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(4)出陣

 出陣の朝は、雲ひとつなく晴れわたっていた。だが、現状はその空のように心楽しいものではない。すでに反乱の報より二日たち、街道ぞいのカスヤとロドーの砦が落とされ、ライエル反逆の報は確実なものとなった。

 青くまばゆい天蓋のもと、王城の前庭には王家直属のルーメリア騎士団三千が整然とならび、出陣のときを待っていた。陽光が騎士たちの銀色の鎧かぶとや槍の穂先をきらめかす。

 ひときわ高くしつらえられた壇上に、一人の正装した長身の騎士が姿をあらわし、波のようなどよめきが生じさせた。

 銀色の羽飾りのついたかぶとを胸にかかえ、胴にルーメリア王家の獅子の紋章をうちだした銀色の鎧を身につけていた。そのうえにまとった漆黒のマントの肩飾りが、鈍い銀色の輝きを放つ。腰に大剣をはいたその姿は、凛然とした威厳にみちて、およそいつものどこかぬけた感じのファルヴァルト王子らしくはなかった。

 かれは厳しいまなざしでゆっくりと兵たちを検分した。

 レルドリック王子の予想通り、どう見ても騎士たちの士気は高いとはいえなかった。別にいちじるしく軍規を乱すものがいるわけではなかったが、どことなく不安げな空気が流れていた。

 すでに先日、王の不例については一般に公布してあった。下手に隠しだてして、無用の混乱を招くよりはという、王太子の判断であったが、それが裏目にでたようである。

(やれやれ。これは、一筋縄ではいかないか。ああ、面倒だ)

 心のなかでため息をつく。

 しかし、そうは言ってもいちおう兵を鼓舞しておかなくてはならない。

「ルーメリアの誉れ高き、王国騎士団の諸君。いまや、われの偉大なる故国は危機に瀕している。われらが王の忠実なる臣下であったものの反乱によってだ。すでにカスヤ、ロドーの砦は落とされた」

 ここで、いったん言葉を切ってファルヴァルトは騎士たちを見渡した。

 しんと静まり返って、かれらは、王子の次の言葉を待っている。

 期待と不安のないまぜになった三千人の視線が、ルーメリアの第二王子にまとわりつく。彼らは彼らなりに、このあまり評判の芳しくない王子を見定めようとしていた。

(ここが正念場か)

 他人事のような感想を胸に、ファルヴァルトは言葉を続けた。殊更に嘲るような調子をまぜる。

「このような反逆を看過してよいのか。そうするほど、われらは腰ぬけか!」

「否!」

「腰ぬけなものか!」

 自尊心を刺激され、否定の叫びがそこここで起こった。

 期待通りの反応に、ファルヴァルトは力強く応えてみせた。

「ならば、われらの手によって、反逆者を断罪しようではないか! 一騎当千を誇るルーメリア騎士団の実力をみせてやるのだ! ルーメリア王国、バンザイ!」

 燃えあがるときを待っていた熾火のように、騎士たちの戦意がかきたてられた。

 いったん思いこめばどこまでも突っ走る、猪突猛進型のルーメリア人気質が幸いしたともいえよう。

「ばんざい、ルーメリア王国、ばんざい!」

「国王陛下、バンザイ!」

「ファルヴァルト殿下、ばんざい!」

 喝采の声がひとしきりなりやまない。

 愛国心と己の矜持につきうごかされた兵たちの熱狂が絶頂に達した瞬間を見はからって、ファルヴァルトは手にした銀の采配をさっとふりあげた。ふいに兵たちは水を打ったように静まりかえった。

「いざ、出陣!」

 采配は降りおろされた。


「どうやら、寝た子を起こすのに成功したようだな」

 討伐軍の見送りに出てきていた王太子が弟に言った。ルーメリアの紋章が銀糸で刺繍された白い胴着にやはり白いズボン、そのうえに銀の毛皮の縁どりのついた白いマントという王太子の正装をしていた。その瀟洒な身なりは、騒然としたこの場の雰囲気にはそぐわなかったが、かれ自身にはよく似合っていた。

「兄上のマネをしただけですよ」

 ファルヴァルトは渋面をつくって、そっけなく答えた。そうすると、騎士たちの狂熱を引き起こした当人とはとてもみえない。

「いや、兵たちのことじゃない。おまえ自身のことだ」

 謎めいた笑みを口もとにはいて、王太子は答えた。

「ま、たまには俺だって役に立つところをみせなくてはね。しかし、そう何度もあてにしないでくださいよ。俺は兄上のように出来はよくないんだから」

「それは、どうかな。おまえが本気になったら、私なぞ足もとにもおよばないのかもしれぬな」

 述懐めいたふうにいうレルドリックの繊細なおもざしに憂慮の翳りが走ったのをみてとって、ファルヴァルトは眉をしかめた。

「悪い知らせですか?」

「まあな、すでにお前の耳にも入っているとおもうが、ライエルは魔法使いを味方にひきいれたらしい」

「ライエルに破れた砦の残存兵の報告だったな。そんなもの、自分の無能さを正当化する言い分に決まってる。まともにとりあうなんて、どうかしていますよ」

 ファルヴァルトはおもしろくもなさそうに足もとの小石を蹴った。小石は石畳みのうえをからからと乾いた音をたてて転がった。

「私も最初はそう思ったのだが、こう報告がたび重なるとね、気になりもする」

「しかし、兄上。大体、魔法使いというものは、世俗のことには関心をもたず、身内だけで固まっているもんでしょう。なんだって、今度に限ってでてくるんだ」

 数百年まえに滅んでしまったが、人にくらべれば永遠といえるほどの寿命と強大な魔力をもつ種族が存在していた。

 魔法使いとは、マセラスとよばれていた種族と人とのあいだに設けられた子孫であり、それゆえその魔力と長い寿命を受け継いだといわれていた。

 だが、かれらの大半は深い山中にかれらだけの村をつくり、世のなかとは隔絶した暮らしを営んでいるために、滅多に話題にのぼることさえない。なかば伝説化した存在であった。

「さあね、実際のところは、ほんとうに魔法使いが実在するのかどうかも定かではないが、気をつけるにこしたことはない」

 兄の無責任ともとれる発言に、ファルヴァルトは応じずに仏頂面のまま、従者がつれてきたたくましいつややかな黒毛の軍馬の手綱をうけとり、とびのった。重い鎧かぶとをつけているとはとても思えない身のこなしであった。



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