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(2)王太子の訪れ

 戸口に引かれたままだったレースのカーテンをはらいのけて、鎧冑で武装した近衛兵が数名、武具の鳴る金属音も華々しくすすみでてきた。

 抜刀こそはしていないものの、ものものしい警戒ぶりであった。

「何用だ! 伯爵令嬢の居室と知っての狼藉か!」

 ファルが一喝する。

 衛兵たちはルーメリアの第2王子に型通りの礼をしたものの応えず、代わりに左右に展開し、背後からあらわれた人物をうやうやしく通した。

「兄上?」

 毒気をぬかれたようにファルがつぶやくのと、彼の背後のノエル姫がぱっと顔を輝かせるのとは、ほとんど同時だった。

 ルーメリア王太子レルドリック。

 漆黒の瞳に強い光をうかべ、桜色の唇を引きむすび、そのととのった顔からは表情を消し去っている。つややかな漆黒の髪はきれいに肩先で切りそろえられ、身体の線もファルと比べれば、ずっと細く小柄だ。日に灼けない肌は透きとおるように白く、灰色の胴着の上に青いマントをはおっているのがよく似合った。

 ファルヴァルトとは、おなじ両親から生まれ、年も二つしかちがわないのだが、二人は互いにまるで似ていなかった。

 こうやって並んでみると、その違いは際立つ。容姿ではない魂の形が、である。たしかに弟のほうが、精悍な男らしい容姿をしており、兄のほうはどことなく少女めいた繊細な美貌の持ち主である。だが、弟が明るい人好きはするが、いつもおどけたような暢気な様子をしているのに対して、兄のほうはあたりをはらう威風堂々とした雰囲気があり、その黒耀石のような瞳に野性の獣のような猛々しさを宿すゆえに、繊細な容貌にかかわらず、少しも柔弱にみえなかった。

「ライエル伯爵が叛旗を翻した。ノエル姫の身柄は拘束させてもらう」

 レルドリックの声は感情をおさえた穏やかなものであったが、二人をおどろかすには充分であった。

 ノエルは前に進みでてくると、大きな瞳をより大きく見開いて、訴えかけるように言った。「お兄様が……、ウソよ!」

「嘘ではない。さきほど使者より報告があった。所領の兵五千を率いて、街道を攻めのぼってきている」

 厳しい内容にもかかわらず、レルドリックの答には言い含めるような優しい調子があった。

 ノエルは顔を強張らせ、側にいたファルの腕を無意識のうちにつかんだ。

 ファルは元気づけるようにノエルの背を軽くたたいて、兄と相対した。

「しかし、なにもここまでしなくても」

 武装した屈強の衛兵たちに目を走らせる。

「形式的なものだ、ファルヴァルト。反逆者の妹を王宮のなかで野放しにするわけにはいかないからね。さあ、姫。お部屋にお入りになってください。危害を加える気はありませんから」

 ノエルは気丈にも言いつのった。

「いいえ、これは、なにかの間違いですわ。お兄様はそんなことができる人ではありませんもの」

 レルドリックは答えず、弟に視線を投げかけ合図した。

 ファルヴァルトは仕方なそうに肩をすくめると、ノエルをうながした。

「とにかく部屋にはいろう、ノエル」

 そのまま肩を抱くようにして、部屋の中に彼女をおしやった。

 部屋の片隅では、ライエル領からノエルにつき従ってきた侍女たちが不安そうに身をよせあっていた。

 レルドリックが指示をくだし、外界からの接触を断つように衛兵の二人をテラス側にもう二人を廊下がわの戸口につかせると、ノエルをふりむいた。

 ノエルは怒りと不安のないまぜになったような視線を彼女の婚約者―――いや、彼女の兄が反乱を起こしたというこの状況下では、それも御破算となるであろうことはたしかである―――にかえした。

「ノエル姫、ご不自由だとは思いますが、彼らはある意味ではあなたの護衛です。その点はご了承していただくしかないでしょう」

 ノエルは古い歴史を誇る伯爵家の姫としての誇りをかきあつめて答えた。

「わかりますわ。でも、もし、これがなにかの間違いであったら、いえ、そうに決まってますけど、どう償いますの」

 きっとレルドリックをみあげるノエルの黒い瞳にはいかようなことにもおとしめられることを拒む毅然とした光りが浮かび、いつもの彼女よりずっと大人びて、そして、また美しくみえた。

 レルドリックは感嘆したようにわずかに口元に微笑を閃かせた。

「その償いができることを私以上に望んでいるものはいないでしょう」

 彼はそう答えると、高貴な貴婦人にするように片ひざをつき、彼女の右手をとって、桜色の唇をかすらせた。

 ノエルは、ぱっと赤くなるといつもの子供ぽい表情にもどり、手をひっこめた。彼女はレルドリックとファルヴァルトの兄弟とは幼なじみであったこともあり、いつも子ども扱いされていた。このように遇されたのは、はじめてだったのだ。

 レルドリックはマントの裾をひるがえして立ちあがると、ノエルのわきで不謹慎にも苦笑をこらえかねるような顔をした弟に声をかけた。

「ファルヴァルト、これより軍議だ。一緒にきたまえ」



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