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ぱかり、と。
そんな擬音が聞こえたかのように、叶恵は閉じていた目を開いた。そして視線だけを動かして、自分が置かれている状況を把握しようとする。
白い部屋。ベッドに横たわる自分。顔に取り付けられた酸素マスク。腕から繋がれた点滴コード。そして驚いた表情で自分を見ている中年の男。
ああ、そうだ。この人は『私』の父親だ。
まだ正常に動かない思考の中で、叶恵は自分の記憶を確認していく。
「か、叶恵!気がついたのか!……良かった、本当に良かった……」
父親が叶恵の、包帯だらけの腕を取って、涙を流しながら呟いた。その姿は疲労の為か、記憶にある姿より若干老けたように見える。
「……おとう…さ……。私……」
ヒューヒュー、と漏れる息を吐きながら声を出す。当然だが、それは掠れて言葉にならない
「叶恵、無理をしてはいけないよ。……叶恵は学校の階段から落ちて怪我をしたんだ。一週間も目が覚めなくて……、もう、駄目なのかと……」
そう言ってボロボロと涙を零す父親を見て、叶恵は酷い罪悪感に襲われる。
涙もろくて優しい父。
母親が亡くなってから親子二人で頑張ってきたのに、こんなに心配をかけるなんて許されない行為だ。
「そうだ。早く先生を呼ばないと!」
涙を拭き、慌ててナースコールのボタンを押す父親の姿を見ながら、叶恵はぼんやりと、今に至るまでの経緯を思い出していた。
芹沢叶恵。高校二年生。家は中小企業の工場を経営している。お金持ちや良家の子供が通う高校に特待生枠で通っているが、極普通の学生生活を送っていた。
そう。いた、のだ。
叶恵の平凡たる生活は、とある転校生が来た事により過去形となり、その結果がこの状況となる。
ああ、そうだ。
叶恵の記憶は今や鮮明に蘇っていた。
そう。『私』は階段に突き落とされたのだ。
アイツに。
衝撃を受けて傾いた体。歪んだ笑みで自分を見ていたアイツ。受けた衝撃。閉じた意識。
アイツが。
アイツがアイツがアイツがアイツが!!
叶恵は湧き出る憎しみを抑え切れず、ギュッと目を閉じる。
己のやるべき事は決まっている。あの優しい父親を悲しませた。そして『私』をこんな目に合わせた罪は、その身を持って知らなければいけない。
償い?そんな情けなど必要ない。心優しい『私』はもういないのだから。
私が目覚めた事を、絶望の中で後悔すればいい。