5. 明日香は昔と変わらず
明日香は昔と変わらず、話しやすく、一緒にいて居心地のいいヤツのままだった。変わったのは見た目だけだったらしい。
マスターの持ってきたカクテルはすっきりしていて口当たりがよく、杯が進んだ。
久しぶりということもあって話は弾み、気がついた時には、既に日付を超えていた。
いい加減、明日香を帰さないと。いくらお義兄さんの店にいるとはいえ、帰りのことを考えると親御さんが心配する。
もちろんオレが送るけど。
いや、オレに送られる方が、危ないかもしれないけど。かなり飲んだし。
店を出て、タクシー乗り場へと向かう。途中、公園の中を通った。
冬の深夜。公園はひっそりとしていて、オレたちが砂利を踏む音だけが聞こえてくる。
「そういやさ、明日香、今日、なんで同窓会参加したんだ?」
明日香はずっと壁際に立ってただけで、誰かと長い時間話してはいなかった気がする。
「んー……会いたい人がいたから、かな。その人が来る保証はなかったけどね」
「もしかして、オレ連れ出しちゃったの、迷惑だったか?」
「そんなことないよ?」
歩きながら、肩がぶつかる。
隣を見ると、明日香が笑っていた。
明日香はアルコールがなかなかイケる口らしく、ハイボールに始まり、そのままウイスキーを三~四種類ハシゴしている。
さすがに少し酔っているのか、目は僅かに潤み、唇も赤い。頬は桃色に染まっていた。
可愛い。
オレは、胸がぎゅうっと締め付けられるのを感じた。
「会いたい人、参加してた。ちゃんと会えたし」
明日香はそう言いながら、長いベンチに跳び乗った。
オレは立ち止まる。明日香が転げ落ちないように支えようと、オレは腕を上げた。
「私ね、その人のこと、好きだったんだ。初恋だったの」
ぽつりと明日香が言った。
まさか、そんな言葉を聞くことになるとは思わなかった。
オレの腕が、行き場を失う。
「私、バカだよねー。未だに、昔の想いを断ち切れずにいるの。今日、参加して、会えたらそれで終わりって思ってたのに、会ったら会ったで、やっぱり好きだって思っちゃったりして……」
明日香が鼻をすすった。
泣いてるのか?
「うーっ、寒いねー」
明日香が言う。俯いているから表情がわからない。
「明日香?」
「ごめん、変なこと言った。酔っちゃったみたい。忘れて? 行こう」
そう言いながら、明日香はベンチから降りた。でも、オレの方を見ようとしない。
「明日香」
「……」
「明日香、大丈夫か?」
「――崇、いつ、東京に戻るの?」
「……明後日」
「そう」
その声は、そのまま消え入りそうなほどにすごく弱々しかった。
それを聞いたとき、オレは、自分の中にある感情を見つけた。
保護欲、独占欲、愛情、そして、恋慕。
今まで一度も気付かなかった想い。
明日香を抱き寄せる。
「!!」
明日香の身体は、オレの胸の中にすっぽり入ってしまうほど小さくて、大事に扱わないと壊れてしまいそうなほど儚い。
「明日香」
オレは、もう一度名前を呼んだ。
「ちょっと、崇? 離してよ……」
離して、と言う割に、明日香は抵抗しない。
オレは腕の中のものをさらにきつく抱き締めた。
「苦しいよ。どういうつもり……?」
「オレ、わかったよ」オレは言った。「オレ、きっと、ずっと、明日香をこうしたかったんだ。オレ、明日香が好きだ」
「なっ何言って……!」
「今日、お前を初めて見たとき、すっげぇ可愛いって思った。誰にも教えたくないって思った。オレだけのものにしたいって思った。
今思えば、オレの高校時代の思い出には、いつもお前がいて、笑ってるんだ。そこにいるのは、梢じゃないんだよ。お前なんだ」
明日香は大人しく聞いている。
「あのときは、気付かなかったんだな、これが恋だって。
ホント、今さらだし、お前、好きなヤツがいるみたいだけど、オレと、付き合ってください。――オレを好きになって?」
明日香が、オレの胸を優しく押し返した。
オレの腕が、明日香をゆっくりと離す。離したくないって悲鳴を上げる自分の腕を抑え込むのは、相当な困難だった。
「今の、本当?」
明日香が俯いたまま、聞く。
「あぁ。オレも、さっき気付いた。ごめんな。混乱させたな。悪ぃ。オレもちょっと混乱してるかもしれ――うわッ?!」
突然身体に衝撃を受けて、オレは尻もちをつくように後ろに倒れこんだ。
後ろが芝生でよかった。
そう思った直後、オレは自分の置かれた状態に、さらに衝撃を受けることになる。
「明日香……」
オレの首に、明日香の腕が絡んでいた。鎖骨のあたりには、明日香の額が当たっている。明日香が抱きついてきた衝撃で、倒れちまったのか。
それにしても。
この状況は。
天国なのか? それとも、地獄か?
「私も、好き……。ずっと好きだった」
明日香の言葉に、オレの体温が一気に沸点に達する。
そうか。
浩丈を断ったのは。
そして、もしかして、今日会いたかった人って言うのは。
――オレは、自惚れていいんだろうか?
「明日香?」
オレは、片手で明日香の顎を持ちあげた。
イチゴのようにふっくらとした赤い唇に、自分のそれを這わせる。何度も何度も、啄ばむように。
あ、ヤベぇ……やっぱり、地獄だ。
これ以上は、我慢しなきゃなんねぇなんて。
さすがにこんなとこじゃ、な。
でも、思えば、そんなのは些細なことだ。知らなかったとはいえ、オレが、梢のことで、明日香にしちまったことを思えば。
これからはその償いも含めて、大切にするから。
オレは明日香の唇を開放した。
明日香の融けそうな瞳がオレを見つめる。
我慢――できねーよコンチクショー!!
「行くぞ」
「えっ? どこ?」
「……ハッキリ言って欲しいのか?」
「!! い、いい……」
オレたちは、互いに手を取りあって、タクシー乗り場へと向かう。
満天の星が、そんなオレたちを祝福してくれていた。