故ここにいるのだろうか。


「俺は、そういう卑怯な手段をとる奴が一番ムカつくんだ」

「い、いや、葛城。これには理由が!!」

「失せろ」

「……くそっ!」


 その鋭い目つきで睨まれ、男子生徒の言い訳は封じ込まれた。これ以上ここにいても仕方がないと判断し、男子生徒は脅えている女子生徒達を促してこの場から立ち去って行く。

 その背中を呆然と見送った後、叶恵は側に立つ大和の姿を見上げた。


「あの、ありがとう。助けてくれて……」

「……たまたまだ。礼を言われる筋合いはない」

「でも助かった事には変わりないもの。だから、ありがとう」


 そう言って微笑む叶恵の姿に、大和は不機嫌そうに目を逸らす。

 それにしても、と叶恵は大和の姿を見つめながら考える。

 叶恵が知る記憶の中では、大和は愛花側の人物とされている。

 ならば先程までの状況で、わざわざ助けにくる理由など無いと思えるのだが、何故、大和は叶恵を助けてくれたのだろうか。


「……記憶喪失」

「え?」

「記憶喪失だって聞いた」

「え、ええ、うん。何か、そうみたいなんだけど……」

「そうか……」


 突然の問いかけに慌てて答えると、大和は何かを考えるように黙り込んでしまうが、やがて徐に口を開いた。


「峰岸には近づくな」


 その内容に、叶恵は目を見開く。


「何で、て聞いてもいい……?」

「……忠告はした。いいか、また痛い目に会いたくなければ、今後峰岸に近づくんじゃない」


 それ以上何も答えたくなかったのか、大和はそう言い放つと叶恵の側から離れ、先ほど生徒達が立ち去った反対方向へと歩いて言ってしまった。


「葛城大和……」


 脅しにも忠告にも取れる言葉に、叶恵は戸惑いを隠せなかった。

 叶恵の記憶をひっくり返して見ても、彼の存在は愛花のハーレム要員の一人でしかないという感想しか出てこない。大和と叶恵の接点など無かったはずだ。

 しかし叶恵の記憶といえど、完全に全てを収めているわけではない。

 まして、『今』の叶恵にとって『前』の叶恵の記憶は、スクリーンに映し出される映像のようなものだ。

 その映像に映らない部分で、大和と接触したのだろうか。 叶恵は深く呼吸をして、思考をクリアにしていく。

 今はまだ、わからない。

 けれど、大和の存在は叶恵にとってイレギュラーである事は確実だ。


「……敵じゃない事を、願うしかないわね」


 そう。敵でなければ大和の存在はどうでもいい。

 私は『私』を殺した奴らに復讐する為に目覚めたのだから。

 その為にも。


「まずは鬱陶しいお子様達に、お仕置きをしないとね」


 愚かにも、父親にまで攻撃を仕掛けてきたのだ。


「ふふ。覚悟していてね、クラスメイトさん達」




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