【番外編】tromper sa femme? ~fin
それから4日。
シシィのショックはまだ癒されておらず、まだマダム・ジュエルの元で静養していた。未だ食事もろくに喉を通らない。
「……そろそろ実家に帰ろうかしら。ここにいつまでも居るもの申し訳ないし」
ベッドに起き上がり、窓の外を見ながら考える。今日も一日ぼんやりと過ごしてしまった。
時刻は夕方。
いつもならディータが王城を辞去してくる頃。
ふぅ、とため息がこぼれる。
コンコンコン
軽快なノックが響いて、
「リリィ? 入るわよ?」
と、マダムが部屋の扉を開けた。
手には夕飯のオートミールと果物。ほぼ毎回手付かずで下げられるのに、それでもマダムは心を込めて用意してくれていた。申し訳ないとは思いつつも、のどを通らないものは仕方がない。
しかし、今日はマダムだけではなかった。
「シシィ!! 食べてないって本当? ああ、やつれてしまって……!!」
マダムの後からディータまで入ってきた。
あっという間にシシィの傍に寄ると、シシィの手を取り頬ずりしてくる。
「ディー!! マダム? どうして?」
シシィの手を握りしめ、涙を流さんばかりのディータを驚いて見ていたシシィだったが、マダムに困惑の視線を向ける。
やれやれ、といったふうにディータを見ていたマダムだったが、
「ちょっとね、リリィは誤解している節があるみたいだからね」
そう言うとシシィににっこりほほ笑む。
「誤解?」
「ええ。さ、入って?」
そう言うとマダムは振り返って、もう一人シシィの部屋に招き入れた。
マダムに促されて入ってきたのは。
「あ……!!」
思わず声が漏れた。
そう、あの金髪美女だった。
「うっわ~!! すっごい可愛い人じゃないの!! ディー兄さん、ずるい!!」
金髪美女は部屋に入ってシシィを見るなり目を思いっきり見開き、感嘆の声を上げた。
きりりとした目元は、今やトロンと溶けたような笑みを浮かべている。
頬を上気させてシシィを見つめている。
いや、それよりも……
「うるさい、プラッド。お前のせいでシシィがこんなことになったんだからな!」
振り返り、金髪美女を睨みつけるディータ。
「兄さん……?」
ゆるりと手を付き起き上がるシシィに、慌てて手を貸すディータは、そのまま肩を抱き支える。
寝巻の前を整えながらもの問たげな瞳を金髪美女に向けると、
「そうなんです。僕、ディー兄さんの従兄弟のプラッドっていいます!!」
ものすごく妖艶な笑顔でシシィに応える。
「えっ? 従兄弟? って、男の人??」
え? え? と、プチパニックになるシシィ。
眼の前にいるのは金髪で妖艶な美女。でも、男?
アクアマリンの瞳をディータと美女の間で忙しなく動かす。
「そうだよ。こいつが女なもんか。ほら、変装を解け」
そう言うと、ディータはシシィを抱いていない方の手をプラッドに翳す。
すると、金髪は金髪だが短くさっぱりとした、長身の少年に変わった。
凛々しい目元はそのままに、なんとなく中性的な雰囲気の美形。いや、美少年。
「母方の従兄弟のプラッドだ。セレスティン伯爵家の次男で16歳。結婚式の時には国外にいたから、シシィは初めて会うよね?」
シシィの髪を撫でながら、優しい声で説明するディータ。
「あの日、研修だって言ってたでしょ? あれはプラッドの新人研修に付き合うことだったんだよ。こいつ16でしょ? 見習い期間を終えて、うちの部署に所属になったんだ。」
「で、変装の練習として女装して街中に出てたんだ。ごめんね! 誤解させるようなことをして」
ディータの後を受けて説明を付け足したプラッドは、ニッコリと微笑むと謝罪した。美少年に飛び切りの笑顔で謝罪されたら何も言えなくなってしまう。
「はぁ……」
プラッドの微笑みにあてられたように、生返事しか返せなかったシシィ。
「しっかし、かわいい!! 僕とデートしてよ? 僕の方がディー兄さんより歳も近いしね!」
ニコニコしたまま爆弾発言するプラッド。
「だ~!!! 何言ってんだ!! シシィに近づくなよ!」
しっしと追い払う仕草をするディータ。ぎゅっとシシィを抱き寄せる。
「軽いところ、似てますわね?」
ふふふ、と笑う。
「僕のどこが軽いんだ?」
むうっと顔をしかめるディータに、
「あら、浮気者で有名なアウイン侯爵様だったじゃないですか」
ニッコリと笑って言うシシィ。
「ああ…… 君はまだ僕のことを信用していなかったんだね…… 今回のことでよくわかったよ……」
がっくりとうなだれるディータだった。
マダムのオートミールの粥と果物を、「自分で食べられるから」と言うのに「いや、食べさせる」と言って聞かないディータに全部「あーん」で食べさせられてから、ディータの移動魔法でアウイン侯爵家に帰る。
ディータに抱き上げられたまま玄関のところに姿を現した途端、侍女長以下、シシィ付きの者たちが群がってきた。皆、一様に心配そうな表情のまま。
「「「「奥様!! 大丈夫でございますか!?」」」」
それだけで皆がどれだけシシィのことを心配していたのかが伝わってくるというものだ。
「ありがとう。心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ?」
まだ弱々しいながらもにっこりと微笑めば、ほっとした空気が広がる。
そのままディータに寝室に連れて行かれて、体力が回復するまでしばらくは外出禁止になってしまった。
食事はもちろん、ディータが手ずから食べさせる。
これ、何の罰ゲーム?
嬉々としてシシィの世話をするディータとは対照的に苦い気持ちのシシィだった。
侍女たちの様子がおかしかったのは、侍女のうちの一人が、ディータが美女を連れて歩いているのを見かけたことに端を発していた。
要するに、シシィが目の当たりにした『実地研修』を偶然見た侍女がいたのだ。
それを「ご主人様が浮気?! 奥様、大丈夫かしら?!」と気をまわして、沈んだ雰囲気と見るや「気を紛らせて差し上げねば!!」と、群がっていたのだ。
それを聞いて、
「僕、屋敷の者たちからも信用されてなかったんだ……」
と、愕然とするディータだった。
これにて一件落着、ですね (^^)
お付き合い、ありがとうございました!