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アンバー王国ディアモンド。

色々な人々が、今日も平和に暮らしています――?


これもとある日常。

ここはアンバー王国王都ディアモンド。

賢く優秀な国王シャルルの統治のおかげで、平和で豊かな国である。


とあるうららかな午後。

外の穏やかな日差しとは裏腹に、タンザナイト伯爵家は騒然としていた。




「嫌ったら嫌です!!」

広間に響くのは、タンザナイト伯爵令嬢シシィの怒り声。

シシィ――シシィ・アリアロス・タンザナイト――は、華奢な白い手をぎゅっと握りしめ、肩をわなわなと震わせている。

アクアマリンの瞳を揺らしながら見つめる先には、彼女の両親と兄。

「どうしてだい?何が嫌なのだ?」

理解できぬという風に、伯爵はため息をつく。


そもそも何を揉めているかというと、シシィに舞い込んだ縁談についてであった。




父の伯爵に呼ばれてシシィが広間に行くと、そこにはシシィ以外の家族が揃っていた。

不思議に思いながらも勧められた席に着くと、待ちかねたように、

「アウイン侯爵様から、シシィを奥方にしたいと正式に申し込みがあった」

上機嫌の伯爵が切り出したのだ。

「はぁ???」

まさに寝耳に水。

シシィの瞳が見開かれる。

「どうだね?シシィももう17歳だ。アウイン侯爵様は22歳。年回りもなかなか良い。しかも彼はとても男前だし、仕事もできる」

驚き固まるシシィを正面に見ながらも、上機嫌な父親は続けた。


アウイン侯爵――ディータ・リトバリテ・アウイン――は、アンバー王国の社交界で超有名人。

見目麗しく、貴婦人の扱いに慣れている彼は、常に美しい令嬢・貴婦人を侍らせている。

パーティーの度に違う女性をエスコートしているのでは?と噂されるくらいに。

彼のエメラルド色の瞳に見つめられ微笑まれて堕ちない女性はいないと言われている。

きらめく金の髪、甘い笑みをたたえたエメラルドの瞳。文句なく美形ではあった。

が。

「……嫌です」

地を這う声でシシィは言った。

先ほど見開かれた瞳は目の前に活けられた花を凝視している。

「何だって?」

父よりいくらか冷静な兄・アンリが問う。

「い・や・だって言ったんです!!」

花から目を離し、兄の眼をひたと睨み据えながら、一言一言はっきりくっきり区切りながら発言する。

「あらあ、どうして?とおっても素敵な方だし、センスもいいし、お金持ちだし、言うことないじゃないの。私がお嫁に行きたいくらいだわぁ」

おほほほほほ……と呑気に笑いながら伯爵夫人が言う。

そんな母にイラッとする。

「お金持ちで名門貴族で素敵だから、そっこらじゅうで浮名を流しまくっているじゃありませんかっ!!いい噂なんて聞いたことないです!!彼に靡かなかった女の人、トパーズ家のミリーニア様くらいしか聞いたことないですわ!そんな不実な方のところに嫁に行けなど、よく言えますね!!浮気されまくって、不幸になるのが見えてるのに!!!」

一気にまくしたてたシシィ。

ぜいぜい肩で息をする。

柳眉を逆立てるシシィだが、言われた伯爵はどこ吹く風。

「そうかい?そんなことないよ?私は彼をよく知ってるけどね?」

どこまでも穏やかな父。

「嫌なものは嫌ですっ!なかったことにしてください!お断りしてください!」

「そうは言ってもねぇ。理由もなく断るのも……」

困り顔になる伯爵。

「理由なら立派にあるじゃないですか!侯爵の女癖が嫌だってことで!!もし断れないのなら、今すぐ出て行きます!!」

最後通牒とばかりにシシィが宣言する。

「「「あっ!!シシィ!!!」」」

3人が叫ぶ。


シシィが、宣言すると同時に、空間移動魔法の魔法陣を展開し姿を消したからだ。




とりあえず広間から自分の部屋へは移動した。

シシィも、少しではあるが魔法が使える。攻撃や治癒などと言う特殊なものではない。彼女のMAXが空間移動魔法くらいだ。


とりあえず、自分の使える魔法を最大限駆使して逃げよう。


シシィは決意した。

クローゼットを漁り、簡素なワンピースなどの着替えを用意する。

急がねば、誰かがやってきてしまう。

当面のモノを用意すれば、後はおいおい揃えていけばいい。

今は、まずここから逃げることが先決。


軽く荷造りをして、本日二度目の空間異動魔法の魔法陣を展開する。

目標座標は……とりあえず噴水大広場。王城から続く、メインストリートの中ほどにある。あそこなら店が立ち並び、人が多くて見つかりにくいだろう。

「空間移動……発動!」

掛け声とともに、シシィの姿は伯爵家から消えた。




今日も噴水大広場は賑わっていた。

「さて、どうするか」

シシィは荷物を持ち、周りをぐるりと見渡す。

いくら賑わっていて人がたくさんいるとはいえ、こんなところでもたもたしているのは得策ではない。

今のシシィは、質素だが上品なワンピースに編み上げブーツ。小ぶりな旅行鞄を持った、ぱっと見旅行者風。

念のため、髪と瞳にも魔法をかけて色を変えた。

本来のアクアマリンの瞳は、今はアメジスト色に輝いている。

ふんわりと優雅にウェーブを描くプラチナの髪は、今やブロンズに輝きを変えている。

自分の魔法のMAX頑張った。


ふと見遣った先に、パティスリーがある。

カフェを併設したパティスリーで、かなりの人気店。いつも行列ができている。

マダム・ジュエルのパティスリー。王都の老舗菓子屋だ。

噴水大広場を、少し南に行ったところにその店は位置していた。

そこのシャレた入口横の壁に

『アシスタント兼売り子求む!経験問わず!住み込み可☆』

という求人のチラシを発見した。

「ふおおおお!!これは行かねばなるまい!」

シシィは早速パティスリーを尋ねることにした。




マダム・ジュエルは赤銅色の髪を綺麗に結い上げた、上品な婦人だった。

今まではパティシエの旦那さんと二人で切り盛りしてきたのだが、最近新発売したマカロンが爆発的好評で、忙しさ激増ということでアシスタント兼売り子を募集したのだ。

「リリィと申します。こちらで働かせてほしいんですけれど……」

手を膝の上でぎゅっと握りしめ、緊張しながらも目的を告げるシシィ。名前もリリィと変えることにした。

「まあまあ、かわいらしいお嬢ちゃんだこと」

にっこり笑って、シシィを面接するマダム。その横にはいい感じにぽっちゃりとした、いかにも菓子好き☆なオーナーパティシエの旦那さん。

小柄で華奢、色白、ブロンズの髪、意志の強そうなアメジストの瞳にきゅっと結ばれたかわいらしい唇。どれをとっても美少女なシシィを一目で気に入ったマダムは、早速雇うことに決めてくれた。

「あの~。私のこと何も聞かないんですか?」

おずおずと切り出すシシィ。こんないきなり現れた、なんの推薦状や後見者を持たない小娘を信用してくれているのだろうか?

「なにか訳ありなのかしら?いいのよ。聞かないでおくわ。言いたくなったら言いなさいな」

ふんわりと微笑むマダム。

「あ、ありがとうございます!!一所懸命働かせてもらいますっ!!」

感激に瞳をうるうるさせながら、シシィは言った。

微笑みながらマダムは続ける。

「住むところはあるのかしら?」

「……いえ。それが、まだないんです」

ウルウルお目目でマダムを見つめていたはずのシシィの瞳が、フッと伏せられる。

「じゃあ、この家に部屋が余っているから、そこを使いなさいな」

「あ……ありがとうございます!そうさせてもらいます!」

花が綻んだような笑顔を見せるシシィだった。




「何?シシィ殿が失踪?」

数日後。

タンザナイト伯爵家を訪れたアウイン侯爵に、伯爵は先日の失踪劇を語って聞かせた。

……もちろん、アウインの浮名を嫌って逃げたということは伏せて。

家族会議の結果、『結婚するには早すぎるから嫌だ』ということにした。

「……王妃レティエンヌ様も17歳。決して早すぎるとは思わないのですが……」

伯爵は汗を拭き拭き繕う。

シシィが失踪したと聞いて、それから表情なく座るアウイン侯爵。

無表情がまた怖い。

いっそ、恥をかかされたといって怒ってもらう方がありがたい気がする、この凍てついた空気。

逃げたことに怒りを覚えているのか、はたまた失踪したシシィのことを心配しているのか、まったく解らない。

しばらく、光のあふれる庭園を窓越しに見つめていたが、

「……私も、シシィ殿を捜します。ですから、この縁談は解消にはしないで下さい」

無表情なままだったが、アウイン侯爵はタンザナイト伯爵に静かにそう告げた。

『えっ?破談じゃないの??』

タンザナイト伯爵は内心驚いたが、こちらを射抜くような侯爵の視線に負け、

「わかりました」

とだけ答えて、『ごめんよ、シシィ。破談にならなかったよ』と、心の中で謝罪した。



読んでくださってありがとうございました!


短編予定で、後2話くらいです(^^)

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