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trois

家出からふた月。

もはやすっかり町娘と化したシシィ。




「はい?今何とおっしゃられましたか?」


今日も就業間際のディーとのお茶時間。

ディーの発言を聞き逃した、というか理解できなかったシシィは、間抜けな声を上げた。


「ええ。ですから、これからうちに来ませんか?と言ったのです」

あくまでも穏やかに微笑みながらディーが告げる。

「よければうちで夕飯を一緒に、と思ったのですよ。どうですか?」

「えーと、それはですねぇ、ちょっとですねぇ」

焦ってしどろもどろになるシシィ。

「明日はお休みだから、行ってきてもいいわよぉ~」

と、マダムの呑気な声が奥から聞こえてくる。やっぱりちゃっかりこっちの話は聞いていたのだ。

「ええっ?!きゅ、急にそんな!!」

慌てて立ち上がろうとするが、

「まあ、マダムの許可も出ましたし、行きましょうか?」

ディーに手を取られてしまった。


シシィの手を引きながらずんずん進んでいくディー。

マダム・ジュエルのカフェから10分ほど歩いている。

「ディ、ディーさん?」

一体どこまで行くのか不安になってきたシシィが、隣を歩くディーに話しかけるが、

「もうすぐですよ?ここから近いですから」

あくまでもにっこりと言うディー。

「い、いいえ……でも、この先にあるのって……」

そう。


因縁のアウイン侯爵家。




シシィが連れてこられたのは、やはりアウイン侯爵家だった。

「あ……」

蒼白になるシシィ。


「リリィさん。いや、シシィ殿」

それまでの微笑みを消して真面目な顔でシシィの名を呼ぶディー。

名前を呼ばれて、最初はぽかんと彼の顔を見上げたシシィだったが、思い当たる節があり、はっとした。

「ディー……ディータ!!あなたがアウイン侯爵?!でも、私の知っている彼とは、髪も……瞳も……違う……、わ……」

揺れる瞳でディーを見上げるシシィ。

「あなただって違うじゃないですか。輝くようなプラチナの髪も、泉のようなアクアマリンの瞳も……」

悲しげな顔をしたディーが、シシィと繋がれていない方の手を彼女の顔の前に翳す。


変化はすぐにわかった。


目の端に映る自分の髪が、ブロンズからプラチナに戻っている。

今は見えないが、瞳の色もきっと戻っているだろう。

アウイン侯爵は、シシィよりも上級の魔法を駆使することができるのだ。

シシィのMAXの魔法なんてあっという間に解かれてしまう。

翳されていた手は、変化を解かれたきらめくプラチナの髪をひとすくい取ると、ディーの口元に運んでゆく。

それに愛しそうに口づける。

それから、ゆっくりと、いつもの穏やかな口調で、

「……探しました。とても。あなたの魔法の痕跡を辿って噴水広場まで来たものの、そこからは忽然と気配が消えた。もともとあなたの魔力は微量。神経を研ぎ澄ませなければなりませんでした」

シシィの髪を手放して、今度はその頬に手を添える。

「……私は……。あなたと結婚したくありません」

瞳を揺らしたまま俯くシシィ。

「なぜです?僕にはあなたしかない」

「それは嘘です。あなたの周りには綺麗な方がいつもいらっしゃる。私はそんな不実な方はお断りなのです」

「それは……。誤解がたくさんあるようだ。とりあえず話をしましょう。中へお入りください」

頬に添えられていた手を離し、再び手を引く。

門の内に控えていた執事が静かに門を開ける。




通された部屋は、女性用に設えてあった。

侍女に着替えさせられ、あれよあれよという間にタンザナイト伯爵令嬢に戻ってしまった。


ふかふかのソファに座り、自分の身に起こっていることを自分なりに整理しようとするのだけど、まだ頭が追いつかない。

優しく穏やかな紳士だと好感を持っていたディーが、実はアウイン侯爵その人だった。

無造作にセットされた黒髪も、知的な銀縁眼鏡もみんな嘘だった。

ワ タ シ ハ ナ ニ ヲ ミ テ キ タ ?

ディーには好感が持てた。

でも、アウイン侯爵には嫌悪感しかない。

いつも女性を侍らせている、そんな人・・・!


コンコンコン。


軽やかなノックの音とともに、「失礼します」とアウイン侯爵が顔を出した。

「ああ、やはり美しい、私のシシィ……」

うっとりとシシィを見つめる侯爵。

「『私の』じゃありません!あなたのモノになった覚えなんてありません!」

キッと睨むが、まったく効果なし。

あっという間にシシィの横に陣取る。

慌てて飛び退き、距離を置く。

「シシィは、僕のことを誤解してるんですよ」

飛び退き、距離を置かれたことに苦笑を漏らす。

「誤解も何も、あなたのような方は、私は嫌いです。私のような地味な娘よりも、もっとお似合いの方をお選びくださいませ」

睨んだまま、一気に言いたいことを伝える。

しかし、やはりシシィの睨みなど気にせず、間を詰めながら侯爵は話し出した。

「まずは誤解を解きたのですが。常に僕がきれいな女性たちと浮名を流していたのは、仕事だったからです」

彼は表向き王城勤務の事務員ということだったが、本当は諜報部員だったのだ。

日頃から不穏な動きなどを察知すべく、情報収集に努める。

侯爵の場合、その見目から主に女性関係からの情報収集を担っていたのだ。

だが、所詮は仕事。割り切った付き合いをしていた。

「そして、ある夜会であなたを見つけました。僕がいつも相手しているような女性ではない。むしろ僕を嫌悪した目で見ておられた……。誰もが靡くアウイン侯爵に目もくれない。そんなあなたなら本当の僕を見てくれるだろう。そう思ったのです。そして諜報部員の任務は解けました。もう女性を嫌々でも侍らすこともありません。あなただけでいい。夜会も行きたくないなら行かなくてもいい。ただ、あなただけには本当の僕を見てほしいのです」

いつの間にかシシィの手を取り、真っ直ぐに彼女を見つめる侯爵。

「そんなことを……。いきなり言われても困ります。……私はあなたが嫌いだったのですから」

困惑の色を深めるアクアマリン。

「『アウイン侯爵』がお嫌いでも、『ディー』はどうでしたか?」

穏やかに問う声は、アウイン侯爵ではなくディーのもの。

「……ディーさんには……好感を持っていました……。でも……」

俯いたまま逡巡する。

「あれが本来の僕です。髪の色も、瞳の色も。夜会など、華々しい僕は、自分に魔法をかけて髪と瞳の色を変えていたのです。諜報部員たるもの、姿かたちを変えることなど朝飯前ですから。」

くすりと笑う侯爵。

「さ、夕飯をごちそうさせてもらえませんか?うちのシェフがあなたのために腕によりをかけて用意したものです。」

ソファから立ち上がり、シシィをエスコートしようとしたが、シシィは俯いて座り込んだまま。

「……今日は食欲がなくなってしまいました……。申し訳ございませんが、帰らせてもらいます……」

そう言うと、おもむろに移動魔法陣を展開させて、発動させた。

侯爵が引き留める間もないほどに、あっという間の出来事だった。


ディーの場合は、髪形も変わっているのですが。

髪と目の色が変わったくらいじゃ別人になりませんよって、突っ込まないでくださいね!!

優しく見守ってください!(笑)

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