目覚め
アルフォードは妖しい笑みを浮かべカートに語りかける。
「カート・ダレル、本当に良いのか?後悔するかも知れぬぞ」
アルフォードの左手の指はカートの首筋に少し触れたまま静止していた。
首筋に触れるアルフォードの白く細長い指先からは微塵も体温は伝わってこなかった。
それは、カートをまるで金属を首筋に突き立てられているような気持ちにさせた。
カートは少し震えていた。
覚悟はしたもののやはり少しの恐怖はあった。
「痛みは……ないのかい?」
「あるが……一瞬だ」
迷っているこの時間が怖い。
カートは決意を固めた。
「……やってくれ。痛みは…」
アルフォードは合意の言葉を聞いた瞬間、その後の言葉も聞かず一気に指を首の血管に突き刺した。
「ゔッ……‼」
カートの鈍い声が部屋に響く。
アルフォードの指先に血管が浮き出た。カートの血を吸うと同時に、自分の血をカートの血管に注入しているのだ。
アルフォードの瞳は藍色から紅色に変わっていた。
ルビーの様に深く真っ直ぐな紅だった。
血を抜き始めて30秒もしないうちにカートは白目を向き、立ったまま気絶した。
「痛みは一瞬と言ったがあれは嘘だ」
アルフォードが呟く様に言った。
6分程経っただろうか。アルフォードはカートの首から指を抜き、カートを床に転がした。
そして、少し苦しそうな表情で倒れているカートを一瞥すると、
「ようこそ……」
ただ一言、そう呟いた。
アルフォードはふと壁に掛かっている時計を見上げた。
丸い文字盤の中に、長針と短針と数字だけのシンプルな時計だった。
「これは不味いな……。あと1時間もしない内に夜が明ける。それまでに陽の光を遮断せねば……」
部屋には窓が3つあった。
「カーテンを閉めるだけで陽は大丈夫か…他の部屋も見てくるとしよう……」
部屋は他に寝室、ユニットバス、書斎があった。
アルフォードは全ての窓のカーテンを閉めた。
「ふむ……なかなか広い家だな……」
書斎には壁一面本棚に覆われ、たくさんの本が並んでいた。
「ここにいれば退屈しないな……。それにここは窓がない。よくみればドライフルーツもあるしワインも置いてあるぞ……」
アルフォードは棚に積まれたワインをまじまじと眺め時々それらを手に取り銘柄などを見ていた。
「ふむ、いつまでもここにいたいものだが、カートを放って置いてはいかんな。戻るとしよう」
アルフォードが部屋に戻ると、まだカートは寝ていた。
「まだ起きないのか?まあ、確かに刺激が強すぎたかもしれんな。なにせ血を混ぜるんだ。身体のなかでは異形のものを拒もうと細胞が抵抗したはずだ……」
カートの首筋には小さい二つの後が残っていた。
それはつい先程まで、指を突き刺されていたとは思えないほど小さなものだった。
カートを眺めながらアルフォードは呟く。
「若返っているな……。シワがなくなっている。肌も先程までとはまるで違う。艶があり若々しい。
見た目的には18歳というところか。私のほうが老いて見えるな。」
アルフォードは少し笑いながらテレビの方へ向かった。
「この道具、テレビとか言ったな。このリモコンというもので映写されるんだったな……」
アルフォードはリモコンを手に取りスイッチを押した。
テレビにメーカーのロゴが映り、気の抜けたような起動音がした。
「ふむ、この“CH”というもので番組とやらが切り替わるんだったな。」
アルフォードがチャンネルを帰ると朝のニュース番組が流れていた。
キャスターが少し興奮した様に速報を伝えていた。
『……繰り返します……繰り返します!先程爆発事故が起きました!死者行方不明者は不明!予測被害者数は1万人を超えています!』
キャスターの右斜め上に、上空から撮影したらしい現地の映像が流れていた。
爆発した場所は高層ビルと住宅地が密集した場所らしく、爆発の衝撃でビルの窓が割れ、炎が周りの家々を覆っていた。
炎が強すぎて消防車が近づけないらしい。このままでは炎が更に広がり辺りは壊滅的な被害を受けることだろう。
アルフォードは無表情でテレビを眺めていた。同時に人間は無力だなぁ、と思っていた。
炎は上空からの放水によって少し勢いを弱めたようだった。
だが、その時だった。
上空から撮影していた映像が少し荒れた。
曇った音と共にビルが爆音したのだった。ビルは鉄骨や壁を辺りに撒き散らせながら崩れていった。
テレビの音量設定はそこまで高くなかった。それでも鼓膜に響く音だった。
『ばッ爆発ですッ!また爆発しました!!弱まりかけていた炎がまた強くなりました!近隣住民の方は今すぐ逃げてください!
ビルが爆発しました!繰り返します!ビルが爆発しました!!』
アルフォードは違うな、と思った。
これは建物が爆発したのではない、地下だ。地下に眠っていたなにかが目覚めて地上に出ようとしている。そいつの力が強大すぎるためこのようなことになっているのだ、と。
「Otep……」
アルフォードはそう呟くと下唇を噛んだ。
テレビには相変わらず燃え盛る町が映し出されていた。
その中心で、普通の人間では到底この映像から認識することは難しいモノをアルフォードの人間を遥に超える視力は発見していた。
燃え盛る町の中心に半径15mほどの穴が空いていた。そこに一人の人間らしきモノがいた。浮遊しているように見えた。
その人間は白い礼服を着ていた。
アルフォードの視力でも顔まではっきりと認識することは出来なかった。が、アルフォードはそれが何者か理解していた。
「従者……。こいつがここから出てきたということは、あのクソッタレもどうやら眠っていたらしいな。これは厄介なことになるぞ……」
炎は完全に街を覆い尽くしていた。
この町は壊滅する。
復興などままならないほどに完全に灰になるまで燃え続ける。
冷酷な魔女は眠っていたらしい。
近いうちに魔女は、冷徹な従者を引き連れてこちらにやって来るだろう。
恐らく私が目覚めたことは知っている。だから目覚めたのだろう。
本当に厄介なことになった。
このまま時代の流れに乗り、悠々自適に過ごすつもりだったがとんだ誤算である。
また流血ざたになる。
自分の血を見るのは好きじゃない。
おっと、カートが目覚めたようだ。
彼には言わないでおこう。
言うのは時が来てからでいい。
それまでは、気楽に。
勉強の合間を縫って書きました