【番外編】Une plus jeune soeur
Une plus jeune soeur=いもうと
パティスリーの常連、庶民娘のルビーは、シシィにとっては妹のようにかわいい存在。そんなルビーがシシィを頼って相談してきた。ここはひとつおねーちゃまとして一肌脱がねば!!
ここはアンバー王国王都ディアモンド。
冬の寒さがどんどん厳しくなる季節。雪もちらほら降ってきていて、あと数日で積もり出すだろう頃。
貴族・庶民、どちらの学校もそろそろ冬休みに入るという。
シシィはいつものようにパティスリー・マダム・ジュエルで接客をしていた。
カラン。
「あら、ルビー! いらっしゃい!」
よくパティスリーに来てくれる、近所のルビーが扉から顔を出した。
ルビーは今度の春に「国立教養学校」いわゆる庶民の学校を卒業するのだが、まだ就職先が決まっておらず、先日、このパティスリーに相談にやってきていた。
『実家のパン屋を手伝うか、菓子職人になるか、メイドも憧れている』
そういう話だった。
しかし本物のメイドの仕事をよく知らないルビーだったので、シシィが、
「タンザナイト家でメイド体験してみる?」
と提案していたのだった。
今日はルビーだけでなく、母親も一緒。ということはメイド体験に行きたいということか。
店に入ってきて、シシィの前に出るや否や、
「リリィお姉ちゃん! 私メイドさんのお仕事を見てみたいです!!」
がばり!! という効果音が聞こえそうなほど体を折り曲げ頭を下げるルビー。
「リリィさん、ルビーから話を聞いたんですが、本当によろしいんでしょうか……?」
その隣でおずおずと切り出すルビーの母親。
「もちろん、いいですわ! さっそくタンザナイト様の方には連絡しておくから、ルビーはしばらくの着替えとか用意して、ここで待ち合わせね」
二人の不安を拭うように微笑みを向ける。
「わかった! ありがとうお姉ちゃん!!」
満面の笑みで答えるルビーだった。
「……という訳だから、一週間ほど実家に帰らせていただきます」
にこっと笑いながらディータに宣言するシシィ。
「……という訳って、どういう訳??」
だって、タンザナイト家でメイド体験するのはルビーであって、シシィじゃないでしょ? と言い募るディータ。
アウイン侯爵家の夕飯時。
今日のルビーとの会話をディータに報告していたのだが。
優雅にステーキを切り分けていたディータの手が止まり、ぽかんとシシィを見つめていた。
「庶民の娘さんが、何の伝手もない貴族の家にいきなりメイド体験なんて、酷じゃない。せめて私がいたら気持ちも楽になるかなって思うのよ」
フリーズしたままのディータに笑いかけるシシィ。
ハッとしてフリーズから戻ってきたディータが、
「う~、だからって一週間も?」
「ええ、ルビーの体験が一週間だもの」
「じゃあ、その間僕は?」
「あら、いつも通りですわ。お仕事もおありでしょう?」
「そりゃまあそうだけど……」
「ね? だから私だけ実家に帰らせてもらいますわ!」
「ええ~??」
がっくり。
項垂れるディータ。
しかし、たかが嫁の里帰りなのにここまでしょぼくれるディータに、何だかかわいそうになったシシィが、
「……一緒に来ます?」
おずおずと提案してみると、
「うん! そうする!」
目を輝かせて速攻返事をするディータに、ちぎれんばかりに振りきっっている尻尾が見えたのは幻覚か。
次の日。
実家のタンザナイト家に立ち寄る。
ルビーのメイド体験を伝えるために。
ディータを通してアンリには話をしていたので、ルビーの滞在については両親にも伝わっていたが、細かいことを話しておきたいと思ったからだ。
「ただ今、お母様」
玄関まで出迎えてくれたのは、シシィの母親タンザナイト伯爵夫人。朗らかでおっとりとした人だ。
「おかえり、シシィ、ディータ様」
侍女たちにコートを預ける娘夫婦を目を細めて見守る伯爵夫人。
「お邪魔致します」
爽やかな笑みを義母に向けるディータ。
「今日は賑やかで楽しくなりそうだわ」
嬉しそうに言う伯爵夫人だった。
「ルビーはね、とってもかわいくて本当の妹みたいなの! メイドの仕事は体力勝負だから、大丈夫かしら? お部屋は私と一緒にした方がいいかしら?」
小首を傾げ、頬に手を当て、過保護にルビーを心配するシシィに、
「まあ、シシィ。そんなことじゃ体験にはならないじゃないの? 甘やかしてはよくないと思いますよ?」
おっとりと異議を唱える婦人。
「そうだよシシィ。お義母さまのおっしゃる通りだよ。ちゃんと仕事をしっかりとみてこそ体験だろう?」
苦笑いでシシィに諭すディータ。
「そうねぇ。わかったわ。あ、それとルビーの居る間は私もこっちに帰りますね」
母と夫の意見に納得したシシィは、母に向かって里帰りすることを告げる。
「あら、そうなの? まあ、それはそれでうれしいわ」
ニッコリと破顔する伯爵夫人。やはり娘と一緒にいれるのはうれしいのだ。
「ごめんなさい、ディーも一緒にこっちに来るんだけど……」
「あら、まあ! 仲がよろしいことで!! おほほほほ!」
嫁離れのできない婿殿ですわね! と伯爵夫人が思ったということはナイショ。
かくしてルビーのメイド体験とシシィとディータの里帰りの件は、つつがなく了承されたのであった。
嫁離れのできないディータの話でしたね(笑)
『平行線』のメイド体験の裏側でした(^^)