表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/18

5. 明日香は昔と変わらず

 明日香は昔と変わらず、話しやすく、一緒にいて居心地のいいヤツのままだった。変わったのは見た目だけだったらしい。

 マスターの持ってきたカクテルはすっきりしていて口当たりがよく、杯が進んだ。

 久しぶりということもあって話は弾み、気がついた時には、既に日付を超えていた。


 いい加減、明日香を帰さないと。いくらお義兄さんの店にいるとはいえ、帰りのことを考えると親御さんが心配する。

 もちろんオレが送るけど。

 いや、オレに送られる方が、危ないかもしれないけど。かなり飲んだし。


 店を出て、タクシー乗り場へと向かう。途中、公園の中を通った。

 冬の深夜。公園はひっそりとしていて、オレたちが砂利を踏む音だけが聞こえてくる。

「そういやさ、明日香、今日、なんで同窓会参加したんだ?」

 明日香はずっと壁際に立ってただけで、誰かと長い時間話してはいなかった気がする。

「んー……会いたい人がいたから、かな。その人が来る保証はなかったけどね」

「もしかして、オレ連れ出しちゃったの、迷惑だったか?」

「そんなことないよ?」

 歩きながら、肩がぶつかる。

 隣を見ると、明日香が笑っていた。

 明日香はアルコールがなかなかイケる口らしく、ハイボールに始まり、そのままウイスキーを三~四種類ハシゴしている。

 さすがに少し酔っているのか、目は僅かに潤み、唇も赤い。頬は桃色に染まっていた。


 可愛い。


 オレは、胸がぎゅうっと締め付けられるのを感じた。


「会いたい人、参加してた。ちゃんと会えたし」

 明日香はそう言いながら、長いベンチに跳び乗った。

 オレは立ち止まる。明日香が転げ落ちないように支えようと、オレは腕を上げた。

「私ね、その人のこと、好きだったんだ。初恋だったの」

 ぽつりと明日香が言った。

 まさか、そんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。

 オレの腕が、行き場を失う。

「私、バカだよねー。未だに、昔の想いを断ち切れずにいるの。今日、参加して、会えたらそれで終わりって思ってたのに、会ったら会ったで、やっぱり好きだって思っちゃったりして……」

 明日香が鼻をすすった。

 泣いてるのか?

「うーっ、寒いねー」

 明日香が言う。俯いているから表情がわからない。

「明日香?」

「ごめん、変なこと言った。酔っちゃったみたい。忘れて? 行こう」

 そう言いながら、明日香はベンチから降りた。でも、オレの方を見ようとしない。

「明日香」

「……」

「明日香、大丈夫か?」

「――崇、いつ、東京に戻るの?」

「……明後日」

「そう」

 その声は、そのまま消え入りそうなほどにすごく弱々しかった。

 それを聞いたとき、オレは、自分の中にある感情を見つけた。

 保護欲、独占欲、愛情、そして、恋慕。

 今まで一度も気付かなかった想い。


 明日香を抱き寄せる。


「!!」


 明日香の身体は、オレの胸の中にすっぽり入ってしまうほど小さくて、大事に扱わないと壊れてしまいそうなほど儚い。

「明日香」

 オレは、もう一度名前を呼んだ。

「ちょっと、崇? 離してよ……」

 離して、と言う割に、明日香は抵抗しない。

 オレは腕の中のものをさらにきつく抱き締めた。

「苦しいよ。どういうつもり……?」

「オレ、わかったよ」オレは言った。「オレ、きっと、ずっと、明日香をこうしたかったんだ。オレ、明日香が好きだ」

「なっ何言って……!」

「今日、お前を初めて見たとき、すっげぇ可愛いって思った。誰にも教えたくないって思った。オレだけのものにしたいって思った。

 今思えば、オレの高校時代の思い出には、いつもお前がいて、笑ってるんだ。そこにいるのは、梢じゃないんだよ。お前なんだ」

 明日香は大人しく聞いている。

「あのときは、気付かなかったんだな、これが恋だって。

 ホント、今さらだし、お前、好きなヤツがいるみたいだけど、オレと、付き合ってください。――オレを好きになって?」

 明日香が、オレの胸を優しく押し返した。

 オレの腕が、明日香をゆっくりと離す。離したくないって悲鳴を上げる自分の腕を抑え込むのは、相当な困難だった。

「今の、本当?」

明日香が俯いたまま、聞く。

「あぁ。オレも、さっき気付いた。ごめんな。混乱させたな。悪ぃ。オレもちょっと混乱してるかもしれ――うわッ?!」

 突然身体に衝撃を受けて、オレは尻もちをつくように後ろに倒れこんだ。

 後ろが芝生でよかった。

 そう思った直後、オレは自分の置かれた状態に、さらに衝撃を受けることになる。

「明日香……」

 オレの首に、明日香の腕が絡んでいた。鎖骨のあたりには、明日香の額が当たっている。明日香が抱きついてきた衝撃で、倒れちまったのか。


 それにしても。

 この状況は。

 天国なのか? それとも、地獄か?


「私も、好き……。ずっと好きだった」


 明日香の言葉に、オレの体温が一気に沸点に達する。

 そうか。

 浩丈を断ったのは。

 そして、もしかして、今日会いたかった人って言うのは。

 ――オレは、自惚れていいんだろうか?


「明日香?」

 オレは、片手で明日香の顎を持ちあげた。

 イチゴのようにふっくらとした赤い唇に、自分のそれを這わせる。何度も何度も、啄ばむように。


 あ、ヤベぇ……やっぱり、地獄だ。

 これ以上は、我慢しなきゃなんねぇなんて。

 さすがにこんなとこじゃ、な。


 でも、思えば、そんなのは些細なことだ。知らなかったとはいえ、オレが、梢のことで、明日香にしちまったことを思えば。

 これからはその償いも含めて、大切にするから。


 オレは明日香の唇を開放した。

 明日香の融けそうな瞳がオレを見つめる。

 我慢――できねーよコンチクショー!!

「行くぞ」

「えっ? どこ?」

「……ハッキリ言って欲しいのか?」

「!! い、いい……」

 オレたちは、互いに手を取りあって、タクシー乗り場へと向かう。



 満天の星が、そんなオレたちを祝福してくれていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ