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黒いフレームの眼鏡をかけ、背中まで届いた黒髪はおさげで纏める。
三ヶ月前と何ら変わらない姿で登校した叶恵だが、久しぶりに訪れた学校は見知らぬ世界のようで暫し校門の前でその校舎を見つめていた。
そんな叶恵を、登校してきた生徒達が驚いた表情で見ている。
他にも汚い物を見るような視線を向ける者や、関わらないように無視する者。
前以上に厳しい環境に置かれた事を再確認し、叶恵は小さい溜め息を吐く。だがその唇には、僅かな笑みを浮かばせていた。
「叶恵ちゃーん!!」
突然、自分を呼ぶ声に顔を上げる。すると校舎の中から、愛花が手を振りながら駆け寄ってきた。
「叶恵ちゃん!!会いたかったよ!!……本当に、心配したんだからね」
瞳に涙を浮かべ、愛花が嬉しそうに笑う。それはとても慈愛に満ち、周りの生徒達も愛花の優しさに惹かれただろう。だがそんな彼女の姿は、叶恵には滑稽にしか見えない。
心配?諸悪の根元がのうのうと。そんな演技をするくらいなら、一度くらい見舞いに来ればよかったのだ。……だが来たら来たで、あの状態の叶恵では加減など出来るはずもなく、出会えば全力で叩き潰していたかもしれない。
それでは駄目だ。
誰がそんな簡単に仕留めてやるものか。
その為にこの三ヶ月、己と向き合ってきたのだから。
「……叶恵ちゃん?」
何の反応も見せない叶恵に、愛花は心配そうに声をかける。
そんな愛花を見て、叶恵は困ったような笑顔を見せた。
「えっと……、誰、かな?」
「……っっ!!叶恵ちゃん…、まさか叔父様が言っていた事って本当だったの?本当に、私の事覚えてないの?」
「え、うん?何か事故で、ここ半年ぐらいの記憶が無くなったみたいなんだ。だから、あなたの事も記憶に無いんだけど……」
嘘である。
記憶など消えてはいないし、むしろ余計な記憶まで付いてきている状態だ。
だが、記憶喪失という設定にしておけば、これから先の行動にある程度の余裕が出来る。
だって、ほら。
嬉しいのでしょう?峰岸愛花。 私が記憶喪失と言う事は、あなたが私を階段から突き落とした記憶も無いという事なんだから。
悲しげな表情を見せる愛花。
だがその奥底に歓喜を忍ばせている事を、叶恵は気づいている。
「……でも、記憶が無くなっても叶恵ちゃんは叶恵ちゃんだもん。私の友達には変わらない」
「私達、友達だったの?」
「うん。親友だったんだからね。だからまた、すぐ仲良くなれるよ」
そう言って愛花は叶恵の両手をギュッと握りしめ、その長い睫をふるりと震わせ見上げる。
「仲良く、してくれる?」
「もちろん。わからない事たくさんあるから、いろいろ教えてね」
心優しい叶恵としての模範解答を口にして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
ああ、何て滑稽なのだろう。
ここにいる芹沢叶恵はもう、皆の知る芹沢叶恵ではないと言うのに。
「嬉しい!そうだ、後で他の友達も紹介するね。皆、優しくてかっこいいんだよ。叶恵ちゃんもきっと前みたいに、すぐに仲良くなれるから」
「へー、そうなんだ。そう、前みたいに……」
また、同じ行為を繰り返すつもりなのね。何て愚かな子。
「ふふ。何だか楽しみね」
「そうね、本当に」
あなたが崩壊していく姿が。
「今から楽しみだわ」