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deux

シシィ失踪からひと月。


「リリィちゃん!今日も可愛いね!マカロン、チョコとイチゴとマッチャをちょうだいな」

近所の常連奥さんが注文する。


ちなみに、このマッチャと言うもの。そもそもアンバー王国にはなかった物なのだが、王妃様の最近のお気に入りということで巷でも流行り出しているのであった。お菓子に使ってもよし、お茶として淹れるもよし。お茶はマダム・ジュエルのカフェでも提供されている。


「まあ、アニーさんたら!いつもありがとうございます。お包みしますね?少々お待ち下さい!」


当のシシィは『パティスリー・マダム・ジュエル』の看板娘になりおおせていた。

街のパティスリー。貴族本人が直接買い付けに来ることなどほとんどない。

大抵は屋敷の使用人が来る。

買い物に来るような使用人はかなりの下っ端だから、タンザナイト家の使用人であっても髪と瞳の色を変えたシシィのことは全然気づかれずにいた。

お客層も大体が女性。男性が来ても女性に連れられてくる程度。安全でもあった。


最初こそは失敗もしたが、もともと聡明なシシィ。

あっという間に仕事にも慣れ、今までのお嬢様生活で培ってきた肥えた舌を活用して、新しいスイーツの試作なども手伝わせてもらったりした。

「このイチゴのタルトレット、よくできてるじゃないの、あなた?」

今度の新作、イチゴのスイーツの3人試食会。出来立ての試作品を食べる。

「だといいんだけど、どうだい?リリィちゃん。率直な意見を聞かせておくれ?」

旦那さんやマダムから、新作の試食をしながら意見を求められたりする。

「そうですねぇ。もう少しひねりがほしいですね。中のクレームダマンドをやめて、イチゴのムースに変えて、イチゴ尽くしとか?」

「いえいえ、私は……」

などなど。3人で延々と新作について頭を突き合わせる。

なんて充実した毎日!!今までのお屋敷生活では考えもつかない世界だった。

あまりの充実ぶりに、自分がどうして家出してきたのかをすっかり忘れていた。




カラン。


お店の入り口扉に付けているベルが、お客の来訪を告げる。

「いらっしゃいませ!」

とびきりの笑顔でシシィは挨拶をする。

入ってきたのは男性の一人客。

すらりとした長身に、きちんとした身なり。無造作にセットされた黒髪が、彼の怜悧な面差しを彩っている。

銀縁眼鏡も、彼がかけるとおしゃれなものに見える。

ここ最近、毎日来てくれる常連さんだ。

シシィが店番に出だして少しした頃から見かけるようになった。

いつも仕事帰りなのか、夕方にふらりと来て紅茶だけを注文して、新聞や何かの書類を読んでいる。

夕方はさすがに客足も途絶えてくるので、お茶一杯で粘られても平気。

むしろ、静かな時間を邪魔してはいけない、と気遣ってさえいた。

そのまま閉店までゆっくりと過ごしてから、帰りに手土産なのか、スイーツを買い求めて行ってくれる。

名前も何も知らない紳士。

マダムも、シシィも暖かい目で見守っていた。




「この焼き菓子、今日は余りそうだから彼に持って行ってあげて」

マダムはそう言うと、小さなハートのお皿にマカロンを二つ載せてシシィに渡した。

銀縁眼鏡の彼は今日も通りに面した窓辺の席に静かに陣取っている。

ゆったりと座席に腰掛け、長い脚を優雅に組んだ彼は、手にした書類に目を落としている。

時折、男の人にしてはきれいな指でカップを取り、お茶を口に運ぶ。

今日の注文はミルクティ。

シシィが淹れたてのおかわりの紅茶を持っていくところでマダムに留められた。

マカロンは、彼もよく買い求めているので嫌いではないだろう。

「はい、マダム」

にっこり肯くと、紅茶とサービスのマカロンを持って、彼の元へと向かった。

「お待たせいたしました」

手際よく彼の前にティーセットとマカロンを並べる。

「ん?これは?」

注文してもないマカロンが目の前に提供されたことに彼の片方の眉が上がる。そして周りに配慮して低い小声で聞いてくる。

「はい、こちらはマダムから常連様へのサービスでございます」

こちらも、潜めた声で答えるシシィ。

「そうか。ありがとう」

にっこりと微笑む彼。初めて見る微笑みに、シシィの頬は熱くなった。




それから何日後か。


「よければあなたもご一緒にお茶をしませんか?」


閉店時間も差し迫った頃。にこやかに例の紳士が自分の向かいの席を指しながらシシィを誘う。


「はい?えっ、ええと、まだお仕事時間ですので!」

真っ赤になって慌ててしまった。

「それは残念。ではまた……」

と紳士が言いかけたところで、それまでにこやかに二人のやり取りを見守っていたマダムから、

「あらぁ、リリィ。もうお客様もいらっしゃらないし、もうすぐ店じまいだから休憩とってもいいわよぉ~」

という声が飛んできた。

「えええ?でも……」

おろおろするシシィに紳士は、

「マダムの許可も出たことですし」

と、にこやかに再度、向かい席を手で示す。マダムを見やると、バチンとウィンクをよこした。

「はあ……では……」

真っ赤になったまま、おずおずと着席するシシィだった。




閉店間際に紳士とお茶をすることも、もはや日課になってしまった感がある。

紳士は「ディーさん」といった。王城で事務官をしているらしく、帰りにここでお茶を飲むのが楽しみなのだそうだ。

時折銀縁眼鏡を右手の中指で押し上げる癖も、穏やかに微笑みながら話す姿も好男子。

ほんの数十分ほどの会話だけれど、彼に魅かれていく自分を意識するシシィだった。


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